24 / 36
6話 ツキと六文銭
3
しおりを挟む
案の定、今晩この旅館では結婚式が行われるという話だった。
「今すごく人気なんですよ、温泉宿でナイトウェディング。時間を気にせず披露宴を楽しんで、次の日は温泉でゆっくりお過ごしいただけるんです」
藍沢茜と名乗ったスーツの女性は、遺影──ではなく新郎新婦の写真が載ったウェルカムボードの傾きを直し、晴澄を式場のバックヤードに通した。
こんな場所でさえどことなく雰囲気が華やかだ。パーティション、クロスにキャンドル、備品の種類自体は普段見ているものと変わらないのに、デザインがまったく異なっている。非日常感が妙にむず痒い。
とはいえ手元が狂うほどではなかった。問題の紙袋の寸法を測り、厚紙とカッターを受け取って、一息に刃を滑らせる。
「……!」
切ったものを底面に仕込み、口の部分にも厚紙とテープを追加する。少しでも位置がずれると安っぽくなってしまうので注意が必要だ。慎重に、しかし手早く作業を終えて、見た目はそのままに丈夫さを増した紙袋を藍沢に渡した。
「一度これで試しましょう」
「あ……はい!」
「……大丈夫ですか」
足元のダンボールに詰まった白い箱を取り出す彼女だったが、余程重い品なのだろう、持ち上げようとする仕種が危なげで、思わず晴澄も手を添える。
「すみません、錠野さん……でしたよね。ありがとうございます」
「いえ。これ、中身は一体……?」
「お鍋です」
「鍋……」
贈り物に鍋。ピンと来ないのは晴澄が料理にも慶事にも縁遠いのが原因で、世間的にはありふれたチョイスなのだろうか。少なくとも、 錠野の式で一般的でないことは確かである。
紙袋の中に箱をセットしながら、藍沢は苦笑してみせる。
「引き出物って最近はほとんどカタログギフトですし、見ませんよね、お鍋。一時期は人気だったんですが、重すぎるのもあって下火になってしまって。今回は皆さまお車でいらしているので、多少重くても大丈夫だろうとホーロー鍋を選ばれたそうなんですが……残念なことに、ご用意された袋がとっても繊細で」
「車までの距離も耐えられそうにないですね」
「ええ。今日届いた瞬間に青ざめちゃいました」
それで助けを求めて奔走していたらしい。だが外装がさほど重要視されない土産物屋では解決策は見つからず、途方に暮れていたところに晴澄が現れたというわけだ。
経緯は予想通りだったが、品はせいぜい皿や茶碗などの食器だと思っていた。葬儀の返礼品の中で比較的重いと言われる茶葉や洗剤とは比べ物にならない。果たしてこの程度の処置で間に合うのかと、やや不安に駆られつつ藍沢の動きを追う。
「よいしょ、っと……!」
テーブルから浮かぶ紙袋。負荷がかかっているはずの底にも口にも、たわんだ様子は見られない。
「すごい、全然違いますよ! さっきはすぐに持ち手から破けちゃったんですけど、安定してます」
「よかった。長時間の持ち運びは難しいかもしれませんが」
「長時間持ってたら袋の前に腕がだめになっちゃいます」
それはそうだ、中身の重量が減ったわけではないのである。
彼女の真剣な口ぶりに軽く笑って、晴澄は新しい厚紙を取り出した。
「では、これで残りも補強していきますね」
「は、はい……! お願いします!」
切るべきサイズはすでに指が覚えていて、ここからは単純作業の繰り返しだ。ただし作業量は少なくない。シャッというカッターの音を響かせながら、藍沢にも手伝ってもらえそうなことを探す。
ひとまず畳まれた紙袋を広げていってもらおうかと顔を上げれば、彼女はテーブルに齧りつくようにして晴澄を見つめていた。
「……もう少し離れたほうが……刃が当たりでもしたら事ですから」
「あっ、す、すみません! あんまり手際が鮮やかなので、惚れ惚れしちゃって……」
「褒めていただくほどのものではないです」
けっして謙遜ではなかった。何せ物心ついたときから錠野葬祭の雑用をこなしているのだ。元々手先が器用ではない晴澄がこうして対応できるのは、経験の長さによるものでしかない。
「慣れさえすれば、藍沢さんのほうが綺麗に仕上げられるかと」
やけにきらきらした笑顔から視線を外し、無心で作業を続ける。
「お聞きしそびれてたんですが……錠野さん、ギフト関係の会社にお勤めなんですか?」
「いえ。ただ引き出物を扱う機会が多いだけで」
「あ、じゃあご同業の方……?」
「そんなようなものです」
嘘ではない。が、この話題は避けたい。
あえて言葉少なに答えるも、すっかり感心したらしい彼女は、身を乗り出さんばかりの勢いで問いを連ねる。
「今日は……お休みでこちらにいらしてるんですよね?」
「ええ」
「……わたしを助けてくださったのは、結婚式があると思ったから?」
「はい……それがなに、か」
あ、と思う。受け答えを誤った。嘘でもギフト系の業者だと流すべきだったのだ。
売店で目にした、礼節で固めた女性の姿は見る影もない。藍沢は夕日を浴びたかのように頬を染め、口元に拳を当ててうつむいていた。
「すみません、嬉しくて……何て言ったら失礼じゃないかしら。力を貸していただけたことが嬉しいのはもちろんなんですけど、それ以上に……」
手を止める。彼女の発言が衝撃となってこの身を襲うことが予見できていた。カッターを手放しておけば、あらぬ方向に刃が飛んでいく事態は回避できる。
「わたしは人の幸せを手伝えるこの仕事が好きで、この仕事に関わる人たちのことも好きだから──錠野さんが無関係な結婚式を見過ごせなかったことが、たまらなく嬉しいんです」
──やはり来たか。後ろから殴られたように頭がくらくらして、瞼を閉ざす。
違う。晴澄は逃げ場を求めたのである。その先に何があるかはあえて考えなかった。彼女たちのような人間がどんな意識で働いていようが知ったことではないし、そもそも喜びに満ちた時間を歓迎する気になどなれない。
今まで晴澄とともに在ったのは、愛や幸福が失われる瞬間のみなのだ。
それでもそこに留まるしかない自分と、美しいものを信じて走りつづける彼女たち。歩調を揃えるのは無理がある。
その隔たりに気付かない彼女は照れ隠しのように髪を掻きあげ、夢見る瞳で晴澄に微笑みかけた。
「お式の最後、この旅館のお庭でお祝いするんです。お部屋や廊下からも見えるはずなので、ぜひ一緒に幸せを祈ってください」
「今すごく人気なんですよ、温泉宿でナイトウェディング。時間を気にせず披露宴を楽しんで、次の日は温泉でゆっくりお過ごしいただけるんです」
藍沢茜と名乗ったスーツの女性は、遺影──ではなく新郎新婦の写真が載ったウェルカムボードの傾きを直し、晴澄を式場のバックヤードに通した。
こんな場所でさえどことなく雰囲気が華やかだ。パーティション、クロスにキャンドル、備品の種類自体は普段見ているものと変わらないのに、デザインがまったく異なっている。非日常感が妙にむず痒い。
とはいえ手元が狂うほどではなかった。問題の紙袋の寸法を測り、厚紙とカッターを受け取って、一息に刃を滑らせる。
「……!」
切ったものを底面に仕込み、口の部分にも厚紙とテープを追加する。少しでも位置がずれると安っぽくなってしまうので注意が必要だ。慎重に、しかし手早く作業を終えて、見た目はそのままに丈夫さを増した紙袋を藍沢に渡した。
「一度これで試しましょう」
「あ……はい!」
「……大丈夫ですか」
足元のダンボールに詰まった白い箱を取り出す彼女だったが、余程重い品なのだろう、持ち上げようとする仕種が危なげで、思わず晴澄も手を添える。
「すみません、錠野さん……でしたよね。ありがとうございます」
「いえ。これ、中身は一体……?」
「お鍋です」
「鍋……」
贈り物に鍋。ピンと来ないのは晴澄が料理にも慶事にも縁遠いのが原因で、世間的にはありふれたチョイスなのだろうか。少なくとも、 錠野の式で一般的でないことは確かである。
紙袋の中に箱をセットしながら、藍沢は苦笑してみせる。
「引き出物って最近はほとんどカタログギフトですし、見ませんよね、お鍋。一時期は人気だったんですが、重すぎるのもあって下火になってしまって。今回は皆さまお車でいらしているので、多少重くても大丈夫だろうとホーロー鍋を選ばれたそうなんですが……残念なことに、ご用意された袋がとっても繊細で」
「車までの距離も耐えられそうにないですね」
「ええ。今日届いた瞬間に青ざめちゃいました」
それで助けを求めて奔走していたらしい。だが外装がさほど重要視されない土産物屋では解決策は見つからず、途方に暮れていたところに晴澄が現れたというわけだ。
経緯は予想通りだったが、品はせいぜい皿や茶碗などの食器だと思っていた。葬儀の返礼品の中で比較的重いと言われる茶葉や洗剤とは比べ物にならない。果たしてこの程度の処置で間に合うのかと、やや不安に駆られつつ藍沢の動きを追う。
「よいしょ、っと……!」
テーブルから浮かぶ紙袋。負荷がかかっているはずの底にも口にも、たわんだ様子は見られない。
「すごい、全然違いますよ! さっきはすぐに持ち手から破けちゃったんですけど、安定してます」
「よかった。長時間の持ち運びは難しいかもしれませんが」
「長時間持ってたら袋の前に腕がだめになっちゃいます」
それはそうだ、中身の重量が減ったわけではないのである。
彼女の真剣な口ぶりに軽く笑って、晴澄は新しい厚紙を取り出した。
「では、これで残りも補強していきますね」
「は、はい……! お願いします!」
切るべきサイズはすでに指が覚えていて、ここからは単純作業の繰り返しだ。ただし作業量は少なくない。シャッというカッターの音を響かせながら、藍沢にも手伝ってもらえそうなことを探す。
ひとまず畳まれた紙袋を広げていってもらおうかと顔を上げれば、彼女はテーブルに齧りつくようにして晴澄を見つめていた。
「……もう少し離れたほうが……刃が当たりでもしたら事ですから」
「あっ、す、すみません! あんまり手際が鮮やかなので、惚れ惚れしちゃって……」
「褒めていただくほどのものではないです」
けっして謙遜ではなかった。何せ物心ついたときから錠野葬祭の雑用をこなしているのだ。元々手先が器用ではない晴澄がこうして対応できるのは、経験の長さによるものでしかない。
「慣れさえすれば、藍沢さんのほうが綺麗に仕上げられるかと」
やけにきらきらした笑顔から視線を外し、無心で作業を続ける。
「お聞きしそびれてたんですが……錠野さん、ギフト関係の会社にお勤めなんですか?」
「いえ。ただ引き出物を扱う機会が多いだけで」
「あ、じゃあご同業の方……?」
「そんなようなものです」
嘘ではない。が、この話題は避けたい。
あえて言葉少なに答えるも、すっかり感心したらしい彼女は、身を乗り出さんばかりの勢いで問いを連ねる。
「今日は……お休みでこちらにいらしてるんですよね?」
「ええ」
「……わたしを助けてくださったのは、結婚式があると思ったから?」
「はい……それがなに、か」
あ、と思う。受け答えを誤った。嘘でもギフト系の業者だと流すべきだったのだ。
売店で目にした、礼節で固めた女性の姿は見る影もない。藍沢は夕日を浴びたかのように頬を染め、口元に拳を当ててうつむいていた。
「すみません、嬉しくて……何て言ったら失礼じゃないかしら。力を貸していただけたことが嬉しいのはもちろんなんですけど、それ以上に……」
手を止める。彼女の発言が衝撃となってこの身を襲うことが予見できていた。カッターを手放しておけば、あらぬ方向に刃が飛んでいく事態は回避できる。
「わたしは人の幸せを手伝えるこの仕事が好きで、この仕事に関わる人たちのことも好きだから──錠野さんが無関係な結婚式を見過ごせなかったことが、たまらなく嬉しいんです」
──やはり来たか。後ろから殴られたように頭がくらくらして、瞼を閉ざす。
違う。晴澄は逃げ場を求めたのである。その先に何があるかはあえて考えなかった。彼女たちのような人間がどんな意識で働いていようが知ったことではないし、そもそも喜びに満ちた時間を歓迎する気になどなれない。
今まで晴澄とともに在ったのは、愛や幸福が失われる瞬間のみなのだ。
それでもそこに留まるしかない自分と、美しいものを信じて走りつづける彼女たち。歩調を揃えるのは無理がある。
その隔たりに気付かない彼女は照れ隠しのように髪を掻きあげ、夢見る瞳で晴澄に微笑みかけた。
「お式の最後、この旅館のお庭でお祝いするんです。お部屋や廊下からも見えるはずなので、ぜひ一緒に幸せを祈ってください」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる