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第12話 苦悩
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「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
昨日の事を気にしていないかのようなリアの様子に、シグルドは心がちくりと痛んだ。
可愛くて、純粋にシグルドへ愛を向けてくれる妻が大好きだ。この世界で最も愛しているし、大事にしようとも思う。
だが、シグルドには彼女を“妻”にすることが出来ない。未だに初夜が上手くいかないのだ。大人の階段を登ろうとしている彼女に、シグルドはついていけていないような気がする。
「早く帰って来る」
努めて明るく接しようとするが、昨夜の事が頭から離れない。
王宮へ向かう馬車に乗ってもシグルドの悩みは消えなかった。
これまでの人生、彼は仕事一筋で生きてきた。仕事は順調だったし、父であり、先代のエデンブリッジ公爵から当主の座を受け継いだ彼は、地位も名誉も財力もある。当時は、満たされていたし、それ以上何かを求めようと思った事は無かった。特に妻を娶ろうなどと考えたことも無い。
シグルドには気の強い母と、母から強気な性格を受け継いだ姉が3人もいる。家族の中で男性は、父と末っ子の自分だけだった。
女系家族に生まれ育った自分には、女性に対する憧れを持つ事は出来なかった。父は、母に逆らえず、実質的な決定権は全て母にある。父には、エデンブリッジ公爵家当主という名ばかりの肩書しか残らなかった。
そして、末の子どもで長男だった自分には、逆らうことが出来ない姉達が居たので、次期当主でありながら姉にこき使われる日々を過ごしていた。男尊女卑が残る貴族社会では異質だっただろう。
そうした幼少期を過ごすうちに、女性に恐怖を抱いてしまった。特に、母や姉達のような気が強く、口がよく回る女性が怖い。自分が何を言おうとしても言い負かされる、と身構えてしまうからだ。
シグルドは、同年代が恋愛に明け暮れる中、仕事に打ち込み、第1王子の補佐官まで上り詰めた。周りは“仕事の鬼”などの異名をつけるが、仕事をすることはシグルドにとって苦では無い。むしろ満たされるものだった。
第1王子の補佐官で独身というのは、さらなる高みを目指す女性達にとって格好の標的だったらしい。様々な貴族令嬢達から口説かれ、縁談を申し込まれた。全て断っていても、次から次へとやって来る。挙句の果てには、シグルドを嵌め、無理矢理に既成事実を作ろうとした女性もいるほど。
だんだんと嫌気が差して、女性を寄せ付けなくなった。
そんな自分が結婚出来るなんて到底考えられない。だが、人生はどうなるか分からないものだ。
たまたま舞踏会を抜け出した時に出会った女性が運命の人だった。リアを一目見た時、吸い込まれそうなほど美しいと感じた。穏やかな雰囲気を持つ彼女といると、心の底から安心出来る。彼女しかいない、と強く思ったのだ。
***
「どうしたんスか~? いつにも増して顔が怖いッスよ」
軽い調子で話し掛けてきたのは、シグルドの部下であるルークだ。
「お前か、ルーク。酒臭いぞ」
「昨日は倶楽部に行っていたので」
ルークはかなりの女性好きだ。女性であれば誰でも良いのかと思う程、抱いた女性は様々だった。五十路を過ぎた名門貴族の夫人と一夜を過ごしたかと思えば、成人したばかりの町娘と夜を過ごすこともある。毎日誰かを抱いていなければ死んでしまう、と語る彼は、その日の出会いが無ければ出会いを求めに“倶楽部”という場所に行く。ルーク曰く、夜を求めに男女が集まる場所だそうだ。
「遊ぶことを否定はしないが、少しは慎め。お前、王宮の人間に手を出しまくっているともっぱらの噂だぞ」
「あぁ、王妃様と王女様以外の女性とは、ほぼ一夜を過ごしましたね」
「誇らしげに語るんじゃない……」
シグルドは大きなため息をついた。
「王妃様は無理でも、あと少しでカトレア王女とお近づきになれそうッス」
笑顔で語るルーク。彼はかなりの女たらしだが、とにかく顔が良い。同性であるシグルドも、彼の端正な顔立ちが好ましいと思うほど。ここまで顔が良い男が言い寄ってくれば、大抵の女性は悪い気はしないだろう。
「今までオレが口説いてきた女性の中でも、一番手強いのはカトレア王女様ッスね~。彼女はガードが堅い」
顎に手を添え、頷きながら解説するルークの頭に拳が落ちる。
「いでぇっ! 何をするんスか、ジブリール殿下!」
「あのなぁ、俺の妹に手を出そうとするな! それにまだ5歳だぞ!?」
ルークの後ろに立つのは、シグルドとルークが仕える人物で、この国の次期国王であるジブリール王子だった。
身長がかなり高いジブリールは、シグルドとほとんど変わらない。背があまり高くないルークは、ジブリールを見上げる形になる。
「ところでシグルド。お前、浮かない顔をしているな。新妻と何かあったのか?」
「え? いや、何もありませんが……」
シグルドが答えると、ジブリールとルークは顔を見合わせ頷き合う。そして、両側からシグルドの腕をがっちりと掴むと、ジブリールの部屋へと連れて行こうとする。
「な、何を!?」
動揺するシグルドに、ジブリールはため息をつく。
「いつも無表情だったお前が、結婚してから気持ち悪い程にやにやしてたくせに、今度は思い詰めたような顔をしているんだぞ? これが何もないわけないじゃないか」
「今日は仕事を休みにして、シグルド様のお悩み解決ッス!」
昨日の事を気にしていないかのようなリアの様子に、シグルドは心がちくりと痛んだ。
可愛くて、純粋にシグルドへ愛を向けてくれる妻が大好きだ。この世界で最も愛しているし、大事にしようとも思う。
だが、シグルドには彼女を“妻”にすることが出来ない。未だに初夜が上手くいかないのだ。大人の階段を登ろうとしている彼女に、シグルドはついていけていないような気がする。
「早く帰って来る」
努めて明るく接しようとするが、昨夜の事が頭から離れない。
王宮へ向かう馬車に乗ってもシグルドの悩みは消えなかった。
これまでの人生、彼は仕事一筋で生きてきた。仕事は順調だったし、父であり、先代のエデンブリッジ公爵から当主の座を受け継いだ彼は、地位も名誉も財力もある。当時は、満たされていたし、それ以上何かを求めようと思った事は無かった。特に妻を娶ろうなどと考えたことも無い。
シグルドには気の強い母と、母から強気な性格を受け継いだ姉が3人もいる。家族の中で男性は、父と末っ子の自分だけだった。
女系家族に生まれ育った自分には、女性に対する憧れを持つ事は出来なかった。父は、母に逆らえず、実質的な決定権は全て母にある。父には、エデンブリッジ公爵家当主という名ばかりの肩書しか残らなかった。
そして、末の子どもで長男だった自分には、逆らうことが出来ない姉達が居たので、次期当主でありながら姉にこき使われる日々を過ごしていた。男尊女卑が残る貴族社会では異質だっただろう。
そうした幼少期を過ごすうちに、女性に恐怖を抱いてしまった。特に、母や姉達のような気が強く、口がよく回る女性が怖い。自分が何を言おうとしても言い負かされる、と身構えてしまうからだ。
シグルドは、同年代が恋愛に明け暮れる中、仕事に打ち込み、第1王子の補佐官まで上り詰めた。周りは“仕事の鬼”などの異名をつけるが、仕事をすることはシグルドにとって苦では無い。むしろ満たされるものだった。
第1王子の補佐官で独身というのは、さらなる高みを目指す女性達にとって格好の標的だったらしい。様々な貴族令嬢達から口説かれ、縁談を申し込まれた。全て断っていても、次から次へとやって来る。挙句の果てには、シグルドを嵌め、無理矢理に既成事実を作ろうとした女性もいるほど。
だんだんと嫌気が差して、女性を寄せ付けなくなった。
そんな自分が結婚出来るなんて到底考えられない。だが、人生はどうなるか分からないものだ。
たまたま舞踏会を抜け出した時に出会った女性が運命の人だった。リアを一目見た時、吸い込まれそうなほど美しいと感じた。穏やかな雰囲気を持つ彼女といると、心の底から安心出来る。彼女しかいない、と強く思ったのだ。
***
「どうしたんスか~? いつにも増して顔が怖いッスよ」
軽い調子で話し掛けてきたのは、シグルドの部下であるルークだ。
「お前か、ルーク。酒臭いぞ」
「昨日は倶楽部に行っていたので」
ルークはかなりの女性好きだ。女性であれば誰でも良いのかと思う程、抱いた女性は様々だった。五十路を過ぎた名門貴族の夫人と一夜を過ごしたかと思えば、成人したばかりの町娘と夜を過ごすこともある。毎日誰かを抱いていなければ死んでしまう、と語る彼は、その日の出会いが無ければ出会いを求めに“倶楽部”という場所に行く。ルーク曰く、夜を求めに男女が集まる場所だそうだ。
「遊ぶことを否定はしないが、少しは慎め。お前、王宮の人間に手を出しまくっているともっぱらの噂だぞ」
「あぁ、王妃様と王女様以外の女性とは、ほぼ一夜を過ごしましたね」
「誇らしげに語るんじゃない……」
シグルドは大きなため息をついた。
「王妃様は無理でも、あと少しでカトレア王女とお近づきになれそうッス」
笑顔で語るルーク。彼はかなりの女たらしだが、とにかく顔が良い。同性であるシグルドも、彼の端正な顔立ちが好ましいと思うほど。ここまで顔が良い男が言い寄ってくれば、大抵の女性は悪い気はしないだろう。
「今までオレが口説いてきた女性の中でも、一番手強いのはカトレア王女様ッスね~。彼女はガードが堅い」
顎に手を添え、頷きながら解説するルークの頭に拳が落ちる。
「いでぇっ! 何をするんスか、ジブリール殿下!」
「あのなぁ、俺の妹に手を出そうとするな! それにまだ5歳だぞ!?」
ルークの後ろに立つのは、シグルドとルークが仕える人物で、この国の次期国王であるジブリール王子だった。
身長がかなり高いジブリールは、シグルドとほとんど変わらない。背があまり高くないルークは、ジブリールを見上げる形になる。
「ところでシグルド。お前、浮かない顔をしているな。新妻と何かあったのか?」
「え? いや、何もありませんが……」
シグルドが答えると、ジブリールとルークは顔を見合わせ頷き合う。そして、両側からシグルドの腕をがっちりと掴むと、ジブリールの部屋へと連れて行こうとする。
「な、何を!?」
動揺するシグルドに、ジブリールはため息をつく。
「いつも無表情だったお前が、結婚してから気持ち悪い程にやにやしてたくせに、今度は思い詰めたような顔をしているんだぞ? これが何もないわけないじゃないか」
「今日は仕事を休みにして、シグルド様のお悩み解決ッス!」
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