3 / 5
第3話 嫁の反撃
しおりを挟む
朝からマグノリアの怒声が屋敷に響く。
「ちょっと、ライラックさん! 掃除しておいてって昨日言ったわよね? それなのにこれはどういう事かしら。埃が残っているじゃない」
マグノリアは、昨日触れていた螺旋階段の手すり部分を指でなぞって見せる。使用人達が見ている前でライラックを怒鳴る彼女の表情は、声音とは違って優越感に浸った喜びを浮かべていた。
「さっさと掃除しておいてちょうだい」
言いながら踵を返そうとするマグノリアの腕をライラックが引き留める。
「お義母さま、一緒にやりましょう! はい、これお持ちになって」
彼女が渡したのは掃除用具。使用人達が持っているものと同じである。
自分も同じものを持ってライラックは片腕をマグノリアに差し出した。
「わ、わたくしがやるわけがないでしょう!! 馬鹿な事を言わないで」
「そんな事言ってないでやりますよ~」
マグノリアは手を振りほどこうとするが、恐ろしいほどびくともしない。細い腕になぜこんなに力があるのかと恐ろしくなるほどだ。暴れれば暴れるほど、骨の軋む音がするのでマグノリアは大人しく掃除をする事にした。
「ライラック様……凄い……」
どこからか使用人のそんな声がした気がする。
*
「ちょっと昨日言っていたドレス直していないじゃない!」
バルコニーにいたライラックを見つけ、マグノリアは昨日投げつけた衣服を見せつける。どの衣服も昨日の状態のまま、自室に戻されていたのだ。
「お義母さま、一緒に直しましょう。あたし、裁縫苦手だから教えてくれませんか?」
「ば、馬鹿な事を。花嫁修業は実家でやるものです。わたくしが教える義理はありません」
「でも、一緒にやればきっと早いですし。ね?」
笑顔を浮かべながらライラックはマグノリアに腕を伸ばす。マグノリアはひぃっと声をあげ、青ざめる。掴まれたら最後、逃げ出せないと分かっているからだ。マグノリアは大人しくライラックに裁縫を教える事にした。
「ここをこうして糸をこうします」
「わあ、魔法みたい。凄い、お義母さま」
無邪気に感動するライラックに、マグノリアは鼻を鳴らす。
「裁縫は出来て当然です。というより、昨日も言いましたが、わたくしをお義母さまと呼ばないでちょうだい」
「じゃあ、マグノリアちゃん?」
「ちゃ……この年の女性を“ちゃん”を付けて呼ぶんじゃありません」
「アッシュ君のお母さんって毎回呼ぶと口が疲れますよ。略してアッシュママにしますか?」
「わたくしの事、馬鹿になさっているわよね?」
険しい表情を浮かべて問い詰めるマグノリアと対照的にけらけらと笑うライラック。彼女達の様子を見て使用人達はひっそりと『仲良くなってる?』と思うのであった。
*
「それにしてもライラックさん、調度品を選らんのだのは貴女かしら。趣味が悪いのではなくて? 田舎だとお洒落というものに疎いのかしら」
マグノリアの厳しい言葉が響くのは、夕食の時間である。
食事をする部屋の調度品が気に入らないらしく、部屋を見回しながら言う。
「お義母さん、家具はアッシュ君の趣味ですよ。趣味が悪いだのという苦情はアッシュ君へどうぞ。あと、今は戦争中だから家具の入れ替えは出来ませんよ。こんな時に領主が贅沢していては、領民に示しがつきませんからね」
「うっ……それもそうだわ。ところで、子どもはいつ生まれるの?」
次なる追及の種を探し当てたマグノリアに、ライラックは初めて険しい顔を浮かべた。
「子どもは自然の流れに身を任せるしかないですよ。アッシュ君が“子の誕生は奇跡の連続だ”って。お義母さまも身に染みて分かっている事でしょう。生命に関しては何人たりともとやかす言う権利はありません」
はっきりと自分の意見を告げるライラックの言葉を聞きながら、マグノリアは自分の心に棲んでいた悪魔がぼろぼろに崩れていくような感覚を覚える。
己の行いを振り返って『自分は一体何をやっていたのだろう』と猛烈に恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、ライラックさん。貴女の言う通りだわ」
屋敷に来て初めて謝るマグノリアの姿に驚いたのは使用人だった。
ライラックはいつも通りの笑顔を浮かべて食事を続けるよう彼女に言った。
「ちょっと、ライラックさん! 掃除しておいてって昨日言ったわよね? それなのにこれはどういう事かしら。埃が残っているじゃない」
マグノリアは、昨日触れていた螺旋階段の手すり部分を指でなぞって見せる。使用人達が見ている前でライラックを怒鳴る彼女の表情は、声音とは違って優越感に浸った喜びを浮かべていた。
「さっさと掃除しておいてちょうだい」
言いながら踵を返そうとするマグノリアの腕をライラックが引き留める。
「お義母さま、一緒にやりましょう! はい、これお持ちになって」
彼女が渡したのは掃除用具。使用人達が持っているものと同じである。
自分も同じものを持ってライラックは片腕をマグノリアに差し出した。
「わ、わたくしがやるわけがないでしょう!! 馬鹿な事を言わないで」
「そんな事言ってないでやりますよ~」
マグノリアは手を振りほどこうとするが、恐ろしいほどびくともしない。細い腕になぜこんなに力があるのかと恐ろしくなるほどだ。暴れれば暴れるほど、骨の軋む音がするのでマグノリアは大人しく掃除をする事にした。
「ライラック様……凄い……」
どこからか使用人のそんな声がした気がする。
*
「ちょっと昨日言っていたドレス直していないじゃない!」
バルコニーにいたライラックを見つけ、マグノリアは昨日投げつけた衣服を見せつける。どの衣服も昨日の状態のまま、自室に戻されていたのだ。
「お義母さま、一緒に直しましょう。あたし、裁縫苦手だから教えてくれませんか?」
「ば、馬鹿な事を。花嫁修業は実家でやるものです。わたくしが教える義理はありません」
「でも、一緒にやればきっと早いですし。ね?」
笑顔を浮かべながらライラックはマグノリアに腕を伸ばす。マグノリアはひぃっと声をあげ、青ざめる。掴まれたら最後、逃げ出せないと分かっているからだ。マグノリアは大人しくライラックに裁縫を教える事にした。
「ここをこうして糸をこうします」
「わあ、魔法みたい。凄い、お義母さま」
無邪気に感動するライラックに、マグノリアは鼻を鳴らす。
「裁縫は出来て当然です。というより、昨日も言いましたが、わたくしをお義母さまと呼ばないでちょうだい」
「じゃあ、マグノリアちゃん?」
「ちゃ……この年の女性を“ちゃん”を付けて呼ぶんじゃありません」
「アッシュ君のお母さんって毎回呼ぶと口が疲れますよ。略してアッシュママにしますか?」
「わたくしの事、馬鹿になさっているわよね?」
険しい表情を浮かべて問い詰めるマグノリアと対照的にけらけらと笑うライラック。彼女達の様子を見て使用人達はひっそりと『仲良くなってる?』と思うのであった。
*
「それにしてもライラックさん、調度品を選らんのだのは貴女かしら。趣味が悪いのではなくて? 田舎だとお洒落というものに疎いのかしら」
マグノリアの厳しい言葉が響くのは、夕食の時間である。
食事をする部屋の調度品が気に入らないらしく、部屋を見回しながら言う。
「お義母さん、家具はアッシュ君の趣味ですよ。趣味が悪いだのという苦情はアッシュ君へどうぞ。あと、今は戦争中だから家具の入れ替えは出来ませんよ。こんな時に領主が贅沢していては、領民に示しがつきませんからね」
「うっ……それもそうだわ。ところで、子どもはいつ生まれるの?」
次なる追及の種を探し当てたマグノリアに、ライラックは初めて険しい顔を浮かべた。
「子どもは自然の流れに身を任せるしかないですよ。アッシュ君が“子の誕生は奇跡の連続だ”って。お義母さまも身に染みて分かっている事でしょう。生命に関しては何人たりともとやかす言う権利はありません」
はっきりと自分の意見を告げるライラックの言葉を聞きながら、マグノリアは自分の心に棲んでいた悪魔がぼろぼろに崩れていくような感覚を覚える。
己の行いを振り返って『自分は一体何をやっていたのだろう』と猛烈に恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、ライラックさん。貴女の言う通りだわ」
屋敷に来て初めて謝るマグノリアの姿に驚いたのは使用人だった。
ライラックはいつも通りの笑顔を浮かべて食事を続けるよう彼女に言った。
0
あなたにおすすめの小説
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?
あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。
「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」
契約婚のはずが、腹黒王太子様に溺愛されているようです
星月りあ
恋愛
「契約結婚しませんか? 愛を求めたりいたしませんので」
そう告げられた王太子は面白そうに笑った。
目が覚めると公爵令嬢リリカ・エバルディに転生していた主人公。ファンタジー好きの彼女は喜んだが、この国には一つ大きな問題があった。それは紅茶しかないということ。日本茶好きの彼女からしたら大問題である。
そんな中、王宮で日本茶に似た茶葉を育てているらしいとの情報を得る。そして、リリカは美味しいお茶を求め、王太子に契約結婚を申し出た。王太子はこれまで数多くの婚約を断ってきたため女性嫌いとも言われる人物。
そう、これはそのためだけのただの契約結婚だった。
それなのに
「君は面白いね」「僕から逃げられるとでも?」
なぜか興味をもたれて、いつしか溺愛ムードに突入していく……。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
お嫁に行けないワケあり令嬢は辺境伯に溺愛される
石丸める
恋愛
釜戸は業火に包まれ、食器は飛散し、洗濯物は引き千切れる。麗しく完璧な令嬢ルイザの生活魔法は規格外に強すぎて、連続で婚約破棄されていた。社交界で面白おかしく噂が盛り上がる中、宮廷の舞踏会でとんでない事件が起きてしまう。もう、お嫁に行けない……そんな絶望の淵に、予想外の人物が現れた。
※全6話完結 6,000文字程度の短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる