夜霧家の一族

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二章 歪んだ家

<日出 卯の刻> 先見

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本宅の茶の間は静寂に包まれていた。

黙々と料理を口に運んでいる者が五人。
八爪。
孤独。
陰陽。
狐狸。
闇耳。
彼らに対して、
一槍斎。
一二三。
の二人は料理に手を付けていなかった。

「まさかお二人さん、
 予見の亡骸を見て食欲がないのか?
 随分と繊細でいらっしゃる。
 ひっひっひ」
孤独がそんな二人を見て声を出して笑った。

「可愛い妹のあんな姿を見た後ですからね・・」
そう言って一二三は白く細い指で目尻を拭った。
「この状況でお前の作った料理を
 何の疑問も抱かずに口にするほど
 俺はお前のことを信用してないからな」
一槍斎の落ち着いた低い声が部屋に響いた。

「ま、まさか・・毒っ!」
箸を握った狐狸の表情が一瞬で強張った。

「な、何で、俺様が毒を仕込むんだよ!
 あ、兄貴も冗談が過ぎるぜ!」
孤独は茹蛸のように顔を真っ赤にして反論した。

箸を持った皆の手が止まっていた。

「おいおい、まさか、てめえら。
 本当に俺様が毒を盛ったと思ってるのか!」
孤独が声を荒げて立ち上がった。

「・・大丈夫。
 この料理に毒は入ってないよ」
その時、
孤独の様子をじっと窺っていた陰陽が
静かに口を開いた。

「・・陽兄ぃが言うのなら、問題はなさそうね」
狐狸が安堵の表情を浮かべて味噌汁を啜った。
「けっ!当たり前だろ!
 俺様の料理を何だと思ってやがるんだ!」
孤独は口を尖らせたまま腰を下ろすと
湯呑の茶を一気に飲み干した。

「でも予見があんなことになったんだから、
 槍兄ぃが用心するのは当然よね」
狐狸が澄ました顔でそう言うと、
「俺様が予見を殺ったって言いたいのか!」
孤独がギロリと狐狸を睨みつけた。
「落ち着きなさい、孤独。
 可愛い妹の戯言だと思って聞き流すのですよ」
一二三は孤独を嗜めてから
ゆっくりと箸を手に取った。
「さすがお姉様ですわ。
 アタシ、二三姉ぇのことは大好きっ」
狐狸が芝居じみた声で甘えると、
「けっ!
 一二三の姉貴は此奴に甘すぎるんだよ」
と孤独は顔をしかめて腕を組んだ。

「孤独兄さんを庇うわけではないけど、
 男が女を殺す意味はないからね」
陰陽のその言葉は
この場に束の間の静寂をもたらした。

雀が「チュンチュン」と啼いていた。

一二三と狐狸が陰陽の方をじっと見ていた。
陰陽はそんな二人の視線を軽く受け流すと
香の物を口に運んで
ポリポリと小気味よい音を立てた。

「陰陽の言う通りだぜ。
 俺様が予見を殺す意味なんてねえんだよ。
 ひっひっひ」
孤独はニヤリと口元を歪めると
狐狸を睨み付けた。

「そのへんでやめとけ、お前達」
その時、一槍斎の低い声が茶の間に響いた。

孤独はバツが悪そうにツルツルの頭を手で撫でた。
狐狸は開きかけた口を閉じて
黙って湯呑の茶を啜った。
陰陽は箸を置くとそっと髪を掻き上げた。
一二三は一槍斎の方に視線を向けて
小さく微笑んだ。

そんな小さな騒ぎの中、
八爪と闇耳の二人は静かに箸を進めていた。

「そもそも。
 先を見通せる予見が
 自分の死が見えなかったのは
 とんだ笑い種だぜ、ひっひっひ」
孤独は小声でそう毒づいた。
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