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第1部 学校~始まり
出会い
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ソルが、弟モーネと“出会った”のは10歳の時のことだ。
時期は冬で、うっすら雪が積もっている季節。
外では、何年かに1度訪れる流行り病が猛威を振るっていた。
「フォードさん!大変だよ!!ちょっと来てくれ!」
もうベッドに入っていたソルを起こしたのは、夜半過ぎ、家のドアが叩かれる音。そして、祖父であるフォードの名が呼ばれる声。
「……マグワルトさん、ソルがもう寝てます。もう少し、静かに……」
「そ、それはすまない。でも、大変なんだ!村の入口に人が倒れてるんだよ。今、うちの下働きのルートが見つけてきて……」
「フォードさん、ちょっと様子を見ただけだが、あれは間違いねえ。あの、流行り病の、“タイハクショウ”に違ぇねえよ」
「……!すぐに行こう!」
慌ただしく動き回る音がして、またドアが開いて閉まると、今度は人の気配がなくなった。
(おじいちゃん、助けに行ったんだ……こんな夜中なのに……)
ソルの祖父フォードは、村で唯一の“薬師”……薬草の専門家だ。家には小さな庭の他に、薬を作るための植物を育てている薬草園があり、様々な植物が自前で手に入るようになっている。
大きな町には、薬だけでなく物理的に身体を開いて悪い部分を取り除く、“医師”と呼ばれる人間もいるが、その治療はそこそこお金がかかる上に、ここヴィルデ村のような小さな村落にはそもそも医師そのものが存在しない。なので、村の人々は皆、何か不調を感じた時にはまず薬師に相談するのが一般的。腕も気も良いフォードは、毎日朝から晩まで引っ張りだこで、それまでも時折、夜中の依頼が入ることはあったのだけど……。
でも、その日は胸騒ぎがした。
ふいに耳に入ってきた“タイハクショウ”という言葉のせいかもしれない。漢字で書くと“退魄症”―ソルの両親の命を奪った流行り病の名前だ。
この病気は、罹患すると高熱を発し、次に視力がなくなり、更に進行すると聴覚、嗅覚を奪われ、声を出すことも出来なくなる。最後は全身の感覚がなくなり、本人も生きているのか死んでいるのか分からなくなったところで、いつの間にか息絶えているという残酷な病だ。罹った者のなかには、病気そのものからくる痛み、苦しみよりも、これから自分を襲う先行きの方が恐ろしく、まだ生きているうちから「頼むから殺してくれ」と言い出す者も少なくない。これを完治させるには薬師の作る薬では難しく、希望はまれに生まれてくる特別な力を持った“ヒーセント”という存在のみ。ただし、その治療を受けるには医師よりも更に莫大なお金がかかる。
この病気で両親を失ったソルは、3歳の時にフォードの元に引き取られてきた。
そして同じくソルの両親、本人にとっては娘夫婦を奪われたフォードは、薬師の意地にかけて何とか治療薬を編み出そうと願い、その甲斐あって、完全な治療薬こそ出来上がっていないものの、ソルが7歳の時には病気の“予防薬”を生み出すことができていた。
それは大いに効果があり、ここ数年、ソル達の住むヴィルデ村では退魄症にかかる者はほとんどいなくなっていたのだけれど……。
(それが、外でたおれていた?どこかよそから来たの?)
何となく落ち着かなくなって、ベッドを抜け出した。
裸足で歩く床は冷たく、思った通り人の気配がしない。
怒られるかなと思いながら、そっと外への扉を開けてみた時。
「ソル!?起きてたのか」
ドアの向こうに祖父が立っていた。
腕に、自分と同じくらいの男の子を抱えて。
「え、だれ……」
最初に目に入ったのは、眩しいほどの白い髪。
ソルが住んでいるこの国では、健康な人間の髪は大抵、落ち着いた茶色。後はその人間の置かれている状態で、色の濃さが変わってくると言われている。精気の乏しい、弱っている状態では色が薄くなり、それが完全な白色ともなれば、老人であっても滅多に見ることがないくらいだ。
ましてや白髪の“子供”なんてソルはそれまで見たこともなくて……。
「……ッ、ック……ク……ッ、ゲホッ、ゲホゲホッ……」
男の子が咳き込み始めた。
自分の咳で起きたのか目を大きく見開き、何かを言おうと口を開く。なのに、そこから声の出ることはなく、ぱっちりと開かれている目もどこにも視線が合わない。手を動かそうとしても、もうその力がないのか、指先だけが微かに揺れている。
「おじいちゃん、その子……」
「ソル、お隣りのシェンバーさんが、しばらくお前を預かってくれる。おじいちゃんが迎えに行くまで、そこで良い子にしてなさい」
「えっ、えっ……」
「ソルちゃん、来たわよ!おばさんと一緒に行きましょう!」
「大丈夫。少しの間だけ、おじさん達と家にいようね」
お隣のシェンバー夫妻は元気な奥さんと、優しいご主人のおしどり夫婦。子供のいない2人は、普段はソルのことを実の息子のように可愛がってくれるのだけど。でも、その時だけはソルの意向なんて丸無視で、痺れるほど強く手を引っ張り、外へ連れ出そうとしてくる。
そんな大人の力には抵抗できず、ソルは引きずられるように家を出た。
背後でパタンとドアが閉まる。一瞬振り返った合間に見えたのは、やっぱり印象に残る白い髪。
「……お願い、がんばって。死なないで」
小さく呟いて、後は逆らわずに2人の後をついていった。
それが、出会いだった。
もしかしたら、もう会えないかもしれない。
そう思った、7年後。
***
「モーネ!起きろ!遅刻するぞ!!」
「むり……ソル……もう薬は飲めない……」
待て、そこは『もう食べられない』とかじゃないのか。
一体、何の夢を見てるんだ、こいつは。
「あと、もう少し優しく起こしてくれたら、起きるぅ。ぐう……」
「……もう起きてるんだな、了解」
パシッと頭をはたいて、「起きてるなら早く下に来い!」と部屋を出かけて……ちょっと悪戯心が湧いた。
「モーネちゃん。お望み通り、お兄ちゃんが優しく起こしてや、る、よ……」
狸寝入りを決め込むサラリとした白銀の髪。それに顔を近づけ、耳にふぅーっと息を吹きかけながら「お、は、よ。あ、さ、だ、よ」
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぁあああ!!」
大袈裟な声を上げて、モーネが飛び起きた。
作戦成功、こんなに効き目があるなら明日からは、ずっとこれでいこうか。
「やだむり、やだむり、ごめんなさい」
「分かればいいんだよ、分かれば。朝ご飯、下で待ってるから」
「うん、分かった。すぐ行くから、先に行ってて……」
しかし、言葉とは裏腹にモーネは一向に布団から出てくる気配がない。完全に起きてはいるらしく身体は起こしているものの、腰から下に掛けた布団の下では何やらモゾモゾ。
「何?何やってんの?」
「何でも!何でもない!もういいから、僕もすぐ行くから!ソルはさっさと出てって!!」
「出てけって何だよ……人がせっかく……」
「分ぁかった!分かったから、もう早く!遅刻するよ!!」
もう何だよ、とぶつぶつ言いながら、ソルの姿が階段の下に消える。
完全に下に降りたことを確認してから、モーネは布団の中を覗いて、自分の下半身を確認して……小さく溜息を吐いた。
「……ソルがあんな起こし方するから。もう、ほんとバカ」
時期は冬で、うっすら雪が積もっている季節。
外では、何年かに1度訪れる流行り病が猛威を振るっていた。
「フォードさん!大変だよ!!ちょっと来てくれ!」
もうベッドに入っていたソルを起こしたのは、夜半過ぎ、家のドアが叩かれる音。そして、祖父であるフォードの名が呼ばれる声。
「……マグワルトさん、ソルがもう寝てます。もう少し、静かに……」
「そ、それはすまない。でも、大変なんだ!村の入口に人が倒れてるんだよ。今、うちの下働きのルートが見つけてきて……」
「フォードさん、ちょっと様子を見ただけだが、あれは間違いねえ。あの、流行り病の、“タイハクショウ”に違ぇねえよ」
「……!すぐに行こう!」
慌ただしく動き回る音がして、またドアが開いて閉まると、今度は人の気配がなくなった。
(おじいちゃん、助けに行ったんだ……こんな夜中なのに……)
ソルの祖父フォードは、村で唯一の“薬師”……薬草の専門家だ。家には小さな庭の他に、薬を作るための植物を育てている薬草園があり、様々な植物が自前で手に入るようになっている。
大きな町には、薬だけでなく物理的に身体を開いて悪い部分を取り除く、“医師”と呼ばれる人間もいるが、その治療はそこそこお金がかかる上に、ここヴィルデ村のような小さな村落にはそもそも医師そのものが存在しない。なので、村の人々は皆、何か不調を感じた時にはまず薬師に相談するのが一般的。腕も気も良いフォードは、毎日朝から晩まで引っ張りだこで、それまでも時折、夜中の依頼が入ることはあったのだけど……。
でも、その日は胸騒ぎがした。
ふいに耳に入ってきた“タイハクショウ”という言葉のせいかもしれない。漢字で書くと“退魄症”―ソルの両親の命を奪った流行り病の名前だ。
この病気は、罹患すると高熱を発し、次に視力がなくなり、更に進行すると聴覚、嗅覚を奪われ、声を出すことも出来なくなる。最後は全身の感覚がなくなり、本人も生きているのか死んでいるのか分からなくなったところで、いつの間にか息絶えているという残酷な病だ。罹った者のなかには、病気そのものからくる痛み、苦しみよりも、これから自分を襲う先行きの方が恐ろしく、まだ生きているうちから「頼むから殺してくれ」と言い出す者も少なくない。これを完治させるには薬師の作る薬では難しく、希望はまれに生まれてくる特別な力を持った“ヒーセント”という存在のみ。ただし、その治療を受けるには医師よりも更に莫大なお金がかかる。
この病気で両親を失ったソルは、3歳の時にフォードの元に引き取られてきた。
そして同じくソルの両親、本人にとっては娘夫婦を奪われたフォードは、薬師の意地にかけて何とか治療薬を編み出そうと願い、その甲斐あって、完全な治療薬こそ出来上がっていないものの、ソルが7歳の時には病気の“予防薬”を生み出すことができていた。
それは大いに効果があり、ここ数年、ソル達の住むヴィルデ村では退魄症にかかる者はほとんどいなくなっていたのだけれど……。
(それが、外でたおれていた?どこかよそから来たの?)
何となく落ち着かなくなって、ベッドを抜け出した。
裸足で歩く床は冷たく、思った通り人の気配がしない。
怒られるかなと思いながら、そっと外への扉を開けてみた時。
「ソル!?起きてたのか」
ドアの向こうに祖父が立っていた。
腕に、自分と同じくらいの男の子を抱えて。
「え、だれ……」
最初に目に入ったのは、眩しいほどの白い髪。
ソルが住んでいるこの国では、健康な人間の髪は大抵、落ち着いた茶色。後はその人間の置かれている状態で、色の濃さが変わってくると言われている。精気の乏しい、弱っている状態では色が薄くなり、それが完全な白色ともなれば、老人であっても滅多に見ることがないくらいだ。
ましてや白髪の“子供”なんてソルはそれまで見たこともなくて……。
「……ッ、ック……ク……ッ、ゲホッ、ゲホゲホッ……」
男の子が咳き込み始めた。
自分の咳で起きたのか目を大きく見開き、何かを言おうと口を開く。なのに、そこから声の出ることはなく、ぱっちりと開かれている目もどこにも視線が合わない。手を動かそうとしても、もうその力がないのか、指先だけが微かに揺れている。
「おじいちゃん、その子……」
「ソル、お隣りのシェンバーさんが、しばらくお前を預かってくれる。おじいちゃんが迎えに行くまで、そこで良い子にしてなさい」
「えっ、えっ……」
「ソルちゃん、来たわよ!おばさんと一緒に行きましょう!」
「大丈夫。少しの間だけ、おじさん達と家にいようね」
お隣のシェンバー夫妻は元気な奥さんと、優しいご主人のおしどり夫婦。子供のいない2人は、普段はソルのことを実の息子のように可愛がってくれるのだけど。でも、その時だけはソルの意向なんて丸無視で、痺れるほど強く手を引っ張り、外へ連れ出そうとしてくる。
そんな大人の力には抵抗できず、ソルは引きずられるように家を出た。
背後でパタンとドアが閉まる。一瞬振り返った合間に見えたのは、やっぱり印象に残る白い髪。
「……お願い、がんばって。死なないで」
小さく呟いて、後は逆らわずに2人の後をついていった。
それが、出会いだった。
もしかしたら、もう会えないかもしれない。
そう思った、7年後。
***
「モーネ!起きろ!遅刻するぞ!!」
「むり……ソル……もう薬は飲めない……」
待て、そこは『もう食べられない』とかじゃないのか。
一体、何の夢を見てるんだ、こいつは。
「あと、もう少し優しく起こしてくれたら、起きるぅ。ぐう……」
「……もう起きてるんだな、了解」
パシッと頭をはたいて、「起きてるなら早く下に来い!」と部屋を出かけて……ちょっと悪戯心が湧いた。
「モーネちゃん。お望み通り、お兄ちゃんが優しく起こしてや、る、よ……」
狸寝入りを決め込むサラリとした白銀の髪。それに顔を近づけ、耳にふぅーっと息を吹きかけながら「お、は、よ。あ、さ、だ、よ」
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぁあああ!!」
大袈裟な声を上げて、モーネが飛び起きた。
作戦成功、こんなに効き目があるなら明日からは、ずっとこれでいこうか。
「やだむり、やだむり、ごめんなさい」
「分かればいいんだよ、分かれば。朝ご飯、下で待ってるから」
「うん、分かった。すぐ行くから、先に行ってて……」
しかし、言葉とは裏腹にモーネは一向に布団から出てくる気配がない。完全に起きてはいるらしく身体は起こしているものの、腰から下に掛けた布団の下では何やらモゾモゾ。
「何?何やってんの?」
「何でも!何でもない!もういいから、僕もすぐ行くから!ソルはさっさと出てって!!」
「出てけって何だよ……人がせっかく……」
「分ぁかった!分かったから、もう早く!遅刻するよ!!」
もう何だよ、とぶつぶつ言いながら、ソルの姿が階段の下に消える。
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