嫌われ隊長が綴る呪われ姫の冒険譚

halsan

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旅立ちの章

馬鹿姫

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 アリアウェットを衣料店に任せている間、ディアンは城から持ちだしていた貴金属や骨董品、美術品などを、それぞれを扱う店に持込み、金貨や銀貨、換金可能な宝石などと交換を進め、高価な品物が屋敷に残らないようにしておいた。

 ひと通り換金が終わってから、彼はアリアウェットを迎えに衣料品店に出向き、新しい衣装にゴキゲンなアリアウェットを横目に、支払いを済ませた。
 その際に女性店員から、ある積極的な提案を受けたのは、とりあえずアリアウェットには内緒にしておく。

 通常ならば次は武器防具店で何らかの武器を調達するのが旅の準備としては常道だが、アリアウェットは武器など使えないだろう。
 なので、護身用にと王の寝室から拝領してきたくすねてきた王家の短剣だけで十分だと判断したディアンは、アリアウェットを連れ立って、次は馬車屋に向かった。

「まあ、何がどうということはないだろうが、一応男女だからな」
 ディアンはひとりごとを呟くと、馬車屋の主に、四名用の馬車を見繕わせる。
 その間、アリアウェットは繋がれた馬たちをニコニコとしながら撫でて回っている。
 何故か馬たちもアリアウェットにはおとなしく撫でられている。
 それを不思議そうに眺めながらも、馬車屋の主は一台の幌馬車を引っ張ってきて、アリアウェットの前で止めた。

「これは中に布製の間仕切りが用意されているから、色々と便利だよ」 
 何が便利なのかよくわからないけれども、店の主がそういうので、アリアウェットも笑顔で「便利ですね」と答えておいた。

「余計なことは言わんでいい」
 ディアンは舌打ちをすると、馬を二頭見繕い、馬車につないだ。
 
 次は雑貨屋。
 ここでもディアンは、てきぱきと旅の道具や当面の食料などを購入し、店の若い者に指示をし、次々と馬車に積んでいく。
 アリアウェットはじゃまにならないところで、荷物の積み込み作業を興味深げに見つめている。
 その視線に若い連中が頬を染めているのにはまるで気づかずに。
 
 その後二人は一旦屋敷に戻ってきた。
 最後の作業は、残した家財道具から、旅に持っていくものを馬車に積み込んだ後に、建物ギルドに家の鍵を渡し、留守の間の定期的な清掃を依頼すること。
 既に建物ギルドから派遣されてきたであろう中年の男性が何名か、門の前でディアンとアリアウェットを待っていた。

「それでは姫様、私はこれから建物ギルドの人間と、屋敷内の確認に回ってから、鍵を彼らに引き渡します」
「はい、先生」
 彼がこの口調のときは、アリアウェットも聞き分けがいい。
「なので、姫様は先にお荷物を馬車に積んでください。一人でできますか?」
「はい、できます」
 ディアンのかみ砕くような説明にひたすら頷いた後、アリアウェットは、昨日与えられたばかりの自室に戻った。
 そこでベッドのシーツと毛布をたたみ、いったん片付けた荷物を再度まとめる。
 荷物の底に形見の宝箱をしまいこむのも忘れずに。

 荷物を抱え、馬車に積み込んだ後のアリアウェットは手持ち無沙汰。
 それに気がついたディアンは、これも経験だろうとアリアウェットを呼び、彼女に金貨を一枚渡してやる。
「私が屋敷内のチェックをしている間、姫様が必要だと思うものをこれで購入してきなさい。くれぐれも無駄遣いをしてはいけませんよ」
 アリアウェットの表情はとたんに明るくなった。
 その表情につい心配になるディアンは、しつこく言葉を重ねていく。
「のんびりしていてはいけませんよ」
「お釣りはちゃんと受け取ってくるんですよ」
「はい」
 アリアウェットは生返事をしながら想いを巡らせる。

 侍女時代にお使いには何度か経験したので、買い物は初めてではない。
 ただ、そのときには購入するものは既に決められていた。
 だけど今日は自分自身で旅に必要なものを考えなければならない。
 必要なもの。

 彼女は思いついた。
「あれ」は絶対に必要だと。
 そのまま彼女は貴族街の方に駆け出していった。

 ディアンと建物ギルドによる屋敷内のチェックが終わり、寝具などの預け証にサインをしているところに、アリアウェットは戻ってきた。
 信じられない程の大きな大きな袋を抱え、こちらに向かい、よたよたと歩いてくる。
 あまりの袋の大きさに、彼女の顔はすっかり隠れてしまっている。

「ちっ!」
 思わずディアンは舌打ちをする。
 どれだけ余計なものを買い込んだのやらと。
 アリアウェットはなんとか袋を馬車に積み込むと、誇らしげにディアンのところに戻り、彼の手を満面の笑みで引いていく。

「こんなにたくさん買えました!」
 中身を確認するディアン。

 袋の中身は彼の想像を超えていた。
 
 袋の中身は、全て焼き菓子であった。
 金貨一枚全て焼き菓子。露店くらいなら十分に開ける量がそこにある。
 ディアンは呆れ果て、黙って首を左右に振った。
 姫様は、彼が恐れていた以上の「馬鹿姫」だった。

「これで準備完了ですね、行きましょ! 先生!」
「ああ」

 天真爛漫なアリアウェットの声と、色々と抱え込んだディアンのため息を合図に、二人は旅の一歩を踏み出した。
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