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第10章 未熟

第127話 揺らいだ忠義

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――数十分前。

 アルバートが報告書を自ら届けに行くと言い出して、アランは少しだけ疑問を感じた。それは今までそんなことを言ったことがなかったからだ。しかし、断る理由もなかったため、届ける役を代わってもらった。

「あ……集中力が足りないな……」

 アランが自分の執務机に戻ると、机の上に置かれたままの一枚の報告書を見つける。
 自分のミスに深いため息をつくと、扉を叩く音が聞こえた。

「どうぞ」

 声をかけると、騎士団隊長のビルボートが入ってきた。

「うっす」

 ビルボートはアランの父であるセロードとは仲の良い友人で、アランを赤ちゃんの頃から知っている。アランにとって二人目の父のような存在であった。
 レイが亡くなってからビルボートは定期的にアランの様子を見に来ている。

「ほれ、お土産」

 差し出された手元を見ると酒瓶が二本。アランは眉間にしわを寄せる。

「お土産ね……。もう気を使わなくて大丈夫だから」
「そう言うなよ! おれ、明日非番だし楽しみたいだけだからよ。まぁ、飲もう飲もう! ってか、あれ? アルがいねーじゃねーか」

 ビルボートが部屋の中をきょろきょろと見渡した。

「……じゃあ、ちょっとここで待っててくれたら一緒に飲んであげますよ」
「ったく、お前は可愛いげがないやつだなぁ。本当は嬉しいんだろ? で、どこ行くんだ?」
「アルバートが今、親父のところへ報告書を届けに行っているんだが、これを俺が入れ忘れてしまったから届けに」

 アランは顔をしかめながらひらひらと報告書の紙を泳がす。

「なんだ直ぐじゃねーか。行ってこい行ってこい。エリー様のことは俺に任せておけ」
「ああ、悪いな」

 アランはビルボートと入れ替わるように部屋を出て、軽い足取りでセロードの側近室へ向かった。
 今日はアルバートに本当のことを伝えられたからか、いつもより心が少し軽く感じる。ビルボートの心遣いをいつもよりすんなり受け入れられたのもそのお陰だろう。

 セロードの側近室に着き、扉を叩こうとした時だった。

「なんでだよ! 殺す必要なんかねーじゃねーか!」

 アルバートの叫ぶ声が僅かに聞こえた。殺すと聞こえた気がして、アランは掲げた手をドアノブにかけ、少しだけ扉を開ける。

「お前は何を学んできた。ああ、身内には罪を甘くしろと?」
「そうじゃねーよ! そうじゃねーけど…………父親ならなんとかするだろ!! あいつはこの国を守ったんだ!! なのにそこまですることねーじゃねーか!!」

 一体何を言っているんだ?
 身内? 父親なら?
 この国を守ったあいつとは……。

 アランは一人の人物を思い浮かべ、暗い湖に落ちたような衝撃と息苦しさを感じた。頭が上手く働かないまま、アランは無意識に扉を開けた。

「今の話……どういうことだ……」
「アラン……」

 耳に入る自分の声が遠くに聞こえ、親父とアルバートの青い顔がはっきりと見えた。

「殺したと聞こえた……。誰が……誰を殺したんだ?」
「いや、アラン……これは――」
「誰が誰を殺したって聞いている!」

 アルバートの言葉を遮り、アランはセロードに向かって叫んだ。もう衝動は抑えられない。

「レイは親父を信頼して打ち明けたんだ! 制御出来ない自分を抑えるために、諜報部への異動も自ら願い出た! まだ結果も見ないうちから殺した? 殺したのか? 悪魔からこの国を守ったレイを親父が!!」

 ずかずかと中に入ると、アランはセロードの胸ぐらを掴んで立たせた。

「ちゃんと説明しろ!」

 セロードは目を閉じ、何も言わない。

「親父っ!!」
「……分かった。全部話す。アラン、アルバート、そこに座りなさい」
「全部ってなんだ!!」
「落ち着きなさい。それを説明するんだ」

 アランはセロードの胸ぐらを掴んでいた右手を震わせ、ぱっと離した。

 応接用のソファーに三人が座ると、セロードは眉間にシワをよせながら右手で額を抑える。その様子を目の前に座ったアランとアルバートは睨むように見つめた。

「アラン、アルバート。お前たちはこれから先もずっとシトラル陛下とエリー様、そしてこの国のために忠義を尽くせるか?」

 この件に関してこれ以上嘘を付けば、シトラル国王への忠義に傷が出来るだろう。
 そう思っていたが、無言のまま何も答えない二人を見たセロードは、既に傷が出来ていることを察した。

 本来であればレイを元に戻す際に言うべきだったのかもしれない。嘘を重ねれば不信感が募る。アルバートはそのいくつかの疑問があったからこそここへ来たのだから。

 セロードは深いため息を吐いた。

「今から言うことは国家機密だ。忠義を誓え」
「レイの死が国家機密? どういう意味だ」
「忠義を誓えないなら教えられない」

 セロードが拳を差し出すと二人はしぶしぶ自分たちの拳をセロードの拳にぶつけ、胸に手をあてた。

「よし……。ではまず、レイの死についてだが……」

 二人の忠義を見たセロードは少し躊躇いがちに口を開いた。


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