嫌われ隊長が綴る呪われ姫の冒険譚

halsan

文字の大きさ
43 / 147
旅立ちの章

100点満点

しおりを挟む
 一方のディアンは、相変わらず二人を尾行していた。

「上々だな」
 実験結果は彼を満足させるものである。

 小物店の若店主。
 ジルの幼馴染である三人の少年。
 ピザショップの店員。
 その他大勢。

 彼らは全てアリアウェットに頬を赤らめた者たち。
 しかし誰も砕けない。

 そこから導かれる結論は、少なくともアリアウェットにその気がなければ、呪いは発動しないということだ。
 ただ、ディアンはやりすぎた。
 アリアウェットとジルの二人の華やかさに、彼の想像以上にたくさんの虫がたかってきた。
 中にはたちが悪いのも。

「さて、後は姫様がどうやってこの状況をどう捌くかだな」
 彼は引き続き尾行を続ける。

 ジルとアリアウェットは、男どもに腕を掴まれながら、近くの小屋に強引に連れて行かれた。
 小屋の中では彼女たちの前に男が二人彼女たちを見張るように立っている。

 アリアとジルは互いに抱き合っている。
 ジルは男たちに怯え、アリアウェットの胸に顔をうずめ、震えている。
 一方でアリアウェットは、ジルの頭を胸に抱えながら、威嚇するように男たちに視線を向けている。

 その表情に、男の一人がおどけて見せた。
「ふーん。どこぞのお嬢様かと思いきや、なかなか気が強そうじゃねえか」
 もう一人は、しきりにこの場にいない兄貴とやらを気にしている。
「兄貴、早く来ねえかな」
「ちょっとだけっちまうか。どうせ減るもんじゃねえし」
「えー。兄貴に怒られるぜ」
 おどけたほうの男は二人に近付くと、アリアウェットの顎にごつごつした指をやり、無理やり顔をあげさせた。
「こりゃあマジで上玉だ」
 そんな男を無視するかのように、アリアウェットは無言で男の指から顎を外し、ジルの髪に顔をうずめてしまう。
 そうして黙り込むアリアウェット。
 しかし彼女は怯えているのではなく、三つの意識が状況を冷静に分析していた。

 変な人たちにつかまっちゃったね。
 ジルを守るのが最優先ですよ。
 とりあえずこの者共を皆殺しというのはいかがかしら。

 殺しちゃったら、兄貴って人が来たときに騒がれちゃうよ。
 ならば威嚇だけでもしておきましょうか。
 磔刑クルスフィクションは、ジルには刺激が強すぎるかもしれませんから、別のがいいわ。 

 ジルが震えているよ。
 せめて抱いて慰め、安心させましょう。
 風刃ウインドカッターで、お揃いの衣装を汚してしまうのも口惜しいですわ。

 変なことをされたらどうしよう。
 ぎりぎりまで我慢しましょう。ジルが最優先です。
 さて、どの魔法が適しているかしら。
 
 すると乱暴に扉を開ける音が響いた。
「おう、冗談だと思ったら、本当にいるじゃねえか」
 姿を現したのは、ひときわ体躯が大きい、目つきの悪い男。
 その後ろで小柄な男が揉み手をしている。

「嘘なんかつきやせんぜ兄貴。街で評判の二人ですよ」
 先程までアリアウェットにちょっかいを出していた男も、兄貴とやらに媚を売り始めた。
「お前ら、ファミリーの兄貴に相手をしていただけるんだから、ありがたく思えよ」と。

 あ、兄貴って人が来た。これで全員かな。
 ジルをこれ以上怖がらせないよう、すぐに済ませましょう。
 そうだわ! この呪文がよろしいかも。

 あ、それいい! ジルには光の魔法と説明できるし。
 呪文を唱えたら、すぐにジルと逃げましょう。
 これならお揃いの衣装も汚れませんし、騒がれないのもよろしいですわ。

 アリアウェットはジルの髪に顔をうずめたまま、そっと彼女に囁いた。
「ジル、実は私、ちょっとだけ魔法を使えるの。今から光の魔法で目くらましをするから、眼を閉じていて。呪文を唱えたら合図をするから、私と一緒に逃げて。お願い」
 ジルはアリアウェットの胸に顔をうずめたまま、震えながらもこくりと頷いた。
 ジルはアリアウェットを信頼してくれた。
 なのでアリアウェットはそんなジルを助けることを再優先とした。
 冷酷な計画によって。

「どれ、こっちに顔を向けろや。お嬢さんども」
 兄貴とやらが近づいてくる。も、アリアウェットは動じない。
 彼女は既に空間把握能力で、男ども四人の位置は正確に把握している。
 その首がどこから生えているかということまでも。
 アリアウェットはジルの頭を再び強く抱え直し、ジルの目をやさしく塞いだ。
 続けてそっと詠唱。

 爆焔首輪ブレイズチョーカー

 その瞬間、小屋の中はまばゆい閃光に包まれた。
 それと同時にアリアウェットはジルの手を取り、小屋の扉を解き放つと、ジルとともに全力で駆け出した。
 ジルは未だ閃光が残る小屋に驚きながらも、アリアウェットに手を惹かれ、共に走る。

 外はまもなく夕暮れを迎える。
 彼女たちは息を切らせながらも、宿にたどり着くことができた。
 宿の入口では、二人をディアンが彼に似合わない優しい笑顔で待っていた。

「おかえりなさい、アリア、ジル」
 彼が二人を抱きかかえた途端、ジルは堰を切ったように泣き声を上げた。
 抑えこんでいた恐怖を一気に吐き出すかのように。
 そんな彼女を、ディアンの腕の中でアリアウェットは改めて抱きしめる。
 
 実はアリアウェットとジルが小屋に連れ込まれた時も、ディアンは尾行を続けていた。
 今回は関所の時と異なり、目撃者はいない。
 ちなみに少年たちは情けないことに街に逃げ帰ってしまっていた。

「さて、姫様は学んだことを活かすことができるかな?」
 彼は楽しそうに小屋の様子を伺う。
 すると、いかにもその筋と思われる風貌の大男が、チンピラに案内され、小屋の中に入っていく。
「そろそろか」
 ディアンの予想通り、その後小屋は閃光に包まれた。
 同時に小屋からアリアウェットとジルが飛び出してくる。

「百点」

 ディアンは満足げに呟いた。
 
 アリアウェットは、魔王が「血を流さないように首を飛ばす」ためだけに愛用した、対人最強魔法の一つである「爆焔首輪ブレイズチョーカー」で、四人の男ども全ての首を焼き切っていたのだ。

 爆焔首輪ブレイズチョーカー

 この魔法の特徴は二つ。
 一つは、対象の灼熱の刃で首を切り落とす以外に、周囲に一切の被害を与えないという点。
 もう一つは、超高温度の刃が発する閃光が目眩ましとなり、術者は余裕を持ってその場から撤退できるという点。
 ブレイズチョーカー、それは、暗殺は闇で行われるという常識をひっくり返した魔法なのである。
 ちなみに魔王は幼いアリアウェットがびっくりしないように、さらに閃光を抑え込み、首を灼熱の刃で切り落とす改良を加えていたのだが。

 だからジルはアリアウェットが彼らを殺したとは思っていない。
 彼女はアリアウェットが目くらましの魔法を唱えたと思っている。
 そしてその隙に逃げ出してきたと。
 それでいい、ジルにとっては。
 それにアリアの判断も間違っていない。
 奴らを瞬時に殺すことによって、追われるリスクを回避したのだから。

「しかし、魔王得意の魔法をきっちりと使ってくるな、姫様は」
 ディアンは呆れたように呟くと、テレポートを唱えた。

 アリアウェットとジルを宿で出迎えてやるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...