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第13章 敵国

第165話 切なる願い

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 一人部屋に残されたセイン王子は、窓の外の月を睨んでいた。
 朝まではあと数時間。早くここを出て戦争を止めなければならないのに、何も出来ない現状に苛立ちを覚えていた。

 エーデル王女が部屋を出て一時間は経っただろうか。アラン達の安否も分からないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

「エリー……」

 危険に晒されている愛しい人の名前をポツリと溢す。
 その呟きをかき消すかのように扉を叩く音が聞こえた。警戒するように視線を扉に移すと、美しい髪をなびかせエーデル王女が入ってくる。

「お休みになられていなかったのですね」
「状況は分かりましたか?」

 重い足かせを引きずりながらエーデル王女の方へ近づいたが、もう一人部屋の中へ入ってきたのを見て立ち止まった。

「その方は……ジェルミア様……」

 美しい金色の髪に整った顔立ち。その姿には見覚えがあった。エリー王女と結婚するのではないかと噂になった男である。
 約二年前の秋、ハーネイスの護衛をしていた時だった。セイン王子はエリー王女とジェルミア王子の仲睦まじい姿を見ている。その時の姿が脳裏を過り、胸の奥の方でチクリと痛みが走った。

「お初にお目にかかります、セイン様。仰る通り、デール王国第二王子のジェルミアと申します。私を知っていらっしゃるとは、大変嬉しく存じます」

 丁寧に礼をするジェルミア王子の表情はとても固く、初めて会った頃のような軽さはなかった。
 セイン王子は姿勢を正し、同じく礼をする。

「初めまして、ジェルミア様。して、私に何かご用件でも?」
「まずはお詫びを申し上げたい。首輪を付け、足枷を付けるなど失礼にもほどがございます。大変申し訳ございません」
「これはバルダス陛下の指示。あなたに詫びてもらう必要はございません。ですが、申し訳ないとお思いであるのならば、直ぐにでもこの国から出して頂きたい」

 頭を下げるジェルミア王子に対し、セイン王子は顔色を変えずに応えた。

「出てどうされるおつもりでしょう」
「戦争を止めます」

 間髪入れずに応えるセイン王子の答えに僅かな沈黙が流れる。すると、ジェルミア王子が跪いた。

「セイン様。私もこの戦争を止めたいと思っております。ご協力をお願いしたい」
「お兄様! 何を仰っているのですか? そんなこと!」

 エーデル王女が驚きの声を上げる。
 足元にいるジェルミア王子をセイン王子は真意を探るように見つめた。

「この国は民に優しくない。権力を持つ者だけが得をする。そんな国です。そして、その根源はバルダス国王の考え方によるものだ。バルダス国王は自分の私利私欲のためだけに動いており、それは次期国王となる兄も同じ。もしもアトラスを落としてしまえば、情勢は悪化してしまうことでしょう」
「確かに、この国は少しだけ昔のローンズに似ています。ジェルミア様が仰るように、情勢が悪化する可能性はあるでしょう。して、ジェルミア様は私に何を求めているのでしょう」

 ジェルミア王子は顔を上げ、真っ直ぐとセイン王子を見据えた。

「反旗を翻す手伝いを願いたい」
「なんということを!」

 エーデル王女が足元にいるジェルミア王子の隣で膝をついて腕を掴む。



「もしも失敗してしまえばお兄様のお命が無くなってしまいます! 私はそんなことは耐えられません!」
「負けることは考えてはいないよ。それに、戦争を起こす前じゃなければ意味がないのだ。アトラスに勝ってしまえばこの国はより大きくなってしまう。反旗を翻すのも難しくなるだろう。逆に負けてしまえば我々は処刑される。どちらも私が目指すものではない」
「ですが!」

 ジェルミア王子は安心させるように、エーデル王女の髪を撫でた。そしてもう一度セイン王子を見上げる。

「戦前の今、この時。私はバルダスを討ちます。それは今ここにいるエリー様の側近二人が証人となり、アトラスからの信頼を得られるでしょう。そしてセイン様。国民の気持ちを奮い立たせるために、私にローンズ王国の後ろ楯があるかのように見せてほしいのです」

 セイン王子は熟慮するため瞳を閉じた。
 悪い話ではない。ここで終わらせてしまえば被害は最小限で収まる。
 戦争を止めるには一番最善であるように思えた。

「ジェルミア様が王となる覚悟があるということですね?」
「はい。私はローンズがどのようにして平和な国へと変わったのか学びました。この国の平和のために私は王となりましょう」

 力強い瞳に、セイン王子は頷く。

「分かりました。では、捕らえた三人の解放とローンズ王国との友好関係を条件にジェルミア様が王となるために力添えをいたしましょう」
「ありがとうございます。お約束いたします」

 セイン王子の差し出した手を、ジェルミア王子が立ち上がってしっかりと掴んだ。

「お兄様……私……」
「勝手に決めてすまないね。だけど、私が王になればエーデルの状況も良くなるんだ。分かってほしい」

 未だに曇った表情のエーデル王女にジェルミア王子が優しく説く。セイン王子もエーデル王女に視線を移した。

「エーデル様。好機はこちらにあります」
「私は――――」
「お話のところ失礼します」

 セイン王子とエーデル王女の会話を遮るように、女の声が割り込んできた。

 三人は警戒するように声のする方向から距離を取った。


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