【完結済】悪女の星 ~夫に冷遇されてますが推しを愛でるので大丈夫です!~

十井 風

文字の大きさ
15 / 18
第二章

第5話

しおりを挟む
 スタンディ伯爵は驚いた。心の底から楽しみにしていた舞踏会から帰ってきた娘が泣いているのだ。わんわんと泣き、化粧が崩れるのもお構いなく、涙を流し続ける愛娘を抱き締め、伯爵は優しく問う。
「どうしたんだ、何があった?」
 すると、ベロニカは顔を上げ、伯爵に答えた。
「ギルバード様が舞踏会に恋人を連れて来ていたの! 私よりもその女を愛しているって!!」

 伯爵は驚いた。こんなにも見目に優れた自分の娘を振って別の女性と付き合うとは。モント次期公爵は見る目が無いが、ベロニカが愛するのは彼だ。何とかして愛娘の想いを成就させてやりたい。
「お前の方が器量は良いし、容姿だって優れている。きっとモント次期公爵だって気付くさ」

 泣きじゃくる娘を宥めたくて伯爵は言う。しかし、ベロニカは首を横に振る。
「今、私を選んでくださらないと嫌なの!」
 ベロニカは激しく泣き始める。美しい顔が台無しになるくらい泣いていた。伯爵は可哀そうな娘に笑って欲しくて考えを巡らせる。
「そうだ、父さまに任せなさい。可愛いお前の為に何とかしよう。その恋人の容姿を教えてくれるかい?」

 伯爵はベロニカから恋人の情報を聞くと、彼女を寝室に下がらせた。
 ベロニカが寝静まったのを確認すると、屋敷の地下室に向かう。地下室は石造りでいつもならひんやりとしているが、今は人が集まっているのでそうでもない。柄の悪そうな見た目をしたごろつき達がここを拠点にしているからだ。

 中身が無い酒の空き瓶や煙草の吸殻、ゴミが散乱する床を見て伯爵は顔を歪める。ゴミはきちんとゴミ箱に捨てろと、いつも言っているのだが、教養のないこいつらは毎度散らかす。

「おい、仕事だ」
 伯爵は地下室の真ん中に座る男に話し掛けた。他のごろつきとは違って、明らかに腕が立ちそうだ。褐色の肌には、白い染粉で見慣れない紋様が刻み込まれている。異国人というのがすぐ分かる。

 男は眉を上げると、伯爵に話の続きを話すよう合図した。
「攫って欲しい女がいる。髪は赤毛で目は紫。胸が大きい女だ」
 最後の言葉にごろつき達は歓声を上げる。節操のない態度に伯爵はうんざりしながら話を続けた。

「名前はバーバラという。攫った後はモント公爵家に身代金を要求、最後は殺せ」
 伯爵の言葉に入れ墨の入った褐色の男が問う。
「良いのか? 公爵さまの女だろう」
「構わん。まだ籍も入れていないから正式にはただの平民だ。それと、この拠点には連れてくるな。お前達の本拠地に連れて行け」
「あそこにはルース男爵の子どもがいるだろう」
 男の言葉に伯爵は首を横に振った。
「それも構わん。とにかくしくじらなければ良いんだ、しっかりやれよ、ダタライ」

 ダタライと呼ばれた褐色の男は、にやりと歯を見せて笑った。

 ◆ ◆ ◆

 私とギルは、彼の朝の仕事を始める前にお茶の時間を楽しむのが日課になっていた。朝食の時間に話しきれなかった事を話したり、特に会話をせず景色を楽しんだり、楽しみ方は日によって異なるが、私との時間を少しでも多く作りたいというギルの気遣いから習慣になったものだ。

 今日の私は、侍女が手渡してくれた新聞を読んでいる。新聞の一面には『アンティギア王国内で人攫い事件多発! 追及される国王の責任!』と大きく見出しが書かれていた。ルシオの責任が追及されているのは、私には関係がないことなのでどうでもいいのだが、ギルに影響が及ばないか心配だった。

「ねぇ、ギル。例の件、進展はあったの?」
 ギルはあまり教えてくれない。私に心配をさせないようにという優しさから彼からは話そうとしないのだ。
「もうある程度分かっていますが、尻尾を出すのを待っている所です」
 彼は優雅にティーカップを手に取り、琥珀色の紅茶を飲む。
 不安そうな顔をしていたせいか、私を見て微笑みながら話した。

「ルース男爵令嬢には申し訳ないですが、殺される事はないと思います」
「どうして?」
「貴族の女性にはいくらでも利用価値があるからです。後宮娼婦として売っても良いし、他国の要人へ愛人として売り飛ばしても良い。殺すより生かしておいた方が利用価値はよっぽどあるのですよ」

 ギルの言いたいことも少し分かる。急いで動こうとして、こちらの情報が相手に伝わってしまったら、せっかくの機会が失われてしまうかもしれない。確実に黒幕ごと捕らえるには、ここぞという場面に動かなければならないからだ。
 だけど、私は納得していなかった。

「ねぇ、相手を罠にかけてあげましょうよ。悪役にはお仕置きが必要でしょ」
 私が言うと、ギルは柘榴色の瞳をこれでもかというほど真ん丸にして驚く。何を言い出すんだ、頼む、危ない事はしないでくれという彼の考えがひしひしと伝わって来る。
「どうやって罠に?」
「私が囮になるの。モント公爵家の関係者だし、元王妃だから狙われやすいと思う。そこを突くの」

 ギルは、あからさまに“やっぱりそういう事を言いだすと思った”というようにため息をつく。

「それだと大切な君に危害が加えられるかもしれないじゃないですか」
 心配そうに言うギルに私は笑ってみせた。
「その前に貴方が助けに来てくれるでしょ?」
 私は彼の前髪をそっと手で押し上げ、額に口づけをする。

「それに私はやわな女じゃないからね」
 簡単にはやられないわ、と言うとギルは困ったように笑った。
「君は本当に……私の弱点を知っていますね。危なくなったらすぐに逃げるんですよ」
「うん、ありがとう。ギル」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

どうぞお好きになさってください

みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。 婚約者の第一王子殿下は言った。 「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」 公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。 「好きになさればよろしいわ」

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...