月に落ちていくように

月日

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神官長

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ジルは、神殿の奥にある神官長の部屋へ向かっていた。

すれ違った神官が顔を赤くさせたまま、その場で立ち止まりジルの後ろ姿を目に映す。
憂う整った顔に、見惚れたのだ。

エフィーとケリーが行方不明になってから数日が経っているが、いまだに進展がない。
皮肉なことに、顔に陰を落とすジルが騎士の姿だとしても、いつもより美しく人々には映る。

―――――神官長様に、どう言えばいいのか……。

倒れてから意識の戻らない神官長が目覚め、事件のことを聞けば、あの月の女神も味方するであろう顔を陰らせるだろう。
中年と言われる部類に入っても、美しさは年々増していくばかりの神官長が大層悲しむのは目に見えている。
強い意思を持つ方だが、ある意味、繊細な心を持っている神官長に思いを馳せた。

神官長の前に控える護衛の装備を身に着けた屈強な神官が、ジルに気づき一礼をしてから扉を静かに開いた。

「ご苦労」

神官に微笑んで礼を言い、ジルは神官長の部屋へ入った。
執務室を抜け、寝室のある扉へ向かい開ける。
いつ見ても、物が少ない印象だ。

神官長の部屋。といっても部屋は広いという理由だけでは無いだろう。
規律があるわけでもない。
今現在の持ち主の性格なのだろう。

簡素なベッドへ近づく。

そこに横たわり小さく呼吸を繰り返す人物は、どこかお伽噺の姫のように綺麗だ。
まあ、本人がその感想を聞けば笑顔で怒るかもしれないが。
昔は短かったきらきらと輝く蜂蜜色の髪が、白いシーツに散って良く映えている。
宝石のような青色の瞳は瞼に隠れており、長い睫毛は元は白かった青白い頬に影を落として、人形のように見せている。

「神官長様…………」

呼び掛けても身動ぎもしない。

ベッド横で床に膝を着いたジルは、掛けているシーツの上に置かれた白い手を握った。

「神官長様」
「んっ…………」

握り締めていた手がぴくりと動き、身じろぎした神官長の顔をジルは急いで覗く。

「…………ジ、ル?」

ぼんやりとまだ夢の中にいそうな神官長の目に、ジルは泣き出しそうな顔を映した。

「神官長様っ」
「ジル。そんな顔をして、どうしたのです?」
「彼方が、数日も意識を失って――――」

泣きそうなジルを慰めるように、微笑んだ神官長だったが、夢から覚めたように目を見開いて上体を起こした。

「ジル!! 召喚者様はどこですか!?」
「召喚者……ですか?」

襟を掴まれ詰め寄られた形になった目を瞠っているジルは、訳がわからないと首を横に振った。

その様子を見て、神官長は綺麗な顔を困ったという様にさせた。
顔を歪ませたのに関わらず、中年になったとしても奇跡とも評される美貌は損なわれない。

「私は、月の女神、ルナセレーネ様に『彼方の使者を一人この地上に降ろし、この国を救ってください』そう願って――――。 ジル。どうすれば……貴方達に禁じていた召喚を私は確かにしたのです」
「……なんてことを!」

神官長の言葉に、ジルは声を震わせた。

召喚は、禁忌なのだ。
人ならばまだ良い。召喚を禁じていなかった過去、どこかの世界の魔物を呼び寄せてしまった魔導士が居た。
その魔物は、この国の―――否。この世界の脅威となった。

魔導士よりも強い異世界の力。
ある時は慈愛のある眼差しの母となり、ある時は屈強な騎士として、ある時は庇護すべき幼子として姿を変え、魔物は人々を騙した。

穏やかな世界は、恐怖も死も隣り合わせの世界へと魔物の所為で変貌してしまった。
そして、このセレネディア王国の創始である王は、太陽に称される精霊王とその妻である月の女神、ルナセレーネの力を借り、魔物を封じたのだ。

魔物を召喚した魔導士は、未熟であったために最悪な魔物を引き寄せてしまった。
召喚した者が召喚した人物や物を元の世界へ返すことができるのだが、魔導士は召喚した魔物の最初の獲物として死亡している。
それを踏まえ、召喚は禁忌とされてきたのだ。

それを教えた師である神官長が、まさか召喚をするとは!
この神殿で召喚者が現れたらしい話を聞いていないジルは焦りを見せた。
しかし、神官長の『月の女神、ルナセレーネ』という言葉を思い出し、最近出会った黒髪黒目の少年が脳裏を過りはっと息を飲んだ。

あの少年がまさか!
思いついた少年の話をすれば、神官長は勢いのあまり体勢を崩しながらジルに縋った。

「ジル。 その方に会わせてください!!」

『極上の宝石』と瓜二つの瞳が揺れる。

「フィン様」

昔、神官長になる前、神官長の教え子だった頃のようにジルは呼んだ。
こんな状況だというのに、神官長―――フィンは美しく見えてしまう。

先の王であるオルデメンテル王の妃を妹に持つフィンは、その妹と共に色々な者を魅了する。
『魔性』と称したのは、誰だったか。
美貌ならば自分の顔に慣れているであろうジルも、禁忌を犯したフィンへの叱責の言葉は出ずに「わかりました」と頷いてしまった。

「ありがとうございます。ジル」
「ですが」

嬉しそうに微笑んで礼を言うフィンに、ジルは小さな声で話しだす。

「彼は、ナオヤ様は、王都から少し外れに居る。と言えば良いのでしょうか。運命的に彼らは出会ってしまったのです」
「なんと―――それは、きっと貴方が言う様に運命なのでしょうね」

『王都の少し外れ』『彼ら』という言葉に意味を察したフィンはしみじみと頷き、宝石のような瞳を希望に満ちたようにキラキラと輝かせた。

「フィン様は倒れられ、数日間意識を失っていたのです。それも含め、少々時間をいただきたい」
「わかりました。その、召喚者……ナオヤ様は、言語以外では問題なくお元気なのですよね?」
「はい。ですが、あの。少々、ナオヤ様……というよりは、あの方が。いえ。ナオヤ様はある意味、危険な状況と言いますか」
「どういう事ですか? はっきりと言いなさい。ジル」

歯切れの悪いジルに、日頃は温厚なフィンも苛立ったように先を促した。

それに観念したように、ジルは口を開く。

「それが―――」

ジルから得た情報に、フィンは「ああ。これも運命ですね」と慈悲深い微笑みをしたのだった。
それで、大丈夫なのか。と不安になるジルの肩を叩きながら。
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