盗賊少女に仕込まれた俺らの使命は×××だぞ!

halsan

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「フントにーちゃん、落ちつけよ」
「わかっているさ、アージュ」

 そうアージュに返答しながらも、フントの目線は目の前の化物から外れることはない。

 それは敵対する者に向けた冷静な視線ではなく、やるせなさと憎しみを同時に暗く宿らせたそれであった。
 そんなフントを落ち着かせるようにベルも敢えて冷静にこう口にした。
 
「あの頭はハイエナハウンドだね」
「そうだ」

 アージュ達の目の前でうごめくそれは、以前アージュたちがベースキャンプで出くわした「人頭」をあちこちにはやした化物ではなく「鬣犬ハイエナ頭」をあちこちに生やした化物だ。

 化物の前で殺気をこれでもかとばかりに放出しているフントをよそに、アージュは化物の周囲を伺っていく。
 どうやら目の前の化物に追随ついずいする存在はいないようだ。

 ならば試すか。
「おい、フントにーちゃん。ちょっと化物と意思の疎通を図ってみろ」
「何を馬鹿な!」
 アージュの指示にフントは耳を疑った。
 しかしそんな様子を気にもせずにアージュは続ける。
「お前の同胞に意識が残っているかどうかを確認するだけさ。さっさとやれ」

 フントは明らかに不満そうな表情ながらも何かを念じてみる。
 しかしその間も化物はアージュ達の元にゆっくりと近づいてくるだけ。
 
「だめだ、なんの返答もない」
「ならば容赦無しだな」
 アージュの確認にフントはこう続けた。
「せめて俺の手で供養してやるさ」

 怒号とともに化物に飛びかかるフントの背後で、アージュとベルはその様子を冷静に観察している。
 フントが振るう「デーモンクラッシャー」は、化物から生えた鬣犬の頭を次々と破壊し、土へと還していく。
 それに対し化物はつぶされた頭にも構わず、腕を思わせる太いつるを体幹から伸ばし、フントを捕えようとしているようだ。

 捕まってしまえばフントも取り込まれてしまう。
 しかし、しばらくの後に化物はフントを取り込むことなく、彼の前に崩れ落ちた。

「少しはすっきりしたか?」
「多少は……な」

 肩で息をする背後から掛けられたアージュからの労いに、フントはつまらなそうに答えた。
「で、これからどうするんだアージュ」
「ちょっと情報整理だな」
「情報整理?」

 振り向いたフントにアージュとベルはニヤリと笑いかけた。

 フントが化物と相対している間にアージュとベルは化物をじっくりと観察していた。
 ここでいくつかわかったことがある。
 まず化物は「ハイエナハウンド」としか同化していなかったこと。
 これは生えていた頭の全てがハイエナハウンドのものであったから間違いないだろう。

 次に化物の行動原理。
 動きを見るに、化物は攻撃力こそ高いが敏捷力に劣っているのは間違いない。
 これはどちらかというと「攻撃」つまり敵に攻め込む能力よりも、「迎撃」すなわち敵を迎え撃つ能力が高いと言える。

 攻撃力の高さは守備にこそ光る。
 なぜならば自身に有利な地形に敵を引き込み各個撃破が可能であるからだ。
 敏捷力に優れるフントでも、待ち伏せにより最初の一手を取られてしまえば、どうなってしまうかはわかったものではない。

 それに反し、単騎での行動で敏捷力が劣るのは致命的といえる。
 なぜならば、いくら攻撃力が高くても、戦場で囲まれてしまえば攻撃が当たることなくお終いだからだ。
 これはまさしく目の前で撃破された化物の末路である。

 ハイエナハウンド以外の生物にもいくらでも出会っただろうに、ハイエナハウンドし取り込んでいないのは「取り込んでいない」のはなく「取り込めない」のであろう。

 そもそも脊髄草スピナルグラスが野生の状態ならばあちこちに繁殖しているはずなのだが、そんな様子は見られない。
 
 これらから推測されるのは、当初アージュとクラウスが予測した「スピナルグラスを利用している者が存在する」という仮定が正しいということだ。
 ならば今のスピナルグラスならば、少なくとも直ちに荒野や街の脅威にはならないだろう。

 さらにもう一つ。
 スピナルグラスと意思の疎通は叶わなかったという事実。
 これは交渉が成立しないことを意味する。

 アージュは化物の死体からスピナルグラスの亡骸を取り出しながら、こうつぶやいた。
「こうなったら本陣まで電車道だな」

 さてこちらはキュルビスの街。
 ナイに与えられた風俗組合の個室で、クラウスは金髪の指人形に耳を当てていた。
「わかったアージュ。それじゃプランAを続行だね」

 そんなクラウスの様子をナイはいつものことのように、リスペルは驚きの表情で見つめている。
 クラウスが耳に当てていたのは「遠吠えの人形」という遠距離連絡用の魔道具だ。
 ちなみに開発者はクラウスの両親であるアレスとイゼリナである。

「遠吠えの人形」はついとなる人形同士で所有者同士の意思疎通を図ることができるというスグレモノ。
 金髪の指人形はクラウスに、黒髪の指人形はアージュにと、クラウスの姉であるクレアから幼少時に与えられた。

 当然のことながら、リスペルはこんな魔道具を目の当たりにするのは初めてなので、驚くのも無理はない。
 なお、ナイも初めてこの魔道具を見たのだが、彼女は「どうせ魔法でしょ」と簡単に自身を納得させてしまった。

 一通り通信を終えると、クラウスはナイとリスペルにアージュからの報告を伝え、このまま先遣隊の一員として山岳地帯へと向かうことにした。

 先遣隊はキュルビス風俗組合の民兵団と、ボーデンから派遣されてきた傭兵団の一部で構成されている。
 先遣隊の隊長はボーデン商人ギルドのシュルトが務めることになった。
 本来であればシュルトは本隊の隊長として後列に控えていてもおかしくはないのだが、それには理由がある。
 どうやらシュルトはハイエナハウンド子犬探索の一件で、ボーデン領主の不興を買ってしまったらしいのだ。

「キュルビスの商人ギルドが多くの傭兵を犠牲にして化物を倒したのに、シュルト一行はズボンを脱がされた上に金品を奪われただけという噂が領主の耳に届いたそうです」
 これは商人組合受付嬢のフリーレからの情報だ。
 
 ちなみにフリーレはアージュとクラウスの二人から「リスペルと幸せになりたかったらどんな情報でもいいから俺らに報告しろ。今度報告しなかったら屋敷での件を街中で言いふらすからな」と釘を刺されている。

 ボーデン領主嬢シャルムについて報告を怠ってしまったフリーレは、二人からの脅しに心底震えあがった。
 
 なお、シュルトの隊長就任よりも先遣隊のメンバーを驚かせたのは、リスペルの「隊長補佐」就任であった。
 これは風俗組合の支配人代行であるツァーグが、アージュとクラウスに半ば脅かされて推薦した結果である。

 推薦理由はリスペルが前回の化物討伐で生き残った者であり、次にそうした化物に出会っても冷静に対処できるだろうということにした。
 また、リスペルが駆使する補助魔法についても、このタイミングで風俗組合で明らかにされた。
 化物との接敵経験があり、なおかつ補助魔法が使える利発そうな少年ならば、シュルトにもその取り巻きにも文句はない。
 ちなみにナイはリスペルの護衛を命じられた。
 この辺りもアージュたちの指図通りだ。
 
「後は邪魔者をぶち殺せば一段落かな」
「そうね、いつぶち殺そうかしら」

 などというクラウスとナイの会話を、リスペルは邪魔者が自分ではありませんようにと祈りながら聞くしかなかった。
 
 翌朝、先遣隊は馬車と騎馬によるキャラバンを形成し、キュルビスを後にした。
 先陣は自ら申し出たリスペルがナイ、クラウスとともに務め、そこにボーデンからの傭兵団が続く。
 その中央には隊長のシュルトが陣取る。
 後列はキュルビスの民兵団が務めている。

 再びクラウスは金髪の指人形をそっと耳元に添えた。
「うん、こちらは無事終了。打ち合わせ通りにボクたちでボーデンからの連中を前後から挟みこんだよ。うん、そっか、それじゃそっちも気をつけてね」
 クラウスが指人形をポケットに入れるのと同時にナイがクラウスにささやいた。

「いつぶち殺すって?」
 ナイからの素朴な疑問にクラウスも素朴な笑顔で答えた。
「もうちょい後だってさ。それよりお弁当にしようか」
「そうね! アージュ特製のジャーキーを食べたいわ!」
 
 ということで先遣隊は、先頭だけがピクニック気分で山岳地帯へと歩を進めていった。
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