プリマヴェーラ・ストラトス―転生したらヒロイン全員病んでいて修羅場な件―

浜風ざくろ

文字の大きさ
21 / 92
第二章 穏やかな涅槃

第二十話 わかっているのか?

しおりを挟む


「あ、イケメンター」

 俺と椿が治療室に入ると、ネコヤナギが小さく手を振りながら出迎えてくれた。ベッドのそばにある折りたたみ椅子に腰掛け、猫背気味の背中を伸ばした。

「……様子はどうだ?」

 ネコヤナギは肩を竦める。

「ぐっすりだよ~。ぜんぜん目を覚まさないね~」

「……そうか」

 ベッドの上で眠る少女を見遣る。綺麗な娘だ。紫色のメッシュが入った特徴的な青色の髪。小柄ながらに大人っぽさを感じる整った顔立ち。白い頬にはほんのりと朱がさしていた。

 心電図の音は、安定している。

「……生きているんだな」

 わかりきったことを呟いてしまった。

 この娘の存在をいまいち飲み込みきれていない。母体の腹より落ちた彼女はあまりにも未知数すぎて、こうして血の気が通った肌を見ても、生きているということを信じきれないでいた。

「……生きているねえ~。まあ、そのうち目を覚ますんじゃない?」

 ネコヤナギの言葉に、無言でうなずく。

 アスピスに常駐する「医務官」の話では、栄養剤(アンサスたちのダメージを回復するアイテム)を与え、身体の数カ所にあった裂傷は問題なく快癒したとのことだし、いずれは意識を取り戻すだろうとのことだったが……。

「……ところで医務官は?」

「あの人は寝てるよ。必要のあるとき以外は起きない人だしね~」

 ネコヤナギが壁を指さしながら言った。隣の部屋にいるのだろう。「医務官」は非戦闘型のアンサスで、アンサスの治療を行える特殊な能力を持っている。栄養剤の効果を最大限高めることができ、かなりの重症でも修復できてしまうが、その分相当なMPを消耗してしまう。だから、平時はエネルギーの消費を抑えるために寝ていることが多いらしい。

 比較的に大きな拠点なら数人は常駐しているが、この拠点には「医務官」は一人しかいない。理由は医務官となれるアンサス自体が貴重で数が少ないことと、まあ……この拠点だからというのが理由だ。

 隣にいた椿が遠慮がちに口を開いた。

「……医務官が眠ったということは、大丈夫だと思いますよ。この子の状態については問題ないと判断したのだと思います」
 
「うん……そうだな」

 椿の言うとおりだとは思う。

 別に「医務官」の判断を疑うつもりはない。まだ数回ほどしか話したことはないし、少々風変わりなところもあったが、医療的な知識や知見については確かなものがあった。そういう意味で信頼がおける相手であることに間違いはないだろう。

 それに「医務官」が治療できたという事実。それはこの子を判断する上で、大切な指標になる。「医務官」が特殊な能力を駆使して治療できるのはアンサスだけだからだ。その情報のみをもって判断するのは早計だが、少なくともアンサスの要素は持っているということにはなる。

 少なくとも、だが。

「……話ができればいいが」

「そうだね~。まともに話ができればいいよね」

 ネコヤナギが眠そうな目をこすり、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる。

 琥珀色の瞳が、俺をとらえた。 
 
「まあ、あんなところから出てきたやつが、まともかどうかは分からないけどさ。イケメンターはどう思う?」

「それは……」

 俺は答えに窮してしまった。

 それはまさにずっと抱いていた疑念であり、ずっと宙に浮き続けている問題だから。

「わからない……としか言えないよ。前例がないからな。判断材料が少なすぎる」

「そりゃそうだよね~。……で、まともじゃなかった場合はどうするつもりなの? 廃棄処分にでもする?」

「……廃棄処分って。そんなことできるわけないだろ」

 思わず眉根を寄せてしまう。

 ネコヤナギの言うこともわからなくはない。異物を残しておくことのデメリットは上げればキリがないからだ。この拠点の責任者として判断するなら、デメリットを無視するべきではないだろう。

 だが、ことはそう単純ではない。

 正体がどうあれ、彼女は「シオン」と瓜二つの見た目をしているのだ。スノードロップのかつての戦友であり、親友である彼女と同じだ。スノードロップの心情を慮るなら、簡単に処分するわけにはいかない。

「それに、彼女の扱いについては話し合って決めただろ? しばらくは保留にして様子を見るって。まだこの子から話を聞いてもいないし、確定していないことについて今どうこう言っても仕方なくないか?」

「……そうやって先送りにしてもいいの? もしかすると取り返しのつかないことになるかもしれないよ?」

 再び言葉に詰まりそうになっていると、椿が口を挟んできた。

「……私はメンターの言うとおりだと思うわよ。まだ何もわかっていないうちから仮定の話をしても仕方ないでしょう。スノーちゃんのこともあるのだし、この子の扱いについてはデリケートに向き合わないと。結論を急ぐべきではないわ」

「たしかにデリケートな問題なのはそうだと思うよ。でも、だからこそ私は早急に対処しないといけないんじゃないかなって思うね」

「ネコヤナギ……あなたちょっと変よ」

 訝しげな椿の言葉に、ネコヤナギの眉毛がぴくりと動いた。

「変かな?」

「ええ。あなたこういう組織上の課題については、基本的にいつも我関せずって感じじゃない? それなのにどうしてこうもこの子の問題については食い下がってくるの?」

 ネコヤナギはしばし目を伏せて、口を開いた。

「いくら私でも、なんでもかんでも無関心ってわけじゃないよ? みんなが、イケメンターが危険にさらされるかもしれないのに、知りませんって態度はさすがに取れないって。私だって一応シールダーなんだよ? 守護者としての誇りくらいあるってば」

 ネコヤナギの吐き出す言葉はいつもより早く、そしてわずかばかり語気が強かった。

 俺は椿と顔を見合わせる。

 椿の言うとおり違和感があった。ネコヤナギは議論で熱くなるタイプではないし、どちらかというとそういうことには無関心な方だ。みんなに危険が及ぶ可能性があることを懸念するのは気持ちとしてわからなくはないが、なんというか少し彼女らしくない。

 しかも、あの子の正体については、あくまで推論でも答えが出ていない仮定でしかないのだ。仮定で、どうしてこうもムキになれる?

 俺の気のせいかもしれないが……。まるで仮定と思っていないかのような、彼女の正体をアンサスではない「なにか」だと決めつけてしまっているかのような、危険であると断じているかのような――そんな印象さえ感じられる。

「……ネコヤナギ。ひょっとしてお前は、この子を危険な存在だと?」

 思っているのか? と尋ねなかったのは、推測の域を出ないまま話が進んでいってしまうからだ。

 ネコヤナギの表情が固まる。ほんの数秒、吹けば飛ぶような微かな感情の揺らぎが、たしかにその表情には現れていた。

 ネコヤナギは開きかけた口を閉じて、やがて溜息をついた。

「……ごめん。ちょっと、私も気づかないうちにナーバスになっていたかもしれない。まだなにもわかってないのにね」

「……ああ」

 素直に謝るネコヤナギにちょっと驚いたが、俺はうなずいた。ネコヤナギは少しだけ気まずそうに目をそらす。
 
「でもさ……さすがに、あんなもん見たら誰でも動揺してしまうと思うんだよね。花から生まれる私たちが、花を枯らす化け物の腹から出てきたんだもん。スノーちゃんも、ああなっちゃったし……」

「そうね……」

 椿が首肯する。

「未知数すぎてさ。無意識的にあの子を危険だと決めつけてしまっていたのかも。冷静沈着なネコヤナギさんらしくない態度をとってしまっていたな。反省するね」

「……いや、俺たちも悪かったよ。ちょっとネコヤナギらしくないと思って、少し責めるような言い方になっていたかもしれない。言ってくれたこと自体は、何も間違ってはいないしな」

「うん。……じゃあ、この辺にしとこう。これ以上言い合っても良くないしね~。呑気に寝ている人もいるからさ~」

 ネコヤナギはほっと息をついて、いつもの緩めの声で言った。

「たしかに、よく寝ているわよね。まったく……誰のせいで大騒ぎになっているのかわかっているのかしら?」

「はやく起きろ~」

 椿たちは小さく笑いあって、寝ている少女に声をかけていた。

 俺はネコヤナギの横顔を見つめる。

 通知が来ていた。メニュー画面は、俺にしか見えない。

 ……このタイミングで、キャラクターイベントが開放されたのは単なる偶然か?











【キャラクターイベント】

・猫は手癖が悪いのか?
達成条件:拠点「フィーリア」メンターにネコヤナギの話を尋ねる。
アンサス「ネコヤナギ」ついて、拠点「フィーリア」のメンターに質問することで、ネコヤナギの個別キャラクタールートが開放されます。
 
  
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ 『壽命 懸(じゅみょう かける)』 しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。 だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。 異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2026.1.21)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

SSS級の絶世の超絶美少女達がやたらと俺にだけ見え見えな好意を寄せてくる件について。〜絶対に俺を攻略したいSSS級の美少女たちの攻防戦〜

沢田美
恋愛
「ごめんね、八杉くん」 中学三年の夏祭り。一途な初恋は、花火と共に儚く散った。 それ以来、八杉裕一(やすぎ・ゆういち)は誓った。「高校では恋愛なんて面倒なものとは無縁の、平穏なオタク生活を送る」と。  だが、入学した紫水高校には《楽園の世代》と呼ばれる四人のSSS級美少女――通称《四皇》が君臨していた。  • 距離感バグり気味の金髪幼馴染・神行胱。  • 圧倒的カリスマで「恋の沼」に突き落とす銀髪美少女・銀咲明日香。  • 無自覚に男たちの初恋を奪う、おっとりした「女神」・足立模。  • オタクにも優しい一万年に一人の最高ギャル・川瀬優里。  恋愛から距離を置きたい裕一の願いも虚しく、彼女たちはなぜか彼にだけ、見え見えな好意を寄せ始める。 教室での「あーん」に、放課後のアニメイトでの遭遇、さらには女神からの「一緒にホラー漫画を買いに行かない?」というお誘いまで。  「俺の身にもなれ! 荷が重すぎるんだよ!」  鋼の意志でスルーしようとする裕一だが、彼女たちの純粋で猛烈なアプローチは止まらない。 恋愛拒否気味な少年と、彼を絶対に攻略したい最強美少女たちの、ちょっと面倒で、でも最高に心地よい「激推し」ラブコメ、開幕!

付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。 そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。 「アランくん。今日も来てくれたのね」 そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。 そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。 「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」 と相談すれば、 「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。 そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。 興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。 ようやく俺は気づいたんだ。 リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

処理中です...