嫌われ隊長が綴る呪われ姫の冒険譚

halsan

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プロローグ

姫は残された

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 彼女の目の前に突然黒い炎が立ち昇る。

 黒い炎に人々が消えていく。
 周りの景色が塗りつぶされていく。

 そして炎が止んだあと、彼女の他にそこには誰もいなかった。
 彼女がひとりぼっちであることに気づいたのは、恐怖に泣きはらした涙が乾いた後のこと。
 
 彼女は思い出す。
 黒い炎の中で耳元にささやかれた甘い声を。
 
「あなたの人生を楽しみなさい、それがあなたのお父さまの口癖だったから」
 美しい笑い声が彼女の意識からフェードアウトしていく。

 彼女はわからない。
 だから自分自身に問いかける。

「私はこれからどうしたらいいの? 私はこれからどうなるの?」

 黒い炎と入れ替わるように吹きすさぶ冷たい風だけが、彼女の存在を彼女自身に知らしめる。
 ただただ冷たい風だけが……。



 アリアウェットは呆然としながら自身の長い髪を手に取った。
 それは金色から銀色に変化していた。

 六歳だったはずの身体は大きく成長しており、何より、頭の中に誰のものとも知れない記憶が増えている。

「私は誰なの?」
 彼女は黒い炎が舐めつくした王宮の広間を見渡してみるが、そこには誰もおらず、何の物音もしない。

「くしゅん」
 アリアウェットは小さくくしゃみをした。
 そう、彼女は全裸だったのだ。

 アリアウェットはとぼとぼと、広間の奥にある自らの寝室に素足で向かった。
 しかし、彼女の部屋には今の身体に合った衣類はなかった。
 仕方なく彼女は隣接するお母様の部屋を訪れ、部屋着を身につけた。

 そのとき、テーブル上で彼女は自身の名前が刻まれた宝石箱を見つけた。
 そっとふたを開けてみる。
 そこにはいくつかの宝石が収められている。
 これはお母様が今日の六歳の儀のために用意してくださった宝石箱だと、増えた記憶が彼女に伝える。
 
 しかし増えた記憶は彼女に残酷な歴史をも容赦なく伝えてきた。
 
 6歳までの記憶の中では、父はやさしさに包まれていた。
 しかし今の記憶はそれがほんの一部であることを彼女に突き付けてくる。

 彼女の父は「魔王」と恐れられていたのだ。
 その傍若無人な振る舞いにより。

 父がその地位を築いたのは「石の魔女討伐」によるものだった。
 父は魔女を騙し討ちにしたのだ。
 しかも異性に対して取りうる、もっとも卑劣な方法で。

 黒い嵐は魔女の復讐なのだろう。

 魔女が最後に父に囁いた言葉は、彼女の記憶に刻まれている。
 それはアリアウェット自身の唇から、魔女の言葉として、父に向けて紡がれたものだから。
 そのとき、魔女は一筋の涙を流した。
 ただ、魔女は自分自身のためではなく、父のために泣いていた。
 そしてすべてが終わった後、アリアウェットの髪は、母の色から魔女の色へと変わっていた。
 
 彼女はその日、母のベッドで一人きりで眠った。
 母の記憶とともに、父の記憶とともに、そして自身の記憶とともに。
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