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ルームナンバー315(1)

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「えーと、神山さんは何飲みます?」

ここは会社の最寄り駅の改札口とは反対側の、いわゆるチェーン展開している大衆居酒屋。
実は意外と刺身とか焼き物が美味しいんだよね~。
シチュエーションはともかく、久しぶりの飲みの席。
美味しいもの食べたいな!
2つあるメニューの片方を元気よく相手に手渡すも、相変わらず首をうなだれているハイスペック男子・神山。

……こりゃだめだ。
相手に返事がないので、「じゃ、とりあえず生ビール頼みますね」と話しかけ、私は店員に適当な食べ物と共に注文を行うのだった。

--

思い返せば1時間前、顔色の悪い神山透から突然飲みに誘われて了承したのは、私もなんだかあの給湯室の会話を聞いて、思い出さなくていいことを思い出して、モヤモヤした気分だったからに他ならない。

「じゃ、僕もちょっと残務処理あるので、30分後に会社のエントランスで待ち合わせにしましょうか」

そうスマートに言い残すと、イケメンはくるりを背中を向けて、何事もなかったかのように自分のデスクのある部署へと戻っていった。
が、その足取りはいつもより多少ふらついているようにも見えるのだった。哀れなり。

よーし本日の残業は中止!今日はもう、飲む!!

給湯室魔窟に入っていく勇気はもうこれっぽっちも残っていない。カップを洗うのは週明けに持ち越しにしようっと。
そう決意した私はその場で飲み残しのコーヒーをグイッとあおると、身支度を整えに自分のデスクへと戻るのだった。 

「あれ?山本さん、コーヒー入れに行ったんじゃなかったの?」

席に戻れば隣の席の先輩、小西さんがスンスン鼻を鳴らしながら声をかけてくる。まあ、コーヒー入れて残業に備えますわ!と席を立ったのに、その香りもさせずに戻ってくれば、そんな指摘も受けちゃうよね。

「あー。なんか、ちょっと給湯室に入りづらくって……。やる気も削ぎれちゃったんで、今日はもうこれで切り上げて帰りますね。」

空のカップを机に置いて、モゴモゴお茶を濁すように説明しながら帰り支度を行えば、ふんわりとした優しげなお姉さんといったいつもの顔をしかめた小西さんが更に話を続けてくる。

「あ、もしかしてまた誰か給湯室で井戸端会議でも開いてた?あの狭い感じが雑談するのにしっくりくるのかもしれないけど、あれはほんっと、良くないよね。」

雑談するなら休憩室もあるというのに、なぜいつも給湯室で長話するのか?使いたい人の迷惑になるではないか!
次第にプンスカ怒り口調でその熱き思いを口にしていく小西さん。おっとりとした彼女からこんな言葉が飛び出してくるとは日頃から何か思う所があったのか……。

「私なんて来客のお茶出ししに行く時に、誰も給湯室に居ませんように!とか祈りながら行ってるしね。」

雑談する先客の会話を中断させるようにして中に入っていくしかない時のあの居た堪れなさは、ほんと度々だと嫌になっちゃって。と、小西さんは肩を竦めて不満をもらす。

あー、わーかーるー。
気を使って一応ノックしてみたりとか、お楽しみ中申し訳ありませんがこちらも仕事なんでね、という素振りで中に入っていく小芝居も、毎回やっていると流石にウンザリしてきてしまう。

人はなぜ給湯室で長時間雑談をしてしまうのかというテーマで彼女ともっとじっくり議論をしたいところではあるが、勢いで約束した神山透との待ち合わせ時間も気になる所。
そんな訳で私は帰りの挨拶もそこそこに、オフィスをそっと退室するのだった。

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さて、給湯室の前で別れてからそれほど時間は経っていないはずだったのだが、エントランスには既に神山透が立っていた。
相手を待たせないこの気遣い。営業の鏡!!
こういうところもスパダリと称させるところなんだろうなーとぼんやり思いながら彼の後について会社を出るも、イケメンは数歩歩くとくるりとこちらに振り返る。

「誘っておいてなんですが、今日のお店どうしましょう?ちょっと僕、今頭が混乱していてどこが良いのかわからなくて……」

そして社内でみかけるいつもの自信溢れるキラキラとした表情とは程遠い、迷子の子犬ちゃんみたいに途方に暮れたような顔をみせるのだった。

そのギャップたるや!!
首を傾げてこちらを申し訳なさそうに見つめてくる様子は、不謹慎だがなんというか、目の保養。

うわー。かーわーいーいー。

実家の飼い犬を連想して、ヨーシヨシヨシと頭を撫でくりたくなる気持ちになるが、いかんいかん!ぐっと堪える私である。

ああそうか、そうだよねー。
愛しい彼女に会いにきたら、出会い頭にきっついカウンター食らったようなもんだもんね。
わかる、わかるよ!と一人納得した私は、「じゃあお店は私が決めていいですか?」と言って、冒頭の大衆居酒屋に足を運ぶのだった。

神山透は口数少なく、背中も少々哀愁を帯びているように見えるものだから、こちらもなんだか気を使ってしまう。
仕方がないので天気の話から通勤ルートから見える噴水の綺麗な公園の話、近所で見つけた大振りの木蓮の花が咲いた話まで、思いつくありとあらゆる雑談を一方的にべらべら喋り倒し、店につく頃には猛烈に喉がビールを求めているのであった。

改札の反対側のこの店は、会社の人の利用が少ない穴場である。また、ある程度ガヤガヤ騒がしい店内は、大声でもない限り、周囲に話も聞かれまいというチョイスでもあった。
どうだ、この短時間で考え出されたホスピタリティ!

なのにこちらの配慮を知ってか知らずか、このイケメンときたら店に入っても相変わらず顔色悪く、しょんぼりして会話の一つもしようとしないではないか。

生ビールとお通しが、すばやく運ばれてきたので、「はいっ!本日もおつかれさまでした!」と、反応の無い相手ととりあえずの乾杯をして、ゴックゴックとビールを飲み込んで。

「ぷっはー!仕事終わりの一杯がたまらん!!神山さんも出張だったんですよね?いや~お疲れ様でした!まあ飲みましょうよ!!」

わざとらしいくらい明るく酒を勧めてみると、やっと反応を示した神山透は、ジョッキを手をするとゴキュゴキュと喉を鳴らしてビールを一気に流し込み、フゥーとため息をつくのであった。

「……なんか、すみませんでした。」

ようやくイケメンは口を開く。
何に対して謝っているのか心当たりはありすぎるけれど、いやいや、別に大丈夫デスヨ?
むしろあなたのほうが災難でした。

「神山さんとはあまり仕事でもご一緒することもないですから、珍しいお誘いにビックリしましたけど、たまにはいいですよね」と、ニッコリ大人の模範解答をしてあげよう。

するとイケメン、「なんだか、飲みたい気分になったものですから」と、更に話を続けるものだから、つい私も「同じ課の佐藤さんとか橋本さんとかもまだ社内にいたんじゃないでしたっけ?」と、思わず疑問を口にする。

暫くの沈黙の後、「ちょっと、今日は彼らと飲む気分じゃなくて……」とまたイケメンは下を向く。

……しまった。
こりゃ聞いてはダメな質問だったか。

酒の力でせっかく和み始めた空気はすっかり元通り。
沈んだ雰囲気に、頼んだ料理が来るのを待ちながら、私は早くも帰りたい気持ちで一杯になるのだった。
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