異世界スペースNo1(ランクB)

マッサン

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4 増員 1

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「あぁ……また女の子になった……」
 二段ベッドの上で、布団の中でごそごそと着替えながら、溜息をつくナイナイ。
「ゲッゲー」
 向かいのベッドで応えるように鳴くダインスケン。
「ウェヘヘ、ずっと女でいる方が良いと思うっス」
 ダインスケンの上のベッドで下卑た笑みを浮かべるゴブオ。
「最近は女に戻るのが早いな。前は寝るまで男だった筈だがよ」
 二段ベッドの下で寝そべりながら言うジン。だが手にした本を読みながらなので、どこか生返事っぽさがある。
 本はヴァルキュリナから貰った観光ガイドだ。向かうスイデン国含めて数か国の物をまとめて借り、ここ数日寝る前に読んでいる。

 剣と魔法と巨大ロボのファンタジー世界、インタセクシル。
 ここに召喚されて一週間以上が過ぎているが、ジン達が知っているのは艦内と荒野、壊滅した基地に街一つ。これでこの世界の事がわかったとはとても言えない。
 だからジンは今いる場所、この時代について少しでも知ろうとしていたのだ。

(ヴァルキュリナの下にずっといるかどうか、ちと雲行きに怪しい所もあるからよ……)
 魔王軍の基地で得た。それが自分達に明かされない事で、もやもやした不信感が拭えなくなっていたのだ。ヴァルキュリナ自身は正直だし悪人でもないだろうが、属する組織がある以上、やはりそれの利益をジン達より優先せざるを得ないだろう。

 よって……場合によってはこの艦を降りる事を、ジンは視野に入れ始めていた。この世界の事を知ろうとしているのもその一環である。
 そして現時点でわかった、重要な事の一つ。

 異世界からの召喚魔法は発達しているが、元の世界に帰す送還魔法はほぼ無いらしい。確実に成功した、という例は公式には皆無だという。

(そりゃ、確認のためには送った先の世界を調べなきゃならんから、断言できる例は無いのかもしれんが……好きに引っ張り込んでおいて帰せない事に誰も疑問をもたんのか?)
 考えながら、ジンの視線は自分の腕――甲殻に覆われた異形の右腕に向く。
(まぁ今すぐ戻されたら逆に困るが。この腕、ちゃんと治るんだろうな?)

 そして重要な事がもう一つ。
 この世界は結構文明が発達しているようだ。科学の代わりに魔法を用いてではあるが、意外と近代的な道具もある。

 例えば――スマートフォンの代わりを、魔力を籠めた水晶玉でだいたいできるのだ!
 遠距離間の会話。情報の書き込み、読み出し。不特定多数との意見交換。地図を映してのナビゲーション。etc、etc……。

 しかし使い手に魔法の素質を持ち、魔術を特訓して術を身に着けないと使えない。そこが魔法の不便さだった。
 結局、便利な道具はあるが使えるのは一握り。そんな物ばかりだし、それ故に地球の中近世レベルの道具が一般には使われている。
 代わりに科学以上に無茶な道具が存在した。欠損した部位の再生、瞬間移動テレポート、死者の蘇生、さらには天候や時間に干渉する魔法さえある。

(生物の改造や合成をする魔法もあるのか。それで生まれたモンスターもいるし……改造された人間もいる、と)
 ジンはもう一度、自分の腕を眺めた。


 その日の午前。トレーニングを三人が行っていると、部屋にヴァルキュリナが入ってきた。
「この先にあるコウキの町で補給を行う。滞在時間は短いから、降りるなら早く申請するように」
 シミュレータを停止させてジンが振り返る。
「魔王軍が追撃部隊を出してきたらどうするよ?」
「だから長くは居ない、と言っている。だがあそこには立ち寄る予定だったからそれは変えない」
 そう言うとヴァルキュリナはさっさと出て行った。
 彼女が魔王軍に追われるを持っている事、それをジン達が知らされていない事。それが判明してからこちら、彼女は会話を最小限で済ませている。

 そんなヴァルキュリナを見送り、ナイナイがジンに訊いた。
「どうするの?」
 多少考えはしたが――
「……見物に行こうぜ。色々な所を見ておいて損はねぇだろうよ」
――それがジンの返答だった。
 やはり文字で読むよりも、直に目で見た方が深く理解できるだろうと考えて、だ。


 前の街に比べ、ここコウキの町は明らかに小さい。だが人の密度は負けていない、それどころか上回る勢いだ。
 今度こそ町の中へ入り、市場の喧噪と活気を見て、ナイナイが嬉しそうに声を上げる。
「うわぁ、宿場町というだけあるなぁ!」
「通行税もメチャ安だったしな。場所によって違い過ぎるだろ……」
 困惑しているジン。
 ここは宿場町なので、街道を通る人に入ってもらわないと困る。それ故に通行税は大した事は無く――下町の食堂で一食頼む程度でしかない。

 ヴァルキュリナからさらなる日当を貰い、前より遥かに懐は暖かかった。
 よってジンは艦から町まで運んでくれた馬車に前金を渡し、自分達が戻るまで待機してもらう事にする。無論、魔王軍が攻めて来た時にすぐ戻る事ができるように、だ。

「うわぁ! これホント美味しい!」
 顔を輝かせるナイナイ。
 市場に出ていた屋台の一つ、テーブルと椅子も用意された飯屋。ジン達はそこで、艦の代わり映えしないメニュー以外の料理を久々に食べた。
 エルフのウェイトレスが笑顔で持ってきた大きなミートパイを、四人で切り分ける。
「ふん? これは……牛か? 豚か? 似たような他の生き物か?」
 パイを噛みしめてじっくり味わうジン。
「ウェヘヘヘ。ただブッた斬って焼いた肉とは大違いでさ」
 ゴブオも全然遠慮せずにパイへ食らいついていた。
 そんなゴブオへ通行人は嫌悪の目を向けている。やはりモンスターが人里にいるのを歓迎する世界ではないのだろう。
 だが一緒に町に来た補給部隊に忠告してくれた者がいたので、ジンは首輪と紐をゴブオにつけていた。それが効果あってか、面と向かって文句をつけてくる者はいない。ジンが捕まえて飼っていると見られているのだろう。

 実際――ローブを着た魔術師が魔物を連れ歩いている姿を、時々は目にする事ができた。
 まぁそれらは狼や虎のような四足獣であり、ゴブリンなど連れている者はいなかったが。

 腹が膨れた一行は再び市場を歩く。とはいえ目的もなく、面白そうな物を探してブラブラしているだけだ。

(お、防具野にマジでビキニアーマーが飾ってあるな。あれでどう身を守ってるのか……)
(よく見れば小人族にも何種類かいるみたいだな。ドワーフとノームと……なんか違う奴も?)
(魔法具店ねぇ。入り口に魔物の頭骨が飾ってあるが、あれ本物か?)

 周囲を眺めているだけでもジンは楽しめている。だがその途中でダインスケンが横を指さした。
「ゲッゲー」
 十字路を曲がった先に何かあるらしい。
 その通りを覗いてみれば――生物の殻や金属片を置いた店が何件も並んでいるようだ。
 それを見てナイナイがジンを見上げる。
「ねぇねぇ、あれ、ケイオス・ウォリアーの部品じゃない?」
 通りの奥には独特のマークをつけた建物もある。それが何か、ジンは先日観光ガイドで見たばかりだ。
(あれが操縦者ギルドか……どうする? ちと覗くか?)

 操縦者ギルド。ケイオス・ウォリアーで仕事をしている者達が登録し、仕事を回してもらう組合である。
 冒険者ギルドや運送ギルド、建築系のギルドとも密接な繋がりを持ち、もしこの世界でジン達が独立するなら、真っ先に尋ねたい所の一つだった。

 ジンが考えている間にも、ナイナイは近くの露店で商品を眺める。半透明の八面体――それは動力系の部品の一つだ――を手にし、しげしげと眺めた。

 そんなナイナイの後ろで、誰かが笑った。
「シシシ……そんな部品いくら集めても役に立たないよ。シロウトさんはこれだから困る」

 店主が露骨に嫌な顔をするが、お構いなしのその人物――ナイナイよりさらに頭一つ小さい少女だ。
 しかし長い髪はあまり手入れもせずボサボサ、前髪も整えておらず片目が隠れがち。目は大きいが、その下には不健康なクマが目立つ。あまり規則正しい生活は送っていないのだろう。
 長袖シャツにオーバーオール、革の背嚢を背負った恰好も、その服のあちこちに小さなシミがあるのも、年頃の少女としては全くなかった。

 突然現れての不躾な物言いに軽い不快感を覚えながらも、ジンは少女に訊く。
「その言い方。そちらさんはプロってわけかよ?」
「まぁね」
 ニンマリと、良く言えば悪戯っぽく、悪く言えば人を小馬鹿にしたような笑顔を浮かべる少女。
 並ぶ品物を一瞥すると、手早くいくつもの部品を抱える。見れば側に小さなリヤカーが置いてあり、そこにほいほいと部品を投込んでいった。見る間に商品の半分ほどはリヤカーに積まれてしまう。
 好きなだけ部品を取ると、背嚢から小袋を取り出した。それを無造作に店主へ投げ渡す。
「それで足りるから。ちょっと届かなくてもまけといて。こんな店でこれだけ買ってやるのは私だけだろ」

 苦い顔のまま店主は小袋を開けた。中には……大きな金貨がいくつも入っており、どれにも特徴的な刻印が刻まれている。
 その金貨が何か、ジンは本で読んで知っていた。ドワーフの造幣局で造られた物で、純度と大きさから一枚で普通の金貨100枚ほどの価値がある。いわばこの世界のお札みたいな物だ。
 店主は一転して顔を綻ばせ「まいどあり」と愛想笑いした。

「……羽振りがいいな。お金持ちさんか」
 ジンが訊くと、少女は可笑しそうに「シシシ……」と笑った。
「違うけど? ま、私の金じゃないからね」

(誰かのお遣いか? それにしてもわざわざ俺らに絡む意味は無いだろうに)
 少女に軽い不信感を覚え、ジンは身振りで仲間を促す。
「そろそろ行くか。どれ、この道の奥の方でも……」
 だがジン達が歩き出そうとすると、少女はそれを止めようとした。
「そうはいかないよ。私はこれから先、あんたらに地獄を見せる女……」

 少女がそこまで言った、その時――以前のように、後ろ首筋に嫌な寒気が走る!
 同時に二つの声があがった。

「ケケェー!」
「危ないよォ!」
 片方はダインスケン。
 もう片方は――数日ぶりに聞くリリマナの声! 露店の陰から飛び出し必死に叫ぶ妖精の少女。

 声から一瞬遅れ、露店の屋根を飛び越える人影がいくつも宙を舞った。
 忍者のような灰色の装束を纏い、手には白刃が輝く。それらを躊躇う事なくジン達の頭上へ振り下ろそうとした。
 暗殺者の奇襲である――!

 血煙が天を赤く染めた!

 屍が路上に転がる。
 ダインスケンの爪に急所を切り裂かれた暗殺者が二人。
 声をあげたリリマナを邪魔だとばかりに斬り捨てようとし、逆にジンの拳に胸板を砕かれた暗殺者が一人。

「ふん、魔王軍の刺客か。このお嬢さんがその案内人というわけ――」
 そう言いながらジンは物騒な事を口にしていた少女へ視線を向けた。

 少女の前には暗殺者が一人、投げナイフに額を貫かれて倒れていた。
「死ぬ、死ぬだろ! バカ! アホ! 突然何すんだ!」
 涙目で罵声を飛ばしている少女。彼女もまた暗殺者に襲われかけたのだ。
 その暗殺者を仕留めたのは、少女の側で困惑しているナイナイである。

(え? じゃあさっきのセリフは何だよ?)
 ジンが戸惑っていると、側の路地からフードマントの男が姿を現した。
 強烈な殺気を放ち、それをジン達に向けながら。

「アヒィ!? ごべんなさい!」
 恐れに震え、少女は地を這うように逃げ出す。
 リヤカーの陰に逃げ込んで尻を出したまま震える少女を一瞥し、ジンはフードマントの男に訊ねた。
「あんたらは魔王軍の刺客なんだろうが、あの女の子は仲間じゃないのか?」
「いや、知らん。私達に関してはお察しの通りだが」
 若い男の精悍な声。男はジンの前、2メートルと離れていない距離まで無造作に接近する。

 無造作に見えたが、ジンはその動きに隙を全く見つけられなかった。

 男は足を止めた。
「ここまで切り抜けたのなら改めて生きるチャンスをやろう。魔王軍に投降するなら認めてもいい。或いはこの地から消えて失せるかだ」
「俺達はどうでもいいと。なら狙いはあの艦だな」
 強烈な重圧プレッシャーを感じながらも、堪えて話を続けるジン。
 艦というのは、当然、町の外で待機しているCパンゴリンの事だ。
「そうだ」
 男はあっさり肯定した。
「で、言う事をきかないと殺す……と」
「無論」
 それも肯定された。

 避けられない戦いの予感。それでもジンは一応訊いてみる。
「一日……いや、半日でも考える時間をくれ、と言ったら?」
「それは投降も逃亡もしないという事だろう? ならばわかりきった話だ」
 言い終えると同時に、男の殺気が爆発した!

 その時、ジンは後ろに飛んでいた。相手の動きを見るより先に間合いを離そうとして、だ。
 だがその動きに男の足は容易く追いつき、ジンを蹴りが捉えた! 

 その蹴りに間一髪で右腕のブロックが間に合ったのは、パンゴリンに乗ってから毎日行っていた、生身での戦闘訓練のおかげである。
 しかし――右腕の甲殻ごしに麻痺しそうな衝撃が走る。
 この男の蹴りはオーガーのメイスより遥かに強烈だった。身の丈2メートルを大きく超える人食い鬼の、鉄の鈍器よりも!

(こ、こいつ! 強え!)
 ゾッとしながらもなんとか転ばず踏みとどまるジン。艦内でのスパーリングを思い出し、腰を落として身構える。
 付け焼刃ではあるが、ボクシングのようなスタイルだ。

 それを前に、男はマントを脱いだ。
 袖のないラフな上着に肩当て。その服ごしにも筋肉がはっきりわかる鍛えられた体。
 肩までの銀髪に美形と評していい整った顔立ちだが、線の細い優男ではなく……鋭い目に尖った顎の、肉食獣を連想させる力強い容貌だった。
 男は両手を上げてゆらりと構える。
(カラテ……いや、拳法?)
 堂に入ったその動きは、ジンとは違い、明らかに熟練した者の動作だ。

 男が地を蹴った!
 一瞬でジンに肉薄する。目も眩みそうなスピードだが、それでもジンはディフェンスを試みた――ほとんど気配と勘を頼りに。
 防御は辛くも間に合った。男が繰り出す手刀にジンの右腕が交差し、攻撃の軌道を逸らしたのだ。男の手刀はジンの胸当てブレストプレートを掠める。

 鎧には深い切り傷が刻まれた。
 男の、人体の指で、金属が裂けたのだ!

 次の瞬間ジンは強烈な衝撃で膝をつく!
 何が起きたか一瞬ではわからない。
 遅れて来た激痛が、男のローキックで脚を打たれた事をやっと教える。
(次でられる――!)
 己を貫く悪寒の中、ジンは渾身のストレートを男がいる筈の方向へ、膝をついたまま放った。狙って打ったのではない、ダメモトでの抵抗である。

「ケケェーッ!」
 鋭い鳴き声が響いた。

 男は……後方に大きく飛び退いていた。
 ジンのすぐ側には着地したダインスケン。
 男がトドメを刺そうとした瞬間、割り込んで爪を振るったのである。
 それは男に完全に避けられはしたが。

 そして男の手にはひとふりのナイフがあった。
(あのタイミグで、傷一つつけられないなんて!)
 震えるナイナイ。ジンの拳が避けられたのに合わせてナイフを投げたが、男はそれを受け止めたのである。
 避けるのならまだしも、猛スピードで動きながら掴んで止めるとは……!

 とはいえ間合いは離れた。ジンはゆっくりと立ち上がる。足はまだ動く。
脛当てグリーブが無ければ折られていたぞ……)
 脚の防具に亀裂が入っている事が、ジンの予測が正しい事を裏付けていた。

 なんとか身構えるジン。その横でダインスケンも前傾姿勢で飛び込む姿勢を見せる。二人の後ろでは、ナイナイが新たなナイフを手にしていた。
 そんな三人へ、男はナイフを投げ捨ててじりじりと間合いを詰めていく。
(クソッ、どうすりゃい? 腕は圧倒的にあちらさんだ)
 気圧されながらも突破口は無いか考えるジン。

 実の所、男も見た目ほど余裕が有るわけではなかった。
(威力だけはたいしたパンチだ。一撃でひっくり返されかねん。他の二人も思った以上……三流の暗殺者をぶつけても実力を測りきれなんだか。それでも三人まとめて勝てる相手ではあるが……慎重にはならねばな)
 誰から仕留めるか考えながら、男は徐々に近づく。

 息が詰まりそうな緊張の中、いよいよ互いの攻撃圏が重なろうとしていた。
 その時――爆音が空気を震わせた!

 音は町の外からだ。
「ジン、あれ!」
 ナイナイが指さす。
 犬か狼のような頭を持つケイオス・ウォリアーの群れが、Cパンゴリンに襲い掛かっていた!

(チッ! 艦と俺達を同時に襲う二面作戦か!)
 ジンは焦った――が、どうも様子が変である。
「クッ! こちらを出し抜いたつもりか!」
 男は忌々しそうに言うと、大きく後ろに跳んで間合いを離した。
「勝負は預ける。だが長生きしたければ、あの艦には見切りをつけて失せろ。我らの邪魔でなければ貴様らなどどうでもいい」
 そう言い捨てて路地へ駆け込む。そのまま男は姿を消した。

 ぽかんと立ち尽くすナイナイ。シューシューと呼吸音を鳴らして路地を窺うダインスケン。
 そしてジンは考えていた。
(艦が襲われる事をあの男は知らなかったのか。やっぱり派閥同士で手柄を取り合っている……? 魔王軍内部も一枚岩じゃないようだぜ)

「ねぇジン、安心してられないよ。母艦はどうするの?」
 ナイナイが焦りながらジンに声をかける。
 その横でゴブオは物陰から出て来た。暗殺者が飛び出した途端、一人で物陰に逃げ込んでいたのだ。だがそれを恥じる様子もなく平然と言う。
「アニキ、まさかヴァルキュリナのヤツを助けに戻るんですか? 魔王軍に目をつけられてまで義理立てする必要ないッスよ」
 それを聞いてリリマナが叫んだ。
「ダメだよ! みんな、戻って!」
「ヘッ! グルになって秘密を隠し持ってやがった食わせ者が」
 なぜか得意げに鼻で笑うゴブオ。人を責める名分があるのがさぞ嬉しいのだろう。
 言われてリリマナは言葉に詰まり、すがるようにジンへ視線を送った。
「ジン……」

 ジンは軽く肩を竦め、溜息をつく。
「まぁ助けようと体張ってくれたからな。その一回分、お返しするのがスジだろうよ」
 警告を飛ばしたせいでリリマナも襲われた事をジンは忘れていなかった。
「やったァ!」
 満面の笑みを浮かべて文字通り舞い上がるリリマナ。
「良かったね」
 ナイナイも嬉しそうに頷いた。なんだかんだでこの妖精にも仲間意識が、艦にも愛着が湧いているのだろう。
「ゲッゲー」
 ダインスケンがいつも通りに鳴いた。

 リリマナがジンの肩へ舞い降り、嬉しそうに頬を寄せる。
 そこへいきり立った罵声が飛んだ。
「何イチャついてんだクソリア充気取りが。ほら、これを運ぶんだよ!」
 リヤカーの陰で震えていた少女が、なぜかジン達にそれを運べと命令する。
 ジンは首を傾げた。
「つか、お前さん、何者?」
 その疑問への答えはリリマナが教えてくれた。
「整備技師のクロカだよ! ドワーフで腕は折り紙付き。この町で合流する事になってたの」

 少女はパンゴリンの補充クルーだったのだ。
 ジン達の事は先に報告されており、彼女は三人の事を知っていたのである。
 なおどうでも良い事ではあるが――ドワーフ族なので人間より小柄であり、それゆえ少女に見えはするが、れっきとした成人女性である。

「俺らに地獄を見せるとか言っていたのは何なんだ?」
 ますます首を傾げるジン。味方が言うセリフだとは思えなかったのだが。
 ぷうと頬を膨らませるクロカ。
「……あんたらの機体を整備して戦闘に向かわせるんだ。そういう言い回しも嘘じゃないだろ」

 勿体ぶって、さらに気取って大げさに言っただけだった。
(滑ってるからよ……)
 そう思ったが、ジンは優しさを発揮して口にはしなかった。

「ふん、まぁいい。今は艦に戻るぞ」
 そう言うとジンは町の外目指して走り出した。ナイナイとダインスケンもその後に続く。リヤカーはダインスケンが尻尾で引っ張った。
 新クルーのクロカは、無視されたような気がして少々苛立ったものの、三人の後を追って走り出した。
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