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 その日、少女の身元が判明した。少女の名前は、キャロライン・フォン・クリスタル。クリスタル公爵の忘れ形見だ。

 アーノルドは、あの時の事故のことをよく覚えている。あれは、もう5年前になるが、その年はひどい干ばつで、どこの貴族の領地も青息吐息の状態で、それでクリスタル公爵夫妻は、領地の視察に行き、その帰り道崩落した道から転落ししてしまったのだ。

 残された家族は、娘が一人だったが、この国の方に寄り、10歳では家督を継げず、11歳になった時、しかるべく後見人をつけてなら、家督が継げるという話で、少女は、当時10歳だったので、その後の消息は不明だったのだ。

 社交界にデビューすることもなく、ただ5年間ひっそりと暮らしていたことを知り、胸が痛くなる。

 そして同時に、アーノルドは他人のことを不憫だと感じていることに驚いてしまう。

 今まで他人のために一度も、涙を流したことがない。でも、話はそれだけで済まなかったのだ。

 家督を継げなくなったキャロライン嬢は、クリスタル領地と面しているコークス伯爵家の養女になるが、その実態は、コークスがクリスタル領地を横取りするためだけの話が主体で、キャロライン嬢は、クリスタル公爵邸の屋根裏部屋に押し込まれ、他の使用人と同様の扱いを受けていると聞く。

「なんだって!?そんなバカなことが、あってたまるか!」

 アーノルドは声を荒げ怒るが、狡猾なコークスは国の重鎮に賄賂を遣い、その苦情をもみ消したのだ。

 今回、キャロライン嬢の消息を訪ねるにあたり、時間がかかったことが、それを裏付ける結果となってしまったのだ。

 あの時、一緒にいた侍女は、クリスタル家からの使用人で、キャロライン嬢には、もうあの侍女がただ一人の使用人となっており、他の使用人はコークス伯爵の手により、すべて解雇されてしまったという。

 アーノルドは腹の底から怒りがフツフツと沸き立ち、立っていられなくなる。そのままソファに、どっかり座り込み、さらなる報告に耳を傾ける。

 キャロライン嬢は、コークス家の同年齢の兄弟妹から陰湿なイジメを受け、それに毎日耐えて暮らしているという。

 使用人として働いた給金はおろか、小遣いももらえず、お金に不自由しているキャロライン嬢は、自ら手芸した作品を王都で売りさばくため、先日、街に来ていたところ、馬の暴走に出会ってしまったという報告を聞く。

「不憫だ」

 アーノルドは大きくため息をつき、今後、どうするべきか、何をすればキャロライン嬢のためになるかを考える。

 コークス家を取り潰すこと自体は、簡単にできる。あれから5件の月日が経過しているので、キャロライン嬢さえ望めば、クリスタル家の家督を継ぐことはできる。しかし、おそらくそうすれば、コークスの兄弟妹たちが黙っていないだろう。キャロライン嬢のところへ行き、今まで育ててやったとか、いちゃもんをつけ、キャロライン嬢のパラサイトになるだろう。

 コークス兄弟も伯爵と共に、あの世へ送ってやろうか?おそらくコークス家の使用人も一蓮托生で、キャロライン嬢をイジメていた可能性がある。5年間主家筋の正当な跡取りをイジメていたとすれば、死罪も免れない。というか、死罪にしなければ示しがつかない。

 王家からしかるべき使用人を雇い、クリスタル公爵家を再興する。コークスが掠め取ったクリスタル領地も返却させる。

 それだけでいいのか?何か大事なことを忘れているような気がしてならない。

 賄賂を受け取ったという国の重鎮どもを探し出さなければならない。そいつらも、コークス家と同様の処罰をしなければ、また法の網をかいくぐる輩が出てくる。

 公爵家令嬢を養女にするには、それなりの煩雑とした手続きが必要で、その承認決済をした人物から調べを進めていくことにする。

 アーノルドは、5年前の書類を取り寄せ、検証を始めていく。

 俺は、その足で親父の元へ行き、相談する。

「して、その娘は美人か?」

「いえ、横顔だけしか見ていませんが、おそらく……」

「なんにしても、お前がその気になってくれたことは喜ばしいことぞ、これで我が国も安泰というもの。存分にやるがよい」

「?」
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