プリマヴェーラ・ストラトス―転生したらヒロイン全員病んでいて修羅場な件―

浜風ざくろ

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第四章 私のものにしたいな

第五十八話 証は後ろめたさとともに

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 フィーリアから戻って二日が経った。

 俺は中庭にある広場に腰掛けて、人が来るのを待っていた。リンドウが大事に世話をしているアイリスの花は、風に揺れて清潔な匂いを運んでくれる。いい景色だ。ずっとこの景色を見ていたいと思えるほどに。

 しばらく待っていると、スノーが現れた。待ち人は彼女ではない。その後ろに隠れるようにして立っているネコヤナギだった。

 ネコヤナギは驚いているようだった。俺がいることは聞かされていなかっただろうから当然の反応だな。

「よう」

「うん、ありがとう」

「礼なんか言われるようなことはないぜ。休憩に出たら、てめえが偶然そこに居たんだ」

 スノーはそう言って肩をすくめた。

 俺がスノーにネコヤナギを連れてきて欲しいと頼んだのだ。たぶん、俺が直接声をかけようとしても逃げられてしまうから。

「……どういうこと?」

 ネコヤナギが恨めしそうな目でスノーを睨んだ。スノーは「さあな」と言いながら、穏やかな笑みを浮かべる。

「逃げ続ける誰かさんが、本当は一番話したいやつと偶然出会っちまった。そういうありきたりなことが起こっただけさ」

「……絶対わざとでしょ? なんでこんなことをするのさ」

「必要だからだよ」

 抗議するネコヤナギの頭に手を置いて、スノーは柔らかい声を出した。

「おめえらは、ちゃんと腹割って一度話し合わねえといけねえよ。俺の時と一緒だ。そうだろ?」

 ネコヤナギは俯いた。

 優しい手つきで、スノーはネコヤナギの頭を撫でる。

「そこの優男とお前が、俺に対してしてくれたことと同じだ。ちゃんと話せ。そうじゃないと後悔するって分かっているだろ? お前は、本当は分かっているんだ」

「……でも」

 ネコヤナギが、制服のスカートを掴んだ。その手は酷く震えている。

 怖いのだろう。当たり前だ。俺と向き合うことは自分自身の問題と正面から向き合うことでもある。怪物となったものが、鏡を見ることを恐れてしまうように。

 直視するのは、辛いに決まっている。

 スノーはゆっくりとしゃがんだ。揺れるネコヤナギの目をしばし真っすぐに見据えて、そっと抱き寄せる。

 ネコヤナギが、目を見開いた。背中をさするスノーの手は、まるで子猫をグルーミングする母猫のように慈愛に満ちていて。

 ネコヤナギの目から、涙がこぼれた。

「大丈夫だ。こいつは、ちゃんと全部受け止めてくれるさ。だから怖いかもしれないけど、もう少しだけ勇気を出しな」

「……スノーちゃん」

「もし万が一、そこの馬鹿がてめえを傷つけるようなことを言ったら、俺が容赦しねえよ。てめえの代わりにぶっ飛ばしてやるから」

「……うん。でも、でもね」

「ああ」

 ネコヤナギは、震える唇から声をもらす。

「怖いよ……。だって私は……」

 ――私は、アンサスじゃないんだもん。






 
「はい、わかりました。今回ばかりは仕方ないですね」

 椿が、ツヤツヤとした笑顔でそう言った。

 フィーリアから戻った次の日。俺は執務室に椿とスノーを呼び出して、ネコヤナギと二人で話をすることを伝えた。そのときに出た椿の第一声がこれだったんだ。

 隣に立っていたスノーが、唖然とした顔でニコニコ顔の椿を見つめている。絶対に反対されると思っていたんだろうな。それがあっさり快諾してくれたものだから、こうなるのも無理はない。

「え……? いや、いいんか椿。ネコスケとこいつが二人で話しても」

「うん、いいわよ。だって話をするだけなんですよね? 全然構わないわよ」

「……」

 スノーが、「いったい何があったんだ」と言いたげな顔でこちらを見てきた。いや、まあ、そう言いたくなるよな。

 椿が、すっと左手を胸元に置いた。これ見よがしに、愛おしげに手を擦る。左手の薬指。そこには銀色の輝きを放つ証があった。

 それを見たスノーが瞬きを繰り返し、そして目をこすって、ふたたび瞬きを繰り返した。

 気まずい。ものすごく気まずいし、気恥ずかしい。

「お、お前ら……いつの間に?」

「昨日、フィーリアからの帰りに渡したんだ。まあ、責任を取るっていったからな」

「いやいやいや、待て待て進みすぎだろ。さっきリリカスから付き合ったってことを聞いたばかりなんだぞ、こっちは。展開が早すぎて脳がバグるわ」

「そ、そうだよな。すまん」

 そりゃそうだ。俺は腹をくくったときからこうするつもりだったけどな……。ちゃんと態度で示せと言ってきたスノーからしても、まさかいきなり「結婚」までするなんて思いもしなかっただろう。

 アンサスとの「結婚」はゲームにも存在する制度だ。好感度百以上のアンサスに指輪を渡すことで結婚状態となり、レベルの上限が解放されたり、各種ステータスに大幅なバフがかかったりする。それ以外にも色々あるが、まあようはアンサス強化のためのイベントの一種みたいなものだ。

 この世界にもその制度はある。お互い合意の上で誓約を交わすことで、「結婚」状態と見做され、ゲームと同じようなあらゆる恩恵を受けられる。だがそれ以上に、アンサスたちにとっては特別な意味を持つのだ。

 ――メンターが、自分のみを特別に寵愛することを誓う証となるという意味で。

「め、メンター。おめえ、そこまでやるとは……」

「あはは」

「笑い事じゃねえよ、たく……」

 スノーは頭を掻いて、幸せそうに笑う椿を見ると、仕方ねえなと言わんばかりに微笑を浮かべた。

「でも、まあ……。なんつーか、二人ともおめでとう。祝福するぜ」

「……スノーちゃん」

 泣きそうな顔になった椿の肩に、スノーが手を乗せる。

「よかったな椿。夢が叶ってよ」

「……うん」

「おめえ、今まで辛い目にあってきたんだから絶対幸せになれよ~。……って、おいおい泣くんじゃねえって」

「ご、ごめんなさい……。ずっとずっと夢だったから嬉しくて……」

「……そうだよな。本当、よかったな」

 スノーが泣きじゃくる椿の頭を優しく撫で回した。ゆっくりとこちらを見据える瞳は、嬉しそうだけど、どこかバツが悪そうにも見えた。俺は頬をかいて頷く。

 椿は、ネコヤナギとただ話をするだけだと思っているだろう。そこに間違いはないが、話をすることで決定的に変わってしまうものがあることを知らない。俺とスノーは分かっていた。分かってはいたが、それはネコヤナギの気持ちを考えると言うわけにはいかなかった。

 まだ、決定的ではない。これから変わるものでもあるから。

「なあ、メンター。ちゃんと大切にしてくれよ?」

 スノーは真っすぐに、だけど後ろ暗さを孕んだ声でそう言った。

「分かっているよ」

 俺はうなずく。

 椿の気持ちにも、ネコヤナギの気持ちにも、できる限り寄り添う。その上で、受け入れられるものとそうじゃないものをハッキリとさせる。

 俺は、ひどい男だ。

 そうならざるをえない運命を呪いたくもなる。だが、言い訳はしない。言い訳なんてしてはいけない。

 人の気持ちに、向き合うのだから。

「……」

 ほんと、ままならないな。 


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