あの娘の彼氏はスパダリと評判ですが、その実態はただのヘタレです

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ルームナンバー319(1)

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そしてそれから何巡目か逢瀬を重ねたある日の金曜日。
本日通算何度目かの「一回目の何もしないデー」。

12時のベルが鳴ると同時に会社の最寄りのコンビニまで、最近のお気に入りの「レタスたっぷりサンドイッチ」でも買いに行こうかと私は財布片手に勢いよく席を立つのだった。
瑞々しいレタスが何層にも重なるその食感に、週3ペースで選んでしまう自信があるこの人気商品。正午の入荷と同時に売り切れる場合もあることから、毎度名のしれぬの相手との真剣バトルを密かに繰り広げている私なのである。

副菜は何にしようかなと考えながら、戦いに備え足早にホールまで歩を進めると、丁度1階に向かうエレベーターの扉が開いている。
こりゃ本日は幸先が良いぞとばかりに乗り込んでみると、その中には先客が一人。
エレベーター内に他人と二人きりってなんだか少し気まずくなるよねと、相手の顔も見ぬままツツと邪魔にならないよう端に寄ってみると、相手も何故かこちらに近づいてくる。
この空間に二人きりなのに、なんで寄って来るのだろう?
警戒感も露わに身を固くしていると、

「山本さん、ランチにお出かけですか?」

耳に響くのは、聞き馴染みのある穏やかな声。
パッと相手の顔を確認すれば、隣にいたのは仕事モードの澄まし顔で前を向く、神山透なのだった。

「ええ、まあ。コンビニにお昼を買いに行こうと思って。神山さんもお昼ですか?」
「僕は午後イチで客先で打ち合わせなんで、外でお昼を食べて直行しようと思いまして。」

見知った顔にホッと胸を撫で下ろしその手に視線を向ければ、なるほどシンプルながら品の良い黒のビジネスバッグを握っている。相変わらずお忙しい様ですね、と声を掛けると神山透は一瞬こちらを見てニコリとする。

「そうなんです。なんだか急に忙しくなって。……だから、ほんの少しでいいんで、山本さんから元気を分けて頂いてもいいですか?」

そう話を続けると、空いた手を伸ばして私の手の甲をそっと撫でつけて、指と指をじわじわと絡ませてくる。
快感を引きずり出そうとしてくる様なその触れ方。
そんなことをされてしまえば一週間前ぶりの甘い震えが体を駆け巡る。

「ね、こっち向いて?」

その声に誘導されるように顔を上げると、目の前には首を傾げて近づいてくる優しく微笑む神山透の麗しき顔。そしてそのまま柔らかな唇が、ふわりと重ねられたのだった。

ほんの数秒僅かな触れ合いの後、狭く閉じられた空間の中に、チュパリと名残惜しそうに離れていく音が響く。

「隙あり、ですね。山本さん。」

からかうような口調で神山透は一瞬ニヤリとすると、何事もなかったようにかのように視線をエレベーターの表示ランプに戻してしまう。
こちらの心を乱すだけ乱しておいて、その態度はどういうことだ。一人なぜだか置いてきぼりにされた気がしてきて、思わず私は憎まれ口を叩いてしまうのだった。

「……神山さん、ここ、会社の中ですよ?」
「そうですね。でも二人きりだったんで、つい。」
「まだ、お昼時ですよ?」
「そうですね。でも我慢できなくて。すみません。」

神山透は謝罪の言葉を口にしながらも、悪かったとは微塵にも思っていない表情をする。

「ね、もう少し。1階に着くまでこのままでもいいですか?」

前を見つめたまま、そう言って絡ませた指をぎゅうと握りしめる神山透の表情は、相変わらず他人行儀なビジネスマン然としたものだけれど、よく見るとその瞳の奥には夜に灯る情熱が確かに煌めいている。

「……いいです、けど。」

そんな目をされてしまっては、抵抗なんてできやしない。
指から感じる神山透の熱が体全体に伝達すれば、本能の赴くままに縋り付きたくなってしまう。
急に湧き出た衝動に翻弄されないように努めるのが精一杯の私は、そう短めに言葉を返すしかないのだった。

どの階にも停まることなく、二人きりの空間は続いていく。フワフワと体の内側が浮遊するようなこの感覚は、エレベーター内の特有のものか、はたまた先程のキスの影響か。
終点が近づき1階の文字が点滅すれば、神山透は繋いだ手を唇に這わせてからそっと手を離し。

「この続きはまた別の機会に、ですね。」

いたずらっぽく耳元で囁くと、扉が開くと同時に「それではまた今夜」と、颯爽とイケメンはエレベーターを出ていくのだった。
その余韻を残した引き際の見事さよ。
悔しいけれど一連の仕草に見惚れてしまい、すっかり調子が狂ってしまった私である。
そんな訳でまんまと本日の争奪戦に破れ、昼食は棚に売れ残ったおにぎりとなってしまったのだった。

――

「なんだかニコニコしてるけど、今日はレタスサンド買えたのかな?」
「え?いや、売り切れでしたけど……そんなに機嫌良さそうに見えました?」

買い物から帰ってくると、隣の席の小西さんが自作のお弁当を頬張りながらこちらに話を向けてくる。

「うん。山本さん、何かいい事あったみたいな、嬉しそうな顔してたから。嬉しそうな顔をしてる人を見てると、こっちまでなんだか幸せのお裾分けを頂いたみたいに、心がホッコリしてくるよね。」

人の良い小西さんはウフフとふんわりと笑いながらそう言うが、いい事というか、人には言えない後ろめたい事をしてきた心当たりがある私は、その無邪気な感想に、思わず顔が真っ赤になってしまうのだった。

「そ、そう言えば新しい部署が新設されるって噂、聞きました?」

居たたまれずに話題を咄嗟に変更してみると、小西さんもお仕事モードの顔にサッと変わる。

「新設されるなら備品購入の準備とか電話増設工事とか、色々指示もありそうだけど、今の所全然そんな動きも見えてこないよね?山本さんは何か聞いてたりする?」
「いえ、私も具体的な話は全く。なのでなんだか眉唾モノで。」

我々「社内のなんでも屋」こと、この部署に全く話が入ってこないとは、どれだけ極秘事項のプロジェクトなのだろう。

「最近あちこちでそんな噂を聞くから、まあまあ現実的な話なんだろうけど……。なんの部署なのか全然詳細がわからないっていうもの不安よね。」
「新しい部署がどのフロアに設立されるのかでも色々準備の仕方も変わりますし、そもそもそんなスペースは無い様な気もしますよね?ほんとに新設されるんですかねえ?」

極秘なのは結構であるが、設立にあたり期日短く突貫で各種準備せよと突然指示されたりしては困りものである。
情報を開示しない会社上層部への不満を呟きながら、私は鮭おにぎりをむしゃりとかぶりつくのだった。

――


『急な仕事が入ってしまったので、今日の予定は延期させて頂けませんでしょうか?』

さて、神山透から本日の予定のキャンセルを告げるメッセージが入ったのは、週末特有の慌ただしさも一段落し、そろそろ帰り支度を意識し始める終業間際の頃合いだった。

そもそも今まで忙しい営業部の神山透と、毎週末に定時上がりで会うことができたことの方が奇跡と言ってよい話。今日の予定が白紙になったからと言って、こんなの数ヶ月前までの日常、いつも通りに戻っただけのこと。
問題なんて、全然、ない。

『承知しました!では、お仕事が落ち着いたら連絡下さい。残業張って下さいね。』

余計な気遣いをされないようにわざと明るい短めの文面で返事を送ってみるが、なんだかんだで私も神山透と会っておしゃべりする時間が楽しみだったようで、予定がキャンセルされてしまえばなんとなく寂しいような、物足りない様な気持ちにもなってしまう。
これはドタキャン特有の喪失感なのか、それともまた別な何かなのか。

……ん?
ちょっと待て待て。
「別な何か」?

別な何かって、なんなんだ?
とつぜん芽生えた正体不明のこの言葉。
一体その意味はなんなのか。
あともう少し何かヒントさえあれば答えが出そうな気がするものの、突き詰めてみようにも肝心なところで霞がかかってその先の思考が全く働かない。
見えそうで見えない、わかりそうでわからない。
チラリズムにも程がある、そんな不透明な状況は全くもってモヤモヤするところもあるけれど……。
まあ考えていても仕方ない。
気持ちを切り替え久しぶりの1人の週末。
せっかくなので満喫しようではないか!

言い表せない感情が胸に渦巻く中で、無理矢理心を鼓舞させてみようにも、何をしようにも気乗りしない。
結局ちらりと駅前の書店へ立ち寄る程度に、そのまま家路へつく私なのだった。

――


『今週ももしかしたら、ダメかもしれません。』

しかし、忙しいのはその日だけではなかったらしい。
翌週も神山透の周辺はかなり慌ただしい様子。
社を上げての展示会設営メンバーに急遽引っ張り出されてしまったという神山透からの連絡は、関係各社との事前調整やら会場打ち合わせやらと、休日返上でずっと働き通しなのだという内容で、週の始めに一度入ったきり。

それからしばらく連絡が途絶えたままに、翌々週も過ぎ。
次の予定として、展示会が終わる週末金曜日の会社帰りを提案するメッセージが神山透からあったのは、エレベーター内での出来事から実に3週間目に突入した、月曜日のことだった。

休み無しに働き詰めならさぞかしお疲れのことだろう。
また来週でもいいんですよ?と気遣ってみるも「ちょっとでも山本さん成分を補給しないといけないので、絶対ダメです!!」と謎の返信が届いたので、結局提案通り決行とする運びになったのであった。 

そして当日金曜日。
一大イベントであった展示会も無事終了し、皆は打ち上げに行ったらしいが神山透はそれを欠席したとのこと。
集合場所にやってきたイケメンは、こちらの想像していた以上に焦燥しきった風貌。
だが、それもまた独特の色気を醸し出しでおり、相変わらず目の保養である。

……って違う。
こんなくたびれてる人はさっさと家に帰って寝るべきである。
でも先日の回答からして絶対に予定を取りやめることはしないだろうし……どうしたらこのイケメンに休息を取らせることができるのか。
暫く思案した私は、意を決して神山透にこう言うのだった。

「神山さん、今日は予定を変更して、あそこで一緒にお泊まりしませんか?」

指をさすのは駅の反対側の、例のホテルの方向。
ダメ押しで、今まで使った試しのない、もじもじ恥じらうような上目遣いをして、誘うように腕を絡んでみたりする。
とにかくこの人を一刻も早くベッドに寝かしつけなければならぬ!

謎の使命感に燃える私とは裏腹に、神山透は嬉しいような驚いたような色々な感情を含んだ顔で「いいんですか?」と聞いてくる。

「いいですとも。今日は頑張った神山さんへご褒美に、頭ヨシヨシしてあげましょうね。」

さっさと寝かしつけてやろうという魂胆を隠し、できる限りの最上級の微笑みでもって応えてやると、神山透は骨付き肉でも与えられた犬のようにキラキラした瞳で嬉しそうに笑って、「じゃあそうしましょう!」と言うのだった。

お店で夕飯を取るのも惜しいからと、うまいこと言いくるめてコンビニで軽めのご飯を買って、勝手知ったるホテルに到着。
今日は生憎315号室は空いていなかった為、319号室を選択した。

中に入ると神山透は早速抱きついてキスをしてこようとするので、「まずはお風呂に入りましょう?一緒に入っちゃいます?」と我ながら大胆に誘ってみる。
どうせ裸は何回も見たり見られたりした間柄。
ここは一つ恥じらいは捨てよう。
課せられた使命はただ一つ。
この人をさっさと寝かせることである!!

「えっなんでなんで?今日の山本さん、なんだか積極的!」

何も気がつかず嬉しそうな神山透を促して、一緒にお風呂に入って頭や体を洗ったりしてあげる。
風呂上がりにはダメ押しに、お疲れ様でしたとコンビニで買ったちょっとお高めの梅酒を口移しで飲ませてやると、それからすぐに、神山透はまんまと夢の国の住人となったのであった。


謎の達成感と共に、寝顔の神山透をツマミにコンビニで買ったビールを飲みながら、書庫での出来事を思い返してみる私である。

神山透が何を考えて、私に執着するのかは全く不明だが、書庫の中でいざ挿入時となった際、神山透がスーツのポケットから避妊具を取り出したのを見て、半ばトロけた頭ながら、「あれ、この人最初からここでヤる気だったのか?」と失礼ながら若干引いてしまったのは内緒の話。

……いや、そういう心遣いは大切だけれど。
大切だけれども、ちょっと用意周到しすぎやしないかい?
それともアレって、偶然ポケットに入っててラッキー☆みたいなカジュアルな代物なんだっけ?
まあ、まんまとその場に流されて、どこかのエロ漫画みたいな展開を期待してしまっていた私も結局は同罪なんだろうけれども。
書庫に監視カメラとかなくて本当によかった……なんてくだらないことを考えつつ、私はだらだら携帯で動画サイトなんかを見ながら眠くなるまで時間を潰すのだった。


まったりとした時間を過ごす私だが、翌朝目醒めた神山透から「一服盛られた!」と憤慨されながら押し倒されて、思い切りあんあん言わせられることになるという展開を、この時は微塵にも想像していないのだった。

……それはここに、ものすごく強調させて頂きたいところである。
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