月に落ちていくように

月日

文字の大きさ
15 / 22

夢と現実

しおりを挟む

直也は、飛び上がってその場から起きた。

視界には、白い手もその持ち主もいない。
今、直也が居るのはナトラージャの部屋だ。

走った後のように、忙しなく呼吸を繰り返す。
夜着が嫌な汗でぐっしょりと濡れて、背中に張り付く不快感に眉を寄せた。

「あれは、何だったんだ…………」

声に出せずにはいられなかった。
エフィーとケリー、フードを被った少年。
薔薇の部屋―――夢にしては、かなり現実的リアルだった。

フードの少年は、何と自分に言ったか。

『ああ。本当に、姿は見えないけど美味しそう。ねえ、キミの精気をちょうだい?』

声と共に、脳裏によみがえった白い手が迫ってくる映像を振り落とすように、ぶんぶんと首を振った。
それでも、忘れることができない。

ナトラージャがこのベッドにいないという事は、リビングに居るのだろうか?
恐怖まで拭いきれずに、助けを求めるように直也は部屋を出て、階段の踊り場から一階を見た。
リビングに明かりが灯っており、何やらひそひそとした話し声が聞こえている。
直也はほっとして、その明かりに吸い寄せられるように階段を降りだす。

「やはり私は王都へ帰るよ。ユアン。ナオヤ様に『挨拶ができなくて申し訳ない』とお詫びを代わり言っておいてくれないか?」
「ジル待ってください。まだ外は暗い。セシルの速さでは神殿に着いたとしても、門は開いていないでしょう?」
「それでも良い。エフィーとケリーが……私の教え子が行方不明なんだ。ここで朝まで待っていられない」

エフィーとケリーという名前が聞こえ、直也はその場に立ち止った。
彼らが行方不明だという事も知ってしまって、先ほど見ていた夢が現実だった可能性が出てきたことに愕然とした。

「ジル。行って来い。鷹なら神殿の門が閉ざされる前に、ジルが来ることを知らせられるだろう。俺が手配しておく」
「ありがとうございます。ナトラージャ様」

靴音の後、ドアが開き締まる音が聞こえた。
会って間もないが、冷静そうなジルが焦っているという様にどの音も荒々しかった。

ジルは、エフィーとケリーが行方不明と言っていた。
見ていた夢が現実だとしたら。

「ナオヤ様? そんな所で、どうしましたか?」
「ユアン……」

直也は、一階から見上げてきているユアンを呼んだ。
普通の声は出せず、擦れて弱々しい。

ユアンは、心配げに直也に近づく。
あと一段というところで階段を上るのを止め、直也の顔を覗き込んだ。

「どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ」

具合が悪いのかと聞いてくるユアンに、直也は首を横に振る。
どう言えば良いのか、わからなかった。
いや。自分の見たエフィーとケリーの出てきた夢をどう伝えれば良いのか、わからなかった。

言葉の伝わらないもどかしさを感じる。
伝えられたとして、夢が本当の事ならばエフィーとケリーは…………。
無力感に俯いた直也は、ぎゅっと痛いぐらいに手を握りしめた。

「ナオヤ様?」

どうしたのかと心配そうに聞いてくるユアン、そして先ほど家を出て行ったジルが、自分を『様』付で呼んでくる理由さえわからない。
少しずつ文字を覚え聞けば良いかと悠長に思っていたことがすべて、今知らなければならないことのように思えてくる。

「おい。どうした?」
「ナトラージャ様。ナオヤ様が……」
「ナオヤ?」

ユアンが後を振り向いたことで、一階の階段前に立つナトラージャが見えた。
目が合ったナトラージャが、階段を上り向かってくる。
ユアンと入れ替わると、ナトラージャは当たり前のように直也を軽々と抱き上げ一階に下りだす。

ほっとため息を吐きそうになったところで、直也ははっとした。
逞しい腕の中で、自分は安堵している。
それは、甘えではないのか?

ナトラージャは、直也のことを子供だと思っている。
だから、甘えさせてくれるのだとしたら……自分はかなり傲慢なのではないだろうか。

――――やっぱり、いつまでも一緒にはいられないんだな。

この優しい家に、ずっと居たい。
だが、文字を早く覚えて、この家を出て行かなければいけないのかもしれない。
それにナトラージャとユアンが恋人同士ではなく、ルームシェアしているだとしても、最終は二人は各々で家族ができたとしたら。
その時、直也は邪魔者でしかない。

直也はもう。誰かの負担にも、邪魔者にもなりたくなかった。

「大丈夫か?」

声を掛けられて、自分がいつもの客室のベッドに寝かされていることに気づく。

「ナトラージャ。ジルは?」
「ああ。ジルは、用事が出来て帰った」

自然に答えてくれたナトラージャに、言葉が通じるのではないかと直也は錯覚してしまう。
だが。

「ナトラージャ。俺、エフィーとケリーの夢を見たんだ。エフィーとケリーは、薔薇に囚われていて――――」

上体を起こしてナトラージャにそこまで言って、言葉に詰まった。

「ああ。エフィーとケリーが行方不明になっている話を聞いたのか……。怖いんだな?」

少しずつ、言葉が噛み合わなくなっていく。
頭を撫でようとするナトラージャの手を掴んで、直也は首を横に振った。

「ナトラージャ。大丈夫。俺は怖くない」

本当は、怖いが。
微笑んでみせれば、ナトラージャも眩しそうに直也を見ながら微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...