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2 戦火 1
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様々な世界から勇者を召喚する、次元の重なる特異点インタセクシル。
そこにある大国の一つ・スイデンへ向けて、草原を進む巨大な人造の獣があった。
神官戦士ヴァルキュリナの預かる猛獣型戦艦Cパンゴリンである。
ジン達三人の聖勇士はそこに傭兵として雇われていた。
「あっー! あっー! ボク、女の子になってるよぉー!」
ジンにとって二日目の朝は、ナイナイの悲鳴から始まった。トカゲ男のダインスケンも反対側の壁にある二段ベッドの下段で、その声に起こされたようだ。
異世界から召喚された彼らは三人で母艦の一室を割り当てられ、ジンは二段ベッドの下で、ナイナイはその上で寝る事になったのだが……
「どうして? 昨日は確かに男の子に戻ったのに!?」
「とりあえず着替えろ。飯食いながら考えようぜ」
そう応えてジンは上半身を起こす。
(俺の腕は……やっぱこのままか)
ジンの右腕は甲殻に包まれた怪物の腕、それから変化を起こそうとしなかった。
「まぁ気を落とすな。整備班の連中が喜んでたぞ。撃破した敵機から得られた資金が多かったからよ」
食堂――簡素なテーブルが並べられただけの大部屋だが――で、ジンはナイナイを慰める。
「金銭的に価値のある部品を倒した敵機から拾う習慣もなんかセコい感じはあるが、ファンタジー世界はモンスターからのドロップ品で冒険者が飯食ってるからな。その延長と考えれば違和感も無いか。でも資金とか呼んでるが、これ正確には資材だよなぁ?」
(まぁ使い道の同じ資金と資材を分けてもあんま意味無いが……)
喋りながらなんとなく自分の言葉に自分で突っ込むジン。
だがナイナイは俯いたままだ。目の前に置かれた食事――豆と芋のスープにパンという、非常に質素な献立――もほとんど減っていない。
ジンの方は逆にスープの芋が一個残っているだけだ。それを口に放り込んでから、ジンはまた適当に慰める。
「お前のスピリットコマンド【フォーチュン】のおかげらしいぞ。あれを使ってMAP兵器でまとめて吹っ飛ばしたんで、敵三機が全部倍額の資金になったんだとよ。スゲーな、お前は」
ケイオス・ウォリアーを撃破した時にどの程度の資金になるか、だいたいは決まっている。やはり残り易い部位や焼け跡から探し易い部品はあるのだ。ただ『運が良ければ』期待できる額以上になる部品を拾う事もできる。その幸運を起こすスピリットコマンドが【フォーチュン】なのだ。
しかしそれもナイナイには何の慰めにもなっていなかった。
「どうしてボクをこんな体にしたのかな……。性別がころころ変わっても戦いには関係無いよね。魔王軍もボクなんかどうせ弱いから、変な実験にでも使ったのかな……」
俯いたまま暗い雰囲気に沈むナイナイ。
その言葉を聞き、ジンは自分の右腕をまた見た。
甲殻で覆われた右腕は、分厚い手袋を嵌めているようで、感覚は鈍いし器用にも動かせない。正直、食事は不便だった。
また鎧を着けているような物なので、服を着るのも大変である。軍服――中~近世のヨーロッパのそれとよく似たデザインの物――が支給されたのでナイナイはそれを着ているのだが、ジンはラフな袖なしシャツで、右腕を通すために脇を切り裂き、甲殻に包まれた「生身の」腕を露出させていた。
(まぁ俺のは戦闘に使わせる気満々だったろうがよ)
昨日の夕食時に木のコップを握りつぶしてわかったが、握力が左手の数倍ある。試しにフォークやナイフでつついてみたが、本当に鎧並みに硬い。
(だがなんで変身機能も無しに右腕「だけ」なんだ。俺も幹部とかの改造実験に使い捨てられただけなんじゃねぇだろうな?)
考えても魔王軍の者が目の前にいないのだから答えなど出るわけがない。ただ考えていると、対面に座るダインスケンと目があった――気がした。
とっくに食事を平げ、何をするでも無く前だけを見ているトカゲ男。その両眼は複眼であり、視線がどこに向いているのかいまいちわからない。支給はされたが軍服を着ようともせず、どこから探してきたのか革の短パンだけしか身に着けていない。
そしてそいつがどこか改造されているのか、今の姿が元のままなのか、ジンには全くわからなかった。ダインスケン自身も自分の体を特に気にしている様子が無い。
視線があったダインスケンは「ゲッゲー」と鳴いた。
もちろん、ジンには何を言っているのか――或いは意味の無いただの鳴き声なのか、まるでわからなかった。
あまり明るくない朝食が終わる頃、ヴァルキュリナが三人のテーブルに来た。席には着かず、立ったまま話し出す。
「もうじきハチマの街へ着く。そこで補給のため半日停泊する予定だ。下船するならその前に申し出てくれ。艦と連絡を取るため、こちらの誰かを同行させてもらう」
三人は顔を見合わせた。
(ファンタジー世界の街か。エルフやドワーフを見てみたくもある。だが……)
「街に出ても金なんぞ無いし、買い食いの一つもできねぇな。それとも報酬の一部先払いでもしてくれるか?」
ジンにしてはダメモトで気軽に言ったのだが、同じぐらいあっさりとヴァルキュリナは頷いた。
「かまわない。傭兵や冒険者が多少の前金を要求するのもよくある事だ。ただ、今すぐ渡せる額などたかがしれているが……」
「うん、いいよ。ありがとうございます」
素直に礼を言うナイナイ。見知らぬ街への興味で、沈んだ気持ちも少しだけ上向いていた。
ハチマの街は目的地のスイデンとは別国である。よってCパンゴリンは近くに停船する連絡だけ入れ、目視できる位置で停まり、買い出しは艦から輸送班を出して行う事にした。
何台かの荷車に、運搬用の荷馬が繋がれる。馬は街の運送屋ギルドから来てもらった物だ。その荷馬車に乗せてもらい、ジン達は街へと向かう。
サスペンションなど無い荷馬車の乗り心地は快適ではなかったが、空の青さと風の心地よさの中、次第に近づく街の門や壁の周りにいる人々が見えてくると、自然と期待が溢れてゆく。
(マジで鎧の戦士やローブの魔法使いがいる! ほほう、定番の中世ヨーロッパ風パターンだが、所々にアラビアっぽい奴や中華っぽい格好もあるな。おやま、角の生えた奴とかいるぞ。異種族も一緒に暮らしてるんだな!)
違う世界の人々の日常の営みを前に、ジンはそれだけで軽く感激してしまった。
一方、ナイナイは荷馬車を牽く馬が気になるようだ。
「僕の故郷の馬と同じに見えるなぁ。どの世界でも同じ生き物は同じなのかもね」
落ち込みもだいぶ薄れている……そう感じ、また本人が浮かれている事もあり、ジンは気軽に声をかけた。
「ははっ、どうかな。この世界には翼が生えた馬とか角のある馬とか八本足の馬とかいると思うぜ」
ナイナイは小首を傾げる。
「そりゃ当然いると思うけど……ジンの故郷にもいるでしょ?」
(そういう世界の方が……普通なのか……?)
ナイナイも自分とは違う「異世界人」である事を、ジンは思い出していた。
ともかく、ジン達は街に着いた。ヴァルキュリナの部隊員達は買い物のために門を通る。
ジン達はその背中を見送った。門の向こうに見える、レンガの家が並ぶ大通りには踏み込まずに。
ぽつりとナイナイが呟く。
「通行料って……意外と高いんだね……」
ジンが溜息をついた。
「手形だの身分証だの、思った以上に文明化が進んでやがるな。ケッコウなこった」
ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
ヴァルキュリナの部隊みたいに国の保証する身分があり、その証があれば、通行税は安く済む。運送や交通に関するギルドが発行する手形があれば、やはり同様。
それがこの世界の旅人の常識だったらしい。
この世界に呼ばれ、昨日目覚めたばかりの三人がそんな準備をしているわけもないが。
無論、そういう物が無くても割り増し料金になるだけで街の門や関所は通れる。しかしジン達にはそれを払うと大半が残らない程度のはした金しか無かった。
やはり貧乏は悪……。
「あーケッタクソ悪ぃ。やっぱ魔王軍についた方がいいのかもな」
三人でぶらぶらと城壁の外を歩きながらジンが悪態をつく。
「ダメだよォ、そんなの!」
頭上で怒るのは妖精のリリマナ。彼女がお目付け役にして連絡係なのだ。
ナイナイは苦笑いし――そしてダインスケンが鳴いた。
「ゲッゲー」
しかし今度は進行方向を、角を曲がった向こうを指さす。
「あっちに何かあるのか? 美少女動物園でも用意されてりゃ、このシケた異世界転移も少しは……」
文句たらたらで城壁の角を曲がるジン。だがそこで立ち止まり、目を見張った。
街に流れ込む川の辺、城壁側の広場に、テントと屋台が立ち並んでいる。結構な数の人々がそこにいて、割と活気のある売買が行われていた。少し距離があるので会話内容などはわからないが、和やかな賑わいは微かに聞こえる。感心し、喜んで呟くナイナイ。
「屋台がいっぱいだぁ……」
「大きな街だと城壁の外に市場があるのも珍しくないんだよ。ハチマだとここにあったんだ」
リリマナが楽しそうに教える。さっきまでと一転、ジンがニヤリと笑った。
「よしよし、もちろん行くよな。チートアイテムか有能美少女が主人公を待ってる展開かもしれねぇ」
必要な物は生じるもの。通行税に悩む者は昔からいた。近隣の村から日帰りで行商に来る者などにとって、毎日出すにはそこそこ痛い。だが人の多い所にいかないと商売にはならない。
よっていつからか自然と、街の外にも露天商が並ぶ場所ができたのだ。中の市場に比べれば品揃えも品質も1ランク落ちるが、安い物で妥協したい街住人や、金を払ってまで街に入りたくない旅人などが、市が続く程度には利用している。
食材、軽食、日常雑貨に薬に武具まで。様々な物が木箱の上に並び、色々な種族の者達が商人の呼び込みを聞きながら右へ左へ。
「おー、やっぱファンタジー世界は違うわ。これが本物のロングソードか」
ジンは安物の長剣を手に、その重さと感触を楽しんでいた。
「ウヘヘ、ちゃんと研げば数回の戦闘には耐えますぜ。本格的なヤツを買うまでの繋ぎにするならお得な値段かと」
薄汚れたエプロンをつけた髭もじゃの店主が揉み手しながら勧めてくる。今の所持金でもギリギリ買える値段だ。
(生身での戦闘が無いとも限らない。一本あってもいいよな?)
玩具を買う感覚で欲しくなるジン。しかし――
「おい、それ、俺に買わせてくれないか? 他に丁度良い物が無くてさ」
横から声をかけられた。見れば十代中ごろぐらいの少年だ。ツンツン頭で意思の強そうな太い眉。革の鎧を着て背中には背負い袋。RPGでよく見る若き戦士のような恰好だが、武器を持っていない。
「……冒険者か? 駆け出しの」
半ば当てずっぽうで訊くジン。少年は頷いた。
「ギルドには登録したし、パーティも組んでる。これから最初のクエストを探しに行くんだ。あんたも冒険者なのかもしれないけど……俺よりは懐に余裕ありそうだし、ここは俺に! 頼む」
少年は頭を下げた。
右腕のせいで軍服を着る事ができなかったジンだが、シャツだけというのも心許ないので、上半身は胸当て、左腕には手甲、両足には脛当てを借りて装備している。そのせいで冒険者だと思われたのだろう。
金属部品が多いぶん、革鎧の少年よりは裕福に見えたのか。
(それにまぁ、年下に頭下げられたらな……)
前に読んだ異世界転移物では、美少女以外の冒険者は人を小馬鹿にする陰険野郎が多く、主人公の顔を見れば即ケンカを売って来たが……ここでは社会に羽ばたく少年が素直に頼み事をしてきた。
転移前は誰からもアテにされない中年男だったジンが、ここで断るわけもなかった。
剣を鞘に納めて少年へ渡し、笑顔で訊く。
「俺は冒険者じゃないんで、今すぐには要らないんだ。これは君が使えよ。冒険者には他にもいろいろ道具がいるんだろ? そっちはもう揃えたのか?」
「あ、それは仲間が……」
剣を手に目を輝かせ、答える少年。振り返った彼の視線の先には、少年とお揃いの革鎧を着てメイスを腰に下げた少女が何やらいろいろ入った買い物籠を手に待っていた。
彼女のすぐ後ろには、もう一人の少年と――ケイオス・ウォリアー!? 前回ジンが戦った物と同じ、最もありふれた量産型の巨人兵士が膝をついている!
「あのケイオス・ウォリアーも君のか!?」
驚くジンに、少年はちょっと照れ笑いを浮かべた。
「パーティの共有財産さ。俺達で一旗あげるため、何年か前から仲間達と準備してたんだ。ブッ壊れてた機体をサンコイチで組み立てたもんだけど、ちゃんと動く事は保証済み。俺達は駆け出しだけど、大型モンスターと戦う用意ももうできてるんだぜ」
そう言うと少年は仲間達の元へ駆けだす。一度だけ振り返って「ありがとう!」と叫ぶと、そのままメンバーと合流した。
ナイナイがくすくすと笑う。
「なんかいい事したね」
「したっつうか、買わなかっただけというか。しかしケイオス・ウォリアーって民間人でも持ってるんだな」
照れ隠しもあり、ジンは話題を変えようとした。そこへリリマナが食いついて来る。
「戦闘力の無い運搬用の機体なら、ちょっと大きめの運送屋が持ってるよ。戦闘用となると話は変わるけど、傭兵部隊なら一機ぐらいは持ってるし、さっきみたいに冒険者パーティが持ってる事もあるね。高価な物だけど、有ると無いとじゃ戦える相手が全然違うし!」
(意外と普及してんな。もしヴァルキュリナの部隊と袂を分かっても、なんとか職を探す事はできそうだ)
そんな考えがふと浮かぶ。ジンにしてみれば今の部隊にいるのは単なる成り行きであって、この先どうするか……あるいはどうなるのかはまだわからないのだ。
「ま、今はなんか美味そうな物でも探すか」
そう言ってジンは食べ物の屋台へ目を向ける。
「うん、そうしよう!」
「あれ! あの餅菓子がオススメなんだァ!」
笑顔で賛成するナイナイにジンを引っ張ろうとするリリマナ。「ゲッゲー」と鳴くダインスケン。
だが――! 突然、『何か嫌なもの』が、匂うような聞こえるような不思議な感覚……それにジンは襲われた。
直後、人々が大きな悲鳴をあげる。
近くの茂みから……武装したモンスター――ゴブリンやオークの兵士――が現れたのだ!
「街にモンスターが出るのか!?」
「こういうのが入ってこないようにするのが街の城壁だから、外に来る事はあるよ。でもあいつらだってやられたくは無いから、壁際まで来る事なんて無いはず、なんだけどォ!」
驚愕するジン、悲鳴みたいな声で答えるリリマナ。
モンスターの兵士どもは凶暴な雄叫びとともに得物を振り回し、人々に襲い掛かった! 血飛沫と悲鳴があがる!
だが吠え猛るオーガーが巨大な足に蹴飛ばされて吹っ飛んだ。
刃物を振り回すゴブリンが横から剣で斬りつけられる。
「逃げろ! 街の門へ!」
必死の表情でそう叫ぶのは、先刻ジンが剣を譲った駆け出し冒険者の少年だった。
市場の人々が我先にと逃げる。その背を追おうとする魔物達を、ケイオス・ウォリアーが容赦なく踏みつけた。
だがその動きはぎこちなく、一踏みごとに一匹ずつ始末はするものの、数が多くて追い切れていない。
剣で戦う少年やその仲間も、自分達より数が多い相手にどんどん圧されていく。
「危ない!」
冒険者の少女が恐怖に叫んだ。オークの棍棒がリーダーの少年の頭へ振り下ろされたのだ。
次の瞬間、派手な血飛沫がまた一つあがった。
凄まじい勢いで吹っ飛び、地面に転がったのは、頭蓋骨を砕かれたオークだった。
少年は見た。駆け込んできたジンの右腕の一撃が、オークの棍棒もろともその頭を砕いたのを。
奇妙な手甲だとは思ったが――返り血で濡れるその腕は、まるで魔物のそれだ。
「大丈夫か? 俺も場数を踏んでいるわけじゃないが、助太刀させてもらうからよ」
ジンからの背中越しの声。それを聞いて少年は我に帰り、「は、はい!」と返事をして急ぎ立ち上がった。
(無我夢中だったが……思った以上の威力だ。しかし生身の戦闘なんて、俺にできるのか?)
内心、ジンの胸中も不安と恐怖でいっぱいである。歯と刃を剥き出しにして威嚇するゴブリンやオークを前に、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
だが自分より年下の子供が不利な戦いを強いられているのを見ると、半ばヤケクソになるしかなかった。後は――右腕の威力を信じるだけだ。
オーガーが吠えて鉄のメイスを横殴りに振り回した。
(ヤベェ! ウェイト差!)
自分より頭二つ大きな怪物の強打を前に、ジンの首筋に怖気が走る。それでも咄嗟に右腕でそれを受ける事しかできない。
死の予感と衝撃がジンを襲った。
そして――ジンは踏ん張ったまま持ち堪えた。巨体が叩きつけた鉄の塊を、右腕の甲殻はほぼ完全に防いだのだ。
「チィイッ!!」
まともな声にならない叫び。ジンはそのまま拳を繰り出した。フェイントもクソもない力任せのストレートである。オーガーは盾でそれを簡単に受け止めた。人食い鬼とはいえ武器も防具も持ち、使えるように訓練も受けていたのだ。
その盾を砕き、鎖の鎧には布きれかのごとくめり込み、ジンの拳はオーガーの腹を貫かんばかりに打った。
ほとんど二つに折れるかのごとく体を曲げて倒れ、オーガーは二度と動かなくなる。
「ウソ……」
冒険者の誰かが漏らした。魔物の群れは信じがたい光景に、一瞬、完全に動きを止めた。
次の瞬間、さらに血飛沫があがった。今度は一瞬で三匹である。新たな被害が出て、魔物の群れが突き動かされるように騒ぎ出す。
恐慌によって。そこに統率も何もあったものではない。
その中央で「ケッケェー!」と叫ぶのはダインスケン。恐るべき跳躍力でジン達の頭上を飛び越え、上からの奇襲で手近な魔物を仕留めたのである。
その両腕の爪から血が滴っていた。魔物三匹の首を容易く刎ねた鋭利な爪が。
「いくぞ!」
混乱に陥った魔物の群れへジンは突撃する。一打ごとに一匹が倒れ、絶命する。
その横でダインスケンも次々と魔物を切り裂く。獣をも凌ぐ敏捷性により、敵を屠る早さはジン以上だ。
魔物も抵抗はするが、ジンを倒す事もダインスケンを捉える事もできず新たな犠牲となるばかり。悲鳴をあげて逃げ出す物も少なくなかった。
僅かに村人達を襲おうとした物もいたが、それは新米冒険者達がかろうじて食い止める。
「きゃあ!」
悲しいかな、やはり新米。乱戦の中、冒険者の少女がオークの一撃を防ぎ損ねた。打たれた肩を抑えてうずくまる。無論、そこを見逃してくれる筈もなく、オークがとどめの一打を振り下ろそうとした。
そのオークの眉間にナイフが突き刺さり、倒れるのはオークの方となったが。
ナイフはジンが倒した魔物兵の物。それを拾って投擲したのはナイナイである。
冷や汗を拭い、ふう、と溜息をつくナイナイ。
その頃に最後の魔物も逃げ出し、戦いは終わった。
新米冒険者達がジン達の側に来る。
「スゲェや……。助かりました、レベル高いんですね。どこかの軍人さんですか」
冒険者の少年がナイナイの制服を横目で見つつ、ジンに礼を述べる。戦闘の興奮と恐怖がまだ冷めやらず、ジンは「ああ……」と呟くのが精一杯だった。
周囲を見ると、やはりケガ人が何人もいる。少しだが――おそらく息絶えた者も。血と呻きと涙は止まる事なく、地面にうずくまり、哀れにもすすり泣きながら痛みの中で掬いを待っている。
(普通の人が……村人とか市民が敵に襲われるって、こういう事だわな……)
ゲーム等では描写される事の少ない光景だが、今はジンの目の前にあった。
だが事態はまだ収まらなかった。
突如、街の外壁が爆発したのだ!
外壁は崩れ、負傷していた人の何人かは容赦なくそれに巻き込まれる!
「な、んだとお!」
「あれだよォ!」
叫ぶジンの耳にリリマナの悲鳴が届く。川の上流を見れば、街に迫るケイオス・ウォリアーの部隊!
「魔王軍! ついにここまで来たのかよ」
市場の誰かが泣き声をあげた。
(さっきの兵士どももそれか)
事態を察したジンは新米冒険者の少年に言う。
「ケガした人をここから逃がしてくれ。君らの一機であの部隊とは戦うなよ……数が違う」
「あ、はい! そ、そうします」
緊張に叫ぶ少年。ジンは頷いた。
「頼む。すぐに戻る」
そして返事も待たずに走り出す。
「ナイナイ! ダインスケン! リリマナ! 艦へ!」
その声に三人も応える。
「うん!」
「急ぐよォ!」
「ゲッゲー」
彼らは母艦へと走った。彼らの機体で、この街を守るために。
そこにある大国の一つ・スイデンへ向けて、草原を進む巨大な人造の獣があった。
神官戦士ヴァルキュリナの預かる猛獣型戦艦Cパンゴリンである。
ジン達三人の聖勇士はそこに傭兵として雇われていた。
「あっー! あっー! ボク、女の子になってるよぉー!」
ジンにとって二日目の朝は、ナイナイの悲鳴から始まった。トカゲ男のダインスケンも反対側の壁にある二段ベッドの下段で、その声に起こされたようだ。
異世界から召喚された彼らは三人で母艦の一室を割り当てられ、ジンは二段ベッドの下で、ナイナイはその上で寝る事になったのだが……
「どうして? 昨日は確かに男の子に戻ったのに!?」
「とりあえず着替えろ。飯食いながら考えようぜ」
そう応えてジンは上半身を起こす。
(俺の腕は……やっぱこのままか)
ジンの右腕は甲殻に包まれた怪物の腕、それから変化を起こそうとしなかった。
「まぁ気を落とすな。整備班の連中が喜んでたぞ。撃破した敵機から得られた資金が多かったからよ」
食堂――簡素なテーブルが並べられただけの大部屋だが――で、ジンはナイナイを慰める。
「金銭的に価値のある部品を倒した敵機から拾う習慣もなんかセコい感じはあるが、ファンタジー世界はモンスターからのドロップ品で冒険者が飯食ってるからな。その延長と考えれば違和感も無いか。でも資金とか呼んでるが、これ正確には資材だよなぁ?」
(まぁ使い道の同じ資金と資材を分けてもあんま意味無いが……)
喋りながらなんとなく自分の言葉に自分で突っ込むジン。
だがナイナイは俯いたままだ。目の前に置かれた食事――豆と芋のスープにパンという、非常に質素な献立――もほとんど減っていない。
ジンの方は逆にスープの芋が一個残っているだけだ。それを口に放り込んでから、ジンはまた適当に慰める。
「お前のスピリットコマンド【フォーチュン】のおかげらしいぞ。あれを使ってMAP兵器でまとめて吹っ飛ばしたんで、敵三機が全部倍額の資金になったんだとよ。スゲーな、お前は」
ケイオス・ウォリアーを撃破した時にどの程度の資金になるか、だいたいは決まっている。やはり残り易い部位や焼け跡から探し易い部品はあるのだ。ただ『運が良ければ』期待できる額以上になる部品を拾う事もできる。その幸運を起こすスピリットコマンドが【フォーチュン】なのだ。
しかしそれもナイナイには何の慰めにもなっていなかった。
「どうしてボクをこんな体にしたのかな……。性別がころころ変わっても戦いには関係無いよね。魔王軍もボクなんかどうせ弱いから、変な実験にでも使ったのかな……」
俯いたまま暗い雰囲気に沈むナイナイ。
その言葉を聞き、ジンは自分の右腕をまた見た。
甲殻で覆われた右腕は、分厚い手袋を嵌めているようで、感覚は鈍いし器用にも動かせない。正直、食事は不便だった。
また鎧を着けているような物なので、服を着るのも大変である。軍服――中~近世のヨーロッパのそれとよく似たデザインの物――が支給されたのでナイナイはそれを着ているのだが、ジンはラフな袖なしシャツで、右腕を通すために脇を切り裂き、甲殻に包まれた「生身の」腕を露出させていた。
(まぁ俺のは戦闘に使わせる気満々だったろうがよ)
昨日の夕食時に木のコップを握りつぶしてわかったが、握力が左手の数倍ある。試しにフォークやナイフでつついてみたが、本当に鎧並みに硬い。
(だがなんで変身機能も無しに右腕「だけ」なんだ。俺も幹部とかの改造実験に使い捨てられただけなんじゃねぇだろうな?)
考えても魔王軍の者が目の前にいないのだから答えなど出るわけがない。ただ考えていると、対面に座るダインスケンと目があった――気がした。
とっくに食事を平げ、何をするでも無く前だけを見ているトカゲ男。その両眼は複眼であり、視線がどこに向いているのかいまいちわからない。支給はされたが軍服を着ようともせず、どこから探してきたのか革の短パンだけしか身に着けていない。
そしてそいつがどこか改造されているのか、今の姿が元のままなのか、ジンには全くわからなかった。ダインスケン自身も自分の体を特に気にしている様子が無い。
視線があったダインスケンは「ゲッゲー」と鳴いた。
もちろん、ジンには何を言っているのか――或いは意味の無いただの鳴き声なのか、まるでわからなかった。
あまり明るくない朝食が終わる頃、ヴァルキュリナが三人のテーブルに来た。席には着かず、立ったまま話し出す。
「もうじきハチマの街へ着く。そこで補給のため半日停泊する予定だ。下船するならその前に申し出てくれ。艦と連絡を取るため、こちらの誰かを同行させてもらう」
三人は顔を見合わせた。
(ファンタジー世界の街か。エルフやドワーフを見てみたくもある。だが……)
「街に出ても金なんぞ無いし、買い食いの一つもできねぇな。それとも報酬の一部先払いでもしてくれるか?」
ジンにしてはダメモトで気軽に言ったのだが、同じぐらいあっさりとヴァルキュリナは頷いた。
「かまわない。傭兵や冒険者が多少の前金を要求するのもよくある事だ。ただ、今すぐ渡せる額などたかがしれているが……」
「うん、いいよ。ありがとうございます」
素直に礼を言うナイナイ。見知らぬ街への興味で、沈んだ気持ちも少しだけ上向いていた。
ハチマの街は目的地のスイデンとは別国である。よってCパンゴリンは近くに停船する連絡だけ入れ、目視できる位置で停まり、買い出しは艦から輸送班を出して行う事にした。
何台かの荷車に、運搬用の荷馬が繋がれる。馬は街の運送屋ギルドから来てもらった物だ。その荷馬車に乗せてもらい、ジン達は街へと向かう。
サスペンションなど無い荷馬車の乗り心地は快適ではなかったが、空の青さと風の心地よさの中、次第に近づく街の門や壁の周りにいる人々が見えてくると、自然と期待が溢れてゆく。
(マジで鎧の戦士やローブの魔法使いがいる! ほほう、定番の中世ヨーロッパ風パターンだが、所々にアラビアっぽい奴や中華っぽい格好もあるな。おやま、角の生えた奴とかいるぞ。異種族も一緒に暮らしてるんだな!)
違う世界の人々の日常の営みを前に、ジンはそれだけで軽く感激してしまった。
一方、ナイナイは荷馬車を牽く馬が気になるようだ。
「僕の故郷の馬と同じに見えるなぁ。どの世界でも同じ生き物は同じなのかもね」
落ち込みもだいぶ薄れている……そう感じ、また本人が浮かれている事もあり、ジンは気軽に声をかけた。
「ははっ、どうかな。この世界には翼が生えた馬とか角のある馬とか八本足の馬とかいると思うぜ」
ナイナイは小首を傾げる。
「そりゃ当然いると思うけど……ジンの故郷にもいるでしょ?」
(そういう世界の方が……普通なのか……?)
ナイナイも自分とは違う「異世界人」である事を、ジンは思い出していた。
ともかく、ジン達は街に着いた。ヴァルキュリナの部隊員達は買い物のために門を通る。
ジン達はその背中を見送った。門の向こうに見える、レンガの家が並ぶ大通りには踏み込まずに。
ぽつりとナイナイが呟く。
「通行料って……意外と高いんだね……」
ジンが溜息をついた。
「手形だの身分証だの、思った以上に文明化が進んでやがるな。ケッコウなこった」
ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
ヴァルキュリナの部隊みたいに国の保証する身分があり、その証があれば、通行税は安く済む。運送や交通に関するギルドが発行する手形があれば、やはり同様。
それがこの世界の旅人の常識だったらしい。
この世界に呼ばれ、昨日目覚めたばかりの三人がそんな準備をしているわけもないが。
無論、そういう物が無くても割り増し料金になるだけで街の門や関所は通れる。しかしジン達にはそれを払うと大半が残らない程度のはした金しか無かった。
やはり貧乏は悪……。
「あーケッタクソ悪ぃ。やっぱ魔王軍についた方がいいのかもな」
三人でぶらぶらと城壁の外を歩きながらジンが悪態をつく。
「ダメだよォ、そんなの!」
頭上で怒るのは妖精のリリマナ。彼女がお目付け役にして連絡係なのだ。
ナイナイは苦笑いし――そしてダインスケンが鳴いた。
「ゲッゲー」
しかし今度は進行方向を、角を曲がった向こうを指さす。
「あっちに何かあるのか? 美少女動物園でも用意されてりゃ、このシケた異世界転移も少しは……」
文句たらたらで城壁の角を曲がるジン。だがそこで立ち止まり、目を見張った。
街に流れ込む川の辺、城壁側の広場に、テントと屋台が立ち並んでいる。結構な数の人々がそこにいて、割と活気のある売買が行われていた。少し距離があるので会話内容などはわからないが、和やかな賑わいは微かに聞こえる。感心し、喜んで呟くナイナイ。
「屋台がいっぱいだぁ……」
「大きな街だと城壁の外に市場があるのも珍しくないんだよ。ハチマだとここにあったんだ」
リリマナが楽しそうに教える。さっきまでと一転、ジンがニヤリと笑った。
「よしよし、もちろん行くよな。チートアイテムか有能美少女が主人公を待ってる展開かもしれねぇ」
必要な物は生じるもの。通行税に悩む者は昔からいた。近隣の村から日帰りで行商に来る者などにとって、毎日出すにはそこそこ痛い。だが人の多い所にいかないと商売にはならない。
よっていつからか自然と、街の外にも露天商が並ぶ場所ができたのだ。中の市場に比べれば品揃えも品質も1ランク落ちるが、安い物で妥協したい街住人や、金を払ってまで街に入りたくない旅人などが、市が続く程度には利用している。
食材、軽食、日常雑貨に薬に武具まで。様々な物が木箱の上に並び、色々な種族の者達が商人の呼び込みを聞きながら右へ左へ。
「おー、やっぱファンタジー世界は違うわ。これが本物のロングソードか」
ジンは安物の長剣を手に、その重さと感触を楽しんでいた。
「ウヘヘ、ちゃんと研げば数回の戦闘には耐えますぜ。本格的なヤツを買うまでの繋ぎにするならお得な値段かと」
薄汚れたエプロンをつけた髭もじゃの店主が揉み手しながら勧めてくる。今の所持金でもギリギリ買える値段だ。
(生身での戦闘が無いとも限らない。一本あってもいいよな?)
玩具を買う感覚で欲しくなるジン。しかし――
「おい、それ、俺に買わせてくれないか? 他に丁度良い物が無くてさ」
横から声をかけられた。見れば十代中ごろぐらいの少年だ。ツンツン頭で意思の強そうな太い眉。革の鎧を着て背中には背負い袋。RPGでよく見る若き戦士のような恰好だが、武器を持っていない。
「……冒険者か? 駆け出しの」
半ば当てずっぽうで訊くジン。少年は頷いた。
「ギルドには登録したし、パーティも組んでる。これから最初のクエストを探しに行くんだ。あんたも冒険者なのかもしれないけど……俺よりは懐に余裕ありそうだし、ここは俺に! 頼む」
少年は頭を下げた。
右腕のせいで軍服を着る事ができなかったジンだが、シャツだけというのも心許ないので、上半身は胸当て、左腕には手甲、両足には脛当てを借りて装備している。そのせいで冒険者だと思われたのだろう。
金属部品が多いぶん、革鎧の少年よりは裕福に見えたのか。
(それにまぁ、年下に頭下げられたらな……)
前に読んだ異世界転移物では、美少女以外の冒険者は人を小馬鹿にする陰険野郎が多く、主人公の顔を見れば即ケンカを売って来たが……ここでは社会に羽ばたく少年が素直に頼み事をしてきた。
転移前は誰からもアテにされない中年男だったジンが、ここで断るわけもなかった。
剣を鞘に納めて少年へ渡し、笑顔で訊く。
「俺は冒険者じゃないんで、今すぐには要らないんだ。これは君が使えよ。冒険者には他にもいろいろ道具がいるんだろ? そっちはもう揃えたのか?」
「あ、それは仲間が……」
剣を手に目を輝かせ、答える少年。振り返った彼の視線の先には、少年とお揃いの革鎧を着てメイスを腰に下げた少女が何やらいろいろ入った買い物籠を手に待っていた。
彼女のすぐ後ろには、もう一人の少年と――ケイオス・ウォリアー!? 前回ジンが戦った物と同じ、最もありふれた量産型の巨人兵士が膝をついている!
「あのケイオス・ウォリアーも君のか!?」
驚くジンに、少年はちょっと照れ笑いを浮かべた。
「パーティの共有財産さ。俺達で一旗あげるため、何年か前から仲間達と準備してたんだ。ブッ壊れてた機体をサンコイチで組み立てたもんだけど、ちゃんと動く事は保証済み。俺達は駆け出しだけど、大型モンスターと戦う用意ももうできてるんだぜ」
そう言うと少年は仲間達の元へ駆けだす。一度だけ振り返って「ありがとう!」と叫ぶと、そのままメンバーと合流した。
ナイナイがくすくすと笑う。
「なんかいい事したね」
「したっつうか、買わなかっただけというか。しかしケイオス・ウォリアーって民間人でも持ってるんだな」
照れ隠しもあり、ジンは話題を変えようとした。そこへリリマナが食いついて来る。
「戦闘力の無い運搬用の機体なら、ちょっと大きめの運送屋が持ってるよ。戦闘用となると話は変わるけど、傭兵部隊なら一機ぐらいは持ってるし、さっきみたいに冒険者パーティが持ってる事もあるね。高価な物だけど、有ると無いとじゃ戦える相手が全然違うし!」
(意外と普及してんな。もしヴァルキュリナの部隊と袂を分かっても、なんとか職を探す事はできそうだ)
そんな考えがふと浮かぶ。ジンにしてみれば今の部隊にいるのは単なる成り行きであって、この先どうするか……あるいはどうなるのかはまだわからないのだ。
「ま、今はなんか美味そうな物でも探すか」
そう言ってジンは食べ物の屋台へ目を向ける。
「うん、そうしよう!」
「あれ! あの餅菓子がオススメなんだァ!」
笑顔で賛成するナイナイにジンを引っ張ろうとするリリマナ。「ゲッゲー」と鳴くダインスケン。
だが――! 突然、『何か嫌なもの』が、匂うような聞こえるような不思議な感覚……それにジンは襲われた。
直後、人々が大きな悲鳴をあげる。
近くの茂みから……武装したモンスター――ゴブリンやオークの兵士――が現れたのだ!
「街にモンスターが出るのか!?」
「こういうのが入ってこないようにするのが街の城壁だから、外に来る事はあるよ。でもあいつらだってやられたくは無いから、壁際まで来る事なんて無いはず、なんだけどォ!」
驚愕するジン、悲鳴みたいな声で答えるリリマナ。
モンスターの兵士どもは凶暴な雄叫びとともに得物を振り回し、人々に襲い掛かった! 血飛沫と悲鳴があがる!
だが吠え猛るオーガーが巨大な足に蹴飛ばされて吹っ飛んだ。
刃物を振り回すゴブリンが横から剣で斬りつけられる。
「逃げろ! 街の門へ!」
必死の表情でそう叫ぶのは、先刻ジンが剣を譲った駆け出し冒険者の少年だった。
市場の人々が我先にと逃げる。その背を追おうとする魔物達を、ケイオス・ウォリアーが容赦なく踏みつけた。
だがその動きはぎこちなく、一踏みごとに一匹ずつ始末はするものの、数が多くて追い切れていない。
剣で戦う少年やその仲間も、自分達より数が多い相手にどんどん圧されていく。
「危ない!」
冒険者の少女が恐怖に叫んだ。オークの棍棒がリーダーの少年の頭へ振り下ろされたのだ。
次の瞬間、派手な血飛沫がまた一つあがった。
凄まじい勢いで吹っ飛び、地面に転がったのは、頭蓋骨を砕かれたオークだった。
少年は見た。駆け込んできたジンの右腕の一撃が、オークの棍棒もろともその頭を砕いたのを。
奇妙な手甲だとは思ったが――返り血で濡れるその腕は、まるで魔物のそれだ。
「大丈夫か? 俺も場数を踏んでいるわけじゃないが、助太刀させてもらうからよ」
ジンからの背中越しの声。それを聞いて少年は我に帰り、「は、はい!」と返事をして急ぎ立ち上がった。
(無我夢中だったが……思った以上の威力だ。しかし生身の戦闘なんて、俺にできるのか?)
内心、ジンの胸中も不安と恐怖でいっぱいである。歯と刃を剥き出しにして威嚇するゴブリンやオークを前に、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
だが自分より年下の子供が不利な戦いを強いられているのを見ると、半ばヤケクソになるしかなかった。後は――右腕の威力を信じるだけだ。
オーガーが吠えて鉄のメイスを横殴りに振り回した。
(ヤベェ! ウェイト差!)
自分より頭二つ大きな怪物の強打を前に、ジンの首筋に怖気が走る。それでも咄嗟に右腕でそれを受ける事しかできない。
死の予感と衝撃がジンを襲った。
そして――ジンは踏ん張ったまま持ち堪えた。巨体が叩きつけた鉄の塊を、右腕の甲殻はほぼ完全に防いだのだ。
「チィイッ!!」
まともな声にならない叫び。ジンはそのまま拳を繰り出した。フェイントもクソもない力任せのストレートである。オーガーは盾でそれを簡単に受け止めた。人食い鬼とはいえ武器も防具も持ち、使えるように訓練も受けていたのだ。
その盾を砕き、鎖の鎧には布きれかのごとくめり込み、ジンの拳はオーガーの腹を貫かんばかりに打った。
ほとんど二つに折れるかのごとく体を曲げて倒れ、オーガーは二度と動かなくなる。
「ウソ……」
冒険者の誰かが漏らした。魔物の群れは信じがたい光景に、一瞬、完全に動きを止めた。
次の瞬間、さらに血飛沫があがった。今度は一瞬で三匹である。新たな被害が出て、魔物の群れが突き動かされるように騒ぎ出す。
恐慌によって。そこに統率も何もあったものではない。
その中央で「ケッケェー!」と叫ぶのはダインスケン。恐るべき跳躍力でジン達の頭上を飛び越え、上からの奇襲で手近な魔物を仕留めたのである。
その両腕の爪から血が滴っていた。魔物三匹の首を容易く刎ねた鋭利な爪が。
「いくぞ!」
混乱に陥った魔物の群れへジンは突撃する。一打ごとに一匹が倒れ、絶命する。
その横でダインスケンも次々と魔物を切り裂く。獣をも凌ぐ敏捷性により、敵を屠る早さはジン以上だ。
魔物も抵抗はするが、ジンを倒す事もダインスケンを捉える事もできず新たな犠牲となるばかり。悲鳴をあげて逃げ出す物も少なくなかった。
僅かに村人達を襲おうとした物もいたが、それは新米冒険者達がかろうじて食い止める。
「きゃあ!」
悲しいかな、やはり新米。乱戦の中、冒険者の少女がオークの一撃を防ぎ損ねた。打たれた肩を抑えてうずくまる。無論、そこを見逃してくれる筈もなく、オークがとどめの一打を振り下ろそうとした。
そのオークの眉間にナイフが突き刺さり、倒れるのはオークの方となったが。
ナイフはジンが倒した魔物兵の物。それを拾って投擲したのはナイナイである。
冷や汗を拭い、ふう、と溜息をつくナイナイ。
その頃に最後の魔物も逃げ出し、戦いは終わった。
新米冒険者達がジン達の側に来る。
「スゲェや……。助かりました、レベル高いんですね。どこかの軍人さんですか」
冒険者の少年がナイナイの制服を横目で見つつ、ジンに礼を述べる。戦闘の興奮と恐怖がまだ冷めやらず、ジンは「ああ……」と呟くのが精一杯だった。
周囲を見ると、やはりケガ人が何人もいる。少しだが――おそらく息絶えた者も。血と呻きと涙は止まる事なく、地面にうずくまり、哀れにもすすり泣きながら痛みの中で掬いを待っている。
(普通の人が……村人とか市民が敵に襲われるって、こういう事だわな……)
ゲーム等では描写される事の少ない光景だが、今はジンの目の前にあった。
だが事態はまだ収まらなかった。
突如、街の外壁が爆発したのだ!
外壁は崩れ、負傷していた人の何人かは容赦なくそれに巻き込まれる!
「な、んだとお!」
「あれだよォ!」
叫ぶジンの耳にリリマナの悲鳴が届く。川の上流を見れば、街に迫るケイオス・ウォリアーの部隊!
「魔王軍! ついにここまで来たのかよ」
市場の誰かが泣き声をあげた。
(さっきの兵士どももそれか)
事態を察したジンは新米冒険者の少年に言う。
「ケガした人をここから逃がしてくれ。君らの一機であの部隊とは戦うなよ……数が違う」
「あ、はい! そ、そうします」
緊張に叫ぶ少年。ジンは頷いた。
「頼む。すぐに戻る」
そして返事も待たずに走り出す。
「ナイナイ! ダインスケン! リリマナ! 艦へ!」
その声に三人も応える。
「うん!」
「急ぐよォ!」
「ゲッゲー」
彼らは母艦へと走った。彼らの機体で、この街を守るために。
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