プリマヴェーラ・ストラトス―転生したらヒロイン全員病んでいて修羅場な件―

浜風ざくろ

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第四章 私のものにしたいな

第四十九話 導かれし定め

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 窓から差し込む夕陽が、廊下にかざられた白大理石の彫像を厳かに照らしていた。主神フローラの像だ。花を抱く少女はオレンジの光に祝福されながら、天を望んでいる。

 神を信じていない俺でも、思わず敬虔な気持ちを抱いてしまいそうになる美しさ。

 そんな神聖な像の前で。

 俺は不敬すぎる状況に追いやられていた。

「離しなさい」

「や!」

 両手に花という言葉が、比喩にならなかった。俺の両脇は花より生まれた少女たちに固められていたからだ。

 シオンと椿。

 二人は、俺の間でキャットファイトをくりひろげている。

「……」

 助けて。

 そう叫びたかったが、ここには助けてくれるものはいなかった。唯一シオンを制御できるスノーは墓参りでいないし、他の連中も見当たらない。みんな忙しいのだろう。あのリリーやネコヤナギすら最近は真面目に働いているからな……。

 つまり、俺は一人だ。一人でこの状況を乗り切らないといけない。

「……二人とも、もう少し落ちつこう」

 無駄だと思いつつ諌めてみたが、二人とも俺の声は耳に届いていないようだった。ニコニコと暗い雰囲気で笑う椿が俺の腕を引っ張ると、対抗するようにシオンがしがみついてくる。ちょっと痛い。やめてほしい。

「シオン、いい加減聞き分けなさい。あなたがいつもベタベタ引っ付くから、メンターも困り果てているのよ?」

「いや! パパは私のものだもん」

 シオンが首を振りながら、爆弾発言をぶちこんでくる。おい、やめてくれ。椿の目が殺人鬼みたいに鋭くなっているじゃないか。

「は?」

「パパはシオンのなの。離れるならオバサンが離れて!」

「……オバ……サン?」

 やばいやばいやばい……。

「ええい、とにかく二人とも離れてくれないかっ! フローラ様の前でこんな言い争いをするなんて不敬だぞ!」

 俺は二人を一喝する。

 フローラの名前を出したのが良かったのだろう。椿は憎々しげな顔をしながらも、俺の腕から手を離した。フローラすごい。さすが主神、印籠ばりの効果を発揮してくれる。

 今度から困ったら名前を使わせてもらおうかな。

「……ほら、シオンも。お姉さんは言うことを聞いてちゃんと離れてくれたぞ?」

「……や」

「や、じゃありません。……言うことを聞けない子は好きじゃないぞ?」

 ぎゅっと、服の袖を掴んでくるシオン。横からの殺気がすごいからはやく離してほしいんだが……。

 あー、仕方ない。

 不貞腐れて俯くシオンの頭を撫でながら、俺はなるべく柔和な表情で言った。
 
「ちゃんと言うことを聞いてくれる子は、パパ好きだぞ? ほら……言うことをちゃんと聞いてくれたら、スノー姉ちゃんに頼んで好きなアイス買ってあげるからさ」

 自分のことをパパと呼ぶのは寒イボが立つくらい気持ち悪かったが、しょうがない。

 パパ呼びとアイスが功を奏したのだろう。

 シオンは「……わかった」と言いながら、渋々といった感じで俺の腕から離れた。

 隣の殺気が少しずつ萎んでいく。良かった。なんとか収まったか……。

 俺が胸を撫で下ろしていると。

「……?」 

 廊下の曲がり角から、顔をのぞかせているものがいることに気づいた。

 あれは、ネコヤナギだ。こちらをジト目で睨みながら尻尾をブンブン振っている。

「……えっと、ネコヤナギ? 俺に何か用か?」

 声をかけると、不機嫌そうにしていたネコヤナギが慌てて角に身を隠した。走り去る音。ネコヤナギの居た場所を確認してみたが、彼女の姿はすでになかった。

 …………。

 ……またか。

 俺は小さく溜息をつく。

 最近、ネコヤナギから避けられていた。理由はわかっている。わかっているから別にショックを受けることはないのだが、現状を憂う気持ちはあった。仕方ないことだし、デリケートな問題だから、強引に行くわけにもいかないけど……。俺としてはネコヤナギとちゃんと話し合いたかった。

 現状、一番危険な状況にあるのはネコヤナギだから。

 彼女は、揺れている。

 いや、ずっと揺れ続けてきたものが、さらに揺れているのだ。
 
「……」

 どうにかしないとな。
 
 
 



 執務室。

 夕食を終えて、仕事をあらかた片付けてしまった俺は、メニュー画面を眺めていた。

 眺めていたのはキャラクターイベント。

 最近進行したイベントは二つ。ネコヤナギと椿のイベントだ。

 椿のイベントは『ルート2 徒花に口づけを』をクリアし、『ルート3 椿の真実』が開放された。ルートクリアの条件は言わずもがなだが、次のイベントのフラグについてはまだ何もわからない。

 対するネコヤナギのイベントは『ルート2 猫の秘密』をクリアし、『ルート3 揺れるこころ』が開放されていた。おそらくは上級エキドナとの戦闘時に、彼女が姿をさらしたことがルートクリアの条件だったのだろう。そして、こちらに関しては椿のそれとは違い、すでにフラグが立っていると考えるべきだ。

 きっとそのフラグは、ネコヤナギがひた隠しにしてきた秘密に触れること。つまり、ルート2のクリアが自然と次のフラグを成立させる条件になっているのだ。

「……」

 ――あの姿。

 あれは、間違いなく骸虫だった。アンサスである彼女がなぜ、あのような姿に変身できるのかはわからない。「疑似武装解放」と言っていたが、ゲームにはそのような設定はないはずだ。アンサスが骸虫の姿になるなど聞いたこともなかった。

 だがその正体の真相はともかくとしてだ。

 あれが……あれこそが、ネコヤナギがひた隠しにしてきた秘密であり、苦悩の本質だ。

 俺がネコヤナギと話しているときに感じた違和感。シオンを危険だと決めつけてかかる言い方や、「普通」という言葉の置きどころへの迷い。そして、自分自身を定義することを避けているかのような言動――。

 それらすべては、ネコヤナギが隠してきたあの姿に帰結するのだろう。

 そう考えれば、すべてに納得がいく。

 俺はコーヒーの入ったマグカップに口をつけ、こめかみに手を置いた。

 ――心情的には、今すぐにでも寄り添ってあげたい。ネコヤナギと話したいというのは、紛うことなき本音なのだ。

 だが、それはなかなかに難しい。

 ネコヤナギに避けられてしまっていることもあるが……。まずなによりも椿のことがある。

 責任を取ると言った以上、俺は彼女の意思を尊重しなければならないし、彼女を立てないといけない。ただでさえシオンの扱いに困っているこの状況で、彼女にとって不義理となりかねないようなことは慎まねばならない。職務との兼ね合いも考慮しつつという前提はあるものの、アンサスたちへの接し方については善処することを約束してしまってもいるしな。

 せめて筋を通すなら、椿にはきちんと状況を説明して、その上でネコヤナギと向かい合う必要性があることを理解してもらうしかない。間違いなく嫌な顔をされてしまうだろうし、嫌な思いもさせてしまうことになるだろうが……。ネコヤナギのことを鑑みるなら、後ろ暗い思いを抱えてでも説得する他ない状況となっている。

 そう、俺がやるしかない状況なのだ。

 スノーの個別キャラクターイベントのときと同じだ。イベントのフラグが立ってしまっている以上、メタ的な意味で解決できるのは俺しかいない。椿に任せても、スノーに頼んでも、根本的な問題の解消は望めないだろう。

 そして、メタ的なことを抜きにしてもだ。この拠点の長である俺が、ネコヤナギの存在を承認しないことにはどうにもならない。なぜならネコヤナギの処遇を決定する力を持っているのは俺だからだ。俺が受け入れないことには、ネコヤナギの不安は絶対に消えない。

 俺が、やるしかないんだ。

 そうしないと、ネコヤナギは救われない。

「……」

 中々に頭が痛い状況だ。

 椿のことを完全に立てようと思えば、ネコヤナギのことが疎かになる。かといってネコヤナギに構えば、椿に対して不義理ともなりかねない。

 個別キャラクターイベントが無視できるような類のものなら良かっただろう。ゲームのように、一人のキャラクターを選んでそのルートだけを攻略できるのなら、何の問題もないのだ。

 だが、この世界はゲームではない。プリマヴェーラ・ストラトスを模した、中途半端にゲームの要素が反映された「生きた世界」なのである。セーブややり直しをしたり、キャラクタールートを自由に選択して攻略ヒロインを変えたりはできないのだ。そして、そのヒロインにも意思がある。

 時間は流れて止まることも巻き戻しをすることもできず、その状況に応じた臨機応変な選択を迫られてしまう。

 個別キャラクタールートも、俺が完全に自由にできるわけではない。いや、むしろその性質を考えれば、半強制イベントと言って差し支えないだろう。フラグがいかにして立つのかはほぼ予測不可能で、これまでも変化する状況の中で気づいたらフラグが立っていたことがほとんどだ。そしてフラグが成立してしまったら、そのルートを回避することはほぼ不可能に近いような状況に、必ずと言ってもいいくらいに追い込まれている。

 あのときのスノーのイベントや、今のネコヤナギの状況ならば放置することもできるかもしれない。だが、そうしたときに「結果」がどうなるかを考えると、ぞっとする結末しか待っていないことは想像に難くない。スノーの精神はきっと持たなかっただろうし、ネコヤナギもこのまま放っておくと自我が壊れかねない。

「……酷い話だよな」

 こんなの、やらざるをえない。

 やらざるをえないようなことばかりだ。

 まるで、何か見えない意思に誘導されているかのような気にすらなってくる。個別キャラクターイベントの通知は、ほとんどただの予告に近い。

 俺の運命は、なにかに操られでもしているというのか?

 ――だが。

「……」

 俺は自分の手のひらをみて、拳を握った。

 たしかに俺の意思はあるんだ。俺の身体は俺が操っているし、俺の心も感情も間違いなく俺のものと確信が持てる。

 ならば俺の選択には、俺の意思が反映されていて、俺にはその選択に対する責任が確実に存在するのだ。

 なにか見えないものに、責任を擦り付けることなどできない。

 俺は俺の責任のもと、前を歩くしかない。

 ――人生とは、そもそもそういうものじゃないか。運命という見えないものに翻弄されながら、そのときの最善を尽くし続けていく。

 椿にキスをして、責任を取ると言ったのは俺だ。

 ネコヤナギの心に触れて、救いたいと思ったのも俺だ。

 スノーも、リンドウも、リリーも、そしてシオンも――変わらない。

 俺は同じように選ぶだろう。

 そのときの最善を。

「……まずは、はっきりしないとな」

 俺は椿の顔を思い浮かべながら、独り言ちた。

 俺には使命がある。妹を救うために、この世界を救済するという使命が――。それを果たして行く中で、俺はもしかすると椿の想いを裏切るような結末を迎えてしまうかもしれない。椿を傷つけるようなことをせざるを得ないかもしれない。そう思うと、はっきりできなかった。

 だが、俺は――もっとはっきりすべきだったのだ。

 そうじゃないと、俺はこれからの自分の一歩にさえ責任を持てなくなる。

 俺は机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

「……」

 これは、誓約書。

 ゲームにもある誓いの証。

 俺は、本当の意味で腹をくくった。

 苦しむものを救うために。

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