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第07章 潜入捜査

第092話 訓練とアトラス城

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 レイとギルが護衛になってから一ヶ月以上経った。

 護衛としては上手くやっていたが、ギルの訓練自体はあまり上手くはいっていない。そのため、ハーネイスが寝ている昼間はいつも闘技場で訓練をしていた。

「ギル、そうじゃない。気の流れを読むんだ。その流れに対して魔法をかける。じゃないと敵が回復をしてしまう」

 近くにいる相手であれば問題ないが戦いながらとなれば話は別だ。遠くにいて、しかも動いている相手に魔法をかけるのは容易ではない。

「ごめん。シリルの気は見つけやすいんだけど……動いてると定まらなくて。もう一度お願い」

 それでもギルは真面目に精一杯頑張っていた。

 戦闘中に一度敵から離れ、ギルに近付いて魔法をかけてもらうことも出来る。しかしそれではギルが狙われてしまう可能性が高くなるため、レイはどうしても遠方魔法を修得してほしかった。

 ギルは回復以外にも、様々な補助魔法が使えることがわかった。これらの魔法はかなり戦闘に効果があり、この件が解決したらローンズ王国に連れて帰りたいくらいだった。

「あっ、ギル! 魔法当たった!」
「本当!? じゃ、忘れないうちにもう一回!」

 レイはジェルドに頼み、ギルについても調べてもらった。ギルが言ったとおりファラン教会の聖職者であり、ギルは半年前に辞めたことになっていた。真面目で優しく、皆からの信頼も厚かったようだ。

「あああ、もう魔力なくなっちゃった。くらくらする……」

 ギルはその場で大の字になって倒れ込んだ。その様子を見たレイは剣を鞘に納め、近くに座る。



「じゃあ、今日の訓練は終わろうか。どうせ今日も夜は護衛の仕事だろうし」

 パーティーも毎晩のように行われていたが、情報の収穫は何もなかった。また、ハーネイスの息子であるサイラスは、一度もパーティーに顔を出していない。公の場が嫌いだという噂は本当なのかもしれない。

「そうだ、今日はアトラス城でパーティーらしい。俺、城に行くのは初めてだからちょっと楽しみだな。王様や王女様も見れるかもしれないよね。どんな方なんだろう」
「アトラス城で?」

 レイの胸がどくんと飛び跳ねた。
 いつかはそういう日も来るとは思っていたが、いざその日になると複雑な思いが広がる。

――――エリーに会いたい。

 そんな思いが胸に広がり、抑え込んでいた気持ちが溢れてくる。
 気持ちを落ち着かせようと瞳を閉じた。

「あれ、顔色が悪くない? 回復……って、ああ、魔力がもうなかった。あとで魔法かけるから。大丈夫……?」

 ギルが肘をついた姿勢で顔を覗き込んでくる。その顔は本当に心配している様子だ。

「あはは、なんか急に緊張しちゃっただけだよ。ありがとう。緊張しすぎて俺たちが不審人物だって思われたりして」
「わ~、なくはないね。そうしたらきっとハーネイス様が何とかしてくださるよ」

 ギルは手を伸ばし、レイの脛を小突きながら笑った。ギルのお陰で気持ちが和む。

「よし! 俺は俺の仕事を頑張るぞーー!!」

 気合いを入れレイが叫ぶとギルが驚き、なんだよそれと言いながら噴き出した。

「うん、なんとなく」

 そう言って、二人は顔を見合わせて笑い合った。



 ◇

 夕刻、多くの王族や貴族が馬車で次々と城門をくぐって行く。華やかな服装をした人々のざわざわと賑やかな声が城内を彩っていた。

 ハーネイスの乗った馬車と後ろにもう一台、レイとギルが乗った馬車も城門をくぐる。馬車は大きく開かれた扉の前に伸びる長い階段前に停まった。ハーネイスが乗った馬車からサイラスが降り、ハーネイスに手を差し出す。いつも以上に気合いの入ったハーネイスが妖艶さと存在感を醸し出しながら馬車から下りてきた。

 彼女の美しさに周りの貴族達が見とれるほどだった。

 ハーネイスの息子サイラスは、アトラス城へ向かう途中それほど大きくない屋敷から乗ってきた。
 公の場が嫌いだという割りに、美しい所作と笑顔でハーネイス同様に周りを魅了していく。

 注目される二人の後ろを守るようにレイとギルが後に続いた。
 今回は護衛として気がつかれないよう貴族と同じような服装を着用している。そのため、周りから見ればレイとギルも貴族に見えているだろう。

 普段とは違う圧倒的な雰囲気にギルは階段を上りながらきょろきょろと辺りを見渡した。
 慣れない態度のギルの脇をレイが肘で突くとギルが目で謝る。

 レイは心の中で笑った。
 こういうことはいつもアランがレイにやっていたことで、懐かしくも寂しく感じる。

 会場内はキラキラと輝き、皆が笑顔で談笑していた。ハーネイスとサイラスは早速多くの人に取り囲まれており、レイは怪しい動きの人間がいないかなどを観察した。ギルはそわそわとレイの側にいる。

 二人でいると貴婦人に声を掛けられた。ギルはレイに何か声をかけられても何も話すなと言われていたので、終始黙っていた。レイは相変わらず笑顔を振り撒き、言葉巧みに対応していた。

「シリルって凄いな。肝が据わっているというか……」

 貴婦人等が去るとギルが独り言のように言葉を漏らす。
 はははとレイが笑っているとざわっと会場内の空気が変わった。

 何事かと人々が入り口に視線を移したため、レイもまた遠くの入口に視線を移す。


 その瞬間鳥肌が立った――――。
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