チェスクリミナル

ハザマダアガサ

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ジャスターズ編

真剣勝負

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 この人、どこ出身なんだろう。
 所々言葉がおかしいし、話すのが苦手っていう訳じゃないよね。
「コイン様!」
 男は俺をものともせずに、自分のボスを助けようと振り返る。
 まずい、ここで逃したら怒られてしまう。
「どこ行くんですか」
 俺は抜刀し、男の後頭部に斬りつける。
「ジャマだね」
 しかし、斬ったと思われたそれは空気。
 男は斬撃よりも速く、屈み込んでいた。
「君くんは弱い」
 今度はドロップキックではなく、横目で見るのみの後ろ蹴り。
「ぐぅふっ」
 辛うじて左腕で防ぐも、威力が桁違い。
 俺は後方へと飛ばされる。
「コイン様、現在向かいます」
 男はそのままクラウチングスタートの様に走り出した。
「させるか!」
 俺は慣れない体勢で空を切り、見えない斬撃を男に飛ばす。
「ふんっ」
 しかし、男は後ろも向かずにサイドへ避け、スピードを維持しながらコインの方へと向かう。
「流石に抜刀直後じゃないと弱いか……」
 俺は着地と同時に納刀し、静かに目を閉じる。
 トールさんの能力でコインは地下に潜った。既に液状化は解いてるはずだから、上から入ろうとするなら、地面を一瞬で掘るくらいの腕力が無いといけない。
 それに対して男は、今のところ足技しか使っていない。
 足に自信があるのか、腕に自信が無いのかは分からないけど、とりあえず焦る必要はないかな。
「ふぅ……」
 俺は一呼吸置く。
 そして、目を見開くと共に、鋭い殺意を持って抜刀した。
「彼岸花!」
 見えない斬撃は、あたかも空間を歪めて進んでいる様に、通り過ぎる空気を無差別に切り裂いて行く。
「ぬうっ」
 男は咄嗟に上へ飛ぶ。
 しかし俺の見えない斬撃は、しっかりと男の左足を切断していた。
「ぐっ」
 男は片足で着地すると、やっと俺の方へと振り返る。
「さっきの訂正だよね。君くん弱くない」
「君くんじゃないですよ。俺の名前はリュウ・カミソレです」
 俺は礼儀を持ってお辞儀をする。
「妙なやつ」
 男はそう言いながら、先程斬られた左足を拾う。
「私さんもだけど」
 男はそれをどうするのかと思うと、折れた鉛筆同士をくっつけるみたいに、左足とその断面を密着させた。
「流石にくっつかないんじゃ……」
 俺は念のため納刀する。
「それ私さん次第」
 男がそう言った後、その左足に変化が起きる。
 傷口の血液が凝固し始め、傷口が段々と接合していく。
「再生系の能力ですかね」
 再生されると厄介と思い、俺は地面を蹴って男に近づく。
「もう遅いとな」
 射程距離に入るや否や、男は左足で俺の顔面目掛けて蹴り上げる。
「なおっ——」
 辛うじて抜刀し、左足首を斬る。
 が、男は構わず、もう1つの足で蹴ってきた。
「あぶっ」
 俺はそれを刀で受けるのではなく、素直に避ける。
「折角再生したのに、学習しないですね」
 俺は一旦距離を取り、納刀する。
「避けるの男じゃないね。嫌い」
 ——途端、男の姿が消える。
「遅いね」
 後方から声がし、俺は抜刀する。
 しかしそこには、空気しかなかった。
「はずレ」
 今度は左からしたと思うと、次には右から声がする。その次は後方から、次は右と、男は有り得ない速さで動いている。
「再生系の能力じゃないのか……?」
 身体を再生するだけなら、この速さの説明は出来ない。しかし逆に言えば、この速さであの再生は説明出来ない。
 どちらにも共通する能力って事なんだろうけど、さっぱり思い浮かばないな……。
「考えても仕方ないか」
 俺は深く腰を落とし、刀に手を添える。
「ふぅ……」
 そして集中する為、ゆっくりと目を閉じた。
「バカよ君くん。見なくちゃ攻撃ないよね」
 男の声は様々な方向から少しずつ聞こえてき、かなり気持ちが悪い。
 やはりこれを使うか。
 俺はもう一段と、腰を落とす。
 かつて空気の膜を張られた時に、対策として考え出した技。
「花火!」
 抜刀の直後、刀は半円状に周囲を斬りつける。
 どこの角度から来ようと、真下以外には斬撃が浴びせられる。
「危だね君くん。も少しで死だった」
 ……それなのに、男は何ともないと、少し距離を置いて立っていた。
「あれが当たんないんですか……」
 俺はさりげなく右腕を摩る。
「私さん以外は死だったね。惜しい」
 接近してくれていたのは、正直好都合だったんだけど、この感じ、もう無闇には来なそうだ。
「あなた、かなり強いですね。正直言うと、もう手の内明かしちゃったんですよ」
「手の内明かした明かすの、意図分からない。言わずバレない事」
 手の内を明かしたと、そう明かす行為が理解出来ないって事かな?
「……確かにそうかもですね。けど、言って変わる事だってあるんですよ」
 俺は会話の中で、自然と納刀する。
「変わる?」
「例えばそうですね——彼岸花!」
 俺は心の中で謝りながら、不意打ちで見えない斬撃を飛ばす。
「不意打ち嫌いね」
 男は俺から見て、右側へと飛ぶ。
「俺も」
「なっ⁉︎」
 それは予想しており、俺は一瞬で距離を詰めた。
「卑怯めキューズ部下!」
 男は無茶な体勢で蹴り上げる。
 もちろんそんなのが俺の抜刀の速さに勝てる筈がなく。
「鳳仙花!」
 俺の放った斬撃は、男の首を斬り進める。
「——甘いね!」
 しかし何ということか、俺は男の首を刎ねてなどいなかった。
「がぁあっ」
 届く筈のない蹴りが、俺の脇腹へと直撃する。
「勝ったが負けの始まり」
 あまりの痛みに受け身も取れず、俺は刀を手放し地面を転がる。
 それに対して男は、何もなかったかの様に立っていた。
「今、確実に斬ったはず……」
「切れたよ。切れたね。けど、死ないね。不思議」
 さっきの蹴りで肋骨が何本か折れてしまった。
 しかも運の悪い事に、その内のどれかが肺に刺さった様だ。
 上手く呼吸が出来ない。
 男は俺の刀の近くに立ち、足を高く上げる。
「もうこれ使えない」
 そして思いっきり、刀に叩きつけ——。
「ドゥオオン」
 突然、地面が一斉に悲鳴を上げる。
「なんっ、地震か」
 男も刀を折るより、その音の方に意識が向く。
 何が起きたか分からないが、今しかない。
 俺は鞘を右手に持ち替え、それを全力で刀に投げつけた。
「なっ」
 男は急いで足を下ろすが、刀は投げ飛ばされた鞘に収まり、遠くへと飛んでいく。
「君くんコントロールいいね」
 そんな言葉をよそに、俺は走り出していた。
「させないよ」
 男も俺が走り出してすぐに動き出し、勝負は刀争奪戦へと変更される。
「私さん見逃すわけない」
 走り出したのは俺が先だが、距離的には男の方が近い。
 足が片方無いというのに、どんな脚力をしているんだこの男は。
 このままだと確実に負けてしまう。
 俺は一瞬体勢を低くし、手のひらサイズの瓦礫を複数手に取る。
「また投げるか」
 男の言う通り、俺はその瓦礫を刀の少し左側へと投げる。
「単純つまらないね」
 しかし、それは男が軽々とキャッチし、刀に届くことはない。
 だがそれでも、俺は1つもう1つと投げ続けた。
「全部想定内ね。君くんの負け」
 男は全ての瓦礫をキャッチすると、それをどこかへと捨て、勝ち誇る。
 当然だが、俺より男の方が刀から近いので、俺の方が不利なはず。
 しかしそれが、男の油断を引き起こす事になった。
「ならこれは、予想出来たかな」
 俺は刀とは全くの関係がない、男よりも刀よりも左側に、全力で瓦礫を投げつけた。
「なんっ!」
 男は無意識に、その瓦礫を足で蹴り弾く。
 もちろんそれが、全くの無意味な投擲であるにも関わらずに。
「思い込みを利用させて貰ましたよ」
「しまた!」
 男は足を振り上げてから、自分の過ちに気付く。
 俺はその隙に、最後の瓦礫を全力で刀に投げつけた。
「くうっ」
 刀は瓦礫に弾かれ宙に浮く。
 しかも男ではなく、俺側の方に。
「さっきから不意打ち多ね」
 そう言うと、男は急に立ち止まる。
 諦めた?
「それあげる。代わりに命貰う」
 男の声には若干棘があり、殺意とはまた別のものに感じる。
 しかしそんな事を気にしている暇はなく、俺は刀を手に取り振り返る。
「あなたの能力は知らないですが、刀が俺の手の中にある以上、負けないですよ」
 お互いに、あと数歩で間合いというところに位置している。
 片方が動けば、ほぼ同時にもう片方も動く。勝負はそこの域まで来ている。
 久しぶりだ。この緊張感。
 俺は武者振るいをしながら、深く腰を落とした。
「ふぅ……」
 肺の中に貯蔵された、限りのある酸素を苦しくなるまで吐き出す。
「ふぅ……」
 それでもまだ、息を吐く音がしなくなるまで吐き続ける。
「君くん……強いね」
 ——瞬間、男の姿が消える。
 ……ありがとう。こっちはベストコンディションだよ。
「があっ!」
 先程とは比べ物にならない速度で、男は俺の首元に手刀で斬りつける。
 予想以上のスピード。恐らくここで抜刀したなら、運良くて相討ちか、死か。
 最低、死んだ後でも刀さえ生きてれば、この男の息の根は止められる。
 俺は死にたくないとか思わないけど、それだとキューズ様の命令に背く事になってしまう。
 ……なら、最短を攻めるまで!
「沙羅双樹!」
 俺は抜刀なんて事はせず、鞘ごと斬り進める。
「はあぁ!」
 それに反応する様に、男のスピードも上昇する。
「——散りな」
 その時は突然訪れた。
 俺の放った斬撃が、男の手刀よりも一瞬早く首元へと到達する。
 そして、男の首は真っ赤な血しぶきを輝かせながら、人形の様に落ちていった。
「——はあ、はぁ、はあ」
 集中した分、一気に疲労が襲いかかる。
 俺は刀を手放し、地面に手をついた。
「……それにしても、すごいですね。あなた」
 あれだけ接戦だったというのに、俺の首元には傷一つない。
 その理由は、目の前の光景が物語っていた。
「俺より、侍してるじゃないですか」
 男の右手は、首が斬られるよりも先に、自身の左手によって止められていた。
 恐らく死を悟った瞬間、自分の負けを認め、無駄な殺生を避けたのだろう。
 自分の中のプライドなのか、コインの方針なのか、それは分からない。
 しかしどちらにせよ、それを実行するのは、生半可な覚悟を持った者には不可能だろう。
 この男は舌足らずな所があったが、1人の人間としては、尊敬すべき対象だったのかもしれない。
「敵の俺が言うのもあれだけど、天晴れです」
 俺は刀を杖代わりにして立ち上がり、立ったまま死んでいる男を真っ直ぐと見つめる。
「手合わせ、ありがとうございました」
 俺は深く頭を下げ、心の底から感謝を述べた。
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