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11話 デート
しおりを挟む日曜日、秋晴れの澄み渡る空の下、私は彼に指定された駅前に来ていた。
無視することも出来たのにそうしなかったのは自分でもよくわからない。
暇だったから、というのは言い訳にならない。休日は基本、家の防音室に籠もって一日中ピアノを弾いている。つまり別に暇じゃない。
結局のところ、私はここへ来たかったのかもしれない。告解室の彼に、多少なりとも心を許している自覚がある。
顔が見えないから、余計なことまで話せてしまう。彼が誰だかわからないけど、私に敵意を向けて来ない、数少ない貴重な人だから。
集合時間の五分前、彼から借りたスマホが鳴った。出ると、鬱陶しいくらいの明るい声が私の耳を通り抜ける。
『杏梨ちゃん、来てくれてありがとう!』
「や、別に……てかその杏梨ちゃん呼びやっぱやめて。ゾッとする」
『じゃあ呼び捨てでいい?』
「さん付けで」
『杏梨、今日行くところだけどさ』
「聞けよ。てかアンタどこにいんの?」
『秘密』
辺りを見回すが、こちらを見る不審人物は見当たらない。上手く隠れてやがる。
電話口の向こうでふっと彼が笑う。向こうだけが私を見ているのは不公平だ。
『ところで、ドーナツ好き?』
「ドーナツ? まあ普通に好きだけど……」
『美味しいドーナツ屋見つけてさ。きっと杏梨好きだと思うんだ。そこに行こうよ』
「はあ……まあいいけど」
そして案内されたのは、駅近くのドーナツカフェだった。
ドーナツの大きなオブジェとポップなカラーの外観は派手で、いかにも女子受けしそうなお店だ。
お昼時で、お店の外に多少の待ち列がある。とりあえず最後尾に並んだ。
「てか、何でドーナツ?」
『いや、杏梨が喜びそうな場所を色々探した結果かな』
「え。わざわざリサーチしたわけ?」
『褒めてくれる? 高校生のぼっち男子が一人勇気を振り絞ったの』
「うん。やるじゃん」
『ちゃんと褒めてる?』
「うん。ちょっと馬鹿にしてる」
電話口の向こうで彼が憤慨する。
こんな可愛らしいお店に男一人で入るのはかなりハードルが高かっただろう。肩身の狭い彼の姿を想像して、ちょっと笑いそうになる。
そのうち私の番が来て、店員に案内された。店内のショーケースの前でドーナツを眺める。
「で? どれ選んだらいいの?」
『ハッピースマイリー☆ユアムーンライトってやつ』
「却下」
『えっなんで?』
「名前が無理。受け付けない」
『店員さんに失礼だよ?』
どんなセンスでその商品名つけたんだよ。生まれがメルヘンの民か?
そう思いながら他のドーナツを見るが、なんと全部同じようなクソダサ……とても夢見るネーミングで、思わず絶句する。
間違いなくここの店主とは仲良くなれない。
「アンタ、商品名にムーンライトって入ってるから選んだだけでしょ」
『いや、本当に美味しかったんだって。確かに最初は名前から入ったけど』
「……」
黙り込む私に、味の保証はするから! と強く押され、仕方なく注文する。
「これ、一つください。それからレモンティーも」
『あ、逃げたね。商品名言うとこ聞きたかったのに』
「無理。死んでも言いたくない」
店主には悪いけど、客が躊躇するような商品名つけるの、やめてほしい。
多分私みたいに商品名言いたくない客も多いんだろう、店員さんは慣れた様子で「かしこまりましたー」と笑顔で返事をした。
一分もしないうちにドーナツとレモンティーが提供される。トレーを持って窓際のカウンターに運んだ。
丸い満月を表したであろう黄色ベースのドーナツに、チョコペンでスマイルが描かれている。容赦なくその笑顔を齧ると、中からカスタードクリームが出てきた。
「あ、美味しい」
『でしょ?』
商品名はともかく、ドーナツはちゃんと美味しかった。生地もふんわりしていて、口溶けがいい。
「うん。商品名だけ改善してくれたら通いたいレベル」
『うわ、めちゃくちゃ嬉しいな。ここ選んで良かった』
「ちなみにここに辿り着くまでどれぐらいかかったの?」
『昨日丸一日。この辺のカフェとかスイーツ系のお店網羅したかな』
「やば」
そこまでする? 普通。
これは一応デートらしいけど、男子って念入りに下調べするもんなんだろうか。男友達も彼氏もいたことないからよくわかんないけど。
あ、やっぱり引いた? そう言って電話口の向こうの彼は軽く笑う。
『杏梨が喜んでくれるなら、僕は何でもするよ』
「アンタ、私の熱狂的ファンか何か?」
『それに近いね』
彼が必死に探し出したらしいこのドーナツを齧りながら、「ふーん……」と相槌を打つ。
もう少しだけ丁寧に味わおう。そう思いながら。
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