無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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聖母喪失篇

第47話 決別の日

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「うっ…こ、ここは…」

気を失っていたシノアは痛む頭を抑えながら、ようやく目を覚ました。
そして、辺り一面に広がる花畑を見て感嘆の声を漏らす。

「す、すごい…」

美しい光景に感動していたシノアだったが、自分が気絶する前の状況を思い出し、フィリアを探そうと立ち上がる。

「そ、そうだ…フィリアさん!」

しかし、両脚に走る鈍い痛みのせいで上手く立ち上がることができなかったため、近くにあった石のようなものを頼りに立ち上がる。

そして、見てしまった。
その石はただの石ではなく墓石だと。
その先で静かに眠るフィリアの姿を。

「そ、そんな…うそだ…フィリアさん…」

花に囲まれ、胸にエルペーを抱えて眠るフィリアは触れれば壊れてしまいそうな程に儚く、そして美しかった。

「フィ…リ…ア…さん…」

涙を零しながらフィリアに縋り付き、目覚めを願うシノアだったが、それが叶わないということはシノア自身、よくわかっていた。

「フィリアさん…僕も─」

フィリアから離れ、いつの間にか自分の傍に置かれていた桜小町を抜き、自らの首に当てるシノア。
何をする気なのかは明白だ。

「僕も、すぐにっ─」

刀がシノアの頸動脈を裂き、首から鮮血が舞い─散ることはなかった。
刀を引こうとしたシノアの手に、虹色の鱗粉を放つ不思議な蝶が止まったのだ。
その蝶はシノアの周りを2.3回舞うと、フィリアの美しい金髪に止まりそのまま事切れた。

まるでフィリアが蝶に宿り、シノアに最後の言葉を届けようとしたかのようだった。
すなわち、“一人でも生きて”と。

たとえ自分が死んでも、その後を追うような真似は絶対にして欲しくない。フィリアなら間違いなくそう言うだろう。シノアとて、それはよくわかっていた。
だが、初めて家族と呼べる程心を許し、母のように、いや、母よりも強い愛情をくれた人を失った悲しみと共に生きていくことを考えると、この場で後を追ったほうが、遥かに楽だと思うのだ。だが、それがフィリアの願いというならば、シノアは喜んで従う。

桜小町をしまい、カバンに直そうとしたシノアはふと、カバンの中に見覚えのない手紙を見つけた。

「これは…っ!この字は─」

そこには美しい筆跡で“愛するシノアへ”と書かれていた。
間違いなく、フィリアからの手紙である。

シノアは震える手で封筒を開け、ゆっくりと中身を取り出し、読み始める。
そこには─

“シノアへ。この手紙を読んでいるということは、やっぱり私は死んじゃったのかな。何が原因かはよく視えなかったけど、シノアを助けられたなら本望だよ─

そこにはこの手紙を書こうと思った理由から始まり、二人の数々の思い出やフィリアの心情そして、どれだけシノアを大切に思っていたかが綴られていた。

涙を零しながら潤んだ瞳で手紙を読んでいく。後半に差し掛かるにつれて、筆跡は段々と乱れていき、所々濡れた箇所が見える。

─あの時、シノアに出会えたことを本当に感謝してる。1年という短い時間だったけど、すごく幸せだった。ありがとう。どうか強く、生きて“

手紙を読み終えたシノアは丁寧にそれを畳み封筒に戻して、カバンに入れた。
そして、再びフィリアに縋り付き、涙を流す。

「フィリアさん…いったい…いったいどうやって生きていけっていうんですか…!貴女のいない世界に…いったい…なんの価値があるっていうんですか…!」

美しい花の園に独りの少年の悲痛の叫びが響き渡る。
大切なものを喪った悲しみに負け精神を病むのか、それを乗り越えて前に進むかは彼次第である。

後にこの場所は人々から神の楽園エデンと呼ばれ、絶対不可侵領域として信仰の対象になった。
そこが結界で護られていることも要因の一つだったが、何よりも、神の楽園エデンの周りの大地に創造神の紋章が刻まれていることが、その土地の神秘性を高めた。

後に神の楽園エデンと呼ばれる場所で涙を流す少年は、ひとしきり泣いたあと立ち上がり、 母から何度愛でられたかわからない美しい銀髪をばっさりと切り、その場に散らせた。
それは決別、心の拠り所を失い独りになったという決心の表れ。

少年は愛刀を片手に歩き出す。
強くなるために、もう二度と大切なものを失うことがないように。

それから1年、彼の姿を見たものはいない。
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