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ファンタジー
6.ロリータの寒がり
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「ん……んん」
「久しぶりに夫婦水入らずなのだから、いいだろ?」
「ダメよ。ロリータちゃんが決死の覚悟で戦っているというのに……」
「いいじゃないか?」
「んん……あっ!」
これはあらかじめニッポンで用意した嘘のテープ。夫婦でイチャイチャしていたら、部屋をノックされても、出なくていいだろうと判断して、この内容を録音した。
案の定、それまで廊下に人の気配がしていたのに、このテープを流すと、途端に静かになる。
そうっと、覗き窓から廊下の様子を覗いてみても、誰もいない。しめしめと、抜き足差し足で、ベッドの上に身を投げた。
後は、リーチ扮するロリータちゃんが帰ってくるのを待つだけ。
せっかくハワイくんだりまで来たのだから、今夜はデューティフリーショップでハワイアンダイヤモンドぐらい買ってもらわなきゃ割に合わない。
それにしてもロリータちゃんに変身するようになって、リーチは元気になったと思っている。10歳のロリータちゃんに魂を交歓しているからか、カラダまでみずみずしくなって羨ましい限りなのだ。
さりとて、夫に嫉妬するわけではない。若いロリータちゃんに嫉妬するわけでもない。ただ言えることは、使命感を持つと人間、年寄りでももう一度輝きだすということ。
今なら、あのテープにあったようなコトをすれば案外子供ができたりして……。でも、いくら種が若返ったとしても、畑が古いまんまだもの。きっとダメだと思う。考えながら悲しくなって、つい涙をこぼす。
もう、10年も前に閉経してしまったのだもの。今更、子供をなすことは諦めたはずなのに、イキイキしているリーチを見て焼きもちを焼きたくなった。
ロリータちゃんに弟か妹をプレゼントしたら、どんな顔をするかしら。想像するだけで、おかしくなってくる。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
隣の部屋のスイートルームで男が盛大なため息をついている。
「また、おっぱじめやがった。いい年して、よくやるよな」
「そう言うなよ。人間、食欲と性欲が無くなったら、お陀仏だって言うしさ」
「でも、あの奥さん年の割に艶っぽい声をしている」
「おい!お前、年増好みか!?」
「あーあ。嫁さんに会いたいなー」
「案外、間男を引っ張り込んだりしてんじゃねえのか?」
「よせよ。縁起でもない」
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「マハリクマハリタヤンバルヤンヤンヤン」
ロリータは、怪物に留めの一発を決め快勝した。戦闘中、ロリータの感情に動きはない。まるでプログラミングされているみたいに、「空」の感情。このあたりのことから、リーチはロリータロボット説を捨てきれないでいる。
ホテルに着いてからのロリータはその様子がさらにひどくなる。ぐったりと動かないままでいて、シャワーも浴びようとしない。やっぱり、元の姿に戻る前にシャワーだけでも浴びた方がよかったか。リーチは出張中なら、いつもしていたことだが、妻と一緒に来ていることで妻に遠慮している。なんとなく妻に対して後ろめたさがある。
別にロリータのカラダに悪戯などしていない。それでも若い女の子と一緒にシャワーを浴びることには違いがないので、といっても、その若い女の子はリーチ自身でもあるのだが。
リーチのカラダであって、リーチのカラダではないということがややこしい。
もっとも、妻の真理子と2人だけど、3人で入れば問題はないのだが、部屋に戻ってきてから真理子はスースーと寝息を立てていたから起こしてまで一緒に入ることはなかろうと思ってしまったことが失敗だったのだ。
このままほっといてもいいだろうか?どんどん顔色が悪くなっていく一方のロリータの顔を覗き込む。でも、人間のドクターに診せてもいいものかわからない。
ひょっとすれば、ロボットだということがバレ、大変なことになるのではないかという懸念がある。
いや、たとえロボットだということがバレても、見殺しにすることよりはマシなはずだ。今までロリータにはたくさん助けられてきた。煩わしいと思ったこともあるが、もし、これが異世界人としての人間だった場合、やっぱり医者に診せた方が賢明な判断だと思う。
時には、本当の孫娘だと思えるようなこともあった。だから、ロボットだとしても責めは自分が負う覚悟で、フロントに電話をして、ドクターに来てもらうことにする。
結果は、熱中症だった。
「よかったぁ」と喜んでいたら、医者からこっぴどく叱られてしまった。
「たかが熱中症と侮ることなかれ、水分を十分とらせて休ませてあげてください」
「はい」神妙に頷く。
ドクターを送り出してから、国連軍の幹部がぞろぞろ見舞いに来たが、「今はそっとしてほしい」とすべて追い返す。
ロリータ歓迎晩さん会も中止になり、その夜はひっそりと過ごしたのだ。医者は熱中症と診断したが、果たしてそうであったかはわからずじまいだった。
人間だという確証がない。
ただ、真理子が団扇でパタパタと仰いでいると、少しロリータの顔色が良くなったような気がする。ロリータが好きだというフレッシュジュースも取り寄せ、飲ませると、俺たち夫婦に向かって、頭を下げ「パパ、ママ」と呼んでくれるようになった。「ジジ、ババ」ではなく「パパ、ママ」なんだ。
学校で、そう教えられたのか、もう、涙が出そうになり、実際、真理子は涙ぐんでいて、ハンカチをそっと渡す。
今までは心のどこかで、子作りのことをいつも考えていたが、もうこれで本望だ。
嘘でも養女から「パパ、ママ」と呼ばれたからは、たとえロボットのカラダだったとしても、我が子の様に育てていきたいと心底思う。
翌朝、国連軍からの要請を受けて、しばらくの間、ハワイ諸島で滞在することになった。オアフ島にいれば、アメリカ本土が狙われても、すぐに駆けつけることができるし、オセアニアだったとしても東南アジアだったとしても然り。
まずはショッピングで、デューティフリーに向かう。ロリータを真ん中にして両端をリーチと真理子が3人で手を繋いで歩く。
あれが噂の魔法少女だと行き交う人から注目されるが、そんなことはお構いなしに3人の世界でズンズン歩く。
なんだかとても充実していて楽しい。真理子はロリータの服を選び、リーチは外で待たされるもカフェに入ると、知らない外国人から声を掛けられる。
「Hey ! ロリータパパ!アナタとお話がしてみたかった」
商社マンだった経験から、誰とでもすぐ打ち解けることができる。これでアルコールならもっとなのだが……、昼間から飲んでもいいのは、出張中の移動しているときだけ、今、飲むと真理子に怒られてしまう。
いくら休暇中とはいえ、だ。もっとも、これが果たして休暇中と言えるかどうかは定かではない。なんせ、ロリータを魔法少女として操っているのは、ほかならぬリーチなのだから。
リーチがいなくては、ロリータは動けない。でも、もしロリータがまともに怪物から攻撃を受けたとしても、リーチのカラダに影響が出るかどうかもわからない。完ぺきにプログラミングされたロリータの攻撃に寸分の狂いはない。
それに何というか、何かしらの結界のようなバリアでいつも守られている感じがする。
こんなことならC.P.A.にならずロボット工学の方を勉強すればよかったと思う。そうだ。京都へ帰ったら、京都大学もM製作所もあるから、そこでイチからロボット工学の勉強をさせてもらおう。少しは、ロリータの役に立つかもしれない。
M製作所は、二足歩行のロボット製作として、第一線で活躍している会社だから、きっと何かヒントを見つけられるかもしれない。監査役などになってしまうと、自由が利かなくなるので、会社には、それとなく断りを入れておこう。
リーチの思惑は見事打ち消されてしまうことになるのだが、この時はロリータのためにできることがあれば、何でもする覚悟があった。
その頃、ショップの中では、ロリータと一緒に写真撮影したいという家族連れに囲まれて、困惑している様子の真理子の姿があった。
「もうっ!リーチったら、肝心な時にいないのだから」
「Don’t photography allowed !」
叫んでも誰も言うことを聞いてくれない。こういう時に、女だとハナから舐められて困ることはわかっていたけど、お買い物ぐらい自由にさせてほしい。これなら、まだニッポンの方が100倍マシだわ。ニッポン人は、遠くから見るけど、ここまで強引に勝手に写真を撮ったりしない。
困っていたら、地元のポリスマンが来て、ギャラリーを蹴散らしてくれたので、助かる。誰かが通報してくれたみたいだ。
きっとショップの店員さんだと思う。保安係が呼んでくれたのかもしれない。とにかく商売の邪魔になるから、対処してくれたとしても、ありがたい。
両手に抱えきれないぐらい買い物をして、外に出ると、リーチが待ちくたびれたような顔で、こちらに歩いてくるのが見えた。
買い物袋をみんなリーチに持たせて、真理子とロリータは笑いあいながら、カイウラニホテルへ行く。
女同士は仲良くていいね。そう思いながら、二人の後を追うリーチは、突然、世界が歪んだように感じた。
ん?
気のせいかとも、思ったが、その刹那、またあの猛烈な眠気が襲ってくる。でも、前方を歩いているロリータに異変はない。
おかしい。何かが変だと感じながらも、必死に二人の後を追おうとするが、猛烈な眠気に勝てないで動けなくなってしまったのだ。
額から脂汗がじんわりと出てくるのを感じながら、意識が遠のいていく。そんなリーチの異変にいち早く気づいてくれたのが、糟糠の妻、真理子ですぐさま救急車を呼んでくれた。
「どうして!?最近、特に元気になったばかりじゃないの!」
それが最後に聞いた真理子の声。
リーチは救急車の中で息を引き取り、泣き崩れる真理子。死因は、熱中症による急性心不全だった。
そのままハワイの地で、荼毘に付され、遺骨をニッポンへ持ち帰った真理子は、リーチの生まれ故郷である京都の菩提寺に納骨した。
楽しいはずの最初で最後となった家族旅行が一瞬にして暗転を迎え、悲しみに暮れる毎日を過ごしていると、ロリータの魂も滅んだはずが、なぜか前よりもイキイキとし始める。
真理子は不審な顔で、ロリータをまじまじと見つめ
「ひょっとして!?リーチ?」
「うん。そうだよ」
声は、リーチの野太い声とは、似ても似つかない鈴を転がしたような可愛らしい声にぎょっとするも、どこか嬉しい。
「おかえり。リーチ」
「ただいま、真理子」
「ねえ、これからどうするの?」
「もちろんロリータとして生きていくさ。俺の遺族年金がたっぷりあるだろうし、死亡退職金で京都で一軒家を買って、そこで暮らそう。京都大学に入学し、M製作所に勤めることが目下の夢だな」
「わかった。リーチ愛している」
リーチの魂がロリータの中に入る時は、決まって戦闘シーンなので、普段のロリータのカラダに入ることはなかった。
だが、死んでリーチのカラダが無くなった今、ロリータのカラダが新しいリーチの魂のカラダになったことが不思議で仕方がなかったが、このカラダに慣れるしか仕方がない。
それにしてもスースーする。よく女は、こんなスースーするスカートで平気でいられるな。と心から思う。夏は涼しいだろうが、秋から冬にかけて、寒くてたまらない。リーチはロリータファッションをやめ、普段はジーパンを履くようにした。ついでに毛糸のパンツも真理子に買ってきてもらい、それも履くようにしたのだ。
それもそのはずで、東京の自宅を引き払い、底冷えのする京都に引っ越してきたのだから、冷えて当然なのだが、リーチが京都にいた頃は男子で、しかも子供のころまでだったから寒さに強い体質になっていたのだ。
ロリータは、金属でできているのかもしれないし、余計に冷えを感じてしまう。
「うー寒い」
「リーチ、国連軍から仕事の依頼があったわ。今度の赴任地は北極よ」
「無理、パス!」
「そんな我が儘言えるわけないでしょ!?さっさと支度しなさい!」
渋々ロリータファッションに着替え、厚めのヒートテックタイツを2枚重ねて履く。
「そうだ使い捨てカイロがあったろ?あれを背中に貼ってくれ」
「信じられないぐらいジジクサくなったわね!リーチはここまで寒がりじゃなかったわよ?」
「仕方ないだろ?機械でできているのだから、ひと際冷えるんだよ!」
「ロリータちゃんの11歳のカラダに憑依したのに?子供は風の子よ」
「それは一般論だ!だいたい、このクソ寒いのに、なんでスカートを穿かなきゃなんないんだ!おかしいだろ!寒いときは温かくすればいいってものを。そうだ焼酎がまだ残っていたな、ちょいといっぱい引っ掛けていくとするか」
「ダメよ。子供が飲酒だなんて、カラダに悪いわ」
「おいおい、俺は64のジジイだぞ?少しぐらい飲んだ方が却って調子が出るっていうものだ」
「ダメ。だめ」
真理子は、家にある酒瓶の中身をみんな流してしまう。
「あー、もったいない!」
「リーチが子供のカラダに入っているくせに欲しがるからよ」
「わかったよ。我がまま言ってすまない」
それから宇治の大久保基地に向かい、そこからオスプレイで関空まで行く。
北極行きの航空便なんて、あったっけ?と思っていると、国連軍の迷彩色のチャーター便というか、直行便で向かうことになったのだ。
ジープやオスプレイが迷彩色なのはわかるが、飛行機を迷彩色にする意味のどこにあるのかがわからない。
今回も真理子という保護者同伴で行くことになったのだが、真理子はいかにも暖かそうな毛皮のコートを着ている。
「なんだよ。自分は毛皮を着て、俺にはスカート履けってか!?」
「ロリータちゃんのは、戦闘服でしょ?それに女の子が俺なんて、おかしいわ」
ああ。そうだった。すっかり忘れていたのだ。俺は今、推定11歳の少女なのだから、少女らしくしないと、中身64歳のジジイだとバレてしまう。
そうこうしていると、オフォーツクが過ぎ、流氷が見え始めてきた。
「久しぶりに夫婦水入らずなのだから、いいだろ?」
「ダメよ。ロリータちゃんが決死の覚悟で戦っているというのに……」
「いいじゃないか?」
「んん……あっ!」
これはあらかじめニッポンで用意した嘘のテープ。夫婦でイチャイチャしていたら、部屋をノックされても、出なくていいだろうと判断して、この内容を録音した。
案の定、それまで廊下に人の気配がしていたのに、このテープを流すと、途端に静かになる。
そうっと、覗き窓から廊下の様子を覗いてみても、誰もいない。しめしめと、抜き足差し足で、ベッドの上に身を投げた。
後は、リーチ扮するロリータちゃんが帰ってくるのを待つだけ。
せっかくハワイくんだりまで来たのだから、今夜はデューティフリーショップでハワイアンダイヤモンドぐらい買ってもらわなきゃ割に合わない。
それにしてもロリータちゃんに変身するようになって、リーチは元気になったと思っている。10歳のロリータちゃんに魂を交歓しているからか、カラダまでみずみずしくなって羨ましい限りなのだ。
さりとて、夫に嫉妬するわけではない。若いロリータちゃんに嫉妬するわけでもない。ただ言えることは、使命感を持つと人間、年寄りでももう一度輝きだすということ。
今なら、あのテープにあったようなコトをすれば案外子供ができたりして……。でも、いくら種が若返ったとしても、畑が古いまんまだもの。きっとダメだと思う。考えながら悲しくなって、つい涙をこぼす。
もう、10年も前に閉経してしまったのだもの。今更、子供をなすことは諦めたはずなのに、イキイキしているリーチを見て焼きもちを焼きたくなった。
ロリータちゃんに弟か妹をプレゼントしたら、どんな顔をするかしら。想像するだけで、おかしくなってくる。
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隣の部屋のスイートルームで男が盛大なため息をついている。
「また、おっぱじめやがった。いい年して、よくやるよな」
「そう言うなよ。人間、食欲と性欲が無くなったら、お陀仏だって言うしさ」
「でも、あの奥さん年の割に艶っぽい声をしている」
「おい!お前、年増好みか!?」
「あーあ。嫁さんに会いたいなー」
「案外、間男を引っ張り込んだりしてんじゃねえのか?」
「よせよ。縁起でもない」
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「マハリクマハリタヤンバルヤンヤンヤン」
ロリータは、怪物に留めの一発を決め快勝した。戦闘中、ロリータの感情に動きはない。まるでプログラミングされているみたいに、「空」の感情。このあたりのことから、リーチはロリータロボット説を捨てきれないでいる。
ホテルに着いてからのロリータはその様子がさらにひどくなる。ぐったりと動かないままでいて、シャワーも浴びようとしない。やっぱり、元の姿に戻る前にシャワーだけでも浴びた方がよかったか。リーチは出張中なら、いつもしていたことだが、妻と一緒に来ていることで妻に遠慮している。なんとなく妻に対して後ろめたさがある。
別にロリータのカラダに悪戯などしていない。それでも若い女の子と一緒にシャワーを浴びることには違いがないので、といっても、その若い女の子はリーチ自身でもあるのだが。
リーチのカラダであって、リーチのカラダではないということがややこしい。
もっとも、妻の真理子と2人だけど、3人で入れば問題はないのだが、部屋に戻ってきてから真理子はスースーと寝息を立てていたから起こしてまで一緒に入ることはなかろうと思ってしまったことが失敗だったのだ。
このままほっといてもいいだろうか?どんどん顔色が悪くなっていく一方のロリータの顔を覗き込む。でも、人間のドクターに診せてもいいものかわからない。
ひょっとすれば、ロボットだということがバレ、大変なことになるのではないかという懸念がある。
いや、たとえロボットだということがバレても、見殺しにすることよりはマシなはずだ。今までロリータにはたくさん助けられてきた。煩わしいと思ったこともあるが、もし、これが異世界人としての人間だった場合、やっぱり医者に診せた方が賢明な判断だと思う。
時には、本当の孫娘だと思えるようなこともあった。だから、ロボットだとしても責めは自分が負う覚悟で、フロントに電話をして、ドクターに来てもらうことにする。
結果は、熱中症だった。
「よかったぁ」と喜んでいたら、医者からこっぴどく叱られてしまった。
「たかが熱中症と侮ることなかれ、水分を十分とらせて休ませてあげてください」
「はい」神妙に頷く。
ドクターを送り出してから、国連軍の幹部がぞろぞろ見舞いに来たが、「今はそっとしてほしい」とすべて追い返す。
ロリータ歓迎晩さん会も中止になり、その夜はひっそりと過ごしたのだ。医者は熱中症と診断したが、果たしてそうであったかはわからずじまいだった。
人間だという確証がない。
ただ、真理子が団扇でパタパタと仰いでいると、少しロリータの顔色が良くなったような気がする。ロリータが好きだというフレッシュジュースも取り寄せ、飲ませると、俺たち夫婦に向かって、頭を下げ「パパ、ママ」と呼んでくれるようになった。「ジジ、ババ」ではなく「パパ、ママ」なんだ。
学校で、そう教えられたのか、もう、涙が出そうになり、実際、真理子は涙ぐんでいて、ハンカチをそっと渡す。
今までは心のどこかで、子作りのことをいつも考えていたが、もうこれで本望だ。
嘘でも養女から「パパ、ママ」と呼ばれたからは、たとえロボットのカラダだったとしても、我が子の様に育てていきたいと心底思う。
翌朝、国連軍からの要請を受けて、しばらくの間、ハワイ諸島で滞在することになった。オアフ島にいれば、アメリカ本土が狙われても、すぐに駆けつけることができるし、オセアニアだったとしても東南アジアだったとしても然り。
まずはショッピングで、デューティフリーに向かう。ロリータを真ん中にして両端をリーチと真理子が3人で手を繋いで歩く。
あれが噂の魔法少女だと行き交う人から注目されるが、そんなことはお構いなしに3人の世界でズンズン歩く。
なんだかとても充実していて楽しい。真理子はロリータの服を選び、リーチは外で待たされるもカフェに入ると、知らない外国人から声を掛けられる。
「Hey ! ロリータパパ!アナタとお話がしてみたかった」
商社マンだった経験から、誰とでもすぐ打ち解けることができる。これでアルコールならもっとなのだが……、昼間から飲んでもいいのは、出張中の移動しているときだけ、今、飲むと真理子に怒られてしまう。
いくら休暇中とはいえ、だ。もっとも、これが果たして休暇中と言えるかどうかは定かではない。なんせ、ロリータを魔法少女として操っているのは、ほかならぬリーチなのだから。
リーチがいなくては、ロリータは動けない。でも、もしロリータがまともに怪物から攻撃を受けたとしても、リーチのカラダに影響が出るかどうかもわからない。完ぺきにプログラミングされたロリータの攻撃に寸分の狂いはない。
それに何というか、何かしらの結界のようなバリアでいつも守られている感じがする。
こんなことならC.P.A.にならずロボット工学の方を勉強すればよかったと思う。そうだ。京都へ帰ったら、京都大学もM製作所もあるから、そこでイチからロボット工学の勉強をさせてもらおう。少しは、ロリータの役に立つかもしれない。
M製作所は、二足歩行のロボット製作として、第一線で活躍している会社だから、きっと何かヒントを見つけられるかもしれない。監査役などになってしまうと、自由が利かなくなるので、会社には、それとなく断りを入れておこう。
リーチの思惑は見事打ち消されてしまうことになるのだが、この時はロリータのためにできることがあれば、何でもする覚悟があった。
その頃、ショップの中では、ロリータと一緒に写真撮影したいという家族連れに囲まれて、困惑している様子の真理子の姿があった。
「もうっ!リーチったら、肝心な時にいないのだから」
「Don’t photography allowed !」
叫んでも誰も言うことを聞いてくれない。こういう時に、女だとハナから舐められて困ることはわかっていたけど、お買い物ぐらい自由にさせてほしい。これなら、まだニッポンの方が100倍マシだわ。ニッポン人は、遠くから見るけど、ここまで強引に勝手に写真を撮ったりしない。
困っていたら、地元のポリスマンが来て、ギャラリーを蹴散らしてくれたので、助かる。誰かが通報してくれたみたいだ。
きっとショップの店員さんだと思う。保安係が呼んでくれたのかもしれない。とにかく商売の邪魔になるから、対処してくれたとしても、ありがたい。
両手に抱えきれないぐらい買い物をして、外に出ると、リーチが待ちくたびれたような顔で、こちらに歩いてくるのが見えた。
買い物袋をみんなリーチに持たせて、真理子とロリータは笑いあいながら、カイウラニホテルへ行く。
女同士は仲良くていいね。そう思いながら、二人の後を追うリーチは、突然、世界が歪んだように感じた。
ん?
気のせいかとも、思ったが、その刹那、またあの猛烈な眠気が襲ってくる。でも、前方を歩いているロリータに異変はない。
おかしい。何かが変だと感じながらも、必死に二人の後を追おうとするが、猛烈な眠気に勝てないで動けなくなってしまったのだ。
額から脂汗がじんわりと出てくるのを感じながら、意識が遠のいていく。そんなリーチの異変にいち早く気づいてくれたのが、糟糠の妻、真理子ですぐさま救急車を呼んでくれた。
「どうして!?最近、特に元気になったばかりじゃないの!」
それが最後に聞いた真理子の声。
リーチは救急車の中で息を引き取り、泣き崩れる真理子。死因は、熱中症による急性心不全だった。
そのままハワイの地で、荼毘に付され、遺骨をニッポンへ持ち帰った真理子は、リーチの生まれ故郷である京都の菩提寺に納骨した。
楽しいはずの最初で最後となった家族旅行が一瞬にして暗転を迎え、悲しみに暮れる毎日を過ごしていると、ロリータの魂も滅んだはずが、なぜか前よりもイキイキとし始める。
真理子は不審な顔で、ロリータをまじまじと見つめ
「ひょっとして!?リーチ?」
「うん。そうだよ」
声は、リーチの野太い声とは、似ても似つかない鈴を転がしたような可愛らしい声にぎょっとするも、どこか嬉しい。
「おかえり。リーチ」
「ただいま、真理子」
「ねえ、これからどうするの?」
「もちろんロリータとして生きていくさ。俺の遺族年金がたっぷりあるだろうし、死亡退職金で京都で一軒家を買って、そこで暮らそう。京都大学に入学し、M製作所に勤めることが目下の夢だな」
「わかった。リーチ愛している」
リーチの魂がロリータの中に入る時は、決まって戦闘シーンなので、普段のロリータのカラダに入ることはなかった。
だが、死んでリーチのカラダが無くなった今、ロリータのカラダが新しいリーチの魂のカラダになったことが不思議で仕方がなかったが、このカラダに慣れるしか仕方がない。
それにしてもスースーする。よく女は、こんなスースーするスカートで平気でいられるな。と心から思う。夏は涼しいだろうが、秋から冬にかけて、寒くてたまらない。リーチはロリータファッションをやめ、普段はジーパンを履くようにした。ついでに毛糸のパンツも真理子に買ってきてもらい、それも履くようにしたのだ。
それもそのはずで、東京の自宅を引き払い、底冷えのする京都に引っ越してきたのだから、冷えて当然なのだが、リーチが京都にいた頃は男子で、しかも子供のころまでだったから寒さに強い体質になっていたのだ。
ロリータは、金属でできているのかもしれないし、余計に冷えを感じてしまう。
「うー寒い」
「リーチ、国連軍から仕事の依頼があったわ。今度の赴任地は北極よ」
「無理、パス!」
「そんな我が儘言えるわけないでしょ!?さっさと支度しなさい!」
渋々ロリータファッションに着替え、厚めのヒートテックタイツを2枚重ねて履く。
「そうだ使い捨てカイロがあったろ?あれを背中に貼ってくれ」
「信じられないぐらいジジクサくなったわね!リーチはここまで寒がりじゃなかったわよ?」
「仕方ないだろ?機械でできているのだから、ひと際冷えるんだよ!」
「ロリータちゃんの11歳のカラダに憑依したのに?子供は風の子よ」
「それは一般論だ!だいたい、このクソ寒いのに、なんでスカートを穿かなきゃなんないんだ!おかしいだろ!寒いときは温かくすればいいってものを。そうだ焼酎がまだ残っていたな、ちょいといっぱい引っ掛けていくとするか」
「ダメよ。子供が飲酒だなんて、カラダに悪いわ」
「おいおい、俺は64のジジイだぞ?少しぐらい飲んだ方が却って調子が出るっていうものだ」
「ダメ。だめ」
真理子は、家にある酒瓶の中身をみんな流してしまう。
「あー、もったいない!」
「リーチが子供のカラダに入っているくせに欲しがるからよ」
「わかったよ。我がまま言ってすまない」
それから宇治の大久保基地に向かい、そこからオスプレイで関空まで行く。
北極行きの航空便なんて、あったっけ?と思っていると、国連軍の迷彩色のチャーター便というか、直行便で向かうことになったのだ。
ジープやオスプレイが迷彩色なのはわかるが、飛行機を迷彩色にする意味のどこにあるのかがわからない。
今回も真理子という保護者同伴で行くことになったのだが、真理子はいかにも暖かそうな毛皮のコートを着ている。
「なんだよ。自分は毛皮を着て、俺にはスカート履けってか!?」
「ロリータちゃんのは、戦闘服でしょ?それに女の子が俺なんて、おかしいわ」
ああ。そうだった。すっかり忘れていたのだ。俺は今、推定11歳の少女なのだから、少女らしくしないと、中身64歳のジジイだとバレてしまう。
そうこうしていると、オフォーツクが過ぎ、流氷が見え始めてきた。
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