【R18】エデンブリッジ公爵夫人の新婚生活

十井 風

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第14話 晴天

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 いつも通りを心掛けて、その日リアはシグルドを見送った。
 彼の様子を伺うと、穏やかな微笑みを浮かべていたが、どこか切なさを感じさせた。
(昨夜のこと気にしていらっしゃるのかしら)
 リアは早く帰ってくると言い残し、仕事へ向かう背中をじっと見つめていた。彼の背中に思わず手を伸ばそうとする。昨日のように伸ばしかけた手は止まった。

「はぁ~……」
 自室でクロエが淹れてくれた紅茶を飲む。紅茶の有名な名産地で作られた高級茶葉は、お湯をかけると青紫色のエキスを出す。紅茶の一般的な琥珀色ではなく、青紫色の紅茶だ。
 味はレモンを感じさせる酸味。飲むと爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
「紅茶が合いませんでした?」
 傍に控えているクロエが心配そうに尋ねる。今日の茶葉はクロエが選んだものだ。リアの口に合わないかと不安で仕方がないらしい。
「いいえ、お茶はとっても美味しいわ。今まで飲んだことが無い味で、新鮮だわ」
 茶葉を褒めるとクロエは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。しかし、ふっと真顔になって先ほどのため息の理由について問う。

「もしかして、例のお悩みですか?」
 勘が鋭いクロエの質問にリアは黙って頷いた。
「いつもの“入らない”だけじゃないの。何だか距離を置かれているような気がして」
「距離? 今朝はいつも通りだったと思いますが」
「目に見えるほど分かりやすくは無いけれど、いつもと違うというか。毎夜、私を抱き締めて眠ってくれるのに、昨夜はそうなさらなかったし。朝は何故だか、思い詰めていたような表情をしていたし……」
「毎夜、抱き合って眠っているなんて可愛らしいご夫婦ですね、と言いたいところですが……。気のせいとかでは無いのですか?」
 リアは頷いた。

「いざ試みるとなると、切なげな苦しそうなお顔をなさるの。昨日は特にそう。様子が違っていたの。もしかしたら夜伽が苦手なのかしら。そうだったら私、無理強いしていたのかも。そう思うと、申し訳なさと不安で胸が押し潰されそうだわ」
 クロエはしばし考えこむ。シグルドは夜伽が好きか嫌いかは、彼に経験が無いので分からない。しかし、シグルドの性格的に経験が無いからこそ恐怖を感じ、踏み込めていないのではないか、とクロエは思う。

 夜伽に何回も失敗をすると、経験者であっても傷付くものだ。男性は心がデリケートとよく聞くので、女性に対して繊細なシグルドだと余計に傷付いているのだろう。
 だが、それはシグルド自身で乗り越えなければならない壁である。

 しかし、何とも悩みが微笑ましいと思う。クロエの母親はエデンブリッジ公爵家とは別の貴族の屋敷で家政婦長を勤めている。年末、実家に帰省する時に母と会って仕事の話をするのだが、母が仕えている貴族の夫婦はとてつもなく仲が悪い。貴族社会は政略結婚なので、結婚後仲睦まじく暮らせる夫婦は数少ないのだが、妻が次期当主の座を狙って夫を毒殺しようとしたり、夫は妻の立場が悪くなるように愛人を作ったりするなど殺伐としている。
 貴族社会は欲にまみれた汚い世界だ。そんな世界でこんなにもお互いを想い、繋がりたいと願うこの夫婦は尊い存在なのではないか。クロエは改めて感じた。

「奥様、旦那様とはもう夫婦なんです。時間はたっぷりありますよ。焦らなくてもこんなに仲が良いんですから。きっと、うまくいきます」
「でも……」
「それに夫婦として、お互いを想い合うだけでも十分です。貴族社会では想い合うことすら出来ない、しない夫婦が多いんです」
 クロエは笑顔を浮かべた。改めてこの夫婦に仕えられて良かったと思う。
「そうね……焦っちゃ駄目だわ。時間はあるのだから私達のペースで頑張れば良いのよね!」
 リアは笑顔を浮かべる。ぐううっとお腹の虫が鳴った。

「安心したらお腹が空いてきちゃったわ」
「お菓子をお持ちいたしますね」
 クロエは一礼すると、茶菓子を用意しに部屋を出て行った。1人になったリアは、清々しい気分で窓から外を眺めていた。

(夜伽を成功させたい気持ちはあるけど、ただただシグルド様の温もりに包まれていたいと思うのも事実。きっとそれは私がシグルド様の事が大好きだからなのね。あぁ、早く会いたいなぁ)
 リアは少し冷えた紅茶を一口飲む。晴れて雲一つない空は少しだけ橙色に染まりかけていた。
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