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4 増員 3

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 町に出かけていた補給班。
 戦場跡から資材を搔き集めてくる回収班。
 それら部隊が戻り、Cパンゴリンは旅を再開する。宿場町を後にして、山間部の草原へと。

 格納庫の片隅に窓から射しこむ夕日。そこで空き箱を椅子代わりに座り、ジン達は一息ついていた。
 格納庫では整備員達がジン達の機体を修理している。

「ねぇねぇ、ジン。私達ね、全部を話せるわけじゃないの。でもスイデン国の王都まで来てくれたら、その時はジン達にも教えられると思う。だから最後まで一緒に来て。ね?」
 リリマナがふわふわと舞いながらお願いするように言う。
 言われたジンは半笑いを浮かべ、わざとらしく肩を竦めた。
「ま、そうしないと報酬を満額払ってもらえねぇだろうしよ」
「アニキに感謝しろよオメェ」
 ゴブオが威張る――まぁそれを無視し、リリマナは嬉しそうにジンの肩に停まったが。

 そうしていると作業員の中からクロカが歩いてきて、ジン達にニンマリと笑いかけた。

「よくやったなアンタら。シシシ……どうだ? 私が造ってやったアイテムは役に立ったろう?」
 得意げなクロカ。
ジン達は一様に頷く。
「あんたの腕前は認めるしかねぇな。秒単位でアイテムを作成できるとは、魔法の世界は流石だぜ」
 薄い胸を張ってクロカはほくそ笑む。
「まぁね。こんな事もあろうかと! こんな事もあろうかと! 大事だから繰り返すけど、こんな事もあろうかと! 下準備は既にやっていたんだ、私は」

 クロカーが牽いていたリヤカーに乗っていたのは資材だけではない。それらで完成直前まで組み立てていたアイテムがいくつかあったのだ。
 出撃直前にジンへ渡したアイテムリストにはそれらが書き連ねられていた。戦闘中に使った【ミッドナイトポーション】も【リカバータンク】もクロカにその場で造ってもらった物なのである。

「本当にゼロからアイテム作成するなら時間はかかるけどね。消耗品は素材も入手し易いから、後はCOCPを注入するだけって所まで準備していたのさ。もし要らなければまた素材に分解すればいいだけだし」
 クロカの説明には聞きなれない言葉がある。
 出撃直前には質問する余裕など無かったが、今ならいいだろと判断するジン。
「すまん、コックピーてなんだ? タック……じゃないんだよな?」

 似たような単語を、昔からプレイしているゲームシリーズで見た事はある。
 それはアイテムの作成やスキルの取得に使うポイントだったが……。

 その疑問にクロカはニンマリと笑った。
「ケイオス・オア・コスモ・パワー。だからCOCPさ。ケイオス・ウォリアーを撃破してもしばらくは異界流ケイオスが残留するからね。それが消えないうちに専用の容器に貯めておく。なにせ異界流ケイオスてのは次元の力。これに方向性を与え、この次元の宇宙コスモと調和させれば、さまざまなパワーが発揮できる。この世界の部隊はこれを集める容器を一つは持つのが常識だよ」
 そう言って半透明の壺を見せた。その中に様々な光彩の混じった気流が、いくつも、無秩序に対流しているのが見える。

(話の流れからして、あれは異界流ケイオスらしいな。あんな壺もこの艦にあったとは……)

 ジンの前でクロカは持ち手つきの片眼鏡――実は計測用のマジックアイテムだ――を取り出し、それ越しに壺の中を覗く。
「当然、ケイオス・ウォリアー用のアイテム作成もこのCOCPありきさ。さて、今あんたらの持ってる量は――お、結構あるね。使った分はモトがとれたよ」

「アイテムを素材化する事もできるんだったな?」
「ある程度の腕が……二級以上の免許があればね。もちろん私はできる」
 ジンの問いを肯定するクロカ。
 それを聞いてジンは頼み事をする。
「だったら今まで拾った回復系の消耗品を全部素材にしてくれ。あんたが作ってくれる、再利用可能なタイプがあればいらねぇだろ」

 今までジン達が拾ってきた回復アイテムは使い捨ての消耗品ばかりで、それ故に頼る事を前提にし難かった。
 だがクロカの作成するアイテムは、多少の時間をかければ空になった中身の詰め替えが可能……戦闘が終われば再利用ができるのである。
 これこそが、ジンが今回の戦いで回復アイテムありきの戦法をとった理由だった。

「シシシ……大昔は完全に使い捨てるタイプしか無かったんだけど。ちょい昔、ゼット大戦と呼ばれる戦い辺りで改良した詰め替え再利用式が開発されてさ。性能がいいぶん旧型ほど量産はできないが、ま、腕のいい技術者は新型を作るね」
 腕のいい、に特に力を籠めるクロカ。

 それを聞いて、ナイナイは素直に頷く。
「今回はあのアイテムのおかげで助かったよね」
「シシシ……つまり私のおかげか。やっぱりな」
 腕組みをして勝ち誇った笑みを浮かべるクロカ。
(新しい職場だ。ナメられないためには私がどれぐらい有能なのかをはっきり認識させないとな)
 そして今この時は、ケイオス・ウォリアーありきの聖勇士パラディンどもに技術者がマウントをとる絶好のチャンスなのだ。
(なんせ聖勇士パラディンどもはすぐに整備や開発の苦労を忘れてドデカイ顔をしやがる生き物だし!)
 このクロカの思いは、実のところ、この業界に入った時に、先輩方が要らないのに無理矢理聞かせてくれた愚痴により半分以上構成されている。

(「軍の連中、俺達は睡眠時間が必要だと思ってねぇからよぉ」)
(「勝てば操縦者の腕、負けたら機体性能。これ聖勇士パラディンどもの常識だからな」)
(「はは、彼と別れたわ。お前、金属と薬剤の臭いがするって言われて。アイツの機体を徹夜で強化改造してなかったら、去年の今ごろ死んでたクセにね。さっすがエース様は違うわー!!」)
 頭の中を素通しさせようとしたのにこびりついた、先輩達からのいくつもの言葉。クロカにとって、ある種の励みである。

 だが息が臭くて頭の悪いゴブリンが、いけしゃあしゃあと抜かしやがるのだ。
「町に入って地形効果を使えば、アイテム無しでも勝てたと思うんス」
 町の壁や建物を盾にして敵と戦う。チャンスがあれば戦闘に巻き込まれて壊れた施設から、修理や補給に使えそうな部品を拾って利用する。
 防御と回復を兼ねた戦法として、この世界では一般的、戦闘の常識だ。
「そうだけど、ジンは町が壊れちゃうからしなかったんだよ」
 リリマナはジンの思いを汲み取ってはいるが、それがこの世界では変わり者だという事は否定しない。

 そしてジンは――
「クロカがアイテムを用意できなけりゃ、俺も町を盾にしただろうな。顔も名前も知らない連中を死んでも守ってやる、というほど俺は聖人君子じゃねぇ」
 正直にそう言った。

 しかしそれを聞いてクロカは疑わしそうな目をジンに向ける。
(ほーん。町を守りたくてハラキリするとか言ってた奴が……)
 意地悪くニヤッと笑い、クロカはジンに訊いた。
「私のアイテムがあって、その上で町も利用すればもっと楽に戦えたんじゃないの? そうすりゃ補給班も拾えていつでも逃げられるようになっただろうし。聖人君子じゃないならそれでいいと思うけど、ねぇ?」
 口先だけの謙遜をつついてやったらどんな言葉が返ってくるか。そんな好奇心で訊いたクロカに、ジンは当然のように答える。
「出さなくていい犠牲をわざわざ出しにいく理由も無ぇ。出さずに勝てるようになったならな」

(ま、そう言うだろうねぇ)
 予想の範疇。クロカの笑みが大きくなる。
「シシシ……私が町の人達の命を救ってやったようなもんだな」
(だから感謝するよなあ?)

「ああ、全くだ。町の人の代わりに礼を言っとく。ありがとうよ」
 クロカを真っすぐ見上げ、ジンはそう言った。

 クロカの笑顔が硬直した。
「お……おう」
 そう漏らすのが精一杯。
 予想の範囲外である。慌てて話題の流れを変える。
「そ、それで、話を戻すけど……他に欲しいアイテムは? 今あるCOCPなら、時間をかければ結構なシロモノが造れるし」

 ふむ、と頷き考えるジン。
「一応訊くが、ENや残弾が無限になるとか、地形適応が全部Sになって空を飛べるとか、そのクラスのアイテムはどうだ?」
 はあ~とクソデカ溜息をつくクロカ。
「そのアホな質問に答えてやるけど、無理に決まってんだろ。まー……私なら作成する能力自体はあるから、膨大なCOCPがあればできるけど」
 ジンは「ほう」と感心したようだ。
「そりゃスゲェな。マジ話、俺が欲しいのはデバフを無効化するような奴だ」
「ブツ次第だね。あらゆるデバフを100%無効化、と言い出したら厳しいわ」

(対象を絞るという事は、強敵は他のデバフ使うということ。100%でないという事は、肝心な時に外すということ。そういう事に思えるな……)
 ジンが昔から遊んでいたゲームシリーズで得た経験である。
「もう少し保留しておくか……」

 だが少し考えた所で、ジンには思いついた事があった。
「ところでCOCPで操縦者がスキルを習得する事は可能か?」
「できるよ。何を覚えたい?」
 クロカはあっさりと肯定。
 アイテム作成とスキル習得に必要なリソースが統合されている。これもジンが昔から遊んでいたゲームシリーズにあった。これもダメモトで訊いた事だが、こっちは期待通りだったようだ。
「では射撃して即動けるやつを頼む」
「ヒット・アンド・アサルト、通称H&Aか。オッケー」
 クロカの言葉にジンは疑問を抱く。
「アウェイじゃないのか……?」
 だがクロカは薄笑いで肩を竦めた。
「このスキルを身に着けた奴は大概、射撃しながら敵へと切り込んでいくから」

 ジンがこのスキルを欲したのは、射撃しながら味方と歩調を合わせ、陣形を組み続けるためである。
 だがそうすると、近接戦闘機のBクローリザードとともに前線へ突撃する事も多くなり……なるほど、クロカの言う通りの使い方になりがちだろう。

 クロカは薄いバインダーのような板を取り出した。
 異界流ケイオスの壺に指を入れ、何やら呪文を唱える。指先に七色の光が収束し――それをバインダーに押し付けた。
 バインダーの中央が青く光る。
「ほい、造ったよ。スキル本。読めば魔法が習得できる昔の【魔導書】の技術を流用してるから『本』と呼ばれてるけど、別に読む物じゃないから。この中のパワーをあんたの中に解放するだけだから」

 それを手渡されたジンは、青く輝く中央に触れてみる。
 光が粒子となり、ジンに纏わりつき、吸い込まれ――ジンは自分の中に宿る物を感じた。
(なるほど。流石は魔法の世界だな……)
 異界の技術に驚きを感じながら、ジンは光を失った板をクロカに返した。

 ジンは他の二人にも訊ねる。
「お前らも何か習得するか?」
 だがナイナイは眉を寄せて悩む。
「うーん……よくわかんない。ジンは理解が早くて凄いなぁ」
「ゲッゲー」
 ダインスケンはその隣で鳴くだけだ。
 だがそう言われても、ジンの「理解力」は「この世界の技術が、昔から遊んでいたゲームシリーズによく似てる所がたまたま多いから」故でしかない。
(ある意味、知識無双って奴か? まぁ無双と言えるほど楽勝してはいないがな……)

「確かに適応が早いな、ジン。召喚された者によっては何がどうなっているのか理解してもらうだけで数日かかる事もあるのだが」
 そう声をかけられ、ジンは振り返る。
 ブリッジからヴァルキュリナが降りてきていた。その言葉からして、いくらか話を聞いていたのだろう。
「やはりチキュウ人だからか」
「まぁそうとも言えるか……」
 先に来ていた地球人がどれ程いるのか、地球の事をどの程度この世界に教えているのか。
 ヴァルキュリナは「地球人は巨大ロボを理解できて当然」と認識しているようだ。現代日本から召喚された先人は確実にいるだろう。アニメやマンガの事を熱心に伝えでもしたのだろうか。

 そう考えたジンだが、ヴァルキュリナが次に言った言葉には衝撃を受けた。

「チキュウ界から召喚された聖勇士パラディンは、過去も含めれば数多くいる。その中には故郷で巨大ロボットに乗り、それで自国を毎週防衛したり、宇宙で戦争に参加していた者もな。似て非なる物が実在する世界の一つだから、チキュウ人がケイオス・ウォリアーに適正が高いのも納得できる話だ。ジンも故郷で乗っていたのか?」

 実際に巨大ロボに乗っていた「地球人」が、一人ならずこの世界に召喚されていた――!?

「なんだと……! 巨大ロボットに乗っていた奴らが……」
 いる筈は無いのだ。あくまで架空の物なのだから。
 だがヴァルキュリナは驚くジンに不思議そうな目を向けた。
「チキュウではあまり乗らない物なのか? 確かに、故郷で巨大ロボットに乗っていたチキュウ人は少数派だという。ロボットを全く知らない者も結構な割合でいたそうだし……そう考えるとロボットを知っているだけ、ジンは知識がある方なのか」

 ヴァルキュリナの言葉を聞くうちに、ジンには思いついた事がある。
 この世界・インタセクシルは、様々な世界から召喚魔法で人を呼び込んでいる。
 様々な世界から。異なる次元、異なる時空から。
 ならば……が、複数あったら?
 地球から召喚された者からの情報が食い違う事もあるのでは?

(並行世界!)
 ジンの頭にその単語がよぎる。
 巨大ロボットが実在する世界から、このインタセクシルに召喚された者が過去にいたのだろう。

 そうなると仲間の故郷にも興味が湧いた。
「ナイナイの故郷はどんな所なんだ?」
 互いの故郷は食事の時の雑談でたまに出る程度――現状どうするかの方が圧倒的に重要だから――だったが、ジンは改めて聞いて見る。

 ちょっと嬉しそうに話し出すナイナイ。
「広くて大きい草原だよ。ロアスってみんな言ってる。そこではいろんな部族がいて、僕の部族はテイスで、馬に乗って牛と羊を飼って旅して暮らしてた」

 ナイナイの話だと草原がどこまでも広がっている世界に聞こえるが、少なくとも本人の認識ではその通りだ。
 草原の向こうは海か山脈で遮られ、向こうがどうなっているのか誰も知らない。そのどちらも他の部族からまた聞きで聞いただけで、ナイナイは自分の目で見た事が無い。
 ロアスで最も使われる乗り物は『馬』である。鞍とあぶみの職人はどの部族でも重宝される。
 武器は剣と弓。機械の武器は少数の弩ぐらい。鎧は布か革だ。
 最新テクノロジーは油を使うランプだ。テントに引火し難く、光源として持ち運びも容易なので『現代』の遊牧民達は大助かりしている。耐熱ガラスの加工技術を持つ部族から購入するしかない、非常に高度なアイテムであり、年寄には「こんな便利な物があったら人は堕落する」と嫌う物さえいた。
 ケガをしたら薬草を塗り、部族のシャーマンが精霊に祈る。

 そんなナイナイにとって、インタセクシルは驚異の塊だ。
「この世界ほど大きい町も、いろんな道具も、はっきり目に見える魔法も無かったよ。凄い文明だなぁ……僕らの世界に来たら全部支配できちゃいそう」
 天井の魔法照明を文字通り眩しそうに見上げるナイナイ。

(異世界の文明が遅れてるネタは山ほど見たが……世界が複数あればその間にも差があるか)
 納得しつつ、ジンはもう一人の仲間に訊ねた。
「ダインスケンは……」

「ゲッゲー」

「……そうか」
 いつかコイツの過去を知る日も来るだろう。
 今のところ、ジンはそう納得する事にした。
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