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 ある日、王宮から婚約者である王太子殿下よりの火急の呼び出しがあったので、行ってみると王太子殿下ロバート様の腕に義妹のリリアーヌがぶら下がりながら、リリアーヌは勝ち誇った顔をしている。

 義妹は、3年前、父が再婚したのであるが、なんでも姉のものを欲しがり要らなくなったら、姉に返す、押し付けるという身勝手極まりないわがまま放題の義妹であったのだ。義妹と言ってもリリアーヌとは、同い年で生まれ月がセレスティーヌは4月生まれで、リリアーヌが11月生まれだったので、妹の扱いになっただけである。

 そしてついにこの時が来たのか!少し前から、王太子殿下の香水と同じ匂いがリリアーヌからしていたのである。

 「公爵令嬢セレスティーヌ・オックスフォード、貴様との婚約は今をもって破棄するものとする。そして、カナディアン辺境伯との婚姻を命ずるものとする。」

 カナディアン辺境伯と言えば、変人で有名で、リリアーヌと婚約が決まっていたはずだったのに、それをセレスティーヌに押し付けるつもりらしい。

 「承知いたしました。では、これにて。御機嫌よう。」

 美しくカーテシーをして、去り行くセレスティーヌ。

 セレスティーヌは悔しくてたまらなかった。何のために5歳の頃より、お妃教育に励んできたのか?それに10歳になってからは、聖女認定を受け、さらに聖女教育も追加され、血反吐を吐く毎日であったのだ。

 まぁ、これでお妃教育から解放されることは、何より嬉しい。聖女教育も行かなくていいよね?お妃教育と聖女としての教育はセットだったんだから。それに今すぐ辺境伯と結婚することになれば、いちいち王都に通うのも面倒だもの。

 セレスティーヌは、知らなかった。聖女認定を受ければ、お妃教育が免除されることを、それにどこの国に聖女教育などあろうか?それは、すべてセレスティーヌを他国へ取られたくないために、囲い込む作戦であったのだ。

 帰宅して、辛い妃教育や聖女教育のことを母にしか相談できなかったのだが、結果として母の心労がかさみ、病気を悪化させることになってしまい、早くに死なせる結果を招いたのである。セレスティーヌ12歳の時、母が他界する。

 王国の政略により、母を失ったセレスティーヌが不憫だと、また思春期を迎える年頃でもあり、3年前に父が再婚するも義母は浪費家で義妹は我が儘、セレスティーヌにとっては、お荷物でしかない新しい家族であったのである。

 それもこれももうすぐ終わる。とにかく辺境伯に嫁ぐことになったので、善は急げとばかりに、嫁入りの支度をする。

 結婚式 は、約半年後であったのだが、少し早めに辺境へ旅立つことにしたのである。それもこれも聖女教育から逃れたい一心で。妃教育は、残すところ、あと1年で終了するのだが、聖女教育は、王太子殿下との結婚式が済んでからも行われるという話。

 冗談じゃないわ!辺境伯様と結婚してからまで、あの辛い聖女教育を受けなければならないなんて、考えられない!

 花嫁道具は、後日、送ってもらうことにして、あらかたの荷物だけをまとめて辺境へ出発する。

 その日、聖女教育があるからである。
 いつまで経っても、聖女様が来られないので、教会では、やきもきしている。誘拐されたのか?それとも御病気か?オックスフォード公爵家へ問い合わせを行うと、先日、王太子ロバート殿下から婚約破棄されたというではないか!それで、辺境伯へ一足早く、嫁に行くため向かったところだと聞き、すぐさま王家へ連絡を入れる。

 「なぜ、儂の許しもなく勝手なことをした?」

 「セレスティーヌなど、面白みのない女、願い下げにしてどこが悪いのですか?」

 「バカ者!セレスティーヌ以上の女性は、どこを探したっておらぬわ。」

 「同じオックスフォードの娘であれば、リリアーヌとかまわぬではありませんか?」

 「リリアーヌは後妻の娘で、元は男爵令嬢だったのだぞ。男爵が死にオックスフォードに後妻に入ったのだ。」

 王家では、聖女様を無断で婚約破棄し、その上、辺境伯へ勝手に結婚させるなどの暴挙をした王太子に批難轟轟で、ロバート様は廃嫡され、王家から追い出されることが決まる。

 「今すぐ聖女様を迎えに行ってこい!さもなくば、ロバートよ、貴様を鞭打ち100回の刑と平民落ちの刑とする。」

 ロバートは、リリアーヌと浮気をしていたことがバレる。なぜ、聖女様を王家が一生懸命囲い込みを行い、聖女様の母君を早死にさせてまでの犠牲を払っての婚約の継続だったのである。

 それを元男爵令嬢の阿婆擦れに引っかかり、婚約破棄したばかりか、次の縁談までご丁寧に紹介してやるとは、言語道断である。

 リリアーヌは、義姉の婚約者を寝取った罪で、死罪となる。

 慌てたのが、義母、

 「何卒、死罪だけはお許しを。」

 とオックスフォード公爵を通じ懇願するも、我が儘で、ふしだらに育てた義母の責任を追及され、義母も国外追放処分となる。

 当然、オックスフォード公爵とは、離縁である。

 王家からは、辺境伯へ「その結婚は許さない!」と待ったをかけるも、手遅れ。

 もともと王国の権力争いなどのいざこざが嫌いで、変人を通しているが、ごく常識人で誠実な人柄だった辺境伯は、セレスティーヌを一目で気に入り、閨ごとはまだであるが、セレスティーヌを一人の女性として敬い、大切に扱う。

 セレスティーヌも最初聞いていた変人の噂にビビっていたが、会えばごく普通の優しい殿方で、安心する。そして、見目麗しいカナディアン様のことを好きになっていくのである。

 ロバート殿下は必死になって、辺境伯領へ向かうも途中がけ崩れがあり、通行止めになっている場所、野犬が出て人を食い殺す騒ぎがあるなどで、なかなか到着できない。

 そういえば、幼い頃、セレスティーヌが聖女様に認定されたのだから、その聖女様と結婚できるロバート殿下は、建国以来の賢王になると、ほめそやされたことがあったことを思い出していたのだ。どこでどう間違えた?すべては、セレスティーヌの妹に出会ってからだ。ある時、セレスティーヌがお妃教育に来るとき、一緒についてきた娘。見た目は平凡だったが、妙に色っぽかった娘。それからまもなく肉体関係に及んだのである。最初は、あちらからモーションをかけてきたように思う。気が付いたら、リリアーヌのカラダに溺れている自分がいたのである。あとは、リリアーヌが言うまま、セレスティーヌと婚約破棄して、リリアーヌの婚約者であったカナディアン辺境伯と結婚しろ、と命じてしまったのである。

 あれからとうとうリリアーヌとは会えずじまいで、今、辺境伯領へ向かっている。リリアーヌ、どうしているかなぁ。他の男と抱き合っていたら許さない!いや、あいつのことだから、浮気しているかもしれない。早く帰りたい。早く帰って、リリアーヌとあんなことこんなことをしたい。だからといって、このまま引き返したら、むち打ち刑になるのは、いやだ。

 とにかく行って、セレスティーヌを連れ戻さなければ、連れ戻し、セレスティーヌを名前だけの正妃にして、リリアーヌを側妃に迎えれば問題なかろう。

 リリアーヌが死罪となって、この世にいないことをまだ知らないでいる。

 ただ、迎えに行って、セレスティーヌは、戻ってきてくれるだろうか?嫌だと断られたらどうしよう。俺様が頼めば、断るわけがないだろう。楽天的なバカであったのだ。それにカナディアン辺境伯は変人で有名だから、今頃は俺が迎えに来ることを待ち望んでいるかもしれない。

 もう少し、上から目線で、「セレスティーヌ迎えに来たから、帰ろう。」でいいのではないか?何も謝る必要などない。「セレスティーヌ、帰るぞ。」だけでもいいかもしれない。本当にセレスティーヌのことを鬱陶しい女だと思っていたのだから。愛しているのは、リリアーヌだけ。セレスティーヌは聖女であることしか価値がない女。

 そうこうしている間に、王宮のある王都は結界が消滅して、魔物が入り放題、暴れ放題になっていたのである。民衆は逃げ惑い、固く閉ざされた王宮の城門を打ち破る。民衆とともに、魔物も入ってきて……王宮内は、まるで地獄絵図のようである。

 王家は、教会に「なんとかしろ!」と命じるが、教会もセレスティーヌ一人に結界を任せていたので、誰も結界を張れないし、維持できないのであったのだ。

 セレスティーヌは、聖女教育と称して、結界を張り続けさせられていたのである。まだ幼い10歳の少女が疲れ果てるぐらい、聖なるエネルギーを結界のため使わされていたのだ。

 そのセレスティーヌが王都からいなくなった途端、この有り様である。

 カナディアン辺境伯のところに王都異変が伝えられた時には、既に王都は壊滅状態にあり、手の施しようがなかったのである。

 セレスティーヌのあとから来るはずの花嫁道具は、すべてカナディアンで用意されたものになってしまったのである。

 その日は結婚式の当日、みすぼらしい姿をしたロバート殿下が城門のところに来たのだが、誰もロバート殿下だとは気づかず、追い返そうとしたら、

 「セレスティーヌに会わせろ。」

 やけに高圧的な青年が、花嫁の名前を連呼していることから、どうしたものかと門番が悩む。そこへカナディアン辺境伯が、門番からの知らせを受け、様子を見に来たのである。

 「これは、ロバート殿下ではございませんか?」

 「うむ。いかにも。それよりセレスティーヌに会わせてもらえないか?」

 「はて?我が妻の名前を呼び捨てになさるとは、いかに元王太子殿下といえども無礼では、ございませんか?それに王都では、大変な騒ぎがあったと聞き及んでおりますが、このような辺境へお越しとは?」

 「な、なに?王都で異変とは?それはまことか?……今、確か我が妻と申したな?セレスティーヌ嬢と、そのつまり、……もう?……セレスティーヌ嬢?は聖女であったので、俺と結婚しなければならなかったのだ。まぁよい、そなたの古手でもいいから、今すぐ連れて帰るから、支度をいたせと申し伝えてくれ。」

 「それはできません。私たちは愛し合っております。それに神の前でもう誓いを立てた後でございますれば、神を裏切るようなことはできません。」

 「よい、そなたの古手でもかまわん。これは王命である。」

 「では、その王命の証を示してください。ないでしょう?そんなものは存在しない。なぜなら、この国はすでに滅んでいるからです。ご存知の通り、ここにはセレスティーヌがおります。だから、ここだけは無事なのですよ。わかったらさっさと帰ってください。もう、あなた様の行くところは何処にも存在しません。」

 ロバートはなんだかよくわかっていない。でも、もうセレスティーヌと復縁することは不可能であることは理解した。

 仕方なく、来た道を戻ることにしたのである。どうやればむちうち100回の刑を免れるか、そればかりを考えていた。そろそろ王都に着くころなのに、いっこうに着かない?はて?道を間違えたか?道端に座り込んでいる年寄りに聞くと、

 「王都なんてもうあるわけないべや。もうとっくになくなったさ。」

 「へ?それはどういう?」

 「なんだ、アンタ旅の人かえ?この国は、もう滅んだんださ。王さんも一人残らず死んだべ。」

 カナディアン辺境伯が言ったとおりだったのだ。ということは、むち打ち刑はなくなった?嬉しいけど、みんな死んだ?リリアーヌもか?

 その原因を作ったのは、まぎれもなく自分だという意識はまるでない。

 なぜだ?なぜ我が国は滅んだのだ?

 「昔、バカな王太子がおってな、聖女様を追い出してしまったそうな、せっかく聖女様と婚約していたのに、自分が浮気して邪魔になったからと言って、聖女様を追い出したんだとさ。バカ一人のせいで、この有り様よ。」

 え?俺のせい?

 言い訳しようと、思ってみたらいつの間にか道端の年寄りはいなくなっていた。

 そんな……、知らなかったんだよ。聖女を追い出したら、国が亡ぶってこと、どうして誰も俺に教えてくれなかったんだよ。

 言ってくれてさえいたら、リリアーヌなんぞにかまけず、もっとセレスティーヌを大事にしていたよ。そもそも5歳のお妃選定会で、俺がセレスティーヌに一目惚れして、どうしてもセレスティーヌがいいと言い張ったから、結ばれた婚約であったのだ。

 その後、セレスティーヌは、すぐさまお妃教育が始まり、あまり会う機会がなくなって、10歳の時にセレスティーヌが聖女様になったんだ。聖女様になったセレスティーヌには、ますます近寄れなくなったのだ。お妃教育だけでも大変だったのに、聖女教育までもが加わり、多忙を極めたセレスティーヌをほったらかしにしていた。悩み事や愚痴でも聞いてやれば、よかった。すれば、オックスフォード夫人も死なずに済んだかもしれない。

 教会は、セレスティーヌに病気治癒の回復魔法を教えず、結界を張ることだけに聖女の力を費やさせた。それにより、オックスフォード夫人はロクな治療も受けられず、死んでしまったのである。自分たちが楽をしたいために、オックスフォード夫人を犠牲にしたのである。

 その結果、オックスフォード公爵は再婚し、リリアーヌという義妹と出会ってしまうことになったのだ。

 そのオックスフォード公爵は、というと後妻と離縁してから、この国はヤバイと感じて、さっさと出奔したのである。行き先は、後妻とは、正反対のほうへ。もうあの女とは二度と会いたくないからである。

 男爵令夫人にしては、小綺麗な女がいると、知り合いから紹介してもらったのだが、セレスティーヌと同い年の娘がいたから、再婚を決めたのである。同い年の娘を持つ母親として、セレスティーヌの相談相手になると思ったから、実際は相談相手どころか、お荷物、悩みの種がさらに増えた状態になってしまい、セレスティーヌを追いつめることになってしまったのである。

 セレスティーヌを追って、カナディアン辺境伯領へ行こうかとも思ったが、オックスフォード家のことで、またセレスティーヌが肩身の狭い思いをするのではないかと考え、行くのをやめたのである。

 セレスティーヌには、今度こそ幸せになってもらいたいのである。風の噂で聞くと、セレスティーヌは、無事、男児を出産し、平穏で幸せな生活を送っている模様。

 孫の顔を見に行きたいような気もするが、行ってもいいだろうか?

 実は、父オックスフォード公爵は、辺境伯領から山一つ越えた隣国にいたのである。ここにいると聖女様のおこぼれで、聖なる影響力がまだあるため、魔物も出ることがなく、安全なのである。

 思い切って、セレスティーヌと孫を訪ねに行くと、アポなしで行ったにもかかわらず歓待されたので驚いたのである。

 その日は、あれからのことを夜が更けるまでいろいろ積もる話をした。リリアーヌが処刑され、後妻である義母も国外追放、ロバート様は廃嫡の上、平民落ちでその後行方不明になっていることなど、父公爵は、ここから山一つ越えた隣国で静かに暮らしているという話をすれば、

「それなら、ここで一緒に暮らしましょう。」とセレスティーヌは言うが、迷惑ではないのか?

「迷惑だなんて、あるはずがございません。ここでお母様の思い出話など聞かせてくださいませ。」

 お言葉に甘えさせてもらうことにしたのである。
 婿であるカナディアンからも歓待され、居候することになったオックスフォード。

 隣国との和平条約に活躍し、カナディアンはそこだけで独立した国になったのである。
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みんなの感想(1件)

penpen
2021.05.31 penpen

男爵令婦人にしては
・・・男爵婦人?男爵令息元婦人?

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