薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

初めての相談者

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※ 女性キャラが出ます。すみませんが、苦手な方はご注意下さい。

 
 その日は、立て続けに変わったことが起こる日だった。

 モーネ達と別れて歩き出してからしばらく、教室のある4階までの階段を上りに上って、てっぺんまであと数段というところで。

「あの……ソル君」

 突然、後ろから名前を呼ばれて、考え事をしていたソルは思わず階段を踏み外しそうになった。
 かろうじて踏みとどまって振り返ると、そこには以前、名前の順でソルの前の席に座っていた、クラスの女子生徒の顔。

「あの、おはよう。私、ソアラです。同じクラスの……分かる?」

 因みに、マリフォルド王国では名字を持っているのは男爵以上の貴族達のみ。平民の身元を現すものは名前と出身地、又は現在の居住地の地名だ。貴族の子息ご令嬢達は、やはり同じ身分の子供達だけが集まる学校に通うので、ソルが知っている限りこの学校に名字を持っている生徒はいない。
 しかし、それはそれとして同じクラスの人間から、自分のことが分かるかと尋ねられるというのはどうなのだろう。

「いや、勿論、分かるよ。最初の頃、席、前後だったし……」

「良かった!ソル君、ちょっとぼんや……じゃなかった、ふんわりしてるから、クラスメートの顔もまだ覚えてないんじゃないかと思って……」

 ソル達、高等部の2年生は、この春つい1ヶ月前にクラス替えをしたばかりだ。
 確かにソアラと同じクラスになったのは初めてだし、席が前後だった時も必要な時に必要なことを話しただけ。それも、今は席替えで離れたので、ほとんど接点はない。
 でも、それにしても自分はクラスメートの顔も覚えていないくらいぼんやりした人間だと思われているのだろうか。心外だ。

「気を悪くしたなら、ごめんなさい。それで私、ちょっとソル君にお願いしたいことがあって……あの、ソル君って、もしかして薬草に詳しかったりするのかしら」

「じいちゃんが薬師だから、多少は分かると思うけど……何で?」

「私、薬を作って欲しいの。ソル君に」

「えっ、俺に?何で?」

「だって詳しいんでしょう、薬草」

 そういう問題ではない。

「詳しいって言っても、そんな。俺、まだ薬師っていう訳じゃな……」

「私、見たの。何日か前、男の子達が外で体術の練習をしてた時。ソル君、投げられて怪我した子に、何か校庭の草を採ってきて渡してたでしょう」

「あれは、本当に基本的な……そこら辺に生えてる、間違ってもそんなおおごとにならないやつだから……」

「そうなのね。でも、やっぱりソル君しかお願いできる人、いない。お願いだから、話だけでも聞いてくれない?」

 きれいにセットされた髪をふわりと揺らして、小首を傾げるソアラ。
 いや、そっちこそ話を聞いてくれ、とソルは思ったのだが……。

 しかし、同時に少しだけ興味も湧いてきた。

 小さい頃からフォードにくっついて学んできた薬の世界だが、知れば知るほど奥が深く、こういう時はどうするんだろうという疑問は尽きない。
一見、健康そうに見えるソアラは、一体何の薬を作って欲しいのだろう。

「……役に立てるかは分からないけど、話を聞くだけなら、まあ……」

「本当に!ありがとう、ソル君!!」

 階段の真ん中で、今にも踊り出しそうなくらいのソアラの喜びように、通り過ぎる生徒が何事かという視線をよこす。

「ソ、ソアラ。ここは階段で危ないから。とにかく授業が始まる前に、よければ、その、話っていうのを……」

「そうね!あんまり人に聞かれたくないから、人のいないところ、いないところ……あっ、あそこがいいわ。ソル君、ついてきて!」

 “人のいないところ”という言葉が怖くてちょっと及び腰になったが、乗りかかった船だ。
 ソルは鞄を肩に掛け直すと、時間と周りを気にしながらソアラの後に付いていった。

***
 
「それでね、話の続きなんだけど……」

 ソアラがソルを連れてきたのは、男子の体術、剣術、棒術の授業に使う防具がしまってある倉庫の前。マリフォルド王国では、幼年・中等学校時代には護身のための体術系の基礎をみっちりとたたき込まれるが、高等学校ではそういった授業自体が少なくなるので、確かにこの場所が朝から開くことはあまりなさそうだ。せいぜい、中等部で1時間目から授業のある時くらいか。
 しかしそもそも体術の授業がない、女子生徒であるソアラがそれを把握しているのは、一体どういう訳なのだろう……。

「……ちょっと!ソル君、聞いてる?」

「あ、ごめん。ちょっと女の子って怖……あ、いや!何でもない!ちょっとぼーっとしちゃってたから、もう1回、いい?」

「もー、ソル君たらやっぱりぼん……ふんわりしてるんだから」

 ぷうっと頬を膨らませて見せたソアラは、それでもソルの機嫌を損ねては薬を作ってもらえないかもしれないと危惧したのか、すぐに元の可愛らしい表情に戻って。

「あのね、ソル君。髪の色が濃くなる薬って作れる?」

「髪の色?」

「うん。別に今のままでも悪くはないんだけど、もうちょっとだけ濃くなるといいな、って」

「今より……もう少し……」

 ソアラの髪は、標準的なマリフォルド王国の民が持つ茶色。相対的に見れば、少しだけ薄い気もするが、それも言われなければ分からないくらいだ。
 ただ女性の場合、男性とはまた少し事情が違っていて、縁談の際、良い家柄の家ほど、髪色の薄い女性は敬遠されることが多い。曰く、精気が少なく、子供が産めないかもしれない、という訳だ。
 しかも最近少し増えてきたとはいえ、女の子で高等学校まで進む生徒の数は、この国ではまだまだ少ない。そこを押して進学をさせたということは、そこには親の大きな期待があるはず。それは、貴族とはいかないまでも、そこそこの良い家に嫁いで欲しい。そのために、多少お金を払ってでもその家にふさわしい教養を身につけさせるということ。
 平民でも、力を持った家では、無学な女などはなから相手にされず、求められるのは貴族階級、上流階級の夫人達の話し相手となって懐に入り込める女性。或いは、商いを裏から支え、家そのものを盛り立てていく気概と能力を持った女性なのだ。
 ただそれとは別に、元気な跡取りを生み、別の意味で家を支えるという“普通の”良妻賢母であることも求められている。いつの時代も、女性に要求されるものは大きい。

「でも、もう少しって、どのくらい?まさか、ここまで黒くなりたい訳じゃないよね」

 ソルが自分の髪を持ち上げてみせると、ソアラは「そ、そこまでは……」と手を振って後ずさった。
 因みに、髪色が黒すぎる女性も、それはそれで手に負えないじゃじゃ馬娘なのではないかと、これまた良家では敬遠されやすい。いつの時代も、女性は本当に……以下略だ。

「あのね、本当にちょっとでいいの。お父さまが、今度、どこかの男爵様の家に出入りしている大きなお家の方を家にお連れするから、いつでも挨拶できるように準備しておきなさい、って」

「そ、それって何か、すごくふんわりしてるけど……」

(でも、やっぱり、そういうことか……)

 良い家に嫁ぐためには教養が必要とはいえ、学校に行かせればその分、年齢は上がってしまう。父親としては、ソアラが学校を卒業したらすぐにも嫁がせられるように、今から準備に余念がないのだろう。

「ソアラは?その人と会ってみたいと思ってるの?」

「分からないけど、でも、こんな学校じゃなくて、家でおうちの手伝いをしていた周りの友達は、もうほとんど結婚してるもの。私だけいつまでも1人なんて、恥ずかしいわ」

「そう……そういうもんだよね」

 分かった、と、ソルは頷いた。

「何とか、頑張ってみる。て言っても、俺1人じゃ不安だから、じいちゃんに助けてもらいながらになるけど、いいよね?あと、体調とか普段の生活とか、少し話を聞きたいから、お昼休み、またここに来てもらっていい?」

「勿論!ありがとう、ソル君!!」

 じゃあ、教室に戻ろう、とソルが歩き出した時。

「そうだ、その、お代のことなんだけど……」

 ソアラが、セットされた髪をふわりと揺らした。

「あの、私のお小遣いの中から出すので…………よろしくね!」
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