令嬢と黒猫執事の婚約破棄騒動

卯月ミント

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5.言葉の裏

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 ふと目を開ける。
 そこは、王城ではない、自分の屋敷の自分の部屋だった。本棚に婚約破棄ものの小説がたくさん並んでいるのが見える。

「……」

「お目覚めですか、お嬢様」

 ベッドの脇に座っていた男が声をかけてきた。
 セリクだ。

「……私……」

 起き上がろうとしたけれど、頭にズキリと痛みが走った。

「いたっ……」

「無理はしないでください、酒精がまだ抜けきってないみたいだから」

「……いったい、あの……」

「どこまで覚えてるか分からないから言いますけど、お嬢様、襲われかけたんですよ。フランシス王子に婚約破棄されて、そこを助けたっていうレヴィン皇子にね。あいつらつるんでたんです」

「……殿下たちはどうなったの?」

「今頃、城の木陰でぐるぐる巻きになって木からぶら下がってますよ。あ、別に殺しちゃいませんよ、ただの蓑虫です」

 それからセリクはニヤリと笑う。……鋭い犬歯が白く覗いた。

「まあ、ちょっとした看板掛けましたけどね。『強姦野郎共の成る木』って。余罪がごろごろありそうだし、タダじゃすまないでしょうね、あいつら」

「そう……」

 リアーナは俯き、あったことを反芻する。

 フランシス王子に婚約破棄され、そこをレヴィン皇子に助けてもらった……と思ったら、それはすべて芝居だった。
 レヴィン皇子の部屋に行ったリアーナはジュースと偽って強い酒を飲まされ、彼の仲間(フランシス含む)に手籠めにされるところだった。それをセリクに助けてもらった……。

「あの……、ありがとうね、セリク。助けてくれて……」

 セリクの忠告を無視してレヴィンの部屋に行ってしまったのに、それでも助けてくれた。

 やれやれ、というふうにセリクは肩をすくめる。

「これに懲りたら、いくら好きな物語と同じ展開だからって、初見の男なんかほいほい信用しないでくださいよ? お嬢様には俺っていう最高の相棒がいるんですからね」

「うん……、え、相棒?」

「おほん」

 わざとらしく咳払いするセリクの猫耳が、ぴくぴくと動いている。

「いっときますけど、言葉通りの意味ですからね。俺の好みは乳が八つある女ですから」

「そ、そう。分かったわ」

 猫獣人であるセリクの趣味は、人間であるリアーナにはちょっと付いていけないところがある。

「まったく」

 セリクは大きく溜め息をついた。

「そんなだからお嬢様は狙われるんですよ。もっと言葉の裏を読まないと。読書量多いんだから、それくらいの頭は使えるでしょ?」

「う、ごめんなさい……。え?」

「なんでもないですっ」

 セリクはばっと立ち上がると、そのままドアに向かって歩いて行った。

「水持って来ます。ついでにお嬢様が気がついたって侍女に連絡してきますね」

 それだけ言うと、そっとドアが閉じられる。

「セリク……」

 リアーナは微笑もうとして……ズキッ、と頭に痛みが走って、しかめ面になった。

「うぅ、痛ぁ……」

 でも、この痛みもセリクが助けてくれたから、これくらいで済んでいるのだ。
 ありがとう、セリク。リアーナは、心の中で呟いた。

 なんだか心の中がじんわりと温かくて、なんだろう……と思ったら、夕陽が物理的にリアーナを照らしていた。それで心まで温かくなったような気がしていたのだろう。

 窓の外を見ると、おだやかな夕焼けが空を染めていた。激動だった一日が、ようやく終わろうとしていた。


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