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第一章:魔剣いっこ拾う
見捨てられて出遅れて追い出される僕がキルドから出て行く日
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「バルチェ。お前はもう要らないって事よ」
セキセー国有数の大都市ダイラ。
その冒険者ギルド本部店のテーブルに、この地域でも一、二を争う勇者として名高いパーティの姿があった。
しかし不穏な空気。周囲のテーブルでは他の冒険者達が好奇の目を向けている。
椅子にふんぞり返ったリーダー、テーブルの上にはギルドの印が押された羊皮紙。
横手には五人の人影。
そしてリーダーの対面には――小柄な少年が力なく項垂れていた。
彼はショートカットにバンダナの、一目では少女にも見える顔立ち。年齢18になるが、草原で暮らす小人・タイニーラビット族を母親に持つ故、彼はローティーンかのような体格と外見なのである。
革鎧にフード付きの外套とくれば、大概は盗賊系のクラスだ。彼の母の一族は器用で素早いので、これは自然な事。
だがその一族のもう一つの特徴、底抜けの陽気さが今の彼には無い。
まぁお払い箱になっている最中なのだから当然である。今、彼は思っていた。
(またか。結局、僕はこうなるのかなぁ……)
また、とはどういう事なのか?
話は彼の生まれる前に遡ってしまう。具体的な時間はなんとも言えない。
なにせ――地球という星の日本という国の話になるからだ。
20××年、夏の離島。
その海岸にて、夜空からの大雨に打たれ、十数人の人間が何やら怒鳴り合っていた。
「全員は無理だって言ってるだろ! 順番だ、順番!」
「じゃあ誰からなんだよ!」
ある会社が不景気にも負けず夏季慰安旅行を決行した。取締役の一人が発案者なのだが、ちょいと間と運が悪かった。
天気が悪いのに離島へ出かけ、見事に天気が崩れて遭難状態。SOSを出したし救助隊は来たものの、出せる船は少し小さい物しか無かった。全員は乗せられない、とのこと。
揉めに揉めたが、まず女性は優先的に乗せられた。まぁ仕方が無い。
次にお偉いさん方が優先された。
「これは頼んでいるのではない! 命令だ! いいな!?」
そう怒鳴っているのは判断ミスして遭難を招いた取締役本人。唇を噛みながら、言われた者達は黙っていた。
仕方が無い?
結局、ヒラが数人残される事になった。
「ふん……まぁ次の船はすぐ来るはずだ」
雨と風の中、そう気休めを言って取締役は救助船に乗った。
闇の中に消えていく救助船の明かりを見送り、平社員の一人は溜息をつく。
(断りきれなかった僕が悪いとでもいうのか……)
小学、中学、高校。友達なんて少なく、独りが多かった学生時代。
働き始めてからも人付き合いが苦手で大概は独り。
そんな彼に上司が声をかけてくれたのは、気をつかってくれたからだろう。彼も一度は断ったが、押しの強さで出世した上司に結局押し切られてしまった。
しかしそれも含め、彼はこの旅行がまんざらでもなかった。
ただ結果的に自体が最悪になっただけである。
そして翌日のニュースでは。
離島での遭難事故が報道されていた。
第二救助船が天候悪化のため出せず、島に残された者全員が死亡した痛ましい顛末が……。
仕方が無い……のだろうか?
しかし捨てる神あれば拾う神あり。
いや、本当に神様が。
平社員が目を覚ました時――彼はどこかの神殿にいるようだった。
視界全てが磨き上げられた白亜の石で造られ、周囲には何人もの人影がある。奇妙な事に、皆一様にどこかぼんやりと透けているようだし、輪郭や顔だちも細かい所ははっきりしない。
そして一同の前には、羽根つき兜と甲冑で武装した、輝くばかりに美しい女が槍を手に立っている。
彼女だけは全てがはっきりと見えた。
「ようこそ、死者の間へ。転生させる前に訊ねる事がある。今、剣と魔法の世界・サウグワンより、魔王軍と戦うために勇者の魂を求める召喚魔術の門が開いた。よって何人かは転生先を異世界にしてもらわねばならない」
一同、顔を見合わせ首を傾げる。その中の一人が訊ねた。
「すいません、貴方は誰ですか?」
「私? 戦乙女のミストだ。今回行使された召喚魔法が最も適した時と地というわけで、君たちが死んだ日の日本から手近なタイミングで召された魂を集めた」
平社員は改めて周囲を見た。
輪郭がぼやけているので確信は持てないが、一緒に遭難した顔ぶれ以外も結構な人数がいるようだ。
「異世界で魔物と戦うため、君達には力を与えよう。転生先世界では【ユニークスキル】と呼ばれているようだ。どんな力になるかは私にもわからないが……それ!」
戦乙女が槍を掲げると、各人の前に光の珠が現れた。
平社員も含め、皆が憑かれたようにそれへ手を伸ばす。光に触れた時、珠は光の文字となって力を示した。平社員の前には――
『絶対蘇生。滅びの運命を斬り拓け。死亡後、蘇生魔法を受ければ、死後の経過時間や状態がいかなものであろうと蘇生魔法は必ず成功し、蘇る事ができる』
平社員は戦乙女に声をかけた。
「あの……これ、死体が焼かれたり砕かれたり食べられたりしたらどうなるんですか?」
ミストはつかつかと歩いてきて、親切に教えてくれる。
「焦げても排泄物になっても蘇生魔法で元の体になるから心配はいらない。粉々になっても死んだ場所で使ってもらえば大丈夫だ」
嫌な予感がし、平社員はさらに訊ねる。
「海の底に沈んだり谷の底に……つまり死体が回収してもらえない場所だったら?」
「回収されるまで気長に待つしかないだろう。死んでいるのだから何千年経とうが気にはなるまい。魔王との戦いには参加できないかもしれないが……」
絶句。
平社員が言葉を失っている間に、戦女神は他の質問者の所へ行ってしまった。
しばし後、皆が自分の力を理解してから、戦乙女は再び槍を掲げる。
彼女の側に揺らめく門が出現し、それが開いた。その向こうは――霧に包まれてよく見えない。
「これは地球へ生まれ変わるための門。異世界での戦いを拒否する者はここから輪廻の輪へ還るがいい。ただしある程度は召喚されてもらねばならないので、この門はじきに閉める」
途端に死者が門に殺到した!
よほど都合のいい力でも無い限り、戦乱の地へ好き好んで行くわけがない。
もちろん平社員も向かった。死なない、ならともかく、死んだら誰かに助けてもらえ……では。
だが彼は誰かに突き飛ばされた。
「どけよ!」
乱暴に言われて倒され、足蹴にされて転がり、完全に出遅れる。
極限状況だ。浅ましくはあっても仕方の無い事だ。全く、危機的状況だと弱い者はロクな目にあわない。
「ではここまで。残った魂は異世界へ行ってくれ」
平社員がなんとか立ち上がった時、ミストは門を閉じた。
(ど、どうして僕がこんな目に……)
彼は嘆いた。だが周囲を見れば、同じ目にあった者が彼以外にもいた。
だから彼は我慢する事にした。不安で死にそうではあったが、まぁ死んでいる最中なので本当に死ぬ心配は無い。
「では異世界への門を開く。ただしどんな血統・種族・立場に転生するかはそれぞれだ。どの門も一人通れば消えるゆえ、気をつけて選べ!」
ミストはそう言い、三度槍を掲げる。
その場に残った魂以上の門が出現した。それぞれの門には文字が輝き、生まれる先を示している。
大半が戸惑う中、一人が大声をあげた。
「強いスキルを持つ奴の意思を優先した方がいいよな。人助けなんだろ? 優秀な奴を有利にしてスタートダッシュをきらせた方が役立つよなあ?」
平社員は――その声にどこか、聞き覚えがある――そんな気がした。
「俺のスキルは『MP消費0化』だ。どんな魔法でも一切の消費なく使えるんだとよ。これはきっと最強クラスだぜ。というわけで……この『人族王家の子』を選ばせてもらう!」
声の主は自信満々でそう言い、門の一つへ向かった。
(あ……学生時代、散々嫌がらせをしてくれたアイツの声じゃないか?)
平社員は昔の事を思い出した。
気が弱い彼を始め、何人かをしょっちゅう「いじって」いたアイツ。
とはいえ顔がはっきり見えないので断言できるわけではないが……。
平社員が考えている間にも事態は動いていた。
「なら『状態異常完全耐性』の私は『エルフ族大賢者の子』ね!」
「俺は『成長速度倍化』だ。『人族名門武家の子』にする!」
もとより優秀な力を得た自信があるから残った者達が、次々と有利そうな門を選んでいく。
地球へ戻り損ねた「弱者」達は、彼らの背をおどおどと見守るだけだ。
自信のある「強者」が全て門を潜り、残った者は残った門を見た。
良くて平民、貧民街だの未開地だのと心配になる表記もぞろぞろ。
オークだのゴブリンだのトログロダイトだの、モンスターの名前まであった。
残った者達が残った門を嫌々通っていく。
平社員は少しでもマシな物が何か、迷った。
でもそれがいけなかった。
気が付けば自分を含め残りは二人。しかも人間に生まれようとしても、そんな門は後一つだった。彼は急いでそこへ向かう。
が、当然もう一人もそこへ向かった。
門の前で鉢合わせ。互いにおっかなびっくり、相手を見る。
平社員は見た。彼より年下の女の子。着ている服は……彼の母校!?
ぼやけているから断言はできない。けれど少しの沈黙の後、彼は一歩退いた。
「どうぞ……」
「い、いいんですか?」
少女はそう言ったものの、すぐに門を潜った。最後に彼へ一礼して……。
一人残った彼は戦乙女へ訊いた。
「一番人間に近い種族はどれでしょう?」
「タイニーラビット族とのハーフ生まれが残っているな。草原や山地の洞窟に住む小人族だが、子供みたいな外見で可愛いぞ」
聞かぬ名だ。エルフやドワーフのようなメジャー種族ではないらしい。
「外見はいいとして、能力はどんな感じですか?」
「器用で素早い。小柄だが人間程度にはタフでもある。まぁ体格通りに非力で魔力も大した事は無いが」
(RPGによくいる盗賊系種族か。戦いには向かなそうなんだが……)
ミストの説明を聞いてから、彼は他の門を見た。
オークだのゴブリンだのトログロダイトだの……。
彼は小人ハーフの門を潜った。本当にツイて無いが仕方が無い。
そして――異世界サウグワン。
そこの大きな山の麓で、旅芸人の男と小人族の妻の間に、可愛い珠のような男の子が産まれた。
父の愛と母の歓喜、一座の芸人達の祝福を一身に浴びて、笑顔と笑顔の只中で。
その子は人里の間を旅しながらすくすくと育ち、齢15になるや、両親に「冒険者になる」と告げた。
心配しながらも送り出してくれた父母と一座の仲間へ別れを告げ、その時近かった都市ダイラへ。そこの冒険者ギルドの門を叩き、能力査定を受け、職業訓練を受けて――
以来3年。
時折パーティ解散の憂き目に遭いながらも、2年前に入れてもらえたパーティは順調に成果を上げた。
今では勇者パーティとして名声が上がり……
そして今日。
その子――バルチェは、リーダーから勝ち誇った目で見下されていた。パーティのリーダー、魔道騎士のザーゴルは机上の羊皮紙を指さす。
「ギルドもお前がS級冒険者なのを再審査する必要ありと判断した。そのために田舎のギルドでしばらく言われたクエストをこなしていろ、とよ」
テーブルの横にいた者の一人、ギルド高官の制服を着た老人が尊大に頷く。
「高位冒険者の数と質はギルドの評価に直結するのでな。強いパーティについてまわり足を引っ張っていただけの者なら降格も当然」
この老人はザーゴルと日頃から懇意にしている。
ギルド高官ともなれば、腕の立つパーティの後援者となる事は珍しくない。後援者となり援助する事で、その手柄や名声を共にする事ができるのだ。再審査もその「援助」であろう事は想像に難くない。
やはりテーブルの横にいた、板金鎧に身を包んだ男――戦闘士のバサルスが「へっ!」と顔を歪めて笑う。
さすがに店内では兜を脱いでおり、モヒカン頭の狂暴な貌がバルチェを睨みつけていた。
「盗賊にだって戦闘スキルを磨いて回避壁やアタッカーをやる奴はいるのに、お前はそっちより探索系スキルが多いからな。前からなんでこんなのがパーティに居るのかと思ってたんだ!」
黒いドレスのようなローブにとんがり帽子、長い黒髪に大きな切れ長の目をした少女が小さく溜息をついた。
彼女は戦魔術師のラザリア。リーダーの彼女でもある。
可愛らしいとさえ言える声だが、言う事は――
「これからは魔王軍との直接対決をメインにするみたいだしね。戦闘が苦手なら別の道を選んだ方がいいでしょうよ。仕方ないんじゃない?」
僧衣の神経質そうな痩せた青年、高位神官のザダランが小狡い笑みを浮かべる。
「何より我らがリーダーが決めた方針ですから。世間は強い勇者を求める時代、実に正しい判断です。後の事はご心配なく、代わりのメンバーも既に話はついていますので。同じ盗賊系で、より戦闘に向いた上級クラスの人がね!」
その言葉に促されて、黒装束の男――顔は覆面で見えない――が頷いた。
「暗殺者のアズルだ。今後はここで世話になる」
(二年も一緒にやってきたけど、僕は邪魔者だったのか……)
バルチェはかつての仲間達に何も言い返せなかった。
納得していたわけではない。だがここで何を言った所で、彼らの心が翻るだろうか?
諍いになるだけだろうし、その後は――彼らの言うとおり、パーティを離れて地方で出直すだけだろう。
それに彼らは皆が攻撃に長けた上級クラスだ。高位神官のザダランだけは回復担当だが、宗派の関係で彼もいくつかの攻撃呪文を習得している。
敵を倒す力に最も乏しいのがバルチェである事は否定しようが無い。そして彼らは戦いの強さを、今、求めている。
大人しく引き下がる事が、自分ができる最後の協力だ。バルチェはそう思った。
そんな惨めなバルチェの横で、最後の、五人目の人物が「フッ……」と笑った。
「話は終わったようだな。ならば俺と来てもらおうか。このパーティから出て行くなら問題はあるまい」
何を言われているのかすぐにはわからず、バルチェは茫然とその男を見上げた。
ザーゴルが怪訝な顔でその男へ目を向ける。
「ていうか、あんた……誰?」
関係者づらで始めから居たその男を、一同の誰も知らなかった……!
セキセー国有数の大都市ダイラ。
その冒険者ギルド本部店のテーブルに、この地域でも一、二を争う勇者として名高いパーティの姿があった。
しかし不穏な空気。周囲のテーブルでは他の冒険者達が好奇の目を向けている。
椅子にふんぞり返ったリーダー、テーブルの上にはギルドの印が押された羊皮紙。
横手には五人の人影。
そしてリーダーの対面には――小柄な少年が力なく項垂れていた。
彼はショートカットにバンダナの、一目では少女にも見える顔立ち。年齢18になるが、草原で暮らす小人・タイニーラビット族を母親に持つ故、彼はローティーンかのような体格と外見なのである。
革鎧にフード付きの外套とくれば、大概は盗賊系のクラスだ。彼の母の一族は器用で素早いので、これは自然な事。
だがその一族のもう一つの特徴、底抜けの陽気さが今の彼には無い。
まぁお払い箱になっている最中なのだから当然である。今、彼は思っていた。
(またか。結局、僕はこうなるのかなぁ……)
また、とはどういう事なのか?
話は彼の生まれる前に遡ってしまう。具体的な時間はなんとも言えない。
なにせ――地球という星の日本という国の話になるからだ。
20××年、夏の離島。
その海岸にて、夜空からの大雨に打たれ、十数人の人間が何やら怒鳴り合っていた。
「全員は無理だって言ってるだろ! 順番だ、順番!」
「じゃあ誰からなんだよ!」
ある会社が不景気にも負けず夏季慰安旅行を決行した。取締役の一人が発案者なのだが、ちょいと間と運が悪かった。
天気が悪いのに離島へ出かけ、見事に天気が崩れて遭難状態。SOSを出したし救助隊は来たものの、出せる船は少し小さい物しか無かった。全員は乗せられない、とのこと。
揉めに揉めたが、まず女性は優先的に乗せられた。まぁ仕方が無い。
次にお偉いさん方が優先された。
「これは頼んでいるのではない! 命令だ! いいな!?」
そう怒鳴っているのは判断ミスして遭難を招いた取締役本人。唇を噛みながら、言われた者達は黙っていた。
仕方が無い?
結局、ヒラが数人残される事になった。
「ふん……まぁ次の船はすぐ来るはずだ」
雨と風の中、そう気休めを言って取締役は救助船に乗った。
闇の中に消えていく救助船の明かりを見送り、平社員の一人は溜息をつく。
(断りきれなかった僕が悪いとでもいうのか……)
小学、中学、高校。友達なんて少なく、独りが多かった学生時代。
働き始めてからも人付き合いが苦手で大概は独り。
そんな彼に上司が声をかけてくれたのは、気をつかってくれたからだろう。彼も一度は断ったが、押しの強さで出世した上司に結局押し切られてしまった。
しかしそれも含め、彼はこの旅行がまんざらでもなかった。
ただ結果的に自体が最悪になっただけである。
そして翌日のニュースでは。
離島での遭難事故が報道されていた。
第二救助船が天候悪化のため出せず、島に残された者全員が死亡した痛ましい顛末が……。
仕方が無い……のだろうか?
しかし捨てる神あれば拾う神あり。
いや、本当に神様が。
平社員が目を覚ました時――彼はどこかの神殿にいるようだった。
視界全てが磨き上げられた白亜の石で造られ、周囲には何人もの人影がある。奇妙な事に、皆一様にどこかぼんやりと透けているようだし、輪郭や顔だちも細かい所ははっきりしない。
そして一同の前には、羽根つき兜と甲冑で武装した、輝くばかりに美しい女が槍を手に立っている。
彼女だけは全てがはっきりと見えた。
「ようこそ、死者の間へ。転生させる前に訊ねる事がある。今、剣と魔法の世界・サウグワンより、魔王軍と戦うために勇者の魂を求める召喚魔術の門が開いた。よって何人かは転生先を異世界にしてもらわねばならない」
一同、顔を見合わせ首を傾げる。その中の一人が訊ねた。
「すいません、貴方は誰ですか?」
「私? 戦乙女のミストだ。今回行使された召喚魔法が最も適した時と地というわけで、君たちが死んだ日の日本から手近なタイミングで召された魂を集めた」
平社員は改めて周囲を見た。
輪郭がぼやけているので確信は持てないが、一緒に遭難した顔ぶれ以外も結構な人数がいるようだ。
「異世界で魔物と戦うため、君達には力を与えよう。転生先世界では【ユニークスキル】と呼ばれているようだ。どんな力になるかは私にもわからないが……それ!」
戦乙女が槍を掲げると、各人の前に光の珠が現れた。
平社員も含め、皆が憑かれたようにそれへ手を伸ばす。光に触れた時、珠は光の文字となって力を示した。平社員の前には――
『絶対蘇生。滅びの運命を斬り拓け。死亡後、蘇生魔法を受ければ、死後の経過時間や状態がいかなものであろうと蘇生魔法は必ず成功し、蘇る事ができる』
平社員は戦乙女に声をかけた。
「あの……これ、死体が焼かれたり砕かれたり食べられたりしたらどうなるんですか?」
ミストはつかつかと歩いてきて、親切に教えてくれる。
「焦げても排泄物になっても蘇生魔法で元の体になるから心配はいらない。粉々になっても死んだ場所で使ってもらえば大丈夫だ」
嫌な予感がし、平社員はさらに訊ねる。
「海の底に沈んだり谷の底に……つまり死体が回収してもらえない場所だったら?」
「回収されるまで気長に待つしかないだろう。死んでいるのだから何千年経とうが気にはなるまい。魔王との戦いには参加できないかもしれないが……」
絶句。
平社員が言葉を失っている間に、戦女神は他の質問者の所へ行ってしまった。
しばし後、皆が自分の力を理解してから、戦乙女は再び槍を掲げる。
彼女の側に揺らめく門が出現し、それが開いた。その向こうは――霧に包まれてよく見えない。
「これは地球へ生まれ変わるための門。異世界での戦いを拒否する者はここから輪廻の輪へ還るがいい。ただしある程度は召喚されてもらねばならないので、この門はじきに閉める」
途端に死者が門に殺到した!
よほど都合のいい力でも無い限り、戦乱の地へ好き好んで行くわけがない。
もちろん平社員も向かった。死なない、ならともかく、死んだら誰かに助けてもらえ……では。
だが彼は誰かに突き飛ばされた。
「どけよ!」
乱暴に言われて倒され、足蹴にされて転がり、完全に出遅れる。
極限状況だ。浅ましくはあっても仕方の無い事だ。全く、危機的状況だと弱い者はロクな目にあわない。
「ではここまで。残った魂は異世界へ行ってくれ」
平社員がなんとか立ち上がった時、ミストは門を閉じた。
(ど、どうして僕がこんな目に……)
彼は嘆いた。だが周囲を見れば、同じ目にあった者が彼以外にもいた。
だから彼は我慢する事にした。不安で死にそうではあったが、まぁ死んでいる最中なので本当に死ぬ心配は無い。
「では異世界への門を開く。ただしどんな血統・種族・立場に転生するかはそれぞれだ。どの門も一人通れば消えるゆえ、気をつけて選べ!」
ミストはそう言い、三度槍を掲げる。
その場に残った魂以上の門が出現した。それぞれの門には文字が輝き、生まれる先を示している。
大半が戸惑う中、一人が大声をあげた。
「強いスキルを持つ奴の意思を優先した方がいいよな。人助けなんだろ? 優秀な奴を有利にしてスタートダッシュをきらせた方が役立つよなあ?」
平社員は――その声にどこか、聞き覚えがある――そんな気がした。
「俺のスキルは『MP消費0化』だ。どんな魔法でも一切の消費なく使えるんだとよ。これはきっと最強クラスだぜ。というわけで……この『人族王家の子』を選ばせてもらう!」
声の主は自信満々でそう言い、門の一つへ向かった。
(あ……学生時代、散々嫌がらせをしてくれたアイツの声じゃないか?)
平社員は昔の事を思い出した。
気が弱い彼を始め、何人かをしょっちゅう「いじって」いたアイツ。
とはいえ顔がはっきり見えないので断言できるわけではないが……。
平社員が考えている間にも事態は動いていた。
「なら『状態異常完全耐性』の私は『エルフ族大賢者の子』ね!」
「俺は『成長速度倍化』だ。『人族名門武家の子』にする!」
もとより優秀な力を得た自信があるから残った者達が、次々と有利そうな門を選んでいく。
地球へ戻り損ねた「弱者」達は、彼らの背をおどおどと見守るだけだ。
自信のある「強者」が全て門を潜り、残った者は残った門を見た。
良くて平民、貧民街だの未開地だのと心配になる表記もぞろぞろ。
オークだのゴブリンだのトログロダイトだの、モンスターの名前まであった。
残った者達が残った門を嫌々通っていく。
平社員は少しでもマシな物が何か、迷った。
でもそれがいけなかった。
気が付けば自分を含め残りは二人。しかも人間に生まれようとしても、そんな門は後一つだった。彼は急いでそこへ向かう。
が、当然もう一人もそこへ向かった。
門の前で鉢合わせ。互いにおっかなびっくり、相手を見る。
平社員は見た。彼より年下の女の子。着ている服は……彼の母校!?
ぼやけているから断言はできない。けれど少しの沈黙の後、彼は一歩退いた。
「どうぞ……」
「い、いいんですか?」
少女はそう言ったものの、すぐに門を潜った。最後に彼へ一礼して……。
一人残った彼は戦乙女へ訊いた。
「一番人間に近い種族はどれでしょう?」
「タイニーラビット族とのハーフ生まれが残っているな。草原や山地の洞窟に住む小人族だが、子供みたいな外見で可愛いぞ」
聞かぬ名だ。エルフやドワーフのようなメジャー種族ではないらしい。
「外見はいいとして、能力はどんな感じですか?」
「器用で素早い。小柄だが人間程度にはタフでもある。まぁ体格通りに非力で魔力も大した事は無いが」
(RPGによくいる盗賊系種族か。戦いには向かなそうなんだが……)
ミストの説明を聞いてから、彼は他の門を見た。
オークだのゴブリンだのトログロダイトだの……。
彼は小人ハーフの門を潜った。本当にツイて無いが仕方が無い。
そして――異世界サウグワン。
そこの大きな山の麓で、旅芸人の男と小人族の妻の間に、可愛い珠のような男の子が産まれた。
父の愛と母の歓喜、一座の芸人達の祝福を一身に浴びて、笑顔と笑顔の只中で。
その子は人里の間を旅しながらすくすくと育ち、齢15になるや、両親に「冒険者になる」と告げた。
心配しながらも送り出してくれた父母と一座の仲間へ別れを告げ、その時近かった都市ダイラへ。そこの冒険者ギルドの門を叩き、能力査定を受け、職業訓練を受けて――
以来3年。
時折パーティ解散の憂き目に遭いながらも、2年前に入れてもらえたパーティは順調に成果を上げた。
今では勇者パーティとして名声が上がり……
そして今日。
その子――バルチェは、リーダーから勝ち誇った目で見下されていた。パーティのリーダー、魔道騎士のザーゴルは机上の羊皮紙を指さす。
「ギルドもお前がS級冒険者なのを再審査する必要ありと判断した。そのために田舎のギルドでしばらく言われたクエストをこなしていろ、とよ」
テーブルの横にいた者の一人、ギルド高官の制服を着た老人が尊大に頷く。
「高位冒険者の数と質はギルドの評価に直結するのでな。強いパーティについてまわり足を引っ張っていただけの者なら降格も当然」
この老人はザーゴルと日頃から懇意にしている。
ギルド高官ともなれば、腕の立つパーティの後援者となる事は珍しくない。後援者となり援助する事で、その手柄や名声を共にする事ができるのだ。再審査もその「援助」であろう事は想像に難くない。
やはりテーブルの横にいた、板金鎧に身を包んだ男――戦闘士のバサルスが「へっ!」と顔を歪めて笑う。
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「盗賊にだって戦闘スキルを磨いて回避壁やアタッカーをやる奴はいるのに、お前はそっちより探索系スキルが多いからな。前からなんでこんなのがパーティに居るのかと思ってたんだ!」
黒いドレスのようなローブにとんがり帽子、長い黒髪に大きな切れ長の目をした少女が小さく溜息をついた。
彼女は戦魔術師のラザリア。リーダーの彼女でもある。
可愛らしいとさえ言える声だが、言う事は――
「これからは魔王軍との直接対決をメインにするみたいだしね。戦闘が苦手なら別の道を選んだ方がいいでしょうよ。仕方ないんじゃない?」
僧衣の神経質そうな痩せた青年、高位神官のザダランが小狡い笑みを浮かべる。
「何より我らがリーダーが決めた方針ですから。世間は強い勇者を求める時代、実に正しい判断です。後の事はご心配なく、代わりのメンバーも既に話はついていますので。同じ盗賊系で、より戦闘に向いた上級クラスの人がね!」
その言葉に促されて、黒装束の男――顔は覆面で見えない――が頷いた。
「暗殺者のアズルだ。今後はここで世話になる」
(二年も一緒にやってきたけど、僕は邪魔者だったのか……)
バルチェはかつての仲間達に何も言い返せなかった。
納得していたわけではない。だがここで何を言った所で、彼らの心が翻るだろうか?
諍いになるだけだろうし、その後は――彼らの言うとおり、パーティを離れて地方で出直すだけだろう。
それに彼らは皆が攻撃に長けた上級クラスだ。高位神官のザダランだけは回復担当だが、宗派の関係で彼もいくつかの攻撃呪文を習得している。
敵を倒す力に最も乏しいのがバルチェである事は否定しようが無い。そして彼らは戦いの強さを、今、求めている。
大人しく引き下がる事が、自分ができる最後の協力だ。バルチェはそう思った。
そんな惨めなバルチェの横で、最後の、五人目の人物が「フッ……」と笑った。
「話は終わったようだな。ならば俺と来てもらおうか。このパーティから出て行くなら問題はあるまい」
何を言われているのかすぐにはわからず、バルチェは茫然とその男を見上げた。
ザーゴルが怪訝な顔でその男へ目を向ける。
「ていうか、あんた……誰?」
関係者づらで始めから居たその男を、一同の誰も知らなかった……!
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