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第二章 穏やかな涅槃
第二十話 わかっているのか?
しおりを挟む「あ、イケメンター」
俺と椿が治療室に入ると、ネコヤナギが小さく手を振りながら出迎えてくれた。ベッドのそばにある折りたたみ椅子に腰掛け、猫背気味の背中を伸ばした。
「……様子はどうだ?」
ネコヤナギは肩を竦める。
「ぐっすりだよ~。ぜんぜん目を覚まさないね~」
「……そうか」
ベッドの上で眠る少女を見遣る。綺麗な娘だ。紫色のメッシュが入った特徴的な青色の髪。小柄ながらに大人っぽさを感じる整った顔立ち。白い頬にはほんのりと朱がさしていた。
心電図の音は、安定している。
「……生きているんだな」
わかりきったことを呟いてしまった。
この娘の存在をいまいち飲み込みきれていない。母体の腹より落ちた彼女はあまりにも未知数すぎて、こうして血の気が通った肌を見ても、生きているということを信じきれないでいた。
「……生きているねえ~。まあ、そのうち目を覚ますんじゃない?」
ネコヤナギの言葉に、無言でうなずく。
アスピスに常駐する「医務官」の話では、栄養剤(アンサスたちのダメージを回復するアイテム)を与え、身体の数カ所にあった裂傷は問題なく快癒したとのことだし、いずれは意識を取り戻すだろうとのことだったが……。
「……ところで医務官は?」
「あの人は寝てるよ。必要のあるとき以外は起きない人だしね~」
ネコヤナギが壁を指さしながら言った。隣の部屋にいるのだろう。「医務官」は非戦闘型のアンサスで、アンサスの治療を行える特殊な能力を持っている。栄養剤の効果を最大限高めることができ、かなりの重症でも修復できてしまうが、その分相当なMPを消耗してしまう。だから、平時はエネルギーの消費を抑えるために寝ていることが多いらしい。
比較的に大きな拠点なら数人は常駐しているが、この拠点には「医務官」は一人しかいない。理由は医務官となれるアンサス自体が貴重で数が少ないことと、まあ……この拠点だからというのが理由だ。
隣にいた椿が遠慮がちに口を開いた。
「……医務官が眠ったということは、大丈夫だと思いますよ。この子の状態については問題ないと判断したのだと思います」
「うん……そうだな」
椿の言うとおりだとは思う。
別に「医務官」の判断を疑うつもりはない。まだ数回ほどしか話したことはないし、少々風変わりなところもあったが、医療的な知識や知見については確かなものがあった。そういう意味で信頼がおける相手であることに間違いはないだろう。
それに「医務官」が治療できたという事実。それはこの子を判断する上で、大切な指標になる。「医務官」が特殊な能力を駆使して治療できるのはアンサスだけだからだ。その情報のみをもって判断するのは早計だが、少なくともアンサスの要素は持っているということにはなる。
少なくとも、だが。
「……話ができればいいが」
「そうだね~。まともに話ができればいいよね」
ネコヤナギが眠そうな目をこすり、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
琥珀色の瞳が、俺をとらえた。
「まあ、あんなところから出てきたやつが、まともかどうかは分からないけどさ。イケメンターはどう思う?」
「それは……」
俺は答えに窮してしまった。
それはまさにずっと抱いていた疑念であり、ずっと宙に浮き続けている問題だから。
「わからない……としか言えないよ。前例がないからな。判断材料が少なすぎる」
「そりゃそうだよね~。……で、まともじゃなかった場合はどうするつもりなの? 廃棄処分にでもする?」
「……廃棄処分って。そんなことできるわけないだろ」
思わず眉根を寄せてしまう。
ネコヤナギの言うこともわからなくはない。異物を残しておくことのデメリットは上げればキリがないからだ。この拠点の責任者として判断するなら、デメリットを無視するべきではないだろう。
だが、ことはそう単純ではない。
正体がどうあれ、彼女は「シオン」と瓜二つの見た目をしているのだ。スノードロップのかつての戦友であり、親友である彼女と同じだ。スノードロップの心情を慮るなら、簡単に処分するわけにはいかない。
「それに、彼女の扱いについては話し合って決めただろ? しばらくは保留にして様子を見るって。まだこの子から話を聞いてもいないし、確定していないことについて今どうこう言っても仕方なくないか?」
「……そうやって先送りにしてもいいの? もしかすると取り返しのつかないことになるかもしれないよ?」
再び言葉に詰まりそうになっていると、椿が口を挟んできた。
「……私はメンターの言うとおりだと思うわよ。まだ何もわかっていないうちから仮定の話をしても仕方ないでしょう。スノーちゃんのこともあるのだし、この子の扱いについてはデリケートに向き合わないと。結論を急ぐべきではないわ」
「たしかにデリケートな問題なのはそうだと思うよ。でも、だからこそ私は早急に対処しないといけないんじゃないかなって思うね」
「ネコヤナギ……あなたちょっと変よ」
訝しげな椿の言葉に、ネコヤナギの眉毛がぴくりと動いた。
「変かな?」
「ええ。あなたこういう組織上の課題については、基本的にいつも我関せずって感じじゃない? それなのにどうしてこうもこの子の問題については食い下がってくるの?」
ネコヤナギはしばし目を伏せて、口を開いた。
「いくら私でも、なんでもかんでも無関心ってわけじゃないよ? みんなが、イケメンターが危険にさらされるかもしれないのに、知りませんって態度はさすがに取れないって。私だって一応シールダーなんだよ? 守護者としての誇りくらいあるってば」
ネコヤナギの吐き出す言葉はいつもより早く、そしてわずかばかり語気が強かった。
俺は椿と顔を見合わせる。
椿の言うとおり違和感があった。ネコヤナギは議論で熱くなるタイプではないし、どちらかというとそういうことには無関心な方だ。みんなに危険が及ぶ可能性があることを懸念するのは気持ちとしてわからなくはないが、なんというか少し彼女らしくない。
しかも、あの子の正体については、あくまで推論でも答えが出ていない仮定でしかないのだ。仮定で、どうしてこうもムキになれる?
俺の気のせいかもしれないが……。まるで仮定と思っていないかのような、彼女の正体をアンサスではない「なにか」だと決めつけてしまっているかのような、危険であると断じているかのような――そんな印象さえ感じられる。
「……ネコヤナギ。ひょっとしてお前は、この子を危険な存在だとわかっているのか?」
思っているのか? と尋ねなかったのは、推測の域を出ないまま話が進んでいってしまうからだ。
ネコヤナギの表情が固まる。ほんの数秒、吹けば飛ぶような微かな感情の揺らぎが、たしかにその表情には現れていた。
ネコヤナギは開きかけた口を閉じて、やがて溜息をついた。
「……ごめん。ちょっと、私も気づかないうちにナーバスになっていたかもしれない。まだなにもわかってないのにね」
「……ああ」
素直に謝るネコヤナギにちょっと驚いたが、俺はうなずいた。ネコヤナギは少しだけ気まずそうに目をそらす。
「でもさ……さすがに、あんなもん見たら誰でも動揺してしまうと思うんだよね。花から生まれる私たちが、花を枯らす化け物の腹から出てきたんだもん。スノーちゃんも、ああなっちゃったし……」
「そうね……」
椿が首肯する。
「未知数すぎてさ。無意識的にあの子を危険だと決めつけてしまっていたのかも。冷静沈着なネコヤナギさんらしくない態度をとってしまっていたな。反省するね」
「……いや、俺たちも悪かったよ。ちょっとネコヤナギらしくないと思って、少し責めるような言い方になっていたかもしれない。言ってくれたこと自体は、何も間違ってはいないしな」
「うん。……じゃあ、この辺にしとこう。これ以上言い合っても良くないしね~。呑気に寝ている人もいるからさ~」
ネコヤナギはほっと息をついて、いつもの緩めの声で言った。
「たしかに、よく寝ているわよね。まったく……誰のせいで大騒ぎになっているのかわかっているのかしら?」
「はやく起きろ~」
椿たちは小さく笑いあって、寝ている少女に声をかけていた。
俺はネコヤナギの横顔を見つめる。
通知が来ていた。メニュー画面は、俺にしか見えない。
……このタイミングで、キャラクターイベントが開放されたのは単なる偶然か?
【キャラクターイベント】
・猫は手癖が悪いのか?
達成条件:拠点「フィーリア」メンターにネコヤナギの話を尋ねる。
アンサス「ネコヤナギ」ついて、拠点「フィーリア」のメンターに質問することで、ネコヤナギの個別キャラクタールートが開放されます。
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