日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録

鯉々

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第伍章:子取るは箱か言の葉か

第11話:言の葉、穢れ箱を包む

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 熱源が指先から杖、そして床へと移っていく中『コトリバコ』へと視線を向けていた。そこから放たれている妖気は時間が経つごとにどんどん強くなってきており、このまま放置していれば自分も紫苑も体が持たなくなり、更には翠や百さんも殺されるであろう事は目に見えていた。
 熱源を床から『コトリバコ』へと移し、その表面上で動かし始めた。加熱したところで無意味な可能性が高いため、あくまで攻撃ではなくどういった構造なのかを探るために移動させた。

「どうすんの……」
「今やってる、ちょっと待て……」

 蓋の隙間から熱源を内部に滑り込ませてみると妙な違和感があった。『コトリバコ』を作る際に動物の雌の血、子供の体の一部を入れる筈なのだが、そのどちらも存在しない様に感じたのだ。血は乾いてしまっているとしても、人体はミイラ化するなりして内部に残存している筈だった。しかし熱源は平面上を移動し続けており、凹凸らしき物がどこにも確認出来なかった。

「何だ……?」
「ちょっとどうしたの」
「なァ……これ本当に『コトリバコ』か?」
「は? 他の何に見えるっての? ふざけてんならあたしがやる」
「待て」

 目を閉じて意識を集中させてみるとまた新たな違和感を感じた。『口裂け女』を探す時にも調べたが、魂には本来波がある。間引きされた子供を使った呪物である『コトリバコ』からそれが発されていない筈が無かった。それだというのに何故か波を一切感じず、それにも関わらず妖気だけは強く放たれ続けていた。
 どうなってる……『ハッカイ』なら少なくとも八人の子供の魂が存在してる筈だ。それなのに一つも無いだと? 百さんは『ハッカイ』以上の物かもしれないと言っていた。もしそうなら九人は居ないとおかしい。まさか、『ハッカイ』以上は作り方が違うのか……?
 少し強めに咳き込み、先程より多めの吐血をしてしまう。

「いつまで待たせんの、あたしがやる!」
「いや紫苑! こいつ……『ハッカイ』以上ってのはマジかもしんねェぞ。それにもしかしたらこいつは、戦術兵器には使えねェのかも……」
「何が言いたいの?」
「アタシはこいつが収容される前に何を起こしたのかは知らねェ。だがさっきから妙な感じがするンだ」

 目を開けて威嚇を続けている美海を見る。全身の毛が逆立ち『コトリバコ』へと強い敵意を向けていた。

「もしこれが兵器として作られたなら、もっと無差別的にする筈だ。バレない様に設置すりゃいいンだからな」
「はぁ……?」
「さっきから妙じゃねェか? 兵器として作られたにしちゃあアタシらしか攻撃してねェだろ」
「馬鹿なの? ここにはあたし達しか」
「美海が居る。この子にはちょっと変わった力がある、ヤバそうな相手だったら簡単に打ち消せる程の力だ。それなのにさっきから美海は威嚇しかしてない。つまり美海の力すら通用しねェヤバイやつの可能性が高い。それにわざわざ家からアタシらに付いてきた」

 もしこの『コトリバコ』が『ハッカイ』レベルの物ならアタシ達だけじゃなく美海も標的にする筈だ。この子の性別は雌、条件としては揃ってる。それなのに何故かこの子だけは未だに影響が出ていない。こんな物を戦術兵器と呼ぶのは少し無理がある気がする。それに内部に凹凸が一切ない。まだ呪物として機能しているのなら何も残っていないというのは妙だ。

「紫苑、この『コトリバコ』はいつここに収容されたンだ」
「知んないよ。でも姉ちゃんが言うには……百年以上前には収められた筈って……」

 鼻の中が熱くなり血が出てくるのを感じる。頭痛まで始まり、あまり時間が残されていない事を感じさせた。

「『ハッカイ』の収容期限は?」
「……四日前に終わる筈だったって」
「もしかしたらこいつ……『コトリバコ』じゃねェかもな」

 箱内部に留めていた熱源を移動させて『コトリバコ』のあらゆる場所を移動させ続けた。そして数秒動かしたその時、ある違和感に気が付いた。ただのからくり細工の箱だと思っていたが、底の部分に何か普通とは違う構造があったのだ。隙間の様なものが存在しており、恐らく二重底構造の一種だと思われた。

「……紫苑、お前ェ魂は触れるだけか? 見えたりは?」
「ない。でもヤバイ雰囲気は感じる……このままじゃ姉ちゃんがり殺される」
「いいか、アタシの言う事を聞けよ。今からこの箱を触る、その間に何かが出たのを感じたら守ってくれるか?」
「どういう意味? だったらあたしが直接!」
「いや駄目だ。もしかしたらこいつはアタシの手に負えない奴かもしれん。お前ェだけが勝てる可能性がある」
「は? どういう……」

 紫苑が言い終わる前に素早く座り込んで箱を手に取る。裏返して底の部分を見てみると普通の箱の様に見えた。しかし先程熱源を移動させている時に感じた違和感は間違いなくここからだった。試しに爪を引っ掛けてみると底が少しだけ浮き、そのままスライドさせると上手く開ける事が出来た。やはり二重底になっていたらしく、そこには折りたたまれた和紙の様な物が収められていた。
 紫苑が腕を払いながら口を開く。

「っ……! それ……」
「やっと分かったぜ。こいつだ。こいつが本体だ、箱はもうとっくに浄化されてる!」

 突如首筋に何かが入り込むかの様な感覚を覚える。途端に呼吸が出来なくなり、一瞬パニックを起こしそうになったが、すぐに紫苑が行動に移した。アタシの背中側へと周り、首と胴体の境目の辺りに指を突き立てるとつまむ様な動きをしながら引っ張った。すると体から何かがふっと抜けた様な感覚がし、すぐに呼吸が出来る様になった。

「っはぁ! うっ……!」
「はっきりとは言えないけど、何か掴めた。でもこれは……」
「……な、何だ?」
「普通の魂じゃない。クソ怪異でもない。別の奴かも」
「これ見りゃ分かるかもな……」

 箱からは既に妖気は失われており、代わりに畳まれた紙から発されていた。どうやら先程から強さを増していた妖気の本体はこれらしく、あの箱はあくまでこれを隠すための容器に過ぎない様だった。
 畳まれた紙を開いてすぐにそれが異常な物だと分かった。紙には二つの文章が書かれていた。

『じだいのとうしゅさまがおきまりになったとおききしました。たいへん めでたく おもっております。これからも みなさまのますますのごかつやくを おいのりもうしあげます』

 最初に書かれていたのはどこかの当主が決まった事を祝う内容のものだった。紙の劣化具合からして相当昔の物であり、恐らくあの箱が作られたのとほぼ同じくらいの時期と思われた。そしてもう一つの文章は明らかに違う文字で書かれていた。
 その文章は何かの紋様の様な姿をしており、恐らくは現在使われていない古い文字だと思われた。はっきりとは覚えていないが確か講義でも見た古代文字だった筈だ。そしてその一連の文章の最後には『かしこ』と締めくくってあった。
 これだけでも明らかに異様だったが、それよりも目を引いたのはその紙の四隅だった。恐らく何らかの道具を使って燃やしたあるいは炙った様な形で欠損していたのだ。指先で少し触れてみると簡単にポロポロと隅の部分は崩れた。
 倒れている翠が咳き込み吐血する。時間が迫っているらしい。

「紫苑読めるか?」
「……ヲシテの一種?」
「古代文字の一種か?」
「そう。でも変な事は書かれてない。多分何かの祝詞……か」

 そこまで言いかけた紫苑は突然手渡されていた紙を手放すと空中を裂く様に手を払った。

「オイどうした!?」
「……何かが飛び出そうとしてきた。多分さっきあんたに入ったのと同じ奴」

 美海が何かを訴えかけるかの様にこちらに鳴き始めた。しかし以前起こしていた様な異常現象は起こらず、この紙が放っている妖気くらいしか異常は無かった。

「美海、どうした?」
「ちょっと猫構ってる場合なの? 馬鹿するのは後にしてよ」
「待ってくれ」
「ちょっと!」

 紙は紫苑に任せて美海を見る。すると美海は畳の一か所でぐるぐると周り始めた。その場所は先程翠が折り紙を置いていた場所であり、百さんが倒れた時に丁度箱が落ちた場所だった。そこには黒炭が落ちていた。恐らく翠の折り紙が強い呪いに耐え切れずに崩壊して出来たものだった。手で触れてみると一般的な炭とよく似た感触だった。

「……翠の折り紙がここまでなるなんて今まで無かった」
「ちょっと! マジでどうすればいいの!」

 手で空を切りながら格闘している様子の紫苑が怒鳴る。

「相当強い呪物なのは間違いない。でもどうやってあの紙から呪いを飛ばしてるンだ? あの形に何の意味がある? 何で書いてあるのが祝詞なんだ……?」
「クソ雅!!」

 百さんは苦しそうに呻いており、翠は声を上げはしなかったものの症状は進行しており危険そうな状況だった。しかしその姿を見て、ふとあの紙と共通の面がある事に気が付いた。
 姉さんが言ってた。汚れたおふだをいつまでも持ってると逆に良くないものを招いてしまう。あの紙に書かれているのは祝詞、本来なら祝い事の時に唱えられるものだ。そしてその紙の四隅は欠損してる。もしあれが姉さんの言うお札と同じ物だとしたら? 四隅を燃やすという事はけがれで祝詞を封じるという事……カビた蜜柑みかんが一つでも箱の中にあれば他の蜜柑もカビる……もし強力な力を持った祝詞が完全に穢れたら……?
 憶測が予感に変わり、対処するために立ち上がろうとした瞬間、足がもつれて倒れ込んでしまった。

「ちょっとマジで何やってんの!」
「い、いや……足が動かせない……!」
「は……?」
「ヤバイ……アタシにも……!」

 左足だけでなく右足すらも動かなくなり最早しっかりと物を見る事が出来ない程に視界が揺らぎ始めた。紫苑が何かを言っているのが聞こえるが、音をしっかりと脳が処理出来ない。
 まさか……まさかあの紙は日奉一族を狙い撃ちにする呪物か……? あれは一般人を呪うために作られた物じゃない……この一族を根絶やしにするために作られたんだ。『コトリバコ』で子を作れない様にして、穢れた祝詞で関係者諸共皆殺し……そして祝詞、いや呪詛で汚染された一族は新たな媒体になる。姉さんが言う様に『神に見初められた』神聖な存在である日奉の人間を穢れさせて、そこから更に強力な呪いを発生させる。そうすれば全員死ぬまで連鎖し続ける……。
 必死に声を出そうとするが喉が上手く動かず、紫苑は妖気が強まったのを感じたのかキョロキョロと周囲を見回し始めた。

「……! ……っ!!」

 もう自分じゃどうしようも無い……最後に出来るのはこれくらいか……。
 畳に触れている指先から熱源を発生させて落ちたままの紙へと移動させて一気に加熱した。紫苑らしき影が飛び退き、鼻に紙が焼ける匂いが入り込んできた。大きく咳き込み吐血する。

「……ッ!! ……?」

 紫苑が何かを怒鳴る中、手にふわりとした物が触れた。指先の感覚すらも怪しくなりかけていたが、それを間違える筈が無かった。新しい家族の感触を忘れる筈がない。
 畳が数回揺れたかと思うと何かが首筋に当たり、その後体が一瞬だけ持ち上がる。するとそれを合図に音が聞こえる様になり、視界も少しずつではあるが回復し始めた。顔を動かして見上げてみると紫苑が空中で何かを切り払う様な動きをしていた。それを終えると一度目が合ったが無視する様に歩き始め、翠や百さんの方へと向かっていた。

「ぐ……」
「ナーオ……」
「ああ美海、助かった……やっぱりお前ェは賢いよ……」

 少しずつ体を起こして紫苑の方を見てみると、先程アタシにやったのと同じ様に倒れている二人の首に指を当てて摘まむ様な形で手を振り上げた。その後やはり空中を手で払うと小さく溜息をついた。

「……悪いな紫苑」
「……あんたが死んだらどうせ姉ちゃんが怒る。それだけ」
「ああ、だろうな」
「取り合えず皆の体の中の奴は祓った。あの紙の奴もね」
「助かったよ。それよりそいつらの事なンだがな……」
「ただの霊や呪詛じゃない」
「ああ、そうだろうな」

 紫苑は箱を拾い上げて中を覗く。

「『コトリバコ』は完全に浄化されてた。子供の魂なんてどこにも無かった。だから最初は別のクソが『コトリバコ』を取り込んだのかと思った」
「合ってるぜ、あの紙に書かれてた祝詞が力を増幅させてたンだ」
「違うよクソ雅。ちょっと違う」
「どう違うンだよ?」
「触り続けて分かったんだ。あれは霊体とかあやかしの類じゃない。もっと上の奴」
「上ってのは?」
「人の呪詛の寄せ集め。そしてその中心に居たのは……」

 翠が唸り声を上げて目を開ける。咄嗟に近寄る。

「翠、オイ翠聞こえるか?」
「みや、ちゃん……」
「大丈夫そうか?」
「も、もう終わった、の……?」
「ああ……もう大丈夫だ」

 同じく百さんも目を覚まし始め、紫苑が起き上がるのを手伝っていた。
 日が登り始め、全員体調が落ち着いたところで何があったのかを報告する事にした。百さんはすっかり炭になってしまった紙を調べたが、どうやらもう力は完全に失われた様だった。翠はあまり役立てなかった事に責任を感じていた様だったが、結界を張っていたおかげで呪いの効果が少し遅れたと百さんに言われ、少しは元気を取り戻した。

「しっかし……四隅を燃やした祝詞かぁ……」
「どう思います?」
「雅ちゃんの推測が正しいとしたら、誰かが仕組んだっぽいねぇ~私らを皆殺しにするために」
「だ、誰なのかな……?」
「そこまでは分かんないな~相当昔の物みたいだし」
「どうせとっくにくたばってるよ、そいつ」
「紫苑ちゃん言い方」
「……」
「しっかしこの子は賢いね~」

 百さんは畳の上で座っている美海の頭を撫でた。

「みやちゃん」
「ん?」
「どうして美海ちゃんは来てくれたのかな? 何か嫌な感じがしてたのかな?」
「さあな……猫の言葉が分かりゃいいンだが」
「その事だけど」

 紫苑が口を開く。

「多分あんた達は誘われたんだと思う」
「誘われた?」
「さっきクソみや……雅が言ってたけど、あの祝詞は呪詛に姿を変えてた。狙いをあたし達だけに定めてね」
「雅ちゃんの予想は合ってると思うよ。神聖な物をかてとして穢れを広める、私達を標的にするにはうってつけなやり方だし」
「……それで、あたしアイツとやり合って気付いたんだ。呪詛の集合体の中心に別の奴が居た」
「そういやさっきも言ってたな。何が居た?」
「……形までは分からないけど、多分神格レベル」

 翠の口から声が漏れた。思わず出てしまったという感じだった。

「し、しーちゃん、神格って……」
「文字通り神様……多分」
「紫苑ちゃん、そんなの相手にした事あったっけ?」
「ない。でも近いのは知ってる」
「……誰だ?」
「…………茜」

 少しだけ納得出来てしまう答えだった。日奉一族の現当主である姉さんはそれ相応の力を持っている。それこそ神と崇められてもおかしくはない様な力だ。自分には分からないが魂を触れる紫苑なら、魂から伝わってくる波動を直に感じられるのだろう。

「茜ちゃんねぇ……」
「神格レベルなら人間を引き寄せるくらいは出来ると思う。確信は無いけど」
「……あれに書かれているのは祝詞だった。元は神に捧げるものだ。それが穢れたとなれば、人に害を成す神格になるのもおかしくはねェな」
「も、もうその神格は居ないの?」
「殺した」

 その言葉を聞き百さんが慌てた様子を見せる。

「こ、殺した!? 紫苑ちゃん冗談で言ってる!?」
「マジだよ。悪いけどね、あんな奴に手加減したら皆死んでたよ」
「で、でもさぁ~神格存在って事は神様に喧嘩売ったって事だよ!?」
「それが何? 姉ちゃんあたし言ったよね。家族を傷付ける奴は誰だろうと無礼なめた真似はさせないって。クソ野郎に容赦はしない。この世に魂の一欠片だって残さない」
「うっそでしょぉ~……」

 百さんは頭を抱えていた。

「……それよりバカネに新しい場所貰った方がいいんじゃない」
「え~……?」
「あれがあたしらを殺すために百年も前から仕組まれてたなら、とっくにこの場所が誰かにバレてたって事でしょ」
「そ、それもそうだよね! しーちゃんの言う通りだよ」
「そいつが生きてるか死んでるかは分からねェが、念のために移動はした方がいいだろうな」
「あたしとしてはこの場所も壊した方がいいと思うけどね。あのクソ箱とクソ祝詞が百年も居たんだし、場所そのものが穢されてるかもだし」
「穢されてたらお前ェが気付けるだろ」
「体がここに馴染んでたら気付けない。可能性が少しでもあるならやった方がいいよ」

 そう言うと紫苑は本殿から出て行ってしまった。恐らく出て行くための準備をさっさと進めてしまうつもりなのだろう。百さんは紫苑が神格を殺してしまった事をかなり悩んでいる様だった。

「百さん、アタシもあの子の思想には反対だが、今回は仕方がなかったと思います」
「やぁ~でもさぁ……」
「あの子が居なかったらアタシらはここで全員死んでた。あの子じゃなきゃ切り抜けられなかった」
「そ、そうだよ! 私なんて虎ちゃんが四匹もやられちゃったし……」
「うん~……」
「とにかく、あの子を責めないであげてください。それに姉さんに一回話を通した方がいい」
「し、しーちゃんは頑張ってたよ?」

 アタシと翠の言葉を受けて百さんは多少は納得出来たらしく、紫苑を責めない事とここから出る事を了承してくれた。姉さんへの報告もついでに行ってくれるらしく、神社の出入り口まで付いてくると深々と頭を下げて見送ってくれた。
 山を下りて港へと向かうとそこには紫苑が立っていた。どうやら準備をしに行ったのではなく、見送りをするために先に山を下りていた様だった。彼女の性格を考えると百さんの前で別れの挨拶をする様な子ではないため納得がいった。しかし一言も話し掛けてくる事はなく、船が来て乗り込む事になった際にようやく口を開いた。

「あんた達みたいないい子ちゃん嫌いだから」

 それ以上の事を言ったりはしなかったが、船が港を離れてしばらくは船を見送ってくれていた。やがて船が進むに連れて紫苑の姿は豆粒の如く小さくなり、ついには見えなくなってしまった。
 翠は美海を抱きながら海を見ていた。

「ねぇみやちゃん」
「うん?」
「私達のお仕事って……嫌われてるのかな?」
「……ンな事ァねェよ。アタシらの事知らないって人間がほとんどだろうぜ。嫌うも何も知られちゃいねェよ」
「でもあの『コトリバコ』と祝詞は……」
「何百年も歴史がありゃ恨む奴も居るさ。そんなん一々気にしてたらキリがねェぞ」
「うん……」

 頭を撫でる。

「お前ェはよくやってるよ。今回だって翠が居なけりゃ呪いの進行がもっと早かった筈だ。そうなったら百さんもアタシもあの紙に気付けなかったし、紫苑も対処が遅れたかもしれねェ」
「でもごめんねみやちゃん、血が出ちゃったんだよね……」
「そりゃ翠もだろ。謝る事じゃねェよ。な?」
「……うん」
「それに美海もな」

 美海は小さく「にゃー」と鳴いた。その目はしっかりとこちらを向いていた。

「お前ェが来てくれなかったらあの呪いの構造に気付けなかった」
「美海ちゃんどうして来てくれたのー?」

 美海は何も答えずにただ前足の毛繕いをするだけだった。もしかするとそれに意味があるのかもしれなかったが、猫じゃない自分達には分かりそうも無かった。

「……見えてたのかもな」
「え?」
「紫苑が言ってたろ。神格が引き寄せてたのかもしれねェって。もしかしたら美海にはそれが見えてたのかもなって思ってよ」
「……ふふっ。そうなのー美海ー?」

 美海は答える代わりに翠の手をペロッと舐めた。翠はそれを見てクスッと笑い、視線を海へと戻した。
 空を映している海は青々と色づいており、あの姉妹が居る隠岐おきという島を囲っていた。外から見てみればとてもあんな呪物があったとは思えない長閑のどかそうな島だった。
 一族郎党皆殺しにする『コトリバコ』と『ヲシテで書かれた穢れた祝詞』。今まで見た事の無い呪物の混ぜ方であり、使い方次第ではあれだけの効力を発揮するというのは勉強になった。出来ればこの体で受けたくはなかったが、死なずに済んだのは幸いだったと言わざるを得ない。そして自分達自身も心が穢れない様にしなければならない。もしこの力を間違った方向に使ってしまえば、この世界すらも壊してしまうかもしれないのだから。
 潮風が顔を撫でる。今日は帰ったらすぐに風呂に入ろう。体がべたつくのが嫌というのもあるが、たまにはゆっくり湯船に浸かり、体と心を落ち着かせて清めたい。穢れない人間など恐らく居ないのだから。
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