オフ会から始まるワンダフルライフ 人生を彩るのはオンラインゲーム!?

佐藤哲太

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第4章

努力を重ねたから

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 試合開始からまだ70分くらい。今日のトーナメントは80分制だから、これは7回までいきそうだな。

 ちらっと時計に視線をやってから、俺はマウンドに立つ市原へ視線を動かす。
 すると市原も俺を見ていたようで目が合った。
 ニコっと笑った顔は相変わらず可愛い……じゃなくて! その表情にはまだ余裕が感じられた。

「市原さんはまだ大丈夫そうね」
「あっ! お、おう!」
「はいはい……」

 え、俺なんか顔に出てた!?
 なんだか呆れたような声のだいに、俺は一人恥ずかしくなる。
 だが、とりあえず今は試合だ……! 切り替えろ俺!

 一人だけ何と戦ってるんだかと自嘲気味になりながら、空を見る。
 朝から変わらぬ快晴。

 おそらく今の気温は33度くらいはありそうだが、今日の市原はまだバテていない。
 頼むぞ……!

 だが、さすが強豪校である江戸川東。
 そう簡単には勝たせてくれないようで、1番バッターを1ボール2ストライクに追い込んだ4球目。
 先ほど柴田がやったことを、今度はやり返された。
 完全に意表を突いたセーフティバントが一塁の前に転がされ、反応が遅れた飯田さんが捕球した段階で、もう完全にセーフのタイミング。
 勝ち越した直後だというのに、嫌なランナーを出塁させてしまった。

「ここであのランナーは、ちょっと嫌ね」
「ああ……頼むぞみんな……!」

 セーフティを決めたことから分かる通り、今ランナーに出た子は相当足が速い。
 こういうランナーが塁にいるだけで、ピッチャーとは投げづらいものなのだ。
 
 でもやることは変わらない。落ち着いて一つ一つアウトを重ねるだけだ。
 ちらっとベンチを見てきた赤城に俺は頷いてみせる。
 これでたぶん、意思の疎通はできた。

「そら! 一つずつ取ってけばいいからな!」

 赤城の声を受け、市原が頷く。
 大丈夫。このランナーはまだ同点のランナー。取られても、負けるわけじゃない。

 2番バッターにはバントの構えなし。
 だが江戸川東に限ってこの状況でノーサインなんかあり得ない。
 必ず何かしかけてくるはずだ。

 2番の子が黙って見送った初球はストライク。
 これで何かしかけるなら、次の投球の確率が上がる。
 
 予想通り、バッターはもうバントの構え。

 そして構えを変えた2番バッターに対し、市原が2球目を投げた時――

「走った!!」
スティール盗塁!?」

 ライトを守る木本の声が響き、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 ここまで手堅かったくせに、ここで強気にくるのかよ!?

 その声に反応した市原は、少しだけボールを高目に投げ、立って捕球できるように赤城の二塁送球をアシスト。
 バッターはバントの構えのままバットを引かずに2ストライクとなるが、バットを出されていたままだったため、赤城の送球が僅かに遅れる。
 それでも市原のアシストもあり、赤城の肩なら刺せるはず!

 そう思って二塁でのタッチプレーを想像したのだが。

「え!?」
「優子!?」

 ショートのポジションからセカンドベースに到達する手前で、真田さんが右足首を抑えるようにしゃがみ込んでいた。
 赤城が投げたボールは無人の二塁ベースを通過しそのままランナーが三塁を狙おうとするも、柴田が適切にカバーしてくれたため二塁止まり。
 だが……まさか、真田さん怪我か!?

「タイムお願いします!」

 予想外のアクシデントに、俺は即座にタイムを取った。
 そして俺とだいを含めた全員が真田さんの元へ駆け寄る。
 応援席も、ざわついている。

「大丈夫か優子?」
「足痛めたの?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと足をくじいただけですから! 大丈夫です! 大丈夫ですからっ!」

 赤城や佐々岡さんの心配そうな声とみんなの視線を受け、必死に謝る真田さんの顔には、暑さのせいだけではないような汗が噴き出ていた。

「立てるか?」

 真田さんの具合を確認するため、俺は起立を促す。

「だ、大丈夫です……っ!」

 俺の言葉に従い、真田さんがゆっくりと、恐る恐る立ち上がる。
 その表情は、苦悶に満ちていた。

「優子、歩ける?」
「も、もちろん……っつ!」

 続けざまにだいの指示に従おうと真田さんが右足を踏み出したところで、彼女は再び右足首を抑えてしゃがみこむ。
 ……捻挫か?
 いつだ? 今のプレーか?
 いや――

「さっきのクロスプレーの時ね?」

 俺の予想した言葉を、だいが聞いてくれた。
 やはり思うところは同じ。
 真田さんは何も言わなかったが、その沈黙が答えだろう。

 クロスプレーの末ホームに生還した真田さんは歩いてベンチに戻って来てたし、だいは大丈夫かと聞いていた。
 ボールバックの後の二塁送球も、いつもならショートである真田さんがベースに入るのに、さっきは佐々岡さんだった。
 
 くそっ! なんで気づかなかった……!

 チーム全体に、不安の色が広がる。

「歩けないんじゃプレーは出来ない。交代しよう。選手こ――」
「――やれます!!」
「え?」

 俺が主審へ選手交代を告げようとした時、初めて俺に対して真田さんが大きな声を出してきた。

「私はできます……っ!!」

 無理やり立ち上がり、必死の眼差しを俺に向けてくる真田さん。
 その眼差しから、私は月見ヶ丘のキャプテンだから。最後までフィールドに立って、みんなを引っ張るんだ。そんな想いが伝わってくる。
 その気持ちを推し量るだけで、胸が張り裂けそうだ。
 
 でも。

「ダメだ。交代だ」
「優子、無理しないで」

 怪我の程度が分からない以上、無理はさせられない。
 心配した佐々岡さんも真田さんをベンチに戻そうと肩を貸す。

「倫! 優子はできる! 大丈夫だ!!」
「でも無理は――」
「やらせてくださいっ!!」

 真田さんに加勢する赤城。それに対しだいが無理をしないよう伝えようとしたところで、再び真田さんの大きな声が響き渡る。

 この状況を相手ベンチも静観し、両校の応援席も静かになっていた。
 不思議な静寂が、グラウンドを包み込む。

「自分の足で立つのがやっとの選手を使うわけにはいかない。怪我が悪化したら、どうするんだ? 交代――」
「――負けたら終わっちゃうんです! 最後なんです! 里見先生!! お願いしますっ!! 最後までやらせてくださいっ!!」

 真田さんの視線が今度はだいに移る。
 その視線を受けただいは、明らかに困惑していた。

 その隙に俺がちらっとベンチを温める戸倉さんと南川さんを見ると、二人とも顔を青くしている。
 嫌だ、今代わりたくない。その表情からはこの状況で試合に出るのが怖くてたまらない様子が伝わってくる。
 どちらかを出場させても、そこを狙われたら終わり。そんなイメージを持ってしまうような、怯えた表情だった。
 
 でも、歩けないよりはましか……?

「優子……」
「俺は替えるべきだと思うぞ」
「そう……よね」

 俺とだいの会話に、選手全員が注目する。
 全員が不安そうな表情を浮かべる中、真田さん一人だけが強い意志を宿した瞳で俺たちを見ていた。

「でも……こんなに強い目の優子、初めて見た」

 その言葉から、俺はだいの想いを察した。

「分かった。このチームの監督は俺だ。誰を使うか決めるのは、俺の仕事だ」

 チームの視線が俺に集まる。
 全員が俺の言葉を待っているのが伝わった。

「審判!」

 一度ため息をついてから、俺は主審の方へ向き直った。
 背中側では、真田さんがだいに対して自分は大丈夫だというアピールが続く。

「守備位置の変更をお願いします」
「えっ?」
「ショートがレフト。できないはなしだぞ?」
「は、はいっ!」
「レフトがセンター、センターがショートに変更で。ほら、時間がない! 試合続けんぞ!」

 俺の指示に、ショートからレフトにゆっくりと歩く真田さん以外は、ベンチに戻る俺ら含めて駆け足。
 レフトの萩原をセンターに回し、センターの柴田をショートに回す苦肉の策。
 だがベンチに戻って横を見ると、背番号二桁の二人が明らかにほっとした表情を見せていた。

「……いいの?」
「うるせーな。これは監督決定だ」

 不安そうな声でだいが俺に聞いてくる。
 ったく、お前がそんな顔してどうすんだよ?

「これで負けたら、交代させなかった俺の責任だ」
「……そんなことないよ……私が……」
「何か言ったか?」
「う、ううん。大丈夫。みんなを、信じましょ」

 だいの言いたいことは分かる。
 あの場面でもし赤城か黒澤が怪我をして、同じことを言われたら俺だって迷う。
 いや、あいつらなら出来る気がするって、信じてしまいたくなったと思う。
 だから、この決定でいいのだ。

 だいが信じる3年間頑張ってきたという子を、俺も信じるだけだ。

「そら! そろそろ本気出していいぞ!」
「……おっけい!」

 俺の言葉に市原がにやりと笑う。
 流石だな。初回からずっと本気なのに、まだ余力があるように見せている。
 だがその表情はチーム全体の士気を大きく上げた。
 
 絶対抑える。そして勝つ!!
 
 チーム全体から江戸川東へプレッシャーをかけるような、そんな雰囲気が感じられた。

 試合再開でノーアウト2塁。カウントはノーボール2ストライク。
 センターを守る萩原はかなりレフト真田さん寄りにいるし、ライトの木本も右中間寄りにポジションをずらしている。
 指示したわけでもないのに、よく気づいたぞ!

「っしゃ! 切り替えてくぞ!」
「そら先輩! 全部ショートでいいですよ!」
「頑張れー!!」

 市原を支える守備陣の頼もしい声に、応援席から聞こえる大和やぴょんの声。きっとゆめもゆきむらも、応援してくれてるんだろう。
 こういう時はほんと応援の声が励みになるな。

 レフトに移動した真田さんも、足首の痛みに表情が歪むが、顔を上げている。
 大丈夫。こいつらなら、大丈夫。

 そして試合再開後の1球目。
 バントをしかけてきた2番バッターに対して市原は高めに渾身のストレートを投じた。そしてボールはバットに当たった後キャッチャーの後方に飛んでいく。

「バッターアウツッ!」
「よし!」

 スリーバント失敗。これでまずは1アウト。
 そして続く3番バッターも、市原は三球三振に仕留めてみせた。
 素晴らしい!!

「ツーアウトー!!」

 そのピッチングにチーム全体が盛り上がる。
 打席に入るのは4番バッターだが、ノーアウト2塁から、今は2アウト2塁になったのだ。
 大丈夫。
 大丈夫だ……!

 そして4番に対する初球は外角低めに決まってストライク。2球目は外角低めをファール。3球目は同じコースへ、少しだけ外したボールが見送られてボール。
 カウントは1ボール2ストライク。

 この流れなら抑えられる! いける、いけるぞ!

 俺もだいも、きっとそう思った。
 いや、チーム全体がそう思った。
 それくらいその時は、みんないい表情だった。

 でもほんとは、思った、じゃなく、願った、だったのかもしれない。

 4球目。
 サイン交換で赤城と市原が決めたボールは、三振を狙った高めに浮き上がるライズボール。
 だが、そのボールは赤城の構えより少しだけ、低かった。

 カキィィィィィィン!!!

 無慈悲な打球音がグラウンドに響き渡る。
 応援席から悲痛な声が、相手ベンチから歓声が溢れ出す。

「珠梨亜!! 取れー!!」

 4番バッターが捉えた打球は、非情にもレフト寄りの左中間に飛んでいく。
 けっこうな飛距離ではあるが、弾道が高かったから、レフトが萩原だったら取れたかもしれない。センターが柴田だったら、間に合ったかもしれない。
 だが今萩原はセンターだし、レフトは満足に走れない真田さん。

 懸命にボールを取りに行こうとする真田さんの足は進まない。
 萩原も全力で打球を追うが、俺たちの視界に映るのは背番号7萩原の背中が懸命に打球を追いかける姿のみ。

 マウンドの市原が、この試合初めて膝に手をつき、下を向いた。

「ぼーっとすんな!! カット繋げ!!」

 左中間を抜かれた。
 その結果はもう誰が見ても明らか。
 それでも沸き上がり続ける江戸川東の歓声に、赤城の声だけが立ち向かう。

 ようやくボールに追いついた萩原から柴田へ、柴田から黒澤へ、黒澤から赤城へ、ボールがホームに返ってくる。
 
 だが、時すでに遅し。
 
 既にバッターはダイヤモンドを周り終えていた。

 6回裏、逆転ツーランとなるランニングホームランを浴び3対4。
 ここでついに、赤城も下を向いて項垂うなだれた。
 これまでずっとチームを支えてきた赤城と市原の姿に、チーム全体から声が消える。ベンチの二人は、既に泣き出していた。

 俺もこの展開を前に、一瞬目を閉じて天を仰ぐ。
 隣に立つだいから、弱々しい声で聞こえる「ごめんなさい」。 
 お前のせいじゃねえよ……!

 でも、まだ負けたわけじゃない!!
 時計を見れば、まだ試合開始から76分。まだ7回の攻撃のチャンスがある!!

「顔上げろ!!!」

 自分でも驚くほどの大きな声を、俺はグラウンドに声を響かせた。

「まだ終わってねぇ!!!」

 届け。届け。届け……!
 俺が諦めなくても、こいつらが諦めたらそこまで。
 だから俺は、必死に願った。
 
 こいつらの強さを。
 立ち向かう勇気を。

「そら! 3球で終わらせろ!!」

 そう、試合はまだ終わっていない。

 その時。
 バッターボックスに立つ5番バッターを力ない表情で迎えていた市原が、笑った。

「全く。無茶を言うなぁ、私の倫ちゃんは!」
「お前のじゃねーよ!」

 いつもの軽口に、俺は反射的にツッコミをいれる。
 俺のツッコミもあってか、市原は空元気だとしても、たしかに笑っていた。
 そのまま投球モーションに入ろうとした市原だったが、一旦やめ、振り返ってチーム全員へその表情を見せる。

「ごめんね!! 打たれちゃった!!」

 市原の言葉に、みんなが呆気にとられた顔をする。

「最終回、みんな逆転頼んだぞ!!!」

 その言葉にチームが息を吹き返す。
 市原の笑顔が、少しずつ、一人、また一人と伝播していく。

「深呼吸だ! 脳に酸素送れ! 前を見ろ!!」

 その好機を、俺も逃さない。
 たとえそれが空元気だとしても、少しずつ冷静に、着実に、戦う気持ちを取り戻していく選手たち。
 最初に立ち直ったのは、赤城だった。

「っしゃ!! 打たれたのはしょうがねぇ!! そら、ここで切るぞ!」
「サードに打たせればオッケーだよ!」
「セカンドも大丈夫!」
「ショ、ショートだって!」
「ファーストも抜かせません!」
「そらせんぱーーーい!!」「外野、何でも取ります!!」

 市原から始まったその空気に、一人を除いてみんなが声を出す。
 レフトの真田さんだけが、この空気に何を思ったか泣き出していた。
 だが。

「優子! 泣くのは勝ってからよ!!」
「……はいっ!!」

 お前だって今にも泣きそうな顔してるくせに、頑張ったな。

 だいの言葉に、真田さんだけじゃなく、ベンチの二人も泣き止んだ。

 全員が前を向いている。
 さぁ、反撃の体制は整った!

 2アウトランナーなし。
 バッターは4回にタイムリーを打たれた5番バッター。
 3対4で負けてるというのに、うちの奴らは全員、やれるものならやってみろと強いプレッシャーをバッターに与えているように見えた。

 そして。

「バッターアウツッ!!」
「っしゃ!」
「ナイスそら!!」

 三球三振。市原の気迫勝ちだ!
 赤城と黒澤の誉め言葉に、市原もご満悦。
 レフトから戻ってくる真田さんへ佐々岡さんが肩を貸しに向かい、全員がベンチに戻ってくる。

 これで、いい流れで攻撃に移れるな!
 最終回の攻撃前、自然と俺たちは全員で肩を組み円陣を組む。

「ここまできたらもう作戦なんかない。気持ちだ! みんなならやれる! 鈴奈! 全員に気合いれろ!!」
「っしゃ! いいかっ? あたしたちは強い! あたしまで回せ! それで勝てる!! 逆転すんぞっ!!!」
「「「おー!!!」」」

 7回の表、先頭バッターは8番の萩原。
 下位打線からだが、今のチームの雰囲気はすごくいい。
 全員が精一杯に、萩原へ声援を送る。

「ごめんね、打たれちゃった」
「ん? 謝ることじゃないだろ。本気でプレーしてる奴に言うのは、誉め言葉だけだ」
「……うん、ありがと倫ちゃん……。じゅりあちゃん! いけー!!」

 すっと俺から見てだいとは反対側に立った市原が、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で謝ってきた。
 それは市原なりの責任を感じての言葉なのだろうが、この試合展開で、誰がこいつを責められるというのだ。
 馬鹿め。

 市原が萩原を応援し出したので、俺も萩原の打席を祈るように見守る。
 だが、さすがは強豪校。勝ち方を知っている。

 萩原は粘って粘って、8球目のボールを打ち損じさせられてショートゴロで1アウト。
 続く9番木本も、粘って粘って9球目で空振り三振、2アウト。
 漂い出す、嫌なムード。

 2アウトランナーなし。絶体絶命の場面で、バッターは1番に戻り柴田。

「なつみー! 出ろー!!」

 それでも、俺たちはまだ死んでいない。
 3アウトになるまで、諦めない。
 赤城の声を皮切りに、全員が力を振り絞って声を出す。

 打席の柴田は、不敵に笑っていた。

 カキィン! 

 願いが通じたのか、初球のインコースを引っ張った柴田の打球が一二塁間を破ってライト前に転がっていく。
 だがそれはいい当たりすぎてライトゴロに……ならない!

 相手のミスがあったわけではないが、それを上回る俊足を飛ばして柴田が間一髪送球より先に一塁ベースを駆け抜けた。

「ナイバッチーーー!!」
「ねらいどーり!!」

 みんなの歓声を受け、柴田が声を上げながら一塁ベース上でガッツポーズを見せる。
 しかし、何だ狙い通りって?

「なつみ、この回の前に言ってたんだ。あたしらじゃ打つの厳しいかもしれないけど、粘ってくれたら必ず私が3年生に繋ぐからって」
 
 俺の脳内の疑問に答えたのは、萩原だった。

「二人連続で粘られたら、三人目の初球は絶対ストライク取りに来るからって」
「なるほど」

 萩原の言葉に続いたのは、木本の言葉。
 そして結果としてはそれは現実となった。
 つまちこれは、うちの1年トリオが作ったチャンスということか。

 じゃあこっからは3年生が決める番だな!

「愛花! 思いっきり打ちなさい!」

 打席に入る佐々岡さんに、だいが声を送る。
 力強く頷く佐々岡さん。

 だが3球で追い込まれ、1ボール2ストライク。万事休すかと思われた時――

「走った!!」

 ピッチャーがボールを投げた瞬間、相手側から声が出る。
 もちろんサインなんか出してないが、このタイミングで柴田は盗塁を試みたのだ。
 そしてその動きにつられてショートがセカンドベースに寄っていく。

 キンッ

 とっさに相手ピッチャーもコースを外角に外すが、そのボールに佐々岡さんが食らいつき、打球がショートの定位置前に転がっていく。
 セカンドベースに入ろうとした動きとは真逆のコースに飛んできた打球にショートの対応が遅れ、どこにも投げられず1,2塁オールセーフ!

「ナイスー!!」
「優子! 続いて!!」

 一塁上で笑顔を見せながら真田さんへエールを送る佐々岡さん。
 柴田の見事なアシストもあり、これで2アウトながらランナーは1,2塁。同点のランナーが得点圏に進んだ。
 しかもここで打席に入るのはうちで1番当たっているバッターの真田さん。
 この試合はまるで彼女を中心に回っているような展開。
 右足を引きずるように打席に向かう姿は、痛々しいけど……頑張れ!!

「優子、大丈夫。いつも通りよ」
「はいっ!!」

 そんな真田さんにだいが笑顔を見せ、打席に入る前に振り返った真田さんも笑顔で答えた。

「優子! あたしにまわせっ!」
「まかせろすず!!」

 ネクストバッターの赤城が突き出した拳に、真田さんも拳を突き出す。
 その光景に、逆転できる、そんな感覚が俺の中に沸き上がった。

「がんばれー!!」

 応援席からは、保護者でもないのに相変わらずでかい声で応援してくれる奴らの声。
 あとで礼を言わないとな。

 そして1ボール1ストライクから投じられた3球目。

 カキィィィン!!

 真田さんのバットがボールを捉え、打球がピッチャーの足下を強襲する。
 そしてそのまま打球はセンター前に!
 
 いい当たり過ぎて柴田はホームを狙うのは諦めたようだが、これで満塁。次は赤城だし……

 あっ!!

「優子!! 立て!!」
「優子!!」

 打った衝撃もあったのかもしれない。足首の痛みに耐えかねてか、一塁ベースまであと2メートルほどのところで真田さんが転倒した。
 それでも彼女は這うように、なんとか一塁を目指し、その手を必死にベースに伸ばす――

 パシッ

「アウッ!!!」

 だが、その手がベースに触れるより先に、真田さんの転倒に気づいたセンターがファーストにボールを送った。

 乾いた捕球音とともに、無情にも掲げられる塁審の右腕。
 その手は拳を握っており、アウトを示す。

 それは、俺たちに絶望を告げるジェスチャーだった。

 江戸川東のベンチや応援席から、歓喜の声が上がる。

 センターゴロで3アウト。
 ゲームセット。
 敗退。
 終わり。

 ……3年の引退。

 頭の中が、真っ白になった。

「……整列だ」

 なんとか絞り出せた声は、これだけ。
 周りから聞こえだす嗚咽混じりの中、俺に言えた言葉は、それだけ。

 一塁まであと少しのところで倒れこんだまま起き上がれない真田さんへ赤城が駆け寄り、何を言わずに肩を貸して整列へと連れて行く。

 その姿には、うちの応援席からだけでなく、相手校からも大きな拍手が送られていた。
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