無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

文字の大きさ
上 下
75 / 88
紅桜抜刀篇

第66話 怨嗟の業

しおりを挟む
「ぐっ…」
「興覚めね。奥義を使えるようになっているから、もう少しマシかと思ったんだけれど…思い違いだったみたい」

紅桜の言葉に歯噛みするシノア。
かつて対峙した時と同じように、シノアは満身創痍対する紅桜は無傷といった状況だ。
以前よりも確実に腕を上げていたシノアだったが、今まで無数の達人たちを屠ってきた彼女の前では赤子のような扱いを受けていた。

しかし、紅桜はこれでシノアが終わりだとは思っていなかった。
むしろここからが本番だと気合を入れていた。

(うふふ…前回もここから巻き返されたもの。さて、今度はどんな切り札があるのかしら?)

そして、シノアは紅桜の期待には見事に答えた。

「“我が身に宿りし怨嗟の炎…血に宿りてその業を解き放て!炎怨露業えんおんろごう!”」

シノアの言葉に従い顕現する怨嗟の炎。
その業が宿る先は辺り一面に広がる血の海だ。

「へぇ…血を具現化させてゴーレムのようにしたのね…おもしろいわ」

大量に出現した血のゴーレムは紅桜めがけて攻撃を繰り出し始める。
相手が普通の人間であれば、圧倒的な物量により押しつぶされ消え去るのみなのだが、あいにく彼女は普通ではない。
いつ抜いているのかもわからないほどの速さで居合斬りを繰り出し、一瞬にしてゴーレムを木っ端微塵にしたのだ。

「この程度?本当に興覚めね…」

全てのゴーレムを斬り捨て片膝をつくシノアの下へ近付く紅桜。
そして、彼の首に刀を当てその異変に気が付いた。

(…おかしい。どうしてゴーレムが消え去ったというのに次の手を打とうとしないの?)

死が真横に迫っているというのに一向に動く気配のないシノアに痺れを切らした紅桜は、その肩に触れなぜシノアが動こうとしなかったのかを悟った。

「なっ…これは─」
ったッ…!」

紅桜がシノアだと思っていたものは、血を凝固させて作ったゴーレムだったのだ。
本物のシノアは即席の魔法と鍛え抜かれた隠形術で身を隠して、紅桜の隙を伺っていたのだ。

シノアの愛刀桜小町が紅桜の身体を貫き、空中を鮮血で染め上げた…ように思われた次の瞬間、シノアの全身に激痛が走る。

「かはっ…?!」
「今のは…いいセンスだったわよ」

紅桜の身体を貫いたように見えていた刀だったが、実際は脇に挟まれてシノアの動きを封じていた。
その隙に紅桜は右手でシノアの全身に殺気を送り込み、内側にダメージを与えるとシノアを蹴飛ばして桜小町を投げ返した。

「…次は、私の番かしらね」

シノアが立ち上がり刀を構えたことを確認すると、刀を納刀し目を閉じて集中し始めた。
紅桜の周りには呼吸すら困難なほど濃密な殺気が満ち始め、辺りに広がる血の海を揺らしている。

「“咲き乱れなさい…百花繚乱ひゃっかりょうらん”」

歌うように紡がれた言葉によって放たれる絶対的な死の刃たちは、今まで紅桜が行使してきた奥義とはまったく趣旨のことなった強烈な技だった。
いや、技というよりは魔法に近いだろう。
赤黒い光によって生み出された無数の刀と数千の桜刃たち。
それらは紅桜とは少しだけ異なった殺気を纏い、シノアへと襲い掛かる。

「さて…その子桜小町と私の違いを見せてあげるわ」
しおりを挟む

処理中です...