夜霧家の一族

Mr.M

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終章 母への供物

<鶏鳴 丑の刻> 近親

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本宅を出た私は
星空の下、
父、八苦を匿っている午の宅へ向かって
歩いていた。
歩きながら私は母の口癖を思い返していた。

「あの男の血を後の世に残してはなりませぬ」

己の膝枕で寝ている一双斎に
母は毎日のようにそう語り掛けていた。
いや、母は側にいるはずである私に向けて
そう言い聞かせていたのかもしれない。
どちらにせよ母のその言葉は言霊であり、
私と一双斎にとっては呪縛でもあった。

しかし、そう口にする母はどこか悲しげだった。
きっと母にしても夜霧家の断絶は
望んではいなかっただろうから。

それでも。
母との約束は守ることができた。

私は安堵からいつの間にか小走りになっていた。

その時、不意に視界が霞んだ。
見ると辺り一面、濃い霧に包まれていた。

私の足は止まっていた。
霧が月明かりを反射しているのか、
私はその眩しさに一瞬、目を瞑った。

その霧は夜霧八爪の白髪を思い起こさせた。

蚊母鳥の「キュキュキュキュ」という啼き声が
どこからともなく聞こえてきた。

霧が私の体に纏わりついた。
それはまるで夜霧八爪の怨念のようだった。

私は激しく手を振って
周囲の霧を払い除けながら駆け出した。


私は午の宅の戸を開けて中へ駆け込んだ。
そして素早く戸を閉めた。

戸に背中を預けて大きく深呼吸をすると
徐々に乱れた呼吸が落ち着いてきた。
それでも心の臓はまだ早鐘を打っていた。
予見を手にかけた直後もそうだった。

私はもう一度大きく深呼吸をした。

室内は灯を灯してないにもかかわらず、
障子窓から射し込む月明かりで
ぼんやりと明るかった。

土間から父の姿が見えた。

手足を失い畳の上に転がっている裸の父は
さながら芋虫のようだった。
目も見えず、耳も聞こえず、話すこともできない。
流動食を食べて糞尿を垂れ流す生き物。
それでも今の私にとっては
必要不可欠な存在だった。

私は土間を上がって父の側へと歩み寄った。

『お父様、お待たせしました。
 すべて終わりました』

「あ・・う・・」
その時、父が反応した。
私の声は届いていないはずなのに、
皮肉にもこんな体にされて
父の感覚は研ぎ澄まされたようだ。

私は父を転がして仰向けに寝かせた。

「あ・・う・・」
父が怯えたような表情になった。
私は父を安心させるために優しく、
そっとその額を撫でた。
父の表情が緩んだ。

そんな父を見て私は複雑な気持ちになった。
髪は抜け落ち、
両の目の部分には
ぽっかりと暗い空洞が空いていた。
両耳はそぎ落とされたうえで、
蝋のようなモノで塞がれていた。
夜霧家きっての色男と言われたその面影は
今はどこにもなかった。

そして
私は骨と皮だけになった父の体に目を向けた。

痩せ細った胴体にはあばら骨が浮いていた。
両腕は肩の辺りから
そして両足は腿の付け根から
ざっくりと斬り落とされていた。

私は父の下腹部より少し下の方へと視線を移した。
そこにはこの体に不釣り合いなほど
立派なモノが付いていた。

間に合って本当によかった。

母の命日まであと四日。

あと数日遅れていたら、
父のこの大切な部分は
あの男によって斬り落とされていた。
それがあの男が下した八年目の罰だったのだから。


私は立ち上がって
ゆっくりと勿忘草色の着物を脱いだ。

ひんやりとした空気が私の全身を包み込んだ。

乳頭がツンと固くなっているのが
自分でもわかった。

私は畳に両膝をついて、
父の下半身へと手を伸ばした。
そして元気のない父の宝物を
私は右手で優しく包み込んだ。

「いっ・・ろっ・・はっ・・」
父が体を強張らせて、
声にならない声を出した。

父の顔に困惑の色が浮かんでいた。

私がゆっくりとそして優しく手を動かすと、
父は
「ひぅ・・ひぅ・・ふぅ・・」
と奇妙な声をあげた。
それはその名もわからぬ鳥の囀りのようだった。

私が握った手を緩めることなく、
時に早く、
時にゆっくりと不規則な調子で動かし続けると
それは徐々に大きくなっていった。

それから私はその先端部に舌を這わせて
時間をかけてゆっくりと舐めた。
するとそれはみるみるうちに固くなっていった。

私はそれを口に咥えた。
静かな部屋の中に卑猥な音色が響いた。

しばらくの間、私は父のモノを口と手で弄んだ。
時折、父が
「はぅ・・ひぅ・・ほぅ・・」
と満悦の声を漏らした。

私は一度父の体から離れて、
改めて父の下半身に目を向けた。

障子窓から射し込む月明かりに照らされて、
屹立した父の宝物は
私の目にはさながら禍々しい
天狗の鼻のように見えた。

私は時の経つのも忘れて、
しばしの間その光景に見惚れていた。


いつの間にか
障子窓の隙間から入り込んできた濃厚な霧が
月明かりに代わって部屋中に充満していた。

霧が火照った私の肌を包み込んで、
細かな水滴が肌を湿らせた。
そしてそれ以上に
私の門戸はしっとりと濡れていた。

私はゆっくりと父の上に跨った。

天狗の鼻を私の門戸が包み込むと
「あっ・・いぅ・・うっ」
と父の口から名も無き鳥の啼き声にも似た
恍惚の音が鳴った。

私はゆっくりと腰を振った。
私は天狗の温もりを体の芯で感じていた。

『あああああぁぁぁぁっっっ!』
私は法悦のため声にならぬ叫び声をあげた。

私が子を産むまで、この体は大切に扱うだろう。

母の想いを胸に
私が新たな夜霧の歴史を作っていくのだ。

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