おちおち冥福も祈れない

ヒルミチ ヒナカ

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6話 ツキと六文銭

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 案の定、今晩この旅館では結婚式が行われるという話だった。

「今すごく人気なんですよ、温泉宿でナイトウェディング。時間を気にせず披露宴を楽しんで、次の日は温泉でゆっくりお過ごしいただけるんです」

  藍沢茜あいざわあかねと名乗ったスーツの女性は、遺影──ではなく新郎新婦の写真が載ったウェルカムボードの傾きを直し、晴澄を式場のバックヤードに通した。
 こんな場所でさえどことなく雰囲気が華やかだ。パーティション、クロスにキャンドル、備品の種類自体は普段見ているものと変わらないのに、デザインがまったく異なっている。非日常感が妙にむず痒い。
 とはいえ手元が狂うほどではなかった。問題の紙袋の寸法を測り、厚紙とカッターを受け取って、一息に刃を滑らせる。

「……!」

 切ったものを底面に仕込み、口の部分にも厚紙とテープを追加する。少しでも位置がずれると安っぽくなってしまうので注意が必要だ。慎重に、しかし手早く作業を終えて、見た目はそのままに丈夫さを増した紙袋を藍沢に渡した。

「一度これで試しましょう」
「あ……はい!」
「……大丈夫ですか」

 足元のダンボールに詰まった白い箱を取り出す彼女だったが、余程重い品なのだろう、持ち上げようとする仕種が危なげで、思わず晴澄も手を添える。

「すみません、錠野さん……でしたよね。ありがとうございます」
「いえ。これ、中身は一体……?」
「お鍋です」
「鍋……」

 贈り物に鍋。ピンと来ないのは晴澄が料理にも慶事にも縁遠いのが原因で、世間的にはありふれたチョイスなのだろうか。少なくとも、 錠野こちらの式で一般的でないことは確かである。
 紙袋の中に箱をセットしながら、藍沢は苦笑してみせる。

「引き出物って最近はほとんどカタログギフトですし、見ませんよね、お鍋。一時期は人気だったんですが、重すぎるのもあって下火になってしまって。今回は皆さまお車でいらしているので、多少重くても大丈夫だろうとホーロー鍋を選ばれたそうなんですが……残念なことに、ご用意された袋がとっても繊細で」
「車までの距離も耐えられそうにないですね」
「ええ。今日届いた瞬間に青ざめちゃいました」

 それで助けを求めて奔走していたらしい。だが外装がさほど重要視されない土産物屋では解決策は見つからず、途方に暮れていたところに晴澄が現れたというわけだ。
 経緯は予想通りだったが、品はせいぜい皿や茶碗などの食器だと思っていた。葬儀の返礼品の中で比較的重いと言われる茶葉や洗剤とは比べ物にならない。果たしてこの程度の処置で間に合うのかと、やや不安に駆られつつ藍沢の動きを追う。

「よいしょ、っと……!」

 テーブルから浮かぶ紙袋。負荷がかかっているはずの底にも口にも、たわんだ様子は見られない。

「すごい、全然違いますよ! さっきはすぐに持ち手から破けちゃったんですけど、安定してます」
「よかった。長時間の持ち運びは難しいかもしれませんが」
「長時間持ってたら袋の前に腕がだめになっちゃいます」

 それはそうだ、中身の重量が減ったわけではないのである。
 彼女の真剣な口ぶりに軽く笑って、晴澄は新しい厚紙を取り出した。

「では、これで残りも補強していきますね」
「は、はい……! お願いします!」

 切るべきサイズはすでに指が覚えていて、ここからは単純作業の繰り返しだ。ただし作業量は少なくない。シャッというカッターの音を響かせながら、藍沢にも手伝ってもらえそうなことを探す。
 ひとまず畳まれた紙袋を広げていってもらおうかと顔を上げれば、彼女はテーブルに齧りつくようにして晴澄を見つめていた。

「……もう少し離れたほうが……刃が当たりでもしたら事ですから」
「あっ、す、すみません! あんまり手際が鮮やかなので、惚れ惚れしちゃって……」
「褒めていただくほどのものではないです」

 けっして謙遜ではなかった。何せ物心ついたときから錠野葬祭の雑用をこなしているのだ。元々手先が器用ではない晴澄がこうして対応できるのは、経験の長さによるものでしかない。

「慣れさえすれば、藍沢さんのほうが綺麗に仕上げられるかと」

 やけにきらきらした笑顔から視線を外し、無心で作業を続ける。

「お聞きしそびれてたんですが……錠野さん、ギフト関係の会社にお勤めなんですか?」
「いえ。ただ引き出物を扱う機会が多いだけで」
「あ、じゃあご同業の方……?」
「そんなようなものです」

 嘘ではない。が、この話題は避けたい。
 あえて言葉少なに答えるも、すっかり感心したらしい彼女は、身を乗り出さんばかりの勢いで問いを連ねる。

「今日は……お休みでこちらにいらしてるんですよね?」
「ええ」
「……わたしを助けてくださったのは、結婚式があると思ったから?」
「はい……それがなに、か」

 あ、と思う。受け答えを誤った。嘘でもギフト系の業者だと流すべきだったのだ。
 売店で目にした、礼節で固めた女性の姿は見る影もない。藍沢は夕日を浴びたかのように頬を染め、口元に拳を当ててうつむいていた。

「すみません、嬉しくて……何て言ったら失礼じゃないかしら。力を貸していただけたことが嬉しいのはもちろんなんですけど、それ以上に……」

 手を止める。彼女の発言が衝撃となってこの身を襲うことが予見できていた。カッターを手放しておけば、あらぬ方向に刃が飛んでいく事態は回避できる。

「わたしは人の幸せを手伝えるこの仕事が好きで、この仕事に関わる人たちのことも好きだから──錠野さんが無関係な結婚式を見過ごせなかったことが、たまらなく嬉しいんです」

 ──やはり来たか。後ろから殴られたように頭がくらくらして、瞼を閉ざす。
 違う。晴澄は逃げ場を求めたのである。その先に何があるかはあえて考えなかった。彼女たちのような人間がどんな意識で働いていようが知ったことではないし、そもそも喜びに満ちた時間を歓迎する気になどなれない。

 今まで晴澄とともに在ったのは、愛や幸福が失われる瞬間のみなのだ。

 それでもそこに留まるしかない自分と、美しいものを信じて走りつづける彼女たち。歩調を揃えるのは無理がある。
 その隔たりに気付かない彼女は照れ隠しのように髪を掻きあげ、夢見る瞳で晴澄に微笑みかけた。

「お式の最後、この旅館のお庭でお祝いするんです。お部屋や廊下からも見えるはずなので、ぜひ一緒に幸せを祈ってください」
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