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日常
味覚狩り
しおりを挟む葉は色づき、気がつけば蝉の声の懐かしさに焦がれる。
冷風がなでるように流れ、秋の訪れを知らされる。
『響、明日ブドウ狩り行かない?』
鳥取県は果物と言えば二十一世紀梨が有名である。しかし、ブドウも美味しいと定評がある。砂丘畑の特有の寒暖差がブドウを甘く育ててくれている。
「でもそういうのって高いんだろ?制限時間とかもキツそうだし。そもそも数を増やすために間引いてないから市販ほど甘くないだろ。」
『今までも何回か奢ってもらってるし、お金なら出すからちゃんとした美味しいところ行こ。』
九条と一ノ瀬は日程を決めた後、明日に備えて早いうちに眠りについた。
~~次の日
九条と一ノ瀬は車から降りると、自然の綺麗な空気で肺をいっぱいに膨らませる。
「意外と人が少ないな、シーズンズレてるからか?」
吹きつける冷風に身震いしながら呟く。ビル街から離れたここには一足先に秋が訪れていたようだ。
『今気づいたけど、響の服の色……』
「ん?日光が暑いと思って反射する白にしたけど、ドレスチェックみたいなのあるの?色が濃いと光吸収して暑くなると思ったんだけど。」
『いや?ぶどう狩りだよ?果汁ついたらどうすんの?』
ハッとした顔で口が開きっぱなしになる。少しの間が空いて一ノ瀬が笑い声を上げた。
『溢すとまずいから僕が食べさしてあげようか?笑』
九条やめろよと言って軽蔑の目を向ける、
「ぶどう狩りの説明を致しますので、お集まり下さい!」
散らばっていた人々がゾロゾロと集まりだす。ばっと見て50人ぐらいいる。
「制限時間は2時間で包みが掛かっているぶどうをお取りください。それ以外を取ってしまわれると後ほどから追加料金を頂戴しております。デラウェア、巨峰、シャインマスカットまで様々な種類がありますのでどうぞお楽しみください」
広い農園に人が散らばっていく。柱が多く、地面も平坦でないので見通しは良くなかった。2人はデラウェアの木の元に移動した。
「結構沢山あるんだな、あれなんか良さそうじゃん」
『響の身長じゃ届かないでしょ、取ってあげる』
「届くわ!馬鹿にすんな」
『ほら、口開けてよ』
一ノ瀬はとった一房を九条が届かない所まで上げていた。しばらく言い合いが続いたが遂には九条が大人しく口を開けた。
九条の口の中に一粒放り込んだ。
「ん!これ甘い!思ってたよりちゃんと美味しいわ」
『はい、次入れるから目瞑って口開けて?』
九条は何も疑うことなく口を開く。
一ノ瀬は九条の口に指を挿れた。
「んがっ、ん、やめろ」
突然のことに驚きの目を一ノ瀬に向ける。そんなこともお構いなしに口の中を荒らす。だんだんと抵抗する力が弱くなってきた。目は虚ろになってくる。一ノ瀬は指を引き抜きブドウを3粒放り込んだ。
「……なんでやめるんだよ」
『嫌だって言ったじゃん』
「あ!お前俺の服にブドウの汁ついてんじゃん、取れないよこれ、どう落とし前つけてくれるんだよ!」
九条は敗北感を紛らわすためにとっさに一ノ瀬にいちゃもんをつける。してやったりと勝ち誇った表情を浮かべている。
『ごめん、でもまだ取れるかも』
そういうと一ノ瀬は、九条の汁のついた服に吸い付く。
胸をくすぐられ体格差で抵抗できなかった。九条は顔をのけぞらせて甘い声を漏らす。
『感じてんじゃん、好きって言えよ』
普段温厚な一ノ瀬の高圧的な態度に九条の心臓がうるさく鼓動する。突然九条の視界に人影が入った。若い女性客2人組がこちらを見ている。
「陽向だめだめマジでだめ」
『早く好きって言えよ』
「いやガチ、見られてる」
一瞬止まった後、素早く九条から離れ、身だしなみを整える。
「次、巨峰のゾーンに行きましょうか」
敬語を使う親しくない関係を偽装したようだ。すぐにその場を離れ、出来るだけ遠くの方へ移動した。果たしてこれで彼女らを誤魔化せただろうか。
制限時間が来て、農園の外に出された。
『職場の人にお土産買って行った方がいいよね、どれにする?』
「結局シャインマスカットが1番美味しかったからそれでいいんじゃない?皮もそのまま食べれるし」
『大きさこんぐらいでいいか、よし、帰ろ』
日が地平線にかかり、暖かな色が世界を照らす。
車に乗り込む間際、先程の若い女性2人組が一言
「お幸せに!」
そう言葉を残してキャッキャとはしゃぎながら早足で去っていった。
「失礼だろあれ(バレてたか//)」
『まぁまぁ』
2人は車に乗り込み、数時間かけてオフィス街へと帰る。辺りは既に暗くなり、星が輝きを見せ始める。
「運転ありがと陽向、俺が免許持ってないからずっと運転させちゃってごめん」
『いや、全然大丈夫。誘ったの僕だから。全然寝てていいよ。助手席の人は話し相手にならないと、とか思わないでいいからね。』
「ん、ありがと」
月明かりに照らされる一ノ瀬の横顔は美術品のように美しく整っている。綺麗な瞳にうつる景色は、自分の目で見るより美しく見えた。完璧だった。夜空の明るさの元、日々やしんどい過去のストレスの全てを忘れ、静かなひと時を2人きり。無言の空間は寂しいものではなく、不思議と充実したものだった。
九条はシートを倒し、左向きに体を寝かせ、背中を丸める。背中側には確かな安心感があった。
「陽向……」
『どうした?寒い?』
「好き」
一ノ瀬は九条の方を向いて驚いたが、すぐに視線を前に戻して微笑みを浮かべる。九条の表情は見えず、丸まったまま動かない。小動物のようなあどけなさと、たまに見せる甘えが一ノ瀬を完全に虜にしていた。九条はすでにスースーと可愛らしい寝息を立てている。時間を置いて、一言だけ言葉を返す。
『僕も』
それから家に着くまで2人の間には車の走る音のみが、BGMとして流れ続けていた。
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