30 / 147
旅立ちの章
馬鹿姫
しおりを挟む
アリアウェットを衣料店に任せている間、ディアンは城から持ちだしていた貴金属や骨董品、美術品などを、それぞれを扱う店に持込み、金貨や銀貨、換金可能な宝石などと交換を進め、高価な品物が屋敷に残らないようにしておいた。
ひと通り換金が終わってから、彼はアリアウェットを迎えに衣料品店に出向き、新しい衣装にゴキゲンなアリアウェットを横目に、支払いを済ませた。
その際に女性店員から、ある積極的な提案を受けたのは、とりあえずアリアウェットには内緒にしておく。
通常ならば次は武器防具店で何らかの武器を調達するのが旅の準備としては常道だが、アリアウェットは武器など使えないだろう。
なので、護身用にと王の寝室から拝領してきた王家の短剣だけで十分だと判断したディアンは、アリアウェットを連れ立って、次は馬車屋に向かった。
「まあ、何がどうということはないだろうが、一応男女だからな」
ディアンはひとりごとを呟くと、馬車屋の主に、四名用の馬車を見繕わせる。
その間、アリアウェットは繋がれた馬たちをニコニコとしながら撫でて回っている。
何故か馬たちもアリアウェットにはおとなしく撫でられている。
それを不思議そうに眺めながらも、馬車屋の主は一台の幌馬車を引っ張ってきて、アリアウェットの前で止めた。
「これは中に布製の間仕切りが用意されているから、色々と便利だよ」
何が便利なのかよくわからないけれども、店の主がそういうので、アリアウェットも笑顔で「便利ですね」と答えておいた。
「余計なことは言わんでいい」
ディアンは舌打ちをすると、馬を二頭見繕い、馬車につないだ。
次は雑貨屋。
ここでもディアンは、てきぱきと旅の道具や当面の食料などを購入し、店の若い者に指示をし、次々と馬車に積んでいく。
アリアウェットはじゃまにならないところで、荷物の積み込み作業を興味深げに見つめている。
その視線に若い連中が頬を染めているのにはまるで気づかずに。
その後二人は一旦屋敷に戻ってきた。
最後の作業は、残した家財道具から、旅に持っていくものを馬車に積み込んだ後に、建物ギルドに家の鍵を渡し、留守の間の定期的な清掃を依頼すること。
既に建物ギルドから派遣されてきたであろう中年の男性が何名か、門の前でディアンとアリアウェットを待っていた。
「それでは姫様、私はこれから建物ギルドの人間と、屋敷内の確認に回ってから、鍵を彼らに引き渡します」
「はい、先生」
彼がこの口調のときは、アリアウェットも聞き分けがいい。
「なので、姫様は先にお荷物を馬車に積んでください。一人でできますか?」
「はい、できます」
ディアンのかみ砕くような説明にひたすら頷いた後、アリアウェットは、昨日与えられたばかりの自室に戻った。
そこでベッドのシーツと毛布をたたみ、いったん片付けた荷物を再度まとめる。
荷物の底に形見の宝箱をしまいこむのも忘れずに。
荷物を抱え、馬車に積み込んだ後のアリアウェットは手持ち無沙汰。
それに気がついたディアンは、これも経験だろうとアリアウェットを呼び、彼女に金貨を一枚渡してやる。
「私が屋敷内のチェックをしている間、姫様が必要だと思うものをこれで購入してきなさい。くれぐれも無駄遣いをしてはいけませんよ」
アリアウェットの表情はとたんに明るくなった。
その表情につい心配になるディアンは、しつこく言葉を重ねていく。
「のんびりしていてはいけませんよ」
「お釣りはちゃんと受け取ってくるんですよ」
「はい」
アリアウェットは生返事をしながら想いを巡らせる。
侍女時代にお使いには何度か経験したので、買い物は初めてではない。
ただ、そのときには購入するものは既に決められていた。
だけど今日は自分自身で旅に必要なものを考えなければならない。
必要なもの。
彼女は思いついた。
「あれ」は絶対に必要だと。
そのまま彼女は貴族街の方に駆け出していった。
ディアンと建物ギルドによる屋敷内のチェックが終わり、寝具などの預け証にサインをしているところに、アリアウェットは戻ってきた。
信じられない程の大きな大きな袋を抱え、こちらに向かい、よたよたと歩いてくる。
あまりの袋の大きさに、彼女の顔はすっかり隠れてしまっている。
「ちっ!」
思わずディアンは舌打ちをする。
どれだけ余計なものを買い込んだのやらと。
アリアウェットはなんとか袋を馬車に積み込むと、誇らしげにディアンのところに戻り、彼の手を満面の笑みで引いていく。
「こんなにたくさん買えました!」
中身を確認するディアン。
袋の中身は彼の想像を超えていた。
袋の中身は、全て焼き菓子であった。
金貨一枚全て焼き菓子。露店くらいなら十分に開ける量がそこにある。
ディアンは呆れ果て、黙って首を左右に振った。
姫様は、彼が恐れていた以上の「馬鹿姫」だった。
「これで準備完了ですね、行きましょ! 先生!」
「ああ」
天真爛漫なアリアウェットの声と、色々と抱え込んだディアンのため息を合図に、二人は旅の一歩を踏み出した。
ひと通り換金が終わってから、彼はアリアウェットを迎えに衣料品店に出向き、新しい衣装にゴキゲンなアリアウェットを横目に、支払いを済ませた。
その際に女性店員から、ある積極的な提案を受けたのは、とりあえずアリアウェットには内緒にしておく。
通常ならば次は武器防具店で何らかの武器を調達するのが旅の準備としては常道だが、アリアウェットは武器など使えないだろう。
なので、護身用にと王の寝室から拝領してきた王家の短剣だけで十分だと判断したディアンは、アリアウェットを連れ立って、次は馬車屋に向かった。
「まあ、何がどうということはないだろうが、一応男女だからな」
ディアンはひとりごとを呟くと、馬車屋の主に、四名用の馬車を見繕わせる。
その間、アリアウェットは繋がれた馬たちをニコニコとしながら撫でて回っている。
何故か馬たちもアリアウェットにはおとなしく撫でられている。
それを不思議そうに眺めながらも、馬車屋の主は一台の幌馬車を引っ張ってきて、アリアウェットの前で止めた。
「これは中に布製の間仕切りが用意されているから、色々と便利だよ」
何が便利なのかよくわからないけれども、店の主がそういうので、アリアウェットも笑顔で「便利ですね」と答えておいた。
「余計なことは言わんでいい」
ディアンは舌打ちをすると、馬を二頭見繕い、馬車につないだ。
次は雑貨屋。
ここでもディアンは、てきぱきと旅の道具や当面の食料などを購入し、店の若い者に指示をし、次々と馬車に積んでいく。
アリアウェットはじゃまにならないところで、荷物の積み込み作業を興味深げに見つめている。
その視線に若い連中が頬を染めているのにはまるで気づかずに。
その後二人は一旦屋敷に戻ってきた。
最後の作業は、残した家財道具から、旅に持っていくものを馬車に積み込んだ後に、建物ギルドに家の鍵を渡し、留守の間の定期的な清掃を依頼すること。
既に建物ギルドから派遣されてきたであろう中年の男性が何名か、門の前でディアンとアリアウェットを待っていた。
「それでは姫様、私はこれから建物ギルドの人間と、屋敷内の確認に回ってから、鍵を彼らに引き渡します」
「はい、先生」
彼がこの口調のときは、アリアウェットも聞き分けがいい。
「なので、姫様は先にお荷物を馬車に積んでください。一人でできますか?」
「はい、できます」
ディアンのかみ砕くような説明にひたすら頷いた後、アリアウェットは、昨日与えられたばかりの自室に戻った。
そこでベッドのシーツと毛布をたたみ、いったん片付けた荷物を再度まとめる。
荷物の底に形見の宝箱をしまいこむのも忘れずに。
荷物を抱え、馬車に積み込んだ後のアリアウェットは手持ち無沙汰。
それに気がついたディアンは、これも経験だろうとアリアウェットを呼び、彼女に金貨を一枚渡してやる。
「私が屋敷内のチェックをしている間、姫様が必要だと思うものをこれで購入してきなさい。くれぐれも無駄遣いをしてはいけませんよ」
アリアウェットの表情はとたんに明るくなった。
その表情につい心配になるディアンは、しつこく言葉を重ねていく。
「のんびりしていてはいけませんよ」
「お釣りはちゃんと受け取ってくるんですよ」
「はい」
アリアウェットは生返事をしながら想いを巡らせる。
侍女時代にお使いには何度か経験したので、買い物は初めてではない。
ただ、そのときには購入するものは既に決められていた。
だけど今日は自分自身で旅に必要なものを考えなければならない。
必要なもの。
彼女は思いついた。
「あれ」は絶対に必要だと。
そのまま彼女は貴族街の方に駆け出していった。
ディアンと建物ギルドによる屋敷内のチェックが終わり、寝具などの預け証にサインをしているところに、アリアウェットは戻ってきた。
信じられない程の大きな大きな袋を抱え、こちらに向かい、よたよたと歩いてくる。
あまりの袋の大きさに、彼女の顔はすっかり隠れてしまっている。
「ちっ!」
思わずディアンは舌打ちをする。
どれだけ余計なものを買い込んだのやらと。
アリアウェットはなんとか袋を馬車に積み込むと、誇らしげにディアンのところに戻り、彼の手を満面の笑みで引いていく。
「こんなにたくさん買えました!」
中身を確認するディアン。
袋の中身は彼の想像を超えていた。
袋の中身は、全て焼き菓子であった。
金貨一枚全て焼き菓子。露店くらいなら十分に開ける量がそこにある。
ディアンは呆れ果て、黙って首を左右に振った。
姫様は、彼が恐れていた以上の「馬鹿姫」だった。
「これで準備完了ですね、行きましょ! 先生!」
「ああ」
天真爛漫なアリアウェットの声と、色々と抱え込んだディアンのため息を合図に、二人は旅の一歩を踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる