異世界スペースNo1(ランクB)

マッサン

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2 戦火 3

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 救助活動の手伝いを申し出ると、ハチマの領主は快諾した。
 よってジン達は消火活動や崩落に巻き込まれた人の捜索・救助を行う事になった、わけだが――

「おう、そっちに引っ張れ」
 ジンが機内から指示すると、折れた柱に結んだロープをオーガーとオークが必死に引っ張る。崩れた家屋に隙間ができた。
「オラ! さっさと行ってこい!」
 街の兵士にどやされ、ゴブリンが必死に隙間へ潜り込む。
 待つ事数分、目を回した爺さんを背負い、潰れた屋根の下からゴブリンが這い出した。

 ゴブリンもオークもオーガーも、全て元魔王軍兵士だ。それを今はジンが監督し、救助活動を手伝わせている。
 どうしてこうなったのか。
 話は数時間前に遡る――

 領主に了解を貰うと言っても、通信を送って即承諾、というわけでもない。何せ他国の軍なのだ。返事に多少の時間はかかる。
 その間に母艦Cパンゴリンからは回収部隊が出ていた。撃破した敵機から使える資材を集める部隊である。この世界では撃破した敵機から戦利品を獲るのが常識なのだ。

 その作業で、敵の捕虜を捕える事も少なくない。
 ケイオス・ウォリアーにも脱出装置はついている。操縦席ごと外に打ち出し、短時間だけ【落下軽減】の魔法の効果を発揮させ、着地できた後は操縦者が勝手にしろ……という至極雑な物だが。
 そんな装置でも生き残る者は多い。だが脱出後までフォローする物ではないので、捕らえられて捕虜となる者も多い。

 この日の戦闘でも、Cパンゴリンからの回収部隊は何匹かの魔王軍兵を捕えた。
 普通ならその場で斬首するのだが――

「こういう場合は襲われた街に引き渡すのが習わしだ」
 ヴァルキュリナがそう言うので、怯え慄く捕虜達をジンが街に連れて行ったのだ。
 もちろん、街の住人達は憎悪に満ち溢れていた。引取担当の兵士達の後ろで遠巻きに見ながら、魔王軍兵士の魔物どもに遠慮なく罵声を飛ばしていた。

「中央広場で鋸挽きにしろ!」
「今すぐここで火炙りにしちまえ!」
 いくつもの家屋が潰され、少なからぬ犠牲者が出ているのだ。怒りは当然のもの。
 魔王軍兵士達も助からない事を悟り、ある者は震えが止まらず、ある者はべそをかいていた。

聖勇士パラディン殿はどう処理すべきと考えますか? やはり一通りの救助活動の後、磔で串刺しか、市中引き回しあたりでしょうか? 何なら貴方の手で斬首刑にでも……」
 兵士の一人がそう訊いてきたのは、特に深い意味はなかっただろう。
「血生臭いのは好きじゃないからよ。それより救助活動だろ。俺はそうさせてもらうぜ」
 ジンの方も適当な気持ちでそう言っただけだ。

 処刑を見て楽しみたいとは思わなかった。むしろ敵とはいえ生き物を殺す事に嫌悪感はある。
 郊外市場で魔物の兵士と戦った時も、必死であり、死と危険への恐怖もあったので、四の五の言っていられなかっただけだ。
 ケイオス・ウォリアーでの戦いは生身の相手が直接見えないので、精神的に助かってさえいる。

 それに、この街に長居する気もない。
 何よりまだ崩落した建物の中で救けを待っている人がいるのだ。

 しかしこの世界ではあまり例の無い返答だったらしい。
 兵士は驚きに目を丸くした。
「なんと! 魔物の命を救われると? その上、人助けに使えと!?」
(言ってねぇよ、そんな事は)
 予想外の対応に、ジンは否定を口にするのが遅れた。
 その間に市民達も目を丸くした。
「人間同士でも雑兵など始末されても不思議ではないのに、まさか魔物の兵を助けようとは!」
「ただ見逃すのではなく、償いとして働かせろというのも、理がある気がするな……」
「正直、不満が無いでもないが……敵と戦った聖勇士パラディン様自身がそう言われるのでは仕方が無いか」

(おいおい……これまさか「さす転移者! さす転移者!」な流れか?)
 妙な展開に顔をしかめるジン。その肩を後ろからぽんぽんと、ナイナイが叩いた。
「さすがジン! いい所あるね」
「言うのお前かよ」
 ジンは大きな溜息をつく。ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。

 こうしてジンは魔王軍の雑兵を使い、救助活動にあたっているのだった。
 魔物どもは案外言う通りに働いた。絶体絶命の状況から生還できる望みができれば、少なくともこの場は従順にもなる。
 日が傾く頃には、救助活動は随分進んでいた。

 光源を作る魔法もあるので、救助や瓦礫の除去は夕刻以降も行われる。しかし人の体力は有限。夕食を境に作業員の交代は行われた。
 自然、昼から動いているジンも作業終了となる。
(ま、それなりに役立ちはしただろう。後は街の人に任せるしかねぇな)
 そう思って母艦に引き返そうとしたジンだが、領主の兵士に呼び止められた。
聖勇士パラディン殿、領主様の館にくればせいいっぱいのもてなしをするとの事です。酒も女も用意すると』

 もてなし、という言葉に内心喜んだジンだが、それも一瞬の事。酒を食らって女をあてがわれたら、少なくとも今日はここに泊まる事になる。
 ヴァルキュリナが母国とどう話をしているのかは知らないが、雇われ人が女と遊んでいるから帰国が遅れる……などという話が通るとは思えなかった。

「そこまではいらんよ。ここで飯食っていけ、ぐらいなら世話になるが」
 むしろ晩飯ぐらいは食わせろ、という要求なのだが。兵士は何やら感心したようだ。
『おお、無欲な! わかりました、すぐに用意させましょう』

 街の広場に設けられた、救護班の休憩所。
 ぞこに簡易テーブルと、それに似つかわしくない料理の山が並べられた。半壊した街の真ん中ゆえにさほど高級なメニューではないが、皿は多いしそれだけ品数も多い。当然のように酒も出た。
 簡易テントの屋根の下、ジンは好き放題に料理をかきこむ。特にチャーハンそっくりの米料理は酒とも相性が良く、野菜や肉類も混ぜられていたので、もうそれだけで晩飯になるほどだ。他の皿もつまみ代わりに適当に取る。

 焼け出されて食うや食わずの難民への配慮――そんな物はジンには無かった。
 彼らの救助を手伝った自分が腹いっぱい食って何が悪いのか。これは領主からの報酬ではないか。自分がすきっ腹を抱えても難民が満腹するわけでもない。
 顔も名前も知らない人々の苦痛をわざわざ共有して自己満足で完結してやるほど、ジンは聖人君子ではないのだ。街の住人がどう勘違いしようと、それが本来の気性である。

 ジンが好きに呑み食いしていると、ほどなくナイナイとダインスケンもリリマナを連れてやってきた。
「ジン、お疲れ様!」
「あー、一人でいっぱい食べてるゥ!」
「ゲッゲー」
 ほろ酔い状態になっているジンは陽気に笑う。
「おう、お前らも食えよ」
 実際、ジン一人では到底食べきれない量だ。この世界・インタセクシルでも、豪華なコースは量も伴うものらしい。

 三人で遠慮なく食べていると、テーブルに寄って来る者があった。
 見れば……ジンが剣を譲ってやった新米冒険者の少年だ。
「こんばんは」
 彼は緊張した面持ちで一礼する。
「おやま。また会ったな」
 何杯目かの酒を片手に、上機嫌なジン。それに少年は眩しそうな視線を向ける。
聖勇士パラディンだったんですね、貴方達は。おかげで街も俺達も救われました。ありがとうございます」
 それを聞いて、酔った頭で彼らもケイオス・ウォリアーを持っていた事、それが撃破されてしまった事を思い出した。気分が沈んで酔いが少し冷める。
「君らの機体は壊れちまったな……」
「でも冒険者はやれるし……金貯めて修理しますよ」
 そう言って笑う少年には明らかに無理が見てとれた。

 駆け出しの彼らにとって、強敵への切り札がある事は大きな支えだった。それが出鼻を挫かれる形になってしまったのだ。
「なんとか直してあげられないかなぁ……」
 ナイナイが呟く。
 ジンとて気の毒には思うが、修理費を出せるほど金は無い。だが世に出る若者が善意で戦い、一方的に損を被るのも納得し難い。なんとかしてやれないか、と考え……一つひらめいた。

「なぁ、兵士さん。彼らも街を防衛するため戦ってくれたんだ。それで壊れた機体があるんだが、修理費を補填するよう領主さんに打診できねぇか?」
 金が無いなら他に出してもらえないか。そう考えて兵士に訊いてみるジン。
 兵士は朗らかな笑みを浮かべた。
「はい、了解しました。聖勇士パラディンジン殿からの申し出だと伝えれば大丈夫かと!」

(どうやら上手く行きそうだな)
 安堵するジンの側で、少年は感激したようだ。
「本当に助かります! ずっとこの街にいてくださればいいのに……」
(人の金で感謝されるのもおかしな話だが……まぁ喜んでくれてるならいいか)
「そう言うな、俺も雇われの身でな。まぁ君も食えよ」
 言いながらジンは少年に一皿勧めた。

 だがそこへドヤドヤと魔物の兵達がやってくる。リーダー格のオーガーが大きな頭を下げた。
「ジンさん、終わったっス」
 だがさっきまでは穏やかだった兵士が、一転して険しい顔で怒鳴った。
「お前らは夜間も通しだ! 街の人間を死なせておいて命を助けてもらおうと思うなら身を粉にして働け!」
 魔物達は不満と怒りに顔を歪める。だが逆らう事のできない立場なのはわかっていた……だからただ歯軋りするだけだ。

「つっても役立たずのデクになられても使えねぇだろ。メシぐらい食わせてやれ」
 ジンがそう言ったのは、兵士が間違っていると思ったからではない。むしろ正論だと認めていた。
 だが救助は成功しないと意味がない。ならば消耗したまま飲まず食わずで働かせるのは悪手ではないのか――そう考えて体力を回復するチャンスを与えたのである。
「おいお前ら。この残り物でさっさと済ませな」
 そう言ってテーブルの上を指さすジン。ナイナイとダインスケン、それにリリマナが食べた後なのでさほど残っていないが、魔物達になんとか行き渡る程度はある。
 だがリリマナは顔をしかめた。
「えー。こいつらにあげるの? 捨てた方がまだマシじゃない?」

(たかが残飯ぐらい、いいじゃねぇか……)
 ジン自身はそう思う。だがこの世界の住人であるリリマナの感情を否定する気はなかった。敵対する種族同士の根がどのぐらいの深さなのか、よくわかっていないという自覚があるからだ。

 実際、根は深いのだろう。
 そのせいで逆に兵士がまた胸を打たれている。
聖勇士パラディン殿……どこまでも慈悲深い……」
(たかが残飯ぐらいで、またそれか……)
 わざわざ否定はしないが、ジンは少々うんざりしかけていた。

 しかし胸を打たれたのは兵士だけではない。
 ピザかお好み焼きかのような料理を一皿がっついてから、ゴブリンが大きな声をあげたのだ。
聖勇士パラディン様! 昨日までのオレは死にました! 明日からは貴方様のために生きたいです! 子分、いや下僕として連れて行ってくだせぇっス!」

(えー……)
 げんなりするジン。目を輝かせるゴブリンから視線を逸らし、兵士に訊く。
「コイツ……連れていっていいのか?」
 兵士は姿勢を正し、敬礼までした。
「はい! 聖勇士パラディン殿に差し上げます! 真の勇気と慈悲が、下劣な魔物でさえ浄化するやもしれません!」
(そんな物がここにあるわけねぇだろ……)
 兵士の目に映る美しい世界に反し、ジンの心は眩暈とともに暗く沈むようだ。

 そして――実の所、世界はそんなに美しいわけでもなかった。
 ゴブリンはへこへこ頭を下げながら、胸の内ではほくそ笑む。
(浄化ァ? ケッケッケ……阿呆め。ここにいても強制労働させられるだけじゃねーか。釈放されるまで我慢しても、魔王軍に帰れば負け犬兵士として処刑か奴隷。野良モンスターに戻っても、人間の冒険者から逃げ回って田舎を荒らす程度の惨めなその日暮らしよ。だったら……これから成り上がるかもしれない見込みのある奴相手に、おこぼれ狙いで足ナメておくのが利口ってモンだよなァ?)

 人間達と魔物が延々と戦い続けてきた流れの上に、この世界のこの時代の文化や価値観がある。
 低級な魔物へ人間達の態度が辛辣なのは、まぁ、そうなるべくしてなっただけなのだ。
 悲しいかな……あるいは良い事なのか。ジンはこの世界の新参なので、そこら辺がまだ実感できないのである。
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