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1章
13話
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10分ほどかけて教頭先生のご自宅に位置情報アプリを使って辿り着くと、丁度教頭先生がその一軒家に到着したところだった。
教頭先生の家はそれなりに濃い霧のような呪いによって占拠されていた。先生の守護霊を見たが、満身創痍状態に見えた。
「教頭先生、来て正解でした」
「こうやって会うのは2月ぶりですね」
「はい。とっとと片を付けましょう。どうも、よろしくない状況みたいですから」
僕は了承を取らず、教頭先生の家に入る。玄関には靴が数足出ていて、多少乱れているものの、並べられていた。僕はスリッパに履き替え、気配の濃い2階の奥の部屋にずかずかと進む。
やはり、家の中は淀んでいて一般人が感じる程に空気が重い。
その部屋の前で、扉に手をかけると、教頭先生は待ったをかけた。声をかけてから入らないと娘さんに嫌われるらしい。
世知辛いことだ。
コン コン コン
「叶恵、入るぞ?」
3回ノックし、教頭先生が声をかける。高く透き通るような木の音が三度した。しかし、返事はなかった。
僕の勘には確かに内部にいるという確信を得た。しかし、扉には鍵がかかっているようだ。
「教頭先生。蹴破ってください」
「さすがにそれは……」
「やれ!」
教頭先生は廊下の壁を利用して扉を蹴破った。
中に踏み込むと異臭がした。人間の排せつ物の匂いだ。
部屋の中は真っ暗だった。散らかった部屋の隅でその少女は裸で獣の如く唸っていた。
「叶恵!」
駆け寄ろうとする教頭先生の服を握って止めた。
「真田君!?」
「落ち着いてください。教頭先生。薬物とか精神異常じゃないので」
「本当に悪霊なのか!?今まで、こんな様子は見られなかったのに!?」
「詰んでいる状況を察知して、一時的に肉体を乗っ取っているのでしょう」
「そ、そんな!」
僕の目には彼女に大型犬の悪霊が憑りついているのが見える。
それと同時に、彼女の体からじわじわと染み出るように薄い呪いが湧き出していた。どこかから送られているようだった。
やはり、山のアレ関連のようだ。そういった気配がする。
見た感じ、ん?あの腹部にあるのは……。え?マジで?ああ、そこから来ているのか。
「大型犬の悪霊ですね。世間じゃ、まとめて狐憑きなんて言われたりします。まあ、それを引き寄せた面倒なものもセットですけど」
「面倒なモノ?」
「通話で話した、封印されているアレですよ。ある手段で呪いを送り込んでいるみたいで、それに集るためにこの大型犬の悪霊は来たみたいです」
僕は教頭先生に触れ、与幸さんにしたように幽霊を見えるようにした。
「こ、これは!?」
「一時的に幽霊を見えるようにしました。どす黒い大型犬と彼女の姿が重なっているように見えますよね?」
「あ、ああ。娘は大丈夫なのか!?」
「ほら、最後のセーフティーとしてこの家で祀っていた神棚の神様が彼女の魂を保護しているみたいです。ま、神様自体が消滅しそうですけど」
目を凝らせば、今にも消え入りそうな光の玉が傷ついて弱り切った叶恵さんの魂を護っている。
「な、なあ。娘の腹部に……」
「はい。お目出度ってやつですね。3カ月ちょいってところですか。相手も今知りたいですか?」
「……いや、いい。まずは娘の身が優先だ」
教頭先生は、先生の顔ではなくいいお父さんの顔をしていた。
「そうですか。娘さんの意見を尊重してあげてください。前に進むにしろ、下ろすにしろ、決めていいのは叶恵さん本人です。その子は女の子ですね。そして、紛れもない望月 英達さん。あなたの初孫です。因みに、その子供を恐らく鬼子母神の分霊が守っています。近くのお寺に大きめの分霊がいましたからそこで貰ったのでしょう」
僕の所に療養に来たので間違いない。その系統の霊体が見えた。
僕は一旦廊下に出て、形代用の紙を取り出し、大まかな犬型に切り出した。
「それは?」
「形代です。これに引っぺがした犬の悪霊を入れます。人形でもいいんですけど持ち運びが面倒ですから。人間の悪霊には人の形を模した形代がよくて、生前の形に近い物の方が安定するんです」
「そ、そうなのか」
「教頭先生、一先ず、お風呂の準備と奥さんを呼び戻してください。叶恵さん体中汚物塗れです。剥がし終わったらお風呂場に直行です」
「わ、分かった!」
先生を送り出し、札を飛ばして家の四方に張り付けた。幽霊などの出入りを封じる結界だ。これで逃げ場はなくなったと思っていい。
彼女に憑いている以外の悪霊は僕が遠隔で霊力の応用により圧殺した。
少しして教頭先生が息を切らしながら戻って来た。
「奥さんは?」
「近場に買い物に出て帰ってくる途中とのことです。もうすぐ帰って来ます!まだ、妻にはお腹の中の子供のことは伝えていないので……」
「分かりました。留意しますけど、女同士の方がそういった話はしやすいかもしれません」
「……そう、ですか……」
教頭先生は下を向いた。
僕たちは先に片を付けることにした。教頭先生に「魔除けみたいなものです」と言いながら塩水の水滴をかける。
「それでは、父親であるあなたが叶恵さんを抑えてください。憑りつかれている間は筋力とかの制限が効かないので女子プロレスラーを相手にしているつもりで相対してください。相手は動物霊ですから、噛んだり、引っ掻いたりしてきます。目つぶしと、喉を噛みちぎられないようにだけ注意してください」
「わ、分かりました」
裸の少女と50代男性の取っ組み合いが始まった。叶恵さんは数秒、暴れに暴れまくったが、唸りながらも後ろから父親である教頭先生に拘束されている。
右腕を、右腕で。左腕を左腕で。右足を右足で。左足を左足で。搦めて抑えていた。教頭先生は下敷き。
丁度、叶恵さんの陰部がぱっくりと丸見えだ。汚れているが僕は少し発情してしまった。性癖が歪められた気がする。
僕はそれに近寄り、教頭先生に指示を出しつつ、先程切り抜いた犬型の形代を取り出す。
「終わるまで耐えてくださいね」
「な、何分ぐらい?」
「いいと言うまでです」
それだけ言うと叶恵さんの胸に形代を当てつつ、貫通するように叶恵さんの体内から僕の霊力によって犬の悪霊を引き吊り出す。
叶恵さんの魂や胎児を巻き込まないように気を付けて行ったので少しは苦労した。しかし、ここまで鍛えたので“霊力妨害の指輪”を付けていても問題なくその程度は行える。
悪霊が完全に形代に入ったところで叶恵さんの体は脱力した。僕はお腹の中の胎児へと延びる血縁を辿る縁の線に濃密な霊力の手刀で一閃を入れた。
するとたちまち、鬼子母神によって胎児から影響をシフトされていた叶恵さんの体から滲み出る呪いが出なくなった。
時間にして1分と少しだろう。
「終わりました。教頭先生、生きていますか?」
「ふぅ。何とか……」
教頭先生は僕が声をかけると脱力して息を吐いた。叶恵さんの下敷きだ。僕は汚れることを厭わず、彼女をずらした。目視する限り、母体も胎児も無事だ。
ただし、爪は剥がれ、そこら中に引っ掻いた跡があり、出血もしている。腹を引っ掻いて出血した跡もある。
「でしたら風呂場に運びましょう。このままでは衛生的ではありません」
「そ、そうですね」
僕と教頭先生は協力して叶恵さんを浴室まで運び、体の隅々まで洗った。その後、頭からつま先まで満遍なく御神酒をぶっかけた。
その途中、奥さんが帰って来てすったもんだがあったが、奥さんの手で着替えを行い、叶恵さんは奥さんのベットに寝かせた。その際にけがの治療をしておくのを忘れない。
リビングで話し合う前に、結界内の呪いを僕が霊力に干渉する形でこそぎ集め、形代に封じ納めた。
先程の犬の形代を含めて厳重に封印処置をしておく。
そして念のため、全ての部屋や野外に塩水と御神酒を撒いた。教頭先生と奥さんにも塩水で口と手をすすいでもらった。2人ともそれなりに呪いに中てられていたのだ。
それで、場所を移してリビングである。
家の窓は全開だ。
奥さんによって机の上にお茶が置かれる。
「さて、僕にできることは粗方終了しました。あとはご家族の問題です。教頭先生」
「は、はい」
「ここで、奥さんに何があったのか。何をしなければならないのかを話しますか?」
「そのつもりです」
「僕はいた方がいいですか?」
「……私も、妻も感情的になってしまうだろうからいてほしい」
教頭先生は客観的かつ冷静になれる人だ。その人がそう判断したのだ。僕はお茶で咥内を潤して「そうですか」と了承した。
戸惑う奥さんに、教頭先生は淡々と何があったのかを説明した。
「落ち着いて聞いてほしい。叶恵は妊娠している」
「そ、そんな。叶恵が妊娠!?」
奥さんは大いに戸惑っている様子である。
「まだ、産婦人科に行っていないようだが真田君が診たところ、およそ妊娠3カ月を少し過ぎたほどらしい。性別は女の子だそうだ」
「父親は誰なの!?まさか!」
奥さんは僕を見た。僕は間髪入れずに「違います」と否定した。
「一応、相手と詳しい事情も見えましたから説明できますけど必要ですか?」
2人は顔を見合わせた後、頷いた。そして、教頭先生が重い口調で「お願いする」と口にした。
「では、経緯から説明しましょうか。叶恵さんには玲菜さんという警察官僚を親に持つ娘さんが親友にいました。夏の終わりのことです。事件当日、玲菜さんの携帯を、同じ警察官僚を両親のどちらかに持つ者たちの集団に奪われ、町のカラオケボックスに玲菜さんを装って呼び出されました。そこで、その数人組の男たちに組み敷かれ乱暴を働かれたというわけです。そして、そこで撮られた写真で今度は玲菜さんが脅され同じく……。玲菜さんのも撮られ、どちらかが口外すれば2人とも画像をネットにばらまくと脅され、3月ほど行為が続いたようです。身籠った女の子の血縁上の父親は高田圭吾という、典型的なボンボンですね。序に言いますと、叶恵さんの写真をだしに、玲菜さんは肝試しに連れて行かれ、彼らごと帰らぬ人になりました。まあ、その後も玲菜さんのことが心配で自身のことなど気にしていられず妊娠の初期症状もストレスのせいだと勘違いして、自覚症状すらあまりなかったようです」
「「……」」
沈黙のみが重くのしかかる。
「奥さん、教頭先生にも言いましたが、産むのも堕ろすのも決めるのは孕んだ本人である叶恵さんです。彼女の言葉を否定せず、相談相手となり、寄り添ってあげて下さい」
「でも、もし生むって決断したら、叶恵はまだ高校3年生の18歳。進学だって控えているのに!子供のせいで人生を滅茶苦茶にするだなんて!」
「悦子!お腹の中の子供に罪はない!」
教頭先生が珍しく大きな声を出して奥さんを叱った。
「あなた……」
奥さんはバツが悪そうに下を向いて机の節を見つめる。
「堕ろすのであれば早くしないと1~2週間ほどの入院が必要な大掛かりな手術になります。母体のリスクも低くはありません。しかも、胎児はそれなりの大きさに成長しているでしょうから、膣口から器具を入れ、胎児の四肢を体内でバラバラにして掻き出す方法での堕胎になるでしょう。一方、産んでも大学には通えます。普通に受験し、1年目は休学。その次年度から通えばいい話ですし、大学によっては育児支援のための保育施設などがある場所もあります。育児費用は血縁上の父親の家系はつい最近破綻して支払い能力がありませんが、あなたの旦那さんが別件で沢山もぎ取ったようですし、心配はないでしょう。それに、お孫さんを護っているのが鬼子母神なので堕ろしたらどうなるのか……。反対に出産した場合、人為的な手が加わっても大抵のことなら母子の安全は確約されていると考えて問題ないと言い切れます」
僕はお茶を濁し、冷め始めたお茶を口にした。
叶恵さんが出産を決意した場合に、僕は出産祝いに何を贈ろうかとかそんなことを考えることにした。
それから1時間ぽつりぽつりと交わされ始めた会話を時に受け止め、時に仲裁し、僕が家に帰れたのは日が陰り出してからだった。
教頭先生の家はそれなりに濃い霧のような呪いによって占拠されていた。先生の守護霊を見たが、満身創痍状態に見えた。
「教頭先生、来て正解でした」
「こうやって会うのは2月ぶりですね」
「はい。とっとと片を付けましょう。どうも、よろしくない状況みたいですから」
僕は了承を取らず、教頭先生の家に入る。玄関には靴が数足出ていて、多少乱れているものの、並べられていた。僕はスリッパに履き替え、気配の濃い2階の奥の部屋にずかずかと進む。
やはり、家の中は淀んでいて一般人が感じる程に空気が重い。
その部屋の前で、扉に手をかけると、教頭先生は待ったをかけた。声をかけてから入らないと娘さんに嫌われるらしい。
世知辛いことだ。
コン コン コン
「叶恵、入るぞ?」
3回ノックし、教頭先生が声をかける。高く透き通るような木の音が三度した。しかし、返事はなかった。
僕の勘には確かに内部にいるという確信を得た。しかし、扉には鍵がかかっているようだ。
「教頭先生。蹴破ってください」
「さすがにそれは……」
「やれ!」
教頭先生は廊下の壁を利用して扉を蹴破った。
中に踏み込むと異臭がした。人間の排せつ物の匂いだ。
部屋の中は真っ暗だった。散らかった部屋の隅でその少女は裸で獣の如く唸っていた。
「叶恵!」
駆け寄ろうとする教頭先生の服を握って止めた。
「真田君!?」
「落ち着いてください。教頭先生。薬物とか精神異常じゃないので」
「本当に悪霊なのか!?今まで、こんな様子は見られなかったのに!?」
「詰んでいる状況を察知して、一時的に肉体を乗っ取っているのでしょう」
「そ、そんな!」
僕の目には彼女に大型犬の悪霊が憑りついているのが見える。
それと同時に、彼女の体からじわじわと染み出るように薄い呪いが湧き出していた。どこかから送られているようだった。
やはり、山のアレ関連のようだ。そういった気配がする。
見た感じ、ん?あの腹部にあるのは……。え?マジで?ああ、そこから来ているのか。
「大型犬の悪霊ですね。世間じゃ、まとめて狐憑きなんて言われたりします。まあ、それを引き寄せた面倒なものもセットですけど」
「面倒なモノ?」
「通話で話した、封印されているアレですよ。ある手段で呪いを送り込んでいるみたいで、それに集るためにこの大型犬の悪霊は来たみたいです」
僕は教頭先生に触れ、与幸さんにしたように幽霊を見えるようにした。
「こ、これは!?」
「一時的に幽霊を見えるようにしました。どす黒い大型犬と彼女の姿が重なっているように見えますよね?」
「あ、ああ。娘は大丈夫なのか!?」
「ほら、最後のセーフティーとしてこの家で祀っていた神棚の神様が彼女の魂を保護しているみたいです。ま、神様自体が消滅しそうですけど」
目を凝らせば、今にも消え入りそうな光の玉が傷ついて弱り切った叶恵さんの魂を護っている。
「な、なあ。娘の腹部に……」
「はい。お目出度ってやつですね。3カ月ちょいってところですか。相手も今知りたいですか?」
「……いや、いい。まずは娘の身が優先だ」
教頭先生は、先生の顔ではなくいいお父さんの顔をしていた。
「そうですか。娘さんの意見を尊重してあげてください。前に進むにしろ、下ろすにしろ、決めていいのは叶恵さん本人です。その子は女の子ですね。そして、紛れもない望月 英達さん。あなたの初孫です。因みに、その子供を恐らく鬼子母神の分霊が守っています。近くのお寺に大きめの分霊がいましたからそこで貰ったのでしょう」
僕の所に療養に来たので間違いない。その系統の霊体が見えた。
僕は一旦廊下に出て、形代用の紙を取り出し、大まかな犬型に切り出した。
「それは?」
「形代です。これに引っぺがした犬の悪霊を入れます。人形でもいいんですけど持ち運びが面倒ですから。人間の悪霊には人の形を模した形代がよくて、生前の形に近い物の方が安定するんです」
「そ、そうなのか」
「教頭先生、一先ず、お風呂の準備と奥さんを呼び戻してください。叶恵さん体中汚物塗れです。剥がし終わったらお風呂場に直行です」
「わ、分かった!」
先生を送り出し、札を飛ばして家の四方に張り付けた。幽霊などの出入りを封じる結界だ。これで逃げ場はなくなったと思っていい。
彼女に憑いている以外の悪霊は僕が遠隔で霊力の応用により圧殺した。
少しして教頭先生が息を切らしながら戻って来た。
「奥さんは?」
「近場に買い物に出て帰ってくる途中とのことです。もうすぐ帰って来ます!まだ、妻にはお腹の中の子供のことは伝えていないので……」
「分かりました。留意しますけど、女同士の方がそういった話はしやすいかもしれません」
「……そう、ですか……」
教頭先生は下を向いた。
僕たちは先に片を付けることにした。教頭先生に「魔除けみたいなものです」と言いながら塩水の水滴をかける。
「それでは、父親であるあなたが叶恵さんを抑えてください。憑りつかれている間は筋力とかの制限が効かないので女子プロレスラーを相手にしているつもりで相対してください。相手は動物霊ですから、噛んだり、引っ掻いたりしてきます。目つぶしと、喉を噛みちぎられないようにだけ注意してください」
「わ、分かりました」
裸の少女と50代男性の取っ組み合いが始まった。叶恵さんは数秒、暴れに暴れまくったが、唸りながらも後ろから父親である教頭先生に拘束されている。
右腕を、右腕で。左腕を左腕で。右足を右足で。左足を左足で。搦めて抑えていた。教頭先生は下敷き。
丁度、叶恵さんの陰部がぱっくりと丸見えだ。汚れているが僕は少し発情してしまった。性癖が歪められた気がする。
僕はそれに近寄り、教頭先生に指示を出しつつ、先程切り抜いた犬型の形代を取り出す。
「終わるまで耐えてくださいね」
「な、何分ぐらい?」
「いいと言うまでです」
それだけ言うと叶恵さんの胸に形代を当てつつ、貫通するように叶恵さんの体内から僕の霊力によって犬の悪霊を引き吊り出す。
叶恵さんの魂や胎児を巻き込まないように気を付けて行ったので少しは苦労した。しかし、ここまで鍛えたので“霊力妨害の指輪”を付けていても問題なくその程度は行える。
悪霊が完全に形代に入ったところで叶恵さんの体は脱力した。僕はお腹の中の胎児へと延びる血縁を辿る縁の線に濃密な霊力の手刀で一閃を入れた。
するとたちまち、鬼子母神によって胎児から影響をシフトされていた叶恵さんの体から滲み出る呪いが出なくなった。
時間にして1分と少しだろう。
「終わりました。教頭先生、生きていますか?」
「ふぅ。何とか……」
教頭先生は僕が声をかけると脱力して息を吐いた。叶恵さんの下敷きだ。僕は汚れることを厭わず、彼女をずらした。目視する限り、母体も胎児も無事だ。
ただし、爪は剥がれ、そこら中に引っ掻いた跡があり、出血もしている。腹を引っ掻いて出血した跡もある。
「でしたら風呂場に運びましょう。このままでは衛生的ではありません」
「そ、そうですね」
僕と教頭先生は協力して叶恵さんを浴室まで運び、体の隅々まで洗った。その後、頭からつま先まで満遍なく御神酒をぶっかけた。
その途中、奥さんが帰って来てすったもんだがあったが、奥さんの手で着替えを行い、叶恵さんは奥さんのベットに寝かせた。その際にけがの治療をしておくのを忘れない。
リビングで話し合う前に、結界内の呪いを僕が霊力に干渉する形でこそぎ集め、形代に封じ納めた。
先程の犬の形代を含めて厳重に封印処置をしておく。
そして念のため、全ての部屋や野外に塩水と御神酒を撒いた。教頭先生と奥さんにも塩水で口と手をすすいでもらった。2人ともそれなりに呪いに中てられていたのだ。
それで、場所を移してリビングである。
家の窓は全開だ。
奥さんによって机の上にお茶が置かれる。
「さて、僕にできることは粗方終了しました。あとはご家族の問題です。教頭先生」
「は、はい」
「ここで、奥さんに何があったのか。何をしなければならないのかを話しますか?」
「そのつもりです」
「僕はいた方がいいですか?」
「……私も、妻も感情的になってしまうだろうからいてほしい」
教頭先生は客観的かつ冷静になれる人だ。その人がそう判断したのだ。僕はお茶で咥内を潤して「そうですか」と了承した。
戸惑う奥さんに、教頭先生は淡々と何があったのかを説明した。
「落ち着いて聞いてほしい。叶恵は妊娠している」
「そ、そんな。叶恵が妊娠!?」
奥さんは大いに戸惑っている様子である。
「まだ、産婦人科に行っていないようだが真田君が診たところ、およそ妊娠3カ月を少し過ぎたほどらしい。性別は女の子だそうだ」
「父親は誰なの!?まさか!」
奥さんは僕を見た。僕は間髪入れずに「違います」と否定した。
「一応、相手と詳しい事情も見えましたから説明できますけど必要ですか?」
2人は顔を見合わせた後、頷いた。そして、教頭先生が重い口調で「お願いする」と口にした。
「では、経緯から説明しましょうか。叶恵さんには玲菜さんという警察官僚を親に持つ娘さんが親友にいました。夏の終わりのことです。事件当日、玲菜さんの携帯を、同じ警察官僚を両親のどちらかに持つ者たちの集団に奪われ、町のカラオケボックスに玲菜さんを装って呼び出されました。そこで、その数人組の男たちに組み敷かれ乱暴を働かれたというわけです。そして、そこで撮られた写真で今度は玲菜さんが脅され同じく……。玲菜さんのも撮られ、どちらかが口外すれば2人とも画像をネットにばらまくと脅され、3月ほど行為が続いたようです。身籠った女の子の血縁上の父親は高田圭吾という、典型的なボンボンですね。序に言いますと、叶恵さんの写真をだしに、玲菜さんは肝試しに連れて行かれ、彼らごと帰らぬ人になりました。まあ、その後も玲菜さんのことが心配で自身のことなど気にしていられず妊娠の初期症状もストレスのせいだと勘違いして、自覚症状すらあまりなかったようです」
「「……」」
沈黙のみが重くのしかかる。
「奥さん、教頭先生にも言いましたが、産むのも堕ろすのも決めるのは孕んだ本人である叶恵さんです。彼女の言葉を否定せず、相談相手となり、寄り添ってあげて下さい」
「でも、もし生むって決断したら、叶恵はまだ高校3年生の18歳。進学だって控えているのに!子供のせいで人生を滅茶苦茶にするだなんて!」
「悦子!お腹の中の子供に罪はない!」
教頭先生が珍しく大きな声を出して奥さんを叱った。
「あなた……」
奥さんはバツが悪そうに下を向いて机の節を見つめる。
「堕ろすのであれば早くしないと1~2週間ほどの入院が必要な大掛かりな手術になります。母体のリスクも低くはありません。しかも、胎児はそれなりの大きさに成長しているでしょうから、膣口から器具を入れ、胎児の四肢を体内でバラバラにして掻き出す方法での堕胎になるでしょう。一方、産んでも大学には通えます。普通に受験し、1年目は休学。その次年度から通えばいい話ですし、大学によっては育児支援のための保育施設などがある場所もあります。育児費用は血縁上の父親の家系はつい最近破綻して支払い能力がありませんが、あなたの旦那さんが別件で沢山もぎ取ったようですし、心配はないでしょう。それに、お孫さんを護っているのが鬼子母神なので堕ろしたらどうなるのか……。反対に出産した場合、人為的な手が加わっても大抵のことなら母子の安全は確約されていると考えて問題ないと言い切れます」
僕はお茶を濁し、冷め始めたお茶を口にした。
叶恵さんが出産を決意した場合に、僕は出産祝いに何を贈ろうかとかそんなことを考えることにした。
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