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聖母喪失篇
第35話 皇宮護衛官
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「へぇ、じゃあ2人は外から来たのか」
「はい、旅の都合上この国を通らないと行けなくて…」
シノアとフィリアは現在、少女─リアに案内された宿屋にいた。
そこは宿屋であり、リアの家でもあるため安心してくれていいとのことだった。
「災難だったな、こんな時に来るなんて」
「はい…いまいちここの国の内情に詳しくないので教えて頂いてもいいですか?」
「ん?あぁ、もちろんだ。えーっとどこから話すかな…」
そして、リアが聞かせてけれたのはシノアたちが予想していたよりも酷いものだった。
◇◇◇
「さがせ!まだ遠くには行ってないはずだ!」
「くそっ!あの親子どこへ行きやがった…」
路地裏の影に身を潜め、息を殺しているのは幼いリアとその母だ。
舞台は7年前のアウトクラシア皇国。次期天皇のイディオータ=アンベシル・ドゥラークの先代が支配していた。
「へっ、逃げられるわけがないさ。陛下が目を付けた女だからな」
「隊長の言う通りだぜ!直ぐに見つけだしてやるからな!」
恐ろしい男達の声に怯えるリア。その頭を優しく撫でるリアの母。だが、彼女が感じている恐怖も決して小さいものでは無い。
しかし、母として娘に不甲斐ない姿を見せる訳にはいかないという意地から凛とした態度を崩していない。
「おかあさぁん…」
「大丈夫、大丈夫だからね。嵐はね、すぐにどこかに行っちゃうの。だから大丈夫だよ」
半ば自分に言い聞かせながらリアの頭を撫でる。
やがて、捜索隊は諦め城へと戻って行った。もちろん、一時的にではあるが。
「さぁ、帰ろう。今なら見つからずに帰れるはず…」
「うん…」
路地裏を這うように慎重に帰路につく2人。長い長い逃亡の一日は幕を閉じた。
「ただいま」
「ただいまー」
幼子と母の声が静かな宿屋に響く。
誰にも歓迎されないのは、誰にも虐げられていないことの証だ。
「ただいま、あなた」
「お父さん、ただいま!」
2人はカウンターに飾られた写真立てに挨拶をし、夜の支度をする。
この時のリアはまだ気付いていなかった。
母の目に確かな覚悟が宿っていたことを…
夕飯の支度を終え、テーブルにつく2人。
そこで思い出したように母が─
「いけない、お隣さんから果物をもらうの忘れていたわ」
わざとらしく告げる。だが、それを疑う心を当時のリアは持っていなかった。
「私が行く!お母さんは休んでいて!」
元気にリアが言うがそれをキッパリと断る母。
「ダメよ。外は危ないから、お母さん一人で行くわ。大丈夫、すぐに戻るから」
その言葉と共に果物を詰める袋すら持たず行ってしまった。
それっきり、母が戻ることはなかった。
◇◇◇
「…そして反逆罪で絞首刑に処された母を見つけた」
その言葉に顔を歪めるシノアとフィリア。
「これがこの国の現状さ。天皇陛下とやらに逆らえば与えられるのは死のみ」
そこで一旦言葉を切り、さらに続ける。
「だけど、悪いのは王だけじゃない。大多数の国民はそれを受け入れ、中には利用しているヤツらすらいる。富裕層は王の寵愛を欲して睨み合い、私達みたいな底辺は明日のパンくずを奪い合う。この国は腐ってるんだ」
吐き捨てるようにそう告げた彼女の顔には、見ているこちらの胸が締め付けられる程の痛みと悲しみが浮かんでいた。
「許せない…」
思わずシノアの口から零れた言葉にはかつてないほどの怒りが込められていた。
そんな時、店のドアが開かれる。
「おぉーい!酒持ってこぉーい」
「オラオラァ、こんなしけた店に来てやってんだから感謝しな!」
顔を赤く染め、酒の匂いを漂わせながら入ってきた男二人組は、何やら軍服のようなものを着ており、どこかの団体に所属していることが伺えた。
「うるせぇ!皇宮護衛官のお前らに飲ませる酒なんて一滴たりともないね!」
噛み付くように威嚇するリアに向かってドスドスと近付く男。
「アァン?てめぇ、この俺様に逆らっていいと思ってんのかぁ?」
そして、リアを上から睨み付け、ドスを効かせる。
シノアとフィリアはフードを被っているため、顔が見えずただの旅人だとでも思ったのだろう。
「なんだよ?文句あんのかよ」
「ケッ!てめぇは分かってねぇみてぇだがな俺様はいつでもお前を好きにできるんだぜ?」
気色の悪い笑みと共にリアに男の手が伸びる。
だが、男の手がリアに届くことは無かった。
「やめなさい」
フィリアの手が男の手首を掴み、リアに届く既のところで止めたのだ。
男はすぐさま、どけようとするが恐ろしい程の力で握られた手を外すことは出来ない。
外すのを諦め、フィリアの手を払い除けるとその拍子にフィリアのフードがひらめく。
それと共に隠されていたフィリアの顔が顕になる。
「あん?ほぉ、てめぇなかなかいい顔してるじゃねぇか。今、謝るなら俺の嫁にしてやってもいいぜ?」
まるでフィリアが断るなど1ミリたりとも思っていない、といった様子で告げる男。
それをフィリアは─
「貴方の嫁になるぐらいならジャイアントカカロッチの餌になる方が100倍マシ」
最高級の侮辱の言葉でお断りする。
ほぼすべての女性から生理的に無理と言われる魔物と比べられ、しかも負けたのだ。
男のプライドはズダボロだろう。
何も言えずプルプルと震える男の顔はとんでもないことになっている。
「て、てめぇ…ふざけやがって…」
そして、腰に差していた剣に手を伸ばしフィリアに向かって構える。
「死にさらせェェ!」
言葉と共にフィリアに飛び掛る男。だが、その剣がフィリアに届くことは無く、代わりに金属同士のぶつかる音が辺りに響いた。
「フィリアさんに手は…出させない!」
男の剣を鞄から取り出した剥ぎ取りナイフで受け止めたシノアはそのまま横に薙ぎ払い、回し蹴りを男の頭にお見舞した。
それだけで男は意識を手放しその場に倒れ込んでしまった。
「てめぇ!やりやがったな!」
もう一人の男がシノアに剣を向けようとするが、シノアに睨まれ身動きが取れなくなる。
「ひっ…お、覚えてろよ!」
そして、いかにも下っ端という捨て台詞と共に宿屋を逃げ出して行った。
「まったく…本当に腐ってる…」
「お疲れ様、シノア。助かったよ」
「僕が動かないとフィリアさんがこの人の腕を切り落としそうでしたからね」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
目を逸らしながら口笛を吹くフィリアからはシノアの言う通り、男の腕を切り落としそうとしていたことが伺える。
そんな漫才のようなやり取りを傍から見ていたリアは目を丸くしていた。
「驚いた…本当に強いんだな、あんた」
「フィリアさんに1年間も扱かれましたからね」
頬を掻きながら肯定するシノアからは先程の闘気が嘘のように消え去っていた。
そんなシノアを感心して見つめるリアだったがすぐに顔を曇らせる。
「…だけど、あいつらはこれで諦めるような連中じゃない。これで完璧に目をつけられちまった。どうする?この国から一刻もはやく逃げた方が身のためだぜ」
リアの心配をよそにシノアとフィリアは余裕の表情だ。
もちろん、二人とも一国を相手に出来るほど自分が強いと自惚れている訳では無い。
ただ、街中を騒がせた旅人2人に国の戦力を削ぐなどありえないと思っているため、2人を潰しにやってくるのはせいぜい下っ端のゴロツキたちだけだと踏んでいるのだ。
もちろん、普通の国ならばそうだろう。
「大丈夫。私達、自分の身は守れるから」
フィリアの言葉に頷くシノア。
そんな二人の様子を見て、リアは安心したような、呆れたような笑みを浮かべている。
「はぁ…そうかい。まぁ、何かあったら私ができる範囲で全力で力になるよ。今日はもう遅いから寝るといい。食事は部屋まで運んでやるから」
リアの言葉に甘え、シノアとフィリアは部屋へと進む。
この国で何が起ころうとしているのか…
今の二人はまだ知らない。
「はい、旅の都合上この国を通らないと行けなくて…」
シノアとフィリアは現在、少女─リアに案内された宿屋にいた。
そこは宿屋であり、リアの家でもあるため安心してくれていいとのことだった。
「災難だったな、こんな時に来るなんて」
「はい…いまいちここの国の内情に詳しくないので教えて頂いてもいいですか?」
「ん?あぁ、もちろんだ。えーっとどこから話すかな…」
そして、リアが聞かせてけれたのはシノアたちが予想していたよりも酷いものだった。
◇◇◇
「さがせ!まだ遠くには行ってないはずだ!」
「くそっ!あの親子どこへ行きやがった…」
路地裏の影に身を潜め、息を殺しているのは幼いリアとその母だ。
舞台は7年前のアウトクラシア皇国。次期天皇のイディオータ=アンベシル・ドゥラークの先代が支配していた。
「へっ、逃げられるわけがないさ。陛下が目を付けた女だからな」
「隊長の言う通りだぜ!直ぐに見つけだしてやるからな!」
恐ろしい男達の声に怯えるリア。その頭を優しく撫でるリアの母。だが、彼女が感じている恐怖も決して小さいものでは無い。
しかし、母として娘に不甲斐ない姿を見せる訳にはいかないという意地から凛とした態度を崩していない。
「おかあさぁん…」
「大丈夫、大丈夫だからね。嵐はね、すぐにどこかに行っちゃうの。だから大丈夫だよ」
半ば自分に言い聞かせながらリアの頭を撫でる。
やがて、捜索隊は諦め城へと戻って行った。もちろん、一時的にではあるが。
「さぁ、帰ろう。今なら見つからずに帰れるはず…」
「うん…」
路地裏を這うように慎重に帰路につく2人。長い長い逃亡の一日は幕を閉じた。
「ただいま」
「ただいまー」
幼子と母の声が静かな宿屋に響く。
誰にも歓迎されないのは、誰にも虐げられていないことの証だ。
「ただいま、あなた」
「お父さん、ただいま!」
2人はカウンターに飾られた写真立てに挨拶をし、夜の支度をする。
この時のリアはまだ気付いていなかった。
母の目に確かな覚悟が宿っていたことを…
夕飯の支度を終え、テーブルにつく2人。
そこで思い出したように母が─
「いけない、お隣さんから果物をもらうの忘れていたわ」
わざとらしく告げる。だが、それを疑う心を当時のリアは持っていなかった。
「私が行く!お母さんは休んでいて!」
元気にリアが言うがそれをキッパリと断る母。
「ダメよ。外は危ないから、お母さん一人で行くわ。大丈夫、すぐに戻るから」
その言葉と共に果物を詰める袋すら持たず行ってしまった。
それっきり、母が戻ることはなかった。
◇◇◇
「…そして反逆罪で絞首刑に処された母を見つけた」
その言葉に顔を歪めるシノアとフィリア。
「これがこの国の現状さ。天皇陛下とやらに逆らえば与えられるのは死のみ」
そこで一旦言葉を切り、さらに続ける。
「だけど、悪いのは王だけじゃない。大多数の国民はそれを受け入れ、中には利用しているヤツらすらいる。富裕層は王の寵愛を欲して睨み合い、私達みたいな底辺は明日のパンくずを奪い合う。この国は腐ってるんだ」
吐き捨てるようにそう告げた彼女の顔には、見ているこちらの胸が締め付けられる程の痛みと悲しみが浮かんでいた。
「許せない…」
思わずシノアの口から零れた言葉にはかつてないほどの怒りが込められていた。
そんな時、店のドアが開かれる。
「おぉーい!酒持ってこぉーい」
「オラオラァ、こんなしけた店に来てやってんだから感謝しな!」
顔を赤く染め、酒の匂いを漂わせながら入ってきた男二人組は、何やら軍服のようなものを着ており、どこかの団体に所属していることが伺えた。
「うるせぇ!皇宮護衛官のお前らに飲ませる酒なんて一滴たりともないね!」
噛み付くように威嚇するリアに向かってドスドスと近付く男。
「アァン?てめぇ、この俺様に逆らっていいと思ってんのかぁ?」
そして、リアを上から睨み付け、ドスを効かせる。
シノアとフィリアはフードを被っているため、顔が見えずただの旅人だとでも思ったのだろう。
「なんだよ?文句あんのかよ」
「ケッ!てめぇは分かってねぇみてぇだがな俺様はいつでもお前を好きにできるんだぜ?」
気色の悪い笑みと共にリアに男の手が伸びる。
だが、男の手がリアに届くことは無かった。
「やめなさい」
フィリアの手が男の手首を掴み、リアに届く既のところで止めたのだ。
男はすぐさま、どけようとするが恐ろしい程の力で握られた手を外すことは出来ない。
外すのを諦め、フィリアの手を払い除けるとその拍子にフィリアのフードがひらめく。
それと共に隠されていたフィリアの顔が顕になる。
「あん?ほぉ、てめぇなかなかいい顔してるじゃねぇか。今、謝るなら俺の嫁にしてやってもいいぜ?」
まるでフィリアが断るなど1ミリたりとも思っていない、といった様子で告げる男。
それをフィリアは─
「貴方の嫁になるぐらいならジャイアントカカロッチの餌になる方が100倍マシ」
最高級の侮辱の言葉でお断りする。
ほぼすべての女性から生理的に無理と言われる魔物と比べられ、しかも負けたのだ。
男のプライドはズダボロだろう。
何も言えずプルプルと震える男の顔はとんでもないことになっている。
「て、てめぇ…ふざけやがって…」
そして、腰に差していた剣に手を伸ばしフィリアに向かって構える。
「死にさらせェェ!」
言葉と共にフィリアに飛び掛る男。だが、その剣がフィリアに届くことは無く、代わりに金属同士のぶつかる音が辺りに響いた。
「フィリアさんに手は…出させない!」
男の剣を鞄から取り出した剥ぎ取りナイフで受け止めたシノアはそのまま横に薙ぎ払い、回し蹴りを男の頭にお見舞した。
それだけで男は意識を手放しその場に倒れ込んでしまった。
「てめぇ!やりやがったな!」
もう一人の男がシノアに剣を向けようとするが、シノアに睨まれ身動きが取れなくなる。
「ひっ…お、覚えてろよ!」
そして、いかにも下っ端という捨て台詞と共に宿屋を逃げ出して行った。
「まったく…本当に腐ってる…」
「お疲れ様、シノア。助かったよ」
「僕が動かないとフィリアさんがこの人の腕を切り落としそうでしたからね」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
目を逸らしながら口笛を吹くフィリアからはシノアの言う通り、男の腕を切り落としそうとしていたことが伺える。
そんな漫才のようなやり取りを傍から見ていたリアは目を丸くしていた。
「驚いた…本当に強いんだな、あんた」
「フィリアさんに1年間も扱かれましたからね」
頬を掻きながら肯定するシノアからは先程の闘気が嘘のように消え去っていた。
そんなシノアを感心して見つめるリアだったがすぐに顔を曇らせる。
「…だけど、あいつらはこれで諦めるような連中じゃない。これで完璧に目をつけられちまった。どうする?この国から一刻もはやく逃げた方が身のためだぜ」
リアの心配をよそにシノアとフィリアは余裕の表情だ。
もちろん、二人とも一国を相手に出来るほど自分が強いと自惚れている訳では無い。
ただ、街中を騒がせた旅人2人に国の戦力を削ぐなどありえないと思っているため、2人を潰しにやってくるのはせいぜい下っ端のゴロツキたちだけだと踏んでいるのだ。
もちろん、普通の国ならばそうだろう。
「大丈夫。私達、自分の身は守れるから」
フィリアの言葉に頷くシノア。
そんな二人の様子を見て、リアは安心したような、呆れたような笑みを浮かべている。
「はぁ…そうかい。まぁ、何かあったら私ができる範囲で全力で力になるよ。今日はもう遅いから寝るといい。食事は部屋まで運んでやるから」
リアの言葉に甘え、シノアとフィリアは部屋へと進む。
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