6 / 37
2 戦火 3
しおりを挟む
救助活動の手伝いを申し出ると、ハチマの領主は快諾した。
よってジン達は消火活動や崩落に巻き込まれた人の捜索・救助を行う事になった、わけだが――
「おう、そっちに引っ張れ」
ジンが機内から指示すると、折れた柱に結んだロープをオーガーとオークが必死に引っ張る。崩れた家屋に隙間ができた。
「オラ! さっさと行ってこい!」
街の兵士にどやされ、ゴブリンが必死に隙間へ潜り込む。
待つ事数分、目を回した爺さんを背負い、潰れた屋根の下からゴブリンが這い出した。
ゴブリンもオークもオーガーも、全て元魔王軍兵士だ。それを今はジンが監督し、救助活動を手伝わせている。
どうしてこうなったのか。
話は数時間前に遡る――
領主に了解を貰うと言っても、通信を送って即承諾、というわけでもない。何せ他国の軍なのだ。返事に多少の時間はかかる。
その間に母艦Cパンゴリンからは回収部隊が出ていた。撃破した敵機から使える資材を集める部隊である。この世界では撃破した敵機から戦利品を獲るのが常識なのだ。
その作業で、敵の捕虜を捕える事も少なくない。
ケイオス・ウォリアーにも脱出装置はついている。操縦席ごと外に打ち出し、短時間だけ【落下軽減】の魔法の効果を発揮させ、着地できた後は操縦者が勝手にしろ……という至極雑な物だが。
そんな装置でも生き残る者は多い。だが脱出後までフォローする物ではないので、捕らえられて捕虜となる者も多い。
この日の戦闘でも、Cパンゴリンからの回収部隊は何匹かの魔王軍兵を捕えた。
普通ならその場で斬首するのだが――
「こういう場合は襲われた街に引き渡すのが習わしだ」
ヴァルキュリナがそう言うので、怯え慄く捕虜達をジンが街に連れて行ったのだ。
もちろん、街の住人達は憎悪に満ち溢れていた。引取担当の兵士達の後ろで遠巻きに見ながら、魔王軍兵士の魔物どもに遠慮なく罵声を飛ばしていた。
「中央広場で鋸挽きにしろ!」
「今すぐここで火炙りにしちまえ!」
いくつもの家屋が潰され、少なからぬ犠牲者が出ているのだ。怒りは当然のもの。
魔王軍兵士達も助からない事を悟り、ある者は震えが止まらず、ある者はべそをかいていた。
「聖勇士殿はどう処理すべきと考えますか? やはり一通りの救助活動の後、磔で串刺しか、市中引き回しあたりでしょうか? 何なら貴方の手で斬首刑にでも……」
兵士の一人がそう訊いてきたのは、特に深い意味はなかっただろう。
「血生臭いのは好きじゃないからよ。それより救助活動だろ。俺はそうさせてもらうぜ」
ジンの方も適当な気持ちでそう言っただけだ。
処刑を見て楽しみたいとは思わなかった。むしろ敵とはいえ生き物を殺す事に嫌悪感はある。
郊外市場で魔物の兵士と戦った時も、必死であり、死と危険への恐怖もあったので、四の五の言っていられなかっただけだ。
ケイオス・ウォリアーでの戦いは生身の相手が直接見えないので、精神的に助かってさえいる。
それに、この街に長居する気もない。
何よりまだ崩落した建物の中で救けを待っている人がいるのだ。
しかしこの世界ではあまり例の無い返答だったらしい。
兵士は驚きに目を丸くした。
「なんと! 魔物の命を救われると? その上、人助けに使えと!?」
(言ってねぇよ、そんな事は)
予想外の対応に、ジンは否定を口にするのが遅れた。
その間に市民達も目を丸くした。
「人間同士でも雑兵など始末されても不思議ではないのに、まさか魔物の兵を助けようとは!」
「ただ見逃すのではなく、償いとして働かせろというのも、理がある気がするな……」
「正直、不満が無いでもないが……敵と戦った聖勇士様自身がそう言われるのでは仕方が無いか」
(おいおい……これまさか「さす転移者! さす転移者!」な流れか?)
妙な展開に顔をしかめるジン。その肩を後ろからぽんぽんと、ナイナイが叩いた。
「さすがジン! いい所あるね」
「言うのお前かよ」
ジンは大きな溜息をつく。ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
こうしてジンは魔王軍の雑兵を使い、救助活動にあたっているのだった。
魔物どもは案外言う通りに働いた。絶体絶命の状況から生還できる望みができれば、少なくともこの場は従順にもなる。
日が傾く頃には、救助活動は随分進んでいた。
光源を作る魔法もあるので、救助や瓦礫の除去は夕刻以降も行われる。しかし人の体力は有限。夕食を境に作業員の交代は行われた。
自然、昼から動いているジンも作業終了となる。
(ま、それなりに役立ちはしただろう。後は街の人に任せるしかねぇな)
そう思って母艦に引き返そうとしたジンだが、領主の兵士に呼び止められた。
『聖勇士殿、領主様の館にくればせいいっぱいのもてなしをするとの事です。酒も女も用意すると』
もてなし、という言葉に内心喜んだジンだが、それも一瞬の事。酒を食らって女をあてがわれたら、少なくとも今日はここに泊まる事になる。
ヴァルキュリナが母国とどう話をしているのかは知らないが、雇われ人が女と遊んでいるから帰国が遅れる……などという話が通るとは思えなかった。
「そこまではいらんよ。ここで飯食っていけ、ぐらいなら世話になるが」
むしろ晩飯ぐらいは食わせろ、という要求なのだが。兵士は何やら感心したようだ。
『おお、無欲な! わかりました、すぐに用意させましょう』
街の広場に設けられた、救護班の休憩所。
ぞこに簡易テーブルと、それに似つかわしくない料理の山が並べられた。半壊した街の真ん中ゆえにさほど高級なメニューではないが、皿は多いしそれだけ品数も多い。当然のように酒も出た。
簡易テントの屋根の下、ジンは好き放題に料理をかきこむ。特にチャーハンそっくりの米料理は酒とも相性が良く、野菜や肉類も混ぜられていたので、もうそれだけで晩飯になるほどだ。他の皿もつまみ代わりに適当に取る。
焼け出されて食うや食わずの難民への配慮――そんな物はジンには無かった。
彼らの救助を手伝った自分が腹いっぱい食って何が悪いのか。これは領主からの報酬ではないか。自分がすきっ腹を抱えても難民が満腹するわけでもない。
顔も名前も知らない人々の苦痛をわざわざ共有して自己満足で完結してやるほど、ジンは聖人君子ではないのだ。街の住人がどう勘違いしようと、それが本来の気性である。
ジンが好きに呑み食いしていると、ほどなくナイナイとダインスケンもリリマナを連れてやってきた。
「ジン、お疲れ様!」
「あー、一人でいっぱい食べてるゥ!」
「ゲッゲー」
ほろ酔い状態になっているジンは陽気に笑う。
「おう、お前らも食えよ」
実際、ジン一人では到底食べきれない量だ。この世界・インタセクシルでも、豪華なコースは量も伴うものらしい。
三人で遠慮なく食べていると、テーブルに寄って来る者があった。
見れば……ジンが剣を譲ってやった新米冒険者の少年だ。
「こんばんは」
彼は緊張した面持ちで一礼する。
「おやま。また会ったな」
何杯目かの酒を片手に、上機嫌なジン。それに少年は眩しそうな視線を向ける。
「聖勇士だったんですね、貴方達は。おかげで街も俺達も救われました。ありがとうございます」
それを聞いて、酔った頭で彼らもケイオス・ウォリアーを持っていた事、それが撃破されてしまった事を思い出した。気分が沈んで酔いが少し冷める。
「君らの機体は壊れちまったな……」
「でも冒険者はやれるし……金貯めて修理しますよ」
そう言って笑う少年には明らかに無理が見てとれた。
駆け出しの彼らにとって、強敵への切り札がある事は大きな支えだった。それが出鼻を挫かれる形になってしまったのだ。
「なんとか直してあげられないかなぁ……」
ナイナイが呟く。
ジンとて気の毒には思うが、修理費を出せるほど金は無い。だが世に出る若者が善意で戦い、一方的に損を被るのも納得し難い。なんとかしてやれないか、と考え……一つひらめいた。
「なぁ、兵士さん。彼らも街を防衛するため戦ってくれたんだ。それで壊れた機体があるんだが、修理費を補填するよう領主さんに打診できねぇか?」
金が無いなら他に出してもらえないか。そう考えて兵士に訊いてみるジン。
兵士は朗らかな笑みを浮かべた。
「はい、了解しました。聖勇士ジン殿からの申し出だと伝えれば大丈夫かと!」
(どうやら上手く行きそうだな)
安堵するジンの側で、少年は感激したようだ。
「本当に助かります! ずっとこの街にいてくださればいいのに……」
(人の金で感謝されるのもおかしな話だが……まぁ喜んでくれてるならいいか)
「そう言うな、俺も雇われの身でな。まぁ君も食えよ」
言いながらジンは少年に一皿勧めた。
だがそこへドヤドヤと魔物の兵達がやってくる。リーダー格のオーガーが大きな頭を下げた。
「ジンさん、終わったっス」
だがさっきまでは穏やかだった兵士が、一転して険しい顔で怒鳴った。
「お前らは夜間も通しだ! 街の人間を死なせておいて命を助けてもらおうと思うなら身を粉にして働け!」
魔物達は不満と怒りに顔を歪める。だが逆らう事のできない立場なのはわかっていた……だからただ歯軋りするだけだ。
「つっても役立たずのデクになられても使えねぇだろ。メシぐらい食わせてやれ」
ジンがそう言ったのは、兵士が間違っていると思ったからではない。むしろ正論だと認めていた。
だが救助は成功しないと意味がない。ならば消耗したまま飲まず食わずで働かせるのは悪手ではないのか――そう考えて体力を回復するチャンスを与えたのである。
「おいお前ら。この残り物でさっさと済ませな」
そう言ってテーブルの上を指さすジン。ナイナイとダインスケン、それにリリマナが食べた後なのでさほど残っていないが、魔物達になんとか行き渡る程度はある。
だがリリマナは顔をしかめた。
「えー。こいつらにあげるの? 捨てた方がまだマシじゃない?」
(たかが残飯ぐらい、いいじゃねぇか……)
ジン自身はそう思う。だがこの世界の住人であるリリマナの感情を否定する気はなかった。敵対する種族同士の根がどのぐらいの深さなのか、よくわかっていないという自覚があるからだ。
実際、根は深いのだろう。
そのせいで逆に兵士がまた胸を打たれている。
「聖勇士殿……どこまでも慈悲深い……」
(たかが残飯ぐらいで、またそれか……)
わざわざ否定はしないが、ジンは少々うんざりしかけていた。
しかし胸を打たれたのは兵士だけではない。
ピザかお好み焼きかのような料理を一皿がっついてから、ゴブリンが大きな声をあげたのだ。
「聖勇士様! 昨日までのオレは死にました! 明日からは貴方様のために生きたいです! 子分、いや下僕として連れて行ってくだせぇっス!」
(えー……)
げんなりするジン。目を輝かせるゴブリンから視線を逸らし、兵士に訊く。
「コイツ……連れていっていいのか?」
兵士は姿勢を正し、敬礼までした。
「はい! 聖勇士殿に差し上げます! 真の勇気と慈悲が、下劣な魔物でさえ浄化するやもしれません!」
(そんな物がここにあるわけねぇだろ……)
兵士の目に映る美しい世界に反し、ジンの心は眩暈とともに暗く沈むようだ。
そして――実の所、世界はそんなに美しいわけでもなかった。
ゴブリンはへこへこ頭を下げながら、胸の内ではほくそ笑む。
(浄化ァ? ケッケッケ……阿呆め。ここにいても強制労働させられるだけじゃねーか。釈放されるまで我慢しても、魔王軍に帰れば負け犬兵士として処刑か奴隷。野良モンスターに戻っても、人間の冒険者から逃げ回って田舎を荒らす程度の惨めなその日暮らしよ。だったら……これから成り上がるかもしれない見込みのある奴相手に、おこぼれ狙いで足ナメておくのが利口ってモンだよなァ?)
人間達と魔物が延々と戦い続けてきた流れの上に、この世界のこの時代の文化や価値観がある。
低級な魔物へ人間達の態度が辛辣なのは、まぁ、そうなるべくしてなっただけなのだ。
悲しいかな……あるいは良い事なのか。ジンはこの世界の新参なので、そこら辺がまだ実感できないのである。
よってジン達は消火活動や崩落に巻き込まれた人の捜索・救助を行う事になった、わけだが――
「おう、そっちに引っ張れ」
ジンが機内から指示すると、折れた柱に結んだロープをオーガーとオークが必死に引っ張る。崩れた家屋に隙間ができた。
「オラ! さっさと行ってこい!」
街の兵士にどやされ、ゴブリンが必死に隙間へ潜り込む。
待つ事数分、目を回した爺さんを背負い、潰れた屋根の下からゴブリンが這い出した。
ゴブリンもオークもオーガーも、全て元魔王軍兵士だ。それを今はジンが監督し、救助活動を手伝わせている。
どうしてこうなったのか。
話は数時間前に遡る――
領主に了解を貰うと言っても、通信を送って即承諾、というわけでもない。何せ他国の軍なのだ。返事に多少の時間はかかる。
その間に母艦Cパンゴリンからは回収部隊が出ていた。撃破した敵機から使える資材を集める部隊である。この世界では撃破した敵機から戦利品を獲るのが常識なのだ。
その作業で、敵の捕虜を捕える事も少なくない。
ケイオス・ウォリアーにも脱出装置はついている。操縦席ごと外に打ち出し、短時間だけ【落下軽減】の魔法の効果を発揮させ、着地できた後は操縦者が勝手にしろ……という至極雑な物だが。
そんな装置でも生き残る者は多い。だが脱出後までフォローする物ではないので、捕らえられて捕虜となる者も多い。
この日の戦闘でも、Cパンゴリンからの回収部隊は何匹かの魔王軍兵を捕えた。
普通ならその場で斬首するのだが――
「こういう場合は襲われた街に引き渡すのが習わしだ」
ヴァルキュリナがそう言うので、怯え慄く捕虜達をジンが街に連れて行ったのだ。
もちろん、街の住人達は憎悪に満ち溢れていた。引取担当の兵士達の後ろで遠巻きに見ながら、魔王軍兵士の魔物どもに遠慮なく罵声を飛ばしていた。
「中央広場で鋸挽きにしろ!」
「今すぐここで火炙りにしちまえ!」
いくつもの家屋が潰され、少なからぬ犠牲者が出ているのだ。怒りは当然のもの。
魔王軍兵士達も助からない事を悟り、ある者は震えが止まらず、ある者はべそをかいていた。
「聖勇士殿はどう処理すべきと考えますか? やはり一通りの救助活動の後、磔で串刺しか、市中引き回しあたりでしょうか? 何なら貴方の手で斬首刑にでも……」
兵士の一人がそう訊いてきたのは、特に深い意味はなかっただろう。
「血生臭いのは好きじゃないからよ。それより救助活動だろ。俺はそうさせてもらうぜ」
ジンの方も適当な気持ちでそう言っただけだ。
処刑を見て楽しみたいとは思わなかった。むしろ敵とはいえ生き物を殺す事に嫌悪感はある。
郊外市場で魔物の兵士と戦った時も、必死であり、死と危険への恐怖もあったので、四の五の言っていられなかっただけだ。
ケイオス・ウォリアーでの戦いは生身の相手が直接見えないので、精神的に助かってさえいる。
それに、この街に長居する気もない。
何よりまだ崩落した建物の中で救けを待っている人がいるのだ。
しかしこの世界ではあまり例の無い返答だったらしい。
兵士は驚きに目を丸くした。
「なんと! 魔物の命を救われると? その上、人助けに使えと!?」
(言ってねぇよ、そんな事は)
予想外の対応に、ジンは否定を口にするのが遅れた。
その間に市民達も目を丸くした。
「人間同士でも雑兵など始末されても不思議ではないのに、まさか魔物の兵を助けようとは!」
「ただ見逃すのではなく、償いとして働かせろというのも、理がある気がするな……」
「正直、不満が無いでもないが……敵と戦った聖勇士様自身がそう言われるのでは仕方が無いか」
(おいおい……これまさか「さす転移者! さす転移者!」な流れか?)
妙な展開に顔をしかめるジン。その肩を後ろからぽんぽんと、ナイナイが叩いた。
「さすがジン! いい所あるね」
「言うのお前かよ」
ジンは大きな溜息をつく。ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
こうしてジンは魔王軍の雑兵を使い、救助活動にあたっているのだった。
魔物どもは案外言う通りに働いた。絶体絶命の状況から生還できる望みができれば、少なくともこの場は従順にもなる。
日が傾く頃には、救助活動は随分進んでいた。
光源を作る魔法もあるので、救助や瓦礫の除去は夕刻以降も行われる。しかし人の体力は有限。夕食を境に作業員の交代は行われた。
自然、昼から動いているジンも作業終了となる。
(ま、それなりに役立ちはしただろう。後は街の人に任せるしかねぇな)
そう思って母艦に引き返そうとしたジンだが、領主の兵士に呼び止められた。
『聖勇士殿、領主様の館にくればせいいっぱいのもてなしをするとの事です。酒も女も用意すると』
もてなし、という言葉に内心喜んだジンだが、それも一瞬の事。酒を食らって女をあてがわれたら、少なくとも今日はここに泊まる事になる。
ヴァルキュリナが母国とどう話をしているのかは知らないが、雇われ人が女と遊んでいるから帰国が遅れる……などという話が通るとは思えなかった。
「そこまではいらんよ。ここで飯食っていけ、ぐらいなら世話になるが」
むしろ晩飯ぐらいは食わせろ、という要求なのだが。兵士は何やら感心したようだ。
『おお、無欲な! わかりました、すぐに用意させましょう』
街の広場に設けられた、救護班の休憩所。
ぞこに簡易テーブルと、それに似つかわしくない料理の山が並べられた。半壊した街の真ん中ゆえにさほど高級なメニューではないが、皿は多いしそれだけ品数も多い。当然のように酒も出た。
簡易テントの屋根の下、ジンは好き放題に料理をかきこむ。特にチャーハンそっくりの米料理は酒とも相性が良く、野菜や肉類も混ぜられていたので、もうそれだけで晩飯になるほどだ。他の皿もつまみ代わりに適当に取る。
焼け出されて食うや食わずの難民への配慮――そんな物はジンには無かった。
彼らの救助を手伝った自分が腹いっぱい食って何が悪いのか。これは領主からの報酬ではないか。自分がすきっ腹を抱えても難民が満腹するわけでもない。
顔も名前も知らない人々の苦痛をわざわざ共有して自己満足で完結してやるほど、ジンは聖人君子ではないのだ。街の住人がどう勘違いしようと、それが本来の気性である。
ジンが好きに呑み食いしていると、ほどなくナイナイとダインスケンもリリマナを連れてやってきた。
「ジン、お疲れ様!」
「あー、一人でいっぱい食べてるゥ!」
「ゲッゲー」
ほろ酔い状態になっているジンは陽気に笑う。
「おう、お前らも食えよ」
実際、ジン一人では到底食べきれない量だ。この世界・インタセクシルでも、豪華なコースは量も伴うものらしい。
三人で遠慮なく食べていると、テーブルに寄って来る者があった。
見れば……ジンが剣を譲ってやった新米冒険者の少年だ。
「こんばんは」
彼は緊張した面持ちで一礼する。
「おやま。また会ったな」
何杯目かの酒を片手に、上機嫌なジン。それに少年は眩しそうな視線を向ける。
「聖勇士だったんですね、貴方達は。おかげで街も俺達も救われました。ありがとうございます」
それを聞いて、酔った頭で彼らもケイオス・ウォリアーを持っていた事、それが撃破されてしまった事を思い出した。気分が沈んで酔いが少し冷める。
「君らの機体は壊れちまったな……」
「でも冒険者はやれるし……金貯めて修理しますよ」
そう言って笑う少年には明らかに無理が見てとれた。
駆け出しの彼らにとって、強敵への切り札がある事は大きな支えだった。それが出鼻を挫かれる形になってしまったのだ。
「なんとか直してあげられないかなぁ……」
ナイナイが呟く。
ジンとて気の毒には思うが、修理費を出せるほど金は無い。だが世に出る若者が善意で戦い、一方的に損を被るのも納得し難い。なんとかしてやれないか、と考え……一つひらめいた。
「なぁ、兵士さん。彼らも街を防衛するため戦ってくれたんだ。それで壊れた機体があるんだが、修理費を補填するよう領主さんに打診できねぇか?」
金が無いなら他に出してもらえないか。そう考えて兵士に訊いてみるジン。
兵士は朗らかな笑みを浮かべた。
「はい、了解しました。聖勇士ジン殿からの申し出だと伝えれば大丈夫かと!」
(どうやら上手く行きそうだな)
安堵するジンの側で、少年は感激したようだ。
「本当に助かります! ずっとこの街にいてくださればいいのに……」
(人の金で感謝されるのもおかしな話だが……まぁ喜んでくれてるならいいか)
「そう言うな、俺も雇われの身でな。まぁ君も食えよ」
言いながらジンは少年に一皿勧めた。
だがそこへドヤドヤと魔物の兵達がやってくる。リーダー格のオーガーが大きな頭を下げた。
「ジンさん、終わったっス」
だがさっきまでは穏やかだった兵士が、一転して険しい顔で怒鳴った。
「お前らは夜間も通しだ! 街の人間を死なせておいて命を助けてもらおうと思うなら身を粉にして働け!」
魔物達は不満と怒りに顔を歪める。だが逆らう事のできない立場なのはわかっていた……だからただ歯軋りするだけだ。
「つっても役立たずのデクになられても使えねぇだろ。メシぐらい食わせてやれ」
ジンがそう言ったのは、兵士が間違っていると思ったからではない。むしろ正論だと認めていた。
だが救助は成功しないと意味がない。ならば消耗したまま飲まず食わずで働かせるのは悪手ではないのか――そう考えて体力を回復するチャンスを与えたのである。
「おいお前ら。この残り物でさっさと済ませな」
そう言ってテーブルの上を指さすジン。ナイナイとダインスケン、それにリリマナが食べた後なのでさほど残っていないが、魔物達になんとか行き渡る程度はある。
だがリリマナは顔をしかめた。
「えー。こいつらにあげるの? 捨てた方がまだマシじゃない?」
(たかが残飯ぐらい、いいじゃねぇか……)
ジン自身はそう思う。だがこの世界の住人であるリリマナの感情を否定する気はなかった。敵対する種族同士の根がどのぐらいの深さなのか、よくわかっていないという自覚があるからだ。
実際、根は深いのだろう。
そのせいで逆に兵士がまた胸を打たれている。
「聖勇士殿……どこまでも慈悲深い……」
(たかが残飯ぐらいで、またそれか……)
わざわざ否定はしないが、ジンは少々うんざりしかけていた。
しかし胸を打たれたのは兵士だけではない。
ピザかお好み焼きかのような料理を一皿がっついてから、ゴブリンが大きな声をあげたのだ。
「聖勇士様! 昨日までのオレは死にました! 明日からは貴方様のために生きたいです! 子分、いや下僕として連れて行ってくだせぇっス!」
(えー……)
げんなりするジン。目を輝かせるゴブリンから視線を逸らし、兵士に訊く。
「コイツ……連れていっていいのか?」
兵士は姿勢を正し、敬礼までした。
「はい! 聖勇士殿に差し上げます! 真の勇気と慈悲が、下劣な魔物でさえ浄化するやもしれません!」
(そんな物がここにあるわけねぇだろ……)
兵士の目に映る美しい世界に反し、ジンの心は眩暈とともに暗く沈むようだ。
そして――実の所、世界はそんなに美しいわけでもなかった。
ゴブリンはへこへこ頭を下げながら、胸の内ではほくそ笑む。
(浄化ァ? ケッケッケ……阿呆め。ここにいても強制労働させられるだけじゃねーか。釈放されるまで我慢しても、魔王軍に帰れば負け犬兵士として処刑か奴隷。野良モンスターに戻っても、人間の冒険者から逃げ回って田舎を荒らす程度の惨めなその日暮らしよ。だったら……これから成り上がるかもしれない見込みのある奴相手に、おこぼれ狙いで足ナメておくのが利口ってモンだよなァ?)
人間達と魔物が延々と戦い続けてきた流れの上に、この世界のこの時代の文化や価値観がある。
低級な魔物へ人間達の態度が辛辣なのは、まぁ、そうなるべくしてなっただけなのだ。
悲しいかな……あるいは良い事なのか。ジンはこの世界の新参なので、そこら辺がまだ実感できないのである。
0
あなたにおすすめの小説
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才王子、引き篭もる……いや、引き篭もれない
戯言の遊び
ファンタジー
平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」
辺境に飛ばされた“元サラリーマン王子”、引き篭もるつもりが領地再生の英雄に――!
現代日本で社畜生活を送っていた青年・レオンは、ある日突然、
中世ヨーロッパ風の王国「リステリア」の第五王子として転生する。
怠惰で引き篭もり体質なレオンは、父王により“国の厄介払い”として
荒れ果てた辺境〈グレイア領〉の領主を任される。
だが、現代知識と合理的な発想で領内を改革していくうちに、
貧困の村は活気を取り戻し――気づけば人々からこう呼ばれていた。
『良領主様』――いや、『天才王子』と。
領民想いのメイド・ミリア、少女リィナ、そして個性派冒険者たちと共に、
引き篭もり王子のスローライフ(予定)は、今日もなぜか忙しい!
「平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ問題が山積みなんだ……!?」
社畜転生王子、引き篭もりたいのに領地がどんどん発展していく!
――働きたくないけど、働かざるを得ない異世界領主譚!
こちらは、以前使っていたプロットを再構成して投稿しています
是非、通学や通勤のお供に、夜眠る前のお供に、ゆるりとお楽しみ下さい
追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜
音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった!
スキルスキル〜何かな何かな〜
ネットスーパー……?
これチートでしょ!?
当たりだよね!?
なになに……
注文できるのは、食材と調味料だけ?
完成品は?
カップ麺は?
え、私料理できないんだけど。
──詰みじゃん。
と思ったら、追放された料理人に拾われました。
素材しか買えない転移JK
追放された料理人
完成品ゼロ
便利アイテムなし
あるのは、調味料。
焼くだけなのに泣く。
塩で革命。
ソースで敗北。
そしてなぜかペンギンもいる。
今日も異世界で、
調味料無双しちゃいます!
暗算参謀は王国を追放される――戦わずして勝ち続けた男の失脚譚――
まさき
ファンタジー
現代日本から異世界へ転生した主人公。
彼に与えられた唯一の能力は、瞬時にあらゆる数値を弾き出す「暗算」だった。
剣も魔法も使えない。
だが確率と戦略を読み解くことで、王国の戦を幾度も勝利へ導いていく。
やがて王国の戦略顧問として絶大な信頼を得るが、
完璧すぎる功績は貴族の嫉妬を招き、巧妙な罠により不正の罪を着せられてしまう。
証明できぬ潔白。
国の安定を優先した王の裁定。
そして彼は、王国を追放される。
それでも彼は怒らない。
数字は嘘をつかないと知っているからだ。
戦わずして勝ち続けた参謀が、国を去るその日までを描く、
知略と静かな誇りの異世界戦略譚。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる