平民男子と騎士団長の行く末

きわ

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 深夜ーー。
 教会の敷地内にある居住棟の一室に、一人の男が椅子に腰かけ酒の入った杯をゆっくりと傾けていた。
 褒美の一つとして届けられた年代物の一本。鼻に抜けていく香りがたまらなかった。
 そこへ、別の男がノックもせずに扉を開けて入って来た。
 テーブルの上のオイルランプがジジジと音を立てる。
 入って来た男は風呂上りのようで、シャツの胸元ははだけ、首にはタオルがかかっていた。

「先にやってるぞ、テリー」

 椅子に座っている男がそう言うと、テリーと呼ばれた男は椅子にどっかりと腰を降ろしてニヤリと笑った。

「もうテリーじゃない。カルロスだ。人前で間違えるなよオルロ」
「おっと失礼。お前は会うたびに名前が違うから、慣れるまで戸惑うな」
「あの人の前で間違えてみろ。翌日からお前は永遠の行方不明だ」
「確かに」

 二人の笑い声が静かに室内に響く。
 空いている杯に自分で酒を注ぐカルロスをオルロは見やり、自然と目線が上へ、頭部へと動く。

「きれいに剃れたな」
「ああ。もう慣れてるからな」

 カルロスの頭は坊主だった。過去に怪我でもしたのか左耳の上に隆起した傷跡がある。

「どうだった?」
「ん?」

 意図の分からない質問に、カルロスは酒を口にしながら目を上げた。オルロは何とも言えない、見ようによっては少々不気味な笑みを浮かべていた。

「あの方を刺せた感想だよ」
「刺した、だはなくて刺せたかよ」

 苦笑がもれる。久しぶりに会ったがこの男は変わらないなとカルロスは思った。

「俺は命令に従ってやっただけだ。特に感想はない。強いて上げるなら、刺す深さに気を使ったくらいだ。傷口は浅すぎても深すぎても駄目だからな」
「なんだ。つまらん」

 変態め。
 そう、カルロスは心の内でつぶやく。

「そういうお前は俺が潜入してる間、何をやってたんだ? 教会の世話だけじゃなかったんだろ?」
「ああ。可愛い可愛いリスを見張っていた。逃げないようにな」
「リスか」

 小さく笑みをこぼすカルロス。オルロは酒の入った杯をぐいっとあおる。そうして満ち足りたため息を吐いた。
 この男は、無類の酒好きだった。

「色素が薄くて目がくりくりとした、可愛いリスさ。あの方が夢中な」

 オルロは空になった杯に自分でなみなみと注ぎ入れる。そしてまだ中身が残っているカルロスの杯にも注ぎ足していく。

「知っているか? あの方が使っている香水。あれは特別性で催淫と従属の効果があるそうだ。あのリスはもう離れられないだろうな」

 オルロがこの教会に配属されてすぐに、主がここで行った取引。相手は王国内でも広く商売をやっている店の主人だった。隣国への密売を黙認する代わりに手に入れた禁忌の香水。

「あの方が逃がさないだろうな。回りをガチガチに固めて、もうかごの鳥だろう」
「リスだろ」
「ああ。かごのリスだ」

 くつくつと二人で笑う。

「次はどこに潜入するんだ?」

 基本的にオルロは教会から動かない。
 ここは潜入役が次の任務に就く前に使う隠れ家だから。

 潜入役が全部で何人いるのかオルロは知らない。おそらく、目の前にいるカルロスですらそうだろう。

 全てを把握しているのはあの方だけだから。

「その可愛いリスの家族が住んでる近くだよ」
「それはお屋敷の護衛がやるんじゃなかったのか?」
「ああ。問題がないかそっちを見守りつつ、本命は別だ」
「ふうん」

 同じ子飼い同士であっても、話せることと話せないことがある。それはお互い承知しているから深く追及はしないし、されるとも思っていない。
 ただこの二人は主がそのうち世間をひっくり返すのではと期待感を持って仕えている。他にも仕える理由はあるが、それが一番大きい。

 何代か前に王国をひっくり返そうとした家の血はたいしたものだとオルロは思う。
 それとも王家の血がそうさせるのか。

「あの方は貪欲だ」
「異論は無いな」

 ぽつりとこぼしたオルロの言葉にカルロスは同意した。
 これから世間がどう変わっていくのかという楽しみと、それに携わっているという充足感。
 主の表と裏の顔、両方を知っている優越感。
 これは可愛がられているリスも知らない。
 自分達だけだ。
 あのリスも、確かに主にとっては特別だが、自分らもまた特別なような気がして悦に入る。


 二人は無言のまま杯を重ねていく。




 
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