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3.お稽古

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 翌朝、朝食の前に、乗馬服のようなものを着せられ、修練場に向かう。

 昨夜、侍女に剣術を習うことに、お父様は同意してくださり、明日の朝は、動きやすい服装を着せてください。とお願いしたこともあり、侍女も困り果てて、乗馬服にしたのだろうと推察する。

 修練場に行くと、もうお兄様は来ていらして、他の騎士たちも概ね揃っているみたいだった。

 「親父も、アンディには甘いから、怪我しないようにだけ、気を付けてくれよ。」

 お兄様は心配そうにしていらっしゃるが、元は剣道8段の腕前で、警視庁時代は犯人確保時に実践もやっているから、そうコテンパンには、やられないという自負がある。

 親父が来るまでの間、しばらく模擬等を振り回してみる。前世の竹刀とも木刀とも違う、剣に最初は戸惑うが、すぐにコツを掴む。形状から言えば、日本刀に近いような?持ち手から、刃の手前に鍔がある。

 お兄様から、鎧を手渡され、「念のためにつけておきなさい。怪我でもしたら、大事になるからな。」

 その鎧の重いことと言ったら、ありゃしない。せめて、プロテクターにしてくれれば、まだいいようなものだが、こうなれば、後で、自作して、明日のために備えようか?

 あのデカ時代に着ていた防刃チョッキは、優れものだったと思う。この鎧を着るぐらいなら、鎖帷子の方がまだ軽いと思うのだが……?この世界には、まだ鎖帷子も存在しないのか?とほとんど諦め顔でいると、父がようやく降りてきた。

 「ほほう。アンディちゃんは、何を着ても可愛いな。では、まずは、素振りから始めるとするか?いや、それでは痴漢対策にならないから、まずは、儂を痴漢だと思い、どこからでもかかってきなさい。打ち込めただけでも大したものだろうから、まずはそこからやってみなさい。」

 {え?いいの?隙だらけなんですけど?}

 「では、お言葉に甘えまして。」

 模擬刀を構えただけで、アンドレアの殺気を感じたのか、親父は、汗を流し始めた。

 お兄様やほかの騎士の方も固唾を呑んで、見守っている。

 {これは、アレだな?手を抜いても、打ち込んだだけで、即死させてしまうやつだな?}

 アンドレアから見れば、親父は弱すぎる相手で、どうにかうまくけがをさせないように注意を払う。

 しばらくにらみ合いを続けた後、親父は模擬刀を下ろし、頭を下げる。

 「参りました。」

 途端に、他の騎士やら、お兄様からブーイングが飛び始める。

 「いや、我がクロフォード家の騎士の血筋は、アンディちゃんに受け継がれたようだ。カルバンお前も、アンディちゃんに稽古をつけてもらいなさい。ひとたび剣を構えたら、儂の言っていることが理解できよう。」

 そう言ったきり、お父様は、その場にヘナヘナと座り込んでしまったのだ。

 「親父!?ウソだぁ?アンディが強いわけがない!ついこの間まで、背中を押しただけで、前のめりになって転んでいたのだよ。あれからまだ10日しか経っていないというのに。」

 ブツブツ言いながら、お兄様も鎧を着けて、模擬刀を構えることにしたようだ。

 「俺はアンディが打ち込んでこないのならば、決して、打ち込まないから、安心して、打ち込んできなさい。」

 「はい。お兄様。」

 {またしても、隙だらけ……、どうしたものかな?お父様よりは若い分だけ、マシみたいだけど?}

 審判は副騎士団長が務める。手を上に高く上げ、それを下ろしたら、試合開始酔いうことらしい。

 剣を構えてみれば、お父様もお兄様も実に誠実な人物であることがわかる。そして、何よりアンディは愛されていることを実感してしまう。

 騎士としては、隙だらけだが人間としては、好ましい人間だと思う。

 しばらく構えあっていた剣を兄も父と同じように下ろし、「参りました。」と宣う。

 「アンディには、隙が無い。これは、我が家にとっては、とんだ隠し玉ができたことを意味している。」

 「えーっ。もう、お稽古は終わりですか?だったら、少し走ってもいいですか?」

 「好きにしなさい。」

 俺は、日傘を手にして、思う存分ランニングをする。足腰が弱ければ、犯人確保は夢のまた夢になってしまうので、常日頃から、足腰の鍛錬はしてきた。

 前世でもっとも有名な映画の黒沢監督が「戦場で走れなくなったときは、死ぬとき」と言っているではないか。まさに、その通りだと思う。だから走る。走って、走って、己の限界まで走り切る。
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