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「ねぇ、ジン。先に出るけど、見ないでね……」
「わかったけどよ……もう最初から女と一緒に入ればいいんじゃねぇのか?」
「ゲッゲー」
 体にタオルを巻いて、沈んだ顔で懇願するナイナイ。溜息をついて了解するジン。鳴くダインスケン。

 その日の特訓を終え、ジン達は艦内の浴室で体を拭いていた。この世界の艦にシャワーや風呂などという物は無い。だが汗を拭き垢を落とすという知識はあり、それは体を湯で拭く部屋を用意して行われていた。
 とは言うが、湯に体ごとつかるわけではない。高熱を発する魔法をかけた石で湯を沸かすための大きな桶があり、それにタオルを浸して体を拭くのだ。
 この世界にも入浴という概念はあるが、それは軍艦で毎日やるような事では無いのである。日本に比べて遥かに湿気の少ない地である事も無関係ではないだろう。

 広めの部屋ではあるが、それでも使用は数人ずつの交代制だ。誰が決めるでもなく、自然とジン達は三人で使っていたのだが――途中でナイナイの体が女性になる事がたまにあった。
 そうなるとジンとダインスケンは並んで壁を睨み、その後ろをナイナイが急いで出ていく……という事になる。
 ナイナイの性別が変化するサイクルも、だんだんわかっていた。
 寝る前から朝起きるまでは女。起きてしばらく、戦闘訓練をする頃になると男になる。そしてまた寝る前には女になっているのだ。
 ……が、確実に何時から何時まで、と決まっているわけではない。これが結構大きな変動があり、下手をすれば変化のタイミングが数時間ずれる事もある。
 マスターファングを倒した直後ぐらいは「寝ると何時の間にか女になっていた」ような状態だったが、ここ数日は男の時間が終わるのが早くなっていた。浴室の中で戻るのはこれで二日連続である。

(妙な体にされたもんだ。まぁ改造できるなら元に戻す事もどこかでできると思うんだが……)
 ジンは甲殻に包まれた己の右腕をタオルで拭きながら、自分に言い聞かせるようにそう考えていた。

「アニキ、嫌な話を聞いたっス」
 部屋に戻った三人へ、二段ベッドの上からゴブオが声をかける。
 ゴブリンには入浴の習慣は無いそうで、ゴブオは風呂が嫌いだった。放っておくとガンガン臭くなるのでジンは体を洗うよう命じたが、結果、適当な時間に格納庫の片隅で雑に水を被るだけだった。それも二日に一度だ。
 一応臭いはマシになったので、もう好きにさせている。
「で、話ってのは?」
 自分のベッドに腰掛けて訊くジン。

「へえ! 味方に白銀級機があるとはな」
 感心して声をあげるジン。
 ゴブオが食堂でつまみ食いついでに盗み聞きした話によると、スイデン国の正騎団、ケイオス・ウォリアーの操縦者達が何人かこの艦に増員として派遣されるという。
 そしてその隊長は白銀級の機体に乗っているというのだ!

(まぁ魔王軍にはあれだけ何機もあるんだからな。どこぞの王国にも1機や2機はあっても不思議じゃないだろう。味方に加わってくれれば戦闘は俄然楽になるぞ)
 ジンがまだ見ぬ助っ人に期待していると、ゴブオが不満を漏らした。
「新顔のヤロウがアニキを差し置いてデカいツラしねぇか心配っス」
「ははは」
 苦笑するジン。そして事もなげに言う。
「そりゃするだろ。国の正規の騎士で上位機種に乗ってるとあっちゃな」
「あ、アニキ!? 新参にイキられていいんですかい?」
 狼狽えるゴブオ。

 下級モンスターの世界では、自分の地位を脅かす奴に寛大になる事などありえない。蹴落とされた者はとにかく侮られ、侮蔑の対象となる。だからジンの態度は全く理解できなかった。

 そんなゴブオの気持ちは梅雨知らず、ジンは笑いながらベッドに寝転がる。
「つっても俺らは雇われ者よ。まぁ頼りになるリーダーが来る事を期待しようじゃねぇか」
 ナイナイもわくわくしながら、二段ベッドの上からひょいと顔を出す。
「どんな人だろ? 僕らと仲良くしてくれるかな?」
「凛々しい女騎士様かもしれないぜ。ナイナイを可愛がってくれるかもな」
 ニヤリと笑いながら言うジン。ナイナイはムッと眉をひそめた。
「そう言う事言う。僕を子供か女の子みたいに……」
「ゲッゲー」
 ダインスケンがいつも通り鳴いた。


 翌日、昼前。
 街道そばの山影にCパンゴリンは踏み込む。そこが味方との合流地点なのだ。
 岩山の崖の陰に、果たして、四機のケイオス・ウォリアーが待機していた。
 うち三機は見た事がある。魔王軍も多用している量産型機、Bソードアーミー。ギリシャかローマの兵士のような、剣と弩で武装した巨人型機。
 そして残りの一機を、ジンが窓から眺めながら呟く。
「あれが貴光選隊きこうせんたいの白銀級機、Sランスナイトか」

 貴光選隊きこうせんたい……ロイヤルライトセレクテッド。それはスイデン国騎士団で1、2を争う精鋭小隊。
 その隊長機が白銀級機・Sランスナイト。
 ケイオス・ウォリアーは共通の設計になっている部品も多く、胴体の腰から上はボディアーマー状の、双肩は肩当て状の装甲で覆われている。これは青銅級も白銀級も同じだが、簡素な青銅級の装甲に比べ、白銀級の装甲は厚く頑丈で装飾も施されている。これは人間の歩兵と騎士の鎧の違いがそのままスケールアップしたような物だ。
 Sランスナイトはその名の通り、白銀の甲冑に身を包んだ騎士のようだった。手には巨大な槍を持ち、それも銀色に輝いている。
 美しさという点では、ジン達が戦った魔王軍の半人半獣機よりも遥かに勝っていた。

「ま、挨拶にでも行くか」
 ジンは仲間を促し格納庫へ向かう。途中で軽い振動――倉庫に着くと、開かれたハッチから貴光選隊きこうせんたいが既に着艦していた。
 機体のコクピットハッチは既に開き、足元に四人の騎士。彼らは整備員達と何やら話していた。
 その邪魔をせず、機体を、そして騎士達を窺うジン達。
 二十歳になるかならないかぐらいの若い三人の騎士を、少し年上……二十代半ばぐらいの騎士が率いている。態度もそうだし、鎧もワンランク上の精工な物だ。

 線の細い、いかにも貴族風の優男である。長い金髪に切れ長の目は、若い女性なら好感を持って当然だろう。だがあまり笑顔を見せるタチでは無いらしく、冷ややかな顔で整備員達にいろいろと命じているようだった。
 壁を作っていた整備員達が次々と作業――大半は新着機体の整備だ――を始め、騎士達の周りに人がいなくなった。ジン達は彼らに近づく。
(あまり露骨に愛想笑いするのも変か?)
 考えながらもジンは片手をあげて挨拶しようとした。
 騎士達もジン達に気づく。
 ジンの挨拶よりも、美形騎士隊長の方が先に口を開いた。

「フン! 汚らしい」
 その言葉通り、汚い物を見る目で。

 一瞬耳を疑うジン。
「はあ!?」
 初対面の挨拶で来る言葉としては意外すぎる。礼儀正しく接しようにも、到底無理な話だった。
「エリートさんから見れば傭兵なんぞタカがしれたもんだろうが……そこまで露骨に戯言吐いてくださるとはよ」
 その言葉にも隠しようが無い苛立ちが籠っている。

 騎士隊長の方はうんざりした顔を見せた。
「何をのぼせている? 上手く役に立てばお前たちを人間並みの扱いに格上げしてはやる。そういう話だろう。だがそれもこの旅を無事に終わらせての話。お前たちはまだ魔王軍にいた化け物でしかないのだ」

 騎士隊長の言葉でジンはわかった。
 彼はジン達について、既に報告を受けている。
 その上で、ジン達を味方としてどころか、人間扱いしていない。

 騎士達のある者は敵意を剥き出しに睨みつけ、またある者は見下すような薄ら笑いを浮かべる。
 一方ジン達は……ジンこそ怒りの視線を向けるものの、ナイナイは不安げに身を縮め、ダインスケンはいつもと全く様子を変えない。ゴブオはいつの間にか離れた所にいる。
 一触即発――なのはジンぐらいだが、まぁ雰囲気は最悪だった。

 そこへかかる声。
「よしなよ。ケンカしてもあんたらに得は無いよ」
 クロカである。一旦は作業のために離れた筈だが、また舞い戻ってきたのだ。
 その横にはヴァルキュリナもいる。彼女は隊長の前に進み出て、静かに言った。
「クイン卿。彼らの助力があるからこそ、この艦は健在なのだ。あまり挑発的な物言いは控えていただけないか」

 そう言われ、隊長――サー・クインはフンと鼻を鳴らした。その態度に敬意の欠片も無い。
「久しぶりだというのにご挨拶だな、ヴァルキュリナ。婚約者よりその化け物どもの味方をするわけではあるまい?」

(なんと!? この二人、そんな関係か。俺達の報告をしたのも多分ヴァルキュリナ……もしやこの隊長、恋人を助けるためにここへ?)
 驚きながらも納得するジン。
 だが……それにしてはヴァルキュリナに嬉しそうな所が見当たらない。
「それは……そうだ……」
 隊長の言葉に同意は述べる。だがどうも歯切れが悪く、俯き加減で目を逸らしている。

 そんなヴァルキュリナを前に、隊長は笑みを浮かべた。
 格下を見下す傲慢な笑い顔を。
「弁えているならいい」
 どこか勝ち誇るようにそう言うと、部下を引き連れて格納庫から出て行った。

 騎士達が出て行ってから、ゴブオがジンに側に来る。
「アニキ、あいつの下でやっていくんですかい? マジで?」
 ジンは答えあぐね、すぐに返事はできなかった。


 翌日。午前中の訓練を終えたジン達が昼食をとっていると、リリマナが飛んで来た。
「やっほ!」
 元気に言うと、フォークを抱えてジンの皿に乗っているイチゴを突き刺し、悪戯っぽく笑いながらそれを齧る。
 ジンは別に何も言わない。どうせそれ一個でこの妖精は満腹するからだ。
 これは今までもよくある光景だった――が、ナイナイが落ち着かな気に周囲を見渡す。
 食堂には他にも食事をとっているクルーがいるが、ジン達の周囲のテーブルには誰もいない。

 さほど広い食堂ではないので、今までは周りに誰かがいたのだが……明らかに避けられていた。
 彼らは時折ジン達の方を盗み見るように覗っている。

「なんか……みんながちょっと変わっちゃった気がするね」
 そう言うナイナイの声は小さかった。周囲を気にしての事だ。
「いんや、案外変わってねぇからかもしれないな」
 ジンの脳裏に浮かぶのは、昨日合流した騎士の小隊。特にその隊長――名はケイド=クインという――だ。

(あいつは完全に俺達を人間未満として扱っている。それが艦のクルーにもうつったのかもしれねぇ……)
 ジンが考えていると、すぐ後ろの席に誰かが座った。
 見ればクロカがニタニタと笑っている。
「シシシ……まぁ仕方ないね。クイン公爵家といえばスイデンの有力な一族。ケイドは既にそこの当主で、王国のエースパイロットさ。そのダブルパンチで王国でも指折りの勢いがある……こんな艦のクルー風情が目をつけられたくはないさね」

 それでジンには合点がいった。
(クルー達は巻き添えを恐れている……という事か)

 そして気になった事が一つ。
「そんな男の婚約者なら、ヴァルキュリナはかなりの身分だったんだな」
 どこかの宗派に仕える戦士だとは聞いていたが、身分的にも騎士だか貴族なのか。
 クロカは頷いて肯定する。
「実家は名門武家のフォースカー子爵家だ。両家の同意で婚約は成ったけど、ま、クイン公爵家の方が『貰ってやる』形だろうね」
「でもあの二人、本当に愛し合ってるのかな?」
 疑わしそうなリリマナ。それに関してはジンも同じ疑いをもっていた。

(ま、他人の色恋沙汰より自分らの身の上を心配してろって話だな)
 そう考えてジンはクロカに尋ねた。
「なんか急に怪物扱いされるようになったが。聖勇士パラディンとしての利用価値より、魔王軍が召喚したという事の方が重要というわけか?」
 答えによっては口にし難かろう。果たして正直な事を言うだろうか?
 だがそんな思いはどこ吹く風、クロカはむしろ嬉々として答える。
「もともと人間だろうと魔王側につけばモンスターの一種さ。魔王軍にも聖勇士パラディンはいるし、あちらに召喚されて人間と戦ってた奴らなんて昔から数えきれないほどいるから。ましてやあんたらは……既に改造されてるからね。何が仕込まれているのか、こっちにはわからないだろ」

(そちらさん視点ならそうだろうがよ……)
 遠慮どころかむしろ言いたかったのでは――とさえ思えるクロカに、ジンは訊いておきながら複雑な気持ちになる。
 だが敵として出る人間を「戦士系」「魔術師系」などと分類してモンスター扱いする考えは、RPGなどでは珍しくもない。だから頭では言い分を理解できるのだ。
 しかしナイナイは違った。
「そんな言い方、ないよ!」
 自分が怪物の一匹として扱われたら普通は気分が良くない。ナイナイは目を潤ませていた。
「だからみんな言ってないんじゃないのか? 私も聞かれなければ言わないし」
 そう言ってクロカは席を立った。流石にバツが悪くなったからだ。


 そしてさらに二日後、夜。
 問題は起きた。

 その日もナイナイは一足先に寝間着に着替え、脱衣所から出た。
 寝間着と言っても薄いシャツと半ズボンである。気候や季節もあるし、窓を全開にできるような乗り物でもない。魔法を利用した空調もあるが、それほど上等な物でもない。よって体形は服の上からでもわかるし、体の輪郭もだいたい想像ができる代物だった。

 ナイナイが脱衣所から廊下に出ると、貴光選隊きこうせんたいの一人が壁にもたれて立っていた。鎧も軍服も来ていない、ジャケットに長ズボンというラフな格好だ。
(どうしたんだろう?)
 ナイナイが不思議に思っていると、その若い騎士は大股でナイナイに近づいてきた。目にはギラついた光がある。
(な、何? 僕とケンカする気?)
 明らかに剣呑な雰囲気。ナイナイは丸腰であり、襲われても抵抗は難しい。
 ナイナイは脱衣所に逃げ戻ろうとした。
 だが背を向けた瞬間――

 襲われた。
 思っていたのとは違う意味で。

 騎士はナイナイに背中から手を回し、胸と股間に掌を這わせたのだ。
「な、何をするの!? やめてよ!」
 悲鳴をあげるナイナイ。
 騎士は押し殺した、だが鼻息の荒い声を、ドスをきかせて耳に吹きこむ。
「黙ってろ! リザードマンやゴブリンとさえ風呂と寝床が一緒のくせに。正騎士が相手なら光栄だろうが!」
 男は勘違いしていた。
 ナイナイが相手をまるで選ばないほど、性に奔放だと思っていたのである。
 だから自分が慰み者にしても良かろうと。
 容姿は可愛らしかったし、たまたまこの騎士の好みでもあったので。

 ただ別の勘違いもあった。
 隊長ほど詳細な報告は受けていなかったので、ジン達個々人の情報は知らなかったのである。

「……? 男? そんなバカな、夕べ脱衣所から出て来た時は確かに……」
 驚愕する騎士。
 薄い寝間着越しによく見れば、今のナイナイが男だとわかる筈なのだが――女の時の寝間着姿を見て女だと思い込んでいたし、性転換する体質などとまるで知らなかったので勘違いしていたのである。

 ここ最近、女になる時間が長かったナイナイ。しかし今日はたまたま風呂をあがっても男のままであった。
 つまり――ジン達より一足だけ脱衣所の外に出ただけで、浴室を出たのはほぼ同時である。

「バカはテメェだ」
 その言葉とともにジンの右拳が騎士を打った。
 ナイナイの頭越しに食らい、ひとたまりも無くはがされて廊下の奥へ吹っ飛ぶ。
 床に転がり、騎士は動かなくなった。失神したので頬骨が砕けている痛みを味わう事が無かったのは幸いというべきか。

 だが派手な物音のせいか、すぐに他の人間が駆け付けて来た。その中には貴光選隊きこうせんたいの騎士達も。

 仲間が倒されたのを見て一人が激高し、剣の柄に手をかける。
「き、貴様! そこになおれ、斬り捨ててくれる!」
「なおるのは構わねぇが、お前に斬れるのか?」
 ジンはその騎士の前に自ら進み出た。己の両肩を抱いて床にへたりこみ、震えるナイナイを庇うかのように。
 隣にいた騎士は怒りながら剣を抜く。
「貴様……抵抗する気か!」
「無抵抗の相手しか斬れないなら、田舎に帰って修行し直してきな」
 言って身構えるジン。
 その横にダインスケンも並んだ。腰を落として爪を出し、シューシューと息を吐きながら。その複眼は敵を――二人の騎士を映している。

 だがそこへ鋭い声が飛んだ。
「何をしている! やめんか!」
 それがヴァルキュリナだというのは声でわかった。
 だからというわけではないが、ジンもダインスケンも騎士達も、互いの「敵」を睨みつけるのはやめない。
 もはや止まらないか? という状況に、別の声が割り込んだ。
「なり行きなど聞くまでもない。我が貴光選隊きこうせんたいに盾突くとは……魔物どもなどそれだけで死罪に値する」

 その声にようやくジンは騎士達から視線を外した。新たな声の主に向けるために。
 それは思った通り、貴光選隊きこうせんたい隊長・ケイド=クインだった。

 ケイドも剣を抜いた。一言何か呟くと、刀身に青白い炎が灯る。
 高品質の剣を魔法で強化したのだ。部下を叩きのめした下劣な魔物を生かしておく気は無かった。
 彼の周囲にいたクルー達が、恐怖に顔を引き攣らせ、慌てて廊下の奥へと離れる。

 ジンはケイドに声をかけた。
「で、誰が執行するんだ? 俺らにブチ殺されてからよ」

 ジンは元々、現代日本に住んでいた覇気の無い中年男であった。暴力沙汰など、恐れはすれ身を投じる筈がなかった。
 だが――体が若くなったからか、奇怪な力が体内に満ちているからか、訓練と実戦で戦闘に慣れたからか。
 或いは身内が襲われるなどという、かつて無かった状況による物か。
 文明人として褒められたものではないが、この場は暴力でカタをつける気になっていた。

 だが再びヴァルキュリナの声が響く。
「やめろ! この艦の責任者は私だ、従えない者には出て行ってもらう! 決闘だの果し合いだのをするならこの部隊から除名だ! その後、艦から出て行ってからやれ!」
「逆らったら軍規違反なんだから! 牢屋行きだよォ!」
 リリマナまで飛んできて叫んだ。
 そこまで言われ、ようやくケイドはヴァルキュリナへ目を向ける。
「……ヴァルキュリナ。お前のその態度、王にも我らの両家にも伝えるが。構わないのだな?」
 婚約者に向けるその視線は、『下劣な化け物』であるジン達へ向けるものと差は無かった。
 そんなケイドへヴァルキュリナははっきりと言う。
「好きにしなさい」

 数秒、ケイドはヴァルキュリナを睨みつけた。
 だが彼女が毅然とした態度を崩さないとわかると、魔力の炎を消して剣を鞘に納める。
「バカな女だ」
 そう言うと背を向け、その場から去って行った。
 部下の騎士達は顔を見合わせたが、負傷した仲間を担ぎ、ジン達を睨みつけると隊長の後を追う。
 それを見届け、ヴァルキュリナも去った。クルー達も次々と姿を消す。
 後にはジン達だけが残った。

 部屋に戻ったジン達はそれぞれのベッドに寝転ぶ。
 ナイナイだけは膝を抱えてしゃくりあげていたが。
「変態に触られて泣くほど気持ち悪かったか」
 寝転びながら、どこか投げ槍に訊くジン。
 だがナイナイの、涙声での返事は少し違った。
「誰も、僕らの味方してくれなかった。僕はこの艦の人達、味方だと思ってたのに……」
 生きるか死ぬかを潜り抜けての時間だ。一月と少々は決して短くは無い。
 ため息混じりに言うジン。
「ヴァルキュリナはまぁ味方だったろ」
「あれでそう言えますかね? それにあの女のために、この艦でずっと働くんですかい? あの女はケイドの嫁さんっスよ」
 横からゴブオが口を挟んだ。
「俺の女じゃないんだから誰の女でも構わんがよ……」
 気の無い声で言うジン。しかし少し考えてから付け加える。
「ま、流石にそろそろ潮時かもしれねぇな。ヴァルキュリナならここまでの報酬も出してくれるだろ。後は俺らの機体をくれるかどうか、か」
 そう言いつつ、内心ではケイオス・ウォリアー無しでもなんとかなりそうな気はしていた。

 自信がついていたと言ってもいい。
 傭兵だろうが冒険者だろうが運送屋だろうが建築の日雇いだろうが、とにかくどうにかなりそうな気はしていた。
ならどうにかなるだろ。多分な」
 ナイナイとダインスケン、二人と一緒に行くのは初めから前提である。
 もちろん、二人も異論は出さなかった。
 一緒に出発し、同じ釜の飯を食い、互いがいなければ互いが終わっていた時間を共有してきたのだから。

「明日にでも艦長さんに相談しようや。明日中に出ていく前提でな」
 そう言ってジンは布団をかぶり、壁際に向き直る。
「ゲッゲー」
 ダインスケンが鳴く。 
 ナイナイの泣き声はいつの間にか止んでいた。


 そして翌日。
 朝の訓練もせず、ジン達はブリッジに向かう。
 だが――その途中で警報が鳴り響いた。
 Cパンゴリンでは複数の警報を場合によって使い分ける。この時に響いたのは……
「敵襲か!」
 ジンが忌々し気に吐き捨てた。

 格納庫に駆け込むジン達。ゴブオが嫌そうに呟いた。
「マジやるんスか? どうせ出て行くのに……」
 内心、ジンもそう思わなくはなかった。だがまだヴァルキュリナへここを去る旨は告げていない。その状況で戦いを放棄すれば、された方にしてみれば騙し討ちで裏切ったとしか見えないだろう。
 見えないと言うより、事実上そうなる。
 ゴブオには何も答えず、ジンは自機・Bカノンピルバグへと走った。

 操縦席に座ったジン。だがハッチを閉めるより先に通信が入った。
『お前達は出るな。敵の伏兵が後ろに回り込まんとも限らんからな』
 ケイドからの命令である。
 ふわりと操縦席へ飛んできたリリマナがジンに訊く。
「ねぇねぇ……どうするの?」
 迷っているジンに、通信機越しのケイドの声が聞こえた。

『卑賎な魔王軍を蹴散らすぞ! 魔物あがりにできて我らにできなければ恥と思え! 続け!』

「……まぁ奇襲を警戒するのも正論ではあるだろ」
 そう言ってジンは座席に深々と腰掛け、両手を頭の後ろで組んで、しばらく休憩する事にした。
「ええ……そんな……」
 リリマナは狼狽えたが、ジンは目さえ瞑って動こうとしなかった。
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