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夢と現実
しおりを挟む直也は、飛び上がってその場から起きた。
視界には、白い手もその持ち主もいない。
今、直也が居るのはナトラージャの部屋だ。
走った後のように、忙しなく呼吸を繰り返す。
夜着が嫌な汗でぐっしょりと濡れて、背中に張り付く不快感に眉を寄せた。
「あれは、何だったんだ…………」
声に出せずにはいられなかった。
エフィーとケリー、フードを被った少年。
薔薇の部屋―――夢にしては、かなり現実的だった。
フードの少年は、何と自分に言ったか。
『ああ。本当に、姿は見えないけど美味しそう。ねえ、キミの精気をちょうだい?』
声と共に、脳裏によみがえった白い手が迫ってくる映像を振り落とすように、ぶんぶんと首を振った。
それでも、忘れることができない。
ナトラージャがこのベッドにいないという事は、リビングに居るのだろうか?
恐怖まで拭いきれずに、助けを求めるように直也は部屋を出て、階段の踊り場から一階を見た。
リビングに明かりが灯っており、何やらひそひそとした話し声が聞こえている。
直也はほっとして、その明かりに吸い寄せられるように階段を降りだす。
「やはり私は王都へ帰るよ。ユアン。ナオヤ様に『挨拶ができなくて申し訳ない』とお詫びを代わり言っておいてくれないか?」
「ジル待ってください。まだ外は暗い。セシルの速さでは神殿に着いたとしても、門は開いていないでしょう?」
「それでも良い。エフィーとケリーが……私の教え子が行方不明なんだ。ここで朝まで待っていられない」
エフィーとケリーという名前が聞こえ、直也はその場に立ち止った。
彼らが行方不明だという事も知ってしまって、先ほど見ていた夢が現実だった可能性が出てきたことに愕然とした。
「ジル。行って来い。鷹なら神殿の門が閉ざされる前に、ジルが来ることを知らせられるだろう。俺が手配しておく」
「ありがとうございます。ナトラージャ様」
靴音の後、ドアが開き締まる音が聞こえた。
会って間もないが、冷静そうなジルが焦っているという様にどの音も荒々しかった。
ジルは、エフィーとケリーが行方不明と言っていた。
見ていた夢が現実だとしたら。
「ナオヤ様? そんな所で、どうしましたか?」
「ユアン……」
直也は、一階から見上げてきているユアンを呼んだ。
普通の声は出せず、擦れて弱々しい。
ユアンは、心配げに直也に近づく。
あと一段というところで階段を上るのを止め、直也の顔を覗き込んだ。
「どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ」
具合が悪いのかと聞いてくるユアンに、直也は首を横に振る。
どう言えば良いのか、わからなかった。
いや。自分の見たエフィーとケリーの出てきた夢をどう伝えれば良いのか、わからなかった。
言葉の伝わらないもどかしさを感じる。
伝えられたとして、夢が本当の事ならばエフィーとケリーは…………。
無力感に俯いた直也は、ぎゅっと痛いぐらいに手を握りしめた。
「ナオヤ様?」
どうしたのかと心配そうに聞いてくるユアン、そして先ほど家を出て行ったジルが、自分を『様』付で呼んでくる理由さえわからない。
少しずつ文字を覚え聞けば良いかと悠長に思っていたことがすべて、今知らなければならないことのように思えてくる。
「おい。どうした?」
「ナトラージャ様。ナオヤ様が……」
「ナオヤ?」
ユアンが後を振り向いたことで、一階の階段前に立つナトラージャが見えた。
目が合ったナトラージャが、階段を上り向かってくる。
ユアンと入れ替わると、ナトラージャは当たり前のように直也を軽々と抱き上げ一階に下りだす。
ほっとため息を吐きそうになったところで、直也ははっとした。
逞しい腕の中で、自分は安堵している。
それは、甘えではないのか?
ナトラージャは、直也のことを子供だと思っている。
だから、甘えさせてくれるのだとしたら……自分はかなり傲慢なのではないだろうか。
――――やっぱり、いつまでも一緒にはいられないんだな。
この優しい家に、ずっと居たい。
だが、文字を早く覚えて、この家を出て行かなければいけないのかもしれない。
それにナトラージャとユアンが恋人同士ではなく、ルームシェアしているだとしても、最終は二人は各々で家族ができたとしたら。
その時、直也は邪魔者でしかない。
直也はもう。誰かの負担にも、邪魔者にもなりたくなかった。
「大丈夫か?」
声を掛けられて、自分がいつもの客室のベッドに寝かされていることに気づく。
「ナトラージャ。ジルは?」
「ああ。ジルは、用事が出来て帰った」
自然に答えてくれたナトラージャに、言葉が通じるのではないかと直也は錯覚してしまう。
だが。
「ナトラージャ。俺、エフィーとケリーの夢を見たんだ。エフィーとケリーは、薔薇に囚われていて――――」
上体を起こしてナトラージャにそこまで言って、言葉に詰まった。
「ああ。エフィーとケリーが行方不明になっている話を聞いたのか……。怖いんだな?」
少しずつ、言葉が噛み合わなくなっていく。
頭を撫でようとするナトラージャの手を掴んで、直也は首を横に振った。
「ナトラージャ。大丈夫。俺は怖くない」
本当は、怖いが。
微笑んでみせれば、ナトラージャも眩しそうに直也を見ながら微笑んだ。
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