14 / 18
第14話 晴天
しおりを挟む
いつも通りを心掛けて、その日リアはシグルドを見送った。
彼の様子を伺うと、穏やかな微笑みを浮かべていたが、どこか切なさを感じさせた。
(昨夜のこと気にしていらっしゃるのかしら)
リアは早く帰ってくると言い残し、仕事へ向かう背中をじっと見つめていた。彼の背中に思わず手を伸ばそうとする。昨日のように伸ばしかけた手は止まった。
「はぁ~……」
自室でクロエが淹れてくれた紅茶を飲む。紅茶の有名な名産地で作られた高級茶葉は、お湯をかけると青紫色のエキスを出す。紅茶の一般的な琥珀色ではなく、青紫色の紅茶だ。
味はレモンを感じさせる酸味。飲むと爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
「紅茶が合いませんでした?」
傍に控えているクロエが心配そうに尋ねる。今日の茶葉はクロエが選んだものだ。リアの口に合わないかと不安で仕方がないらしい。
「いいえ、お茶はとっても美味しいわ。今まで飲んだことが無い味で、新鮮だわ」
茶葉を褒めるとクロエは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。しかし、ふっと真顔になって先ほどのため息の理由について問う。
「もしかして、例のお悩みですか?」
勘が鋭いクロエの質問にリアは黙って頷いた。
「いつもの“入らない”だけじゃないの。何だか距離を置かれているような気がして」
「距離? 今朝はいつも通りだったと思いますが」
「目に見えるほど分かりやすくは無いけれど、いつもと違うというか。毎夜、私を抱き締めて眠ってくれるのに、昨夜はそうなさらなかったし。朝は何故だか、思い詰めていたような表情をしていたし……」
「毎夜、抱き合って眠っているなんて可愛らしいご夫婦ですね、と言いたいところですが……。気のせいとかでは無いのですか?」
リアは頷いた。
「いざ試みるとなると、切なげな苦しそうなお顔をなさるの。昨日は特にそう。様子が違っていたの。もしかしたら夜伽が苦手なのかしら。そうだったら私、無理強いしていたのかも。そう思うと、申し訳なさと不安で胸が押し潰されそうだわ」
クロエはしばし考えこむ。シグルドは夜伽が好きか嫌いかは、彼に経験が無いので分からない。しかし、シグルドの性格的に経験が無いからこそ恐怖を感じ、踏み込めていないのではないか、とクロエは思う。
夜伽に何回も失敗をすると、経験者であっても傷付くものだ。男性は心がデリケートとよく聞くので、女性に対して繊細なシグルドだと余計に傷付いているのだろう。
だが、それはシグルド自身で乗り越えなければならない壁である。
しかし、何とも悩みが微笑ましいと思う。クロエの母親はエデンブリッジ公爵家とは別の貴族の屋敷で家政婦長を勤めている。年末、実家に帰省する時に母と会って仕事の話をするのだが、母が仕えている貴族の夫婦はとてつもなく仲が悪い。貴族社会は政略結婚なので、結婚後仲睦まじく暮らせる夫婦は数少ないのだが、妻が次期当主の座を狙って夫を毒殺しようとしたり、夫は妻の立場が悪くなるように愛人を作ったりするなど殺伐としている。
貴族社会は欲にまみれた汚い世界だ。そんな世界でこんなにもお互いを想い、繋がりたいと願うこの夫婦は尊い存在なのではないか。クロエは改めて感じた。
「奥様、旦那様とはもう夫婦なんです。時間はたっぷりありますよ。焦らなくてもこんなに仲が良いんですから。きっと、うまくいきます」
「でも……」
「それに夫婦として、お互いを想い合うだけでも十分です。貴族社会では想い合うことすら出来ない、しない夫婦が多いんです」
クロエは笑顔を浮かべた。改めてこの夫婦に仕えられて良かったと思う。
「そうね……焦っちゃ駄目だわ。時間はあるのだから私達のペースで頑張れば良いのよね!」
リアは笑顔を浮かべる。ぐううっとお腹の虫が鳴った。
「安心したらお腹が空いてきちゃったわ」
「お菓子をお持ちいたしますね」
クロエは一礼すると、茶菓子を用意しに部屋を出て行った。1人になったリアは、清々しい気分で窓から外を眺めていた。
(夜伽を成功させたい気持ちはあるけど、ただただシグルド様の温もりに包まれていたいと思うのも事実。きっとそれは私がシグルド様の事が大好きだからなのね。あぁ、早く会いたいなぁ)
リアは少し冷えた紅茶を一口飲む。晴れて雲一つない空は少しだけ橙色に染まりかけていた。
彼の様子を伺うと、穏やかな微笑みを浮かべていたが、どこか切なさを感じさせた。
(昨夜のこと気にしていらっしゃるのかしら)
リアは早く帰ってくると言い残し、仕事へ向かう背中をじっと見つめていた。彼の背中に思わず手を伸ばそうとする。昨日のように伸ばしかけた手は止まった。
「はぁ~……」
自室でクロエが淹れてくれた紅茶を飲む。紅茶の有名な名産地で作られた高級茶葉は、お湯をかけると青紫色のエキスを出す。紅茶の一般的な琥珀色ではなく、青紫色の紅茶だ。
味はレモンを感じさせる酸味。飲むと爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
「紅茶が合いませんでした?」
傍に控えているクロエが心配そうに尋ねる。今日の茶葉はクロエが選んだものだ。リアの口に合わないかと不安で仕方がないらしい。
「いいえ、お茶はとっても美味しいわ。今まで飲んだことが無い味で、新鮮だわ」
茶葉を褒めるとクロエは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。しかし、ふっと真顔になって先ほどのため息の理由について問う。
「もしかして、例のお悩みですか?」
勘が鋭いクロエの質問にリアは黙って頷いた。
「いつもの“入らない”だけじゃないの。何だか距離を置かれているような気がして」
「距離? 今朝はいつも通りだったと思いますが」
「目に見えるほど分かりやすくは無いけれど、いつもと違うというか。毎夜、私を抱き締めて眠ってくれるのに、昨夜はそうなさらなかったし。朝は何故だか、思い詰めていたような表情をしていたし……」
「毎夜、抱き合って眠っているなんて可愛らしいご夫婦ですね、と言いたいところですが……。気のせいとかでは無いのですか?」
リアは頷いた。
「いざ試みるとなると、切なげな苦しそうなお顔をなさるの。昨日は特にそう。様子が違っていたの。もしかしたら夜伽が苦手なのかしら。そうだったら私、無理強いしていたのかも。そう思うと、申し訳なさと不安で胸が押し潰されそうだわ」
クロエはしばし考えこむ。シグルドは夜伽が好きか嫌いかは、彼に経験が無いので分からない。しかし、シグルドの性格的に経験が無いからこそ恐怖を感じ、踏み込めていないのではないか、とクロエは思う。
夜伽に何回も失敗をすると、経験者であっても傷付くものだ。男性は心がデリケートとよく聞くので、女性に対して繊細なシグルドだと余計に傷付いているのだろう。
だが、それはシグルド自身で乗り越えなければならない壁である。
しかし、何とも悩みが微笑ましいと思う。クロエの母親はエデンブリッジ公爵家とは別の貴族の屋敷で家政婦長を勤めている。年末、実家に帰省する時に母と会って仕事の話をするのだが、母が仕えている貴族の夫婦はとてつもなく仲が悪い。貴族社会は政略結婚なので、結婚後仲睦まじく暮らせる夫婦は数少ないのだが、妻が次期当主の座を狙って夫を毒殺しようとしたり、夫は妻の立場が悪くなるように愛人を作ったりするなど殺伐としている。
貴族社会は欲にまみれた汚い世界だ。そんな世界でこんなにもお互いを想い、繋がりたいと願うこの夫婦は尊い存在なのではないか。クロエは改めて感じた。
「奥様、旦那様とはもう夫婦なんです。時間はたっぷりありますよ。焦らなくてもこんなに仲が良いんですから。きっと、うまくいきます」
「でも……」
「それに夫婦として、お互いを想い合うだけでも十分です。貴族社会では想い合うことすら出来ない、しない夫婦が多いんです」
クロエは笑顔を浮かべた。改めてこの夫婦に仕えられて良かったと思う。
「そうね……焦っちゃ駄目だわ。時間はあるのだから私達のペースで頑張れば良いのよね!」
リアは笑顔を浮かべる。ぐううっとお腹の虫が鳴った。
「安心したらお腹が空いてきちゃったわ」
「お菓子をお持ちいたしますね」
クロエは一礼すると、茶菓子を用意しに部屋を出て行った。1人になったリアは、清々しい気分で窓から外を眺めていた。
(夜伽を成功させたい気持ちはあるけど、ただただシグルド様の温もりに包まれていたいと思うのも事実。きっとそれは私がシグルド様の事が大好きだからなのね。あぁ、早く会いたいなぁ)
リアは少し冷えた紅茶を一口飲む。晴れて雲一つない空は少しだけ橙色に染まりかけていた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる