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第19章 悪魔との戦い

第224話 理想の現実

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 セイン王子が眉間にしわを寄せ様子を探る。目の前にいるリアム国王の戸惑い揺れる瞳。操られている時の何処を見ているか分からないような瞳ではない。そんなリアム国王に疑問を感じ、セイン王子は戸惑っていた。

 それは一瞬のことで、セイン王子はリアム国王との剣と剣が重なった状態でやるべきことを思い出し叫んだ。

「ギルはアランを救出! バーミアとカーラさん、ボーンズさんは他の皆を救出! ウィル様も出来れば三人のお手伝いをお願いしたい!」

 結局、セイン王子は大聖堂ボルディレッドで光の剣を出すという技を習得することが出来なかった。そのためウィルが道中も見てあげると言い、アンナの身体を借りて付いてきたのだった。ウィルが行くならば、ということでカーラとボーンズもお供のために付いてきていた。

「アリス! 状況報告!」

 セイン王子はリアム国王ではなくアリスに尋ねる。それはリアム国王がまともではないと分かっていたからだった。

「はい! 陛下はバフォールの手によって洗脳を――」
「兄さん! そいつは偽者だ!」

 アリスの言葉を被せてきたのはお腹を押さえた偽者のセイン王子。リアム国王とセイン王子はその声の主を見て言葉をつまらせた。

 よたよたと二人のもとへ歩いてくる偽者のセイン王子。その状況はかなり異様なものだった。

「兄さん……ここはきっとその悪魔が作り出した世界なんだよ……。僕たちに変な幻想を見せているのかも……」

 偽者のセイン王子は悲痛な表情でリアム国王に訴えかける。

 何がどうなっているか分からなくなったリアム国王。二人のセイン王子から距離をとるため後ろに跳び後退した。

「セイン様! そいつがバフォールです!」

 アリスは立ち上がり、バフォールを剣で指し示す。

「なるほど……兄さんを惑わせて……こんな――」
「兄さん! 騙されちゃダメだ! 早く終わらせて母さんを迎えにいかなきゃ!」
「母さん? 何を言ってるんだ……母さんはもう……まさかっ!」

 セイン王子は何かに気がついた。リアム国王は何よりも母メーヴェルを守れなかったことを悔やみ、自分を責めていた。メーヴェルが生きている現実と死んでいる現実があるならば前者を選ぶに決まっている。

「そうだな……。なるほど、これが幻術……悪魔が誰なのか分からぬが偽者は不要だ」

 リアム国王は剣に魔力を込めるとそれを天に掲げる。空に浮かぶ黒い雲が集まりだし、バチバチと稲妻が剣へ吸い込まれていくかのように吸収していく。

「兄さん違う! ……くそっ!」

 こちらに敵意を向け、攻撃を止める気配がない。セイン王子もまた剣に魔力を込め、速力向上魔法の効いた足でリアム国王の懐に入り込む。そして、剣を首元に当てた。

「っ!!」
「兄さん、よく聞いて。母さんは俺たちと国を守って死んだんだ。自分がクーデターの首謀者であると名乗りを上げ、自害した」

 鋭い眼光で睨むセイン王子にリアム国王は息を飲む。

「母さんの死を無駄にするの? それに、母さんが亡くなったのは兄さんのせいじゃない。父さんのせいだろ?」

 母さんが亡くなっている?
 じゃあ、さっきまで一緒にいたのは誰だ?
 いや……亡くなっているという記憶も確かにあるような……。

「兄さん! 母さんは生きているよ! 早くそれを打って!」

 その声にビクッと我に返り、雷のエネルギーを溜めた剣を頭上から振り下ろす。目の前にいたはずのセイン王子がいなくなり、空を斬ったその剣はそのまま地面にぶつかる。その瞬間、雷が落ちたかのように光と共に爆音を轟かせた。大地が揺れる。

 次の瞬間、リアム国王は背後に気配を感じ振り返った。

「兄さん、ごめん」

 遠くでそんな声を聞いたような気がした。
 混乱したままリアム国王の意識はなくなっていた。
 
 魔法を放出した後の一瞬は、魔法への抵抗力が薄くなる。そこをついてセイン王子はリアム国王に雷の魔法を加えて気絶させたのだった。リアム国王が倒れる瞬間、セイン王子が悲痛な表情で支える。

「アリス、陛下を頼む」
「はいっ!」

 すぐに駆け寄ってきたアリスに、リアム国王を背負わす形で渡した。静かに向きを変え、自分の偽者であるバフォールを見据える。目の前にいる自分と同じ顔がニヤリと笑う。

「んー、あいつにお前達を殺してもらってから真実を伝えようと思っていたのにな。ははは。思っていたより強くなったね。それが俺の失敗した原因かな」
「もう俺の真似をする必要はないよね? もう終わりにしよう、バフォール」

 剣を手前に落としたセイン王子を見て、少し驚いた表情を見せるバフォール。セイン王子が何をするのか興味深そうにじっと見つめた。

 セイン王子はウィルに言われたことを思い出しながら意識を集中する。バフォールを倒すことではなく、その先を見ること。

 右手に光の粒子が集まってくる。その粒子が少しずつ剣の形を象る。その形はエリー王女の側近となって手にした剣。それにとても酷似していた。その剣は生まれて初めて自分が認められた証であり、セイン王子にとっては思い入れの強いものだった。

「……光の魔法か……そんなものを使える人間がいたとはな」

 いつの間にかバフォールの姿(といってもディーンの側近ソルブの姿ではあるが)に戻っていた。珍しく嫌そうな表情のバフォールだった。

「悪魔は光の魔法が苦手らしいね」

 にこっと答えるセイン王子。実は剣を作り上げることに成功したのは数時間前のことだった。今回も上手く作り上げることが出来、内心ほっとしていた。

 それは教えていたウィルも同じだった。ウィルが力を貸せるのはここまで。聖堂から離れれば神として使える力はほんの僅かでしかなかった。それも少女の体である。だから今は遠くから見守るしかなかった。

 ギルはセイン王子の様子を気にはしつつも、アランを回復するのに専念していた。思っていた以上に傷は深かったが、助けたタイミングが早かったため一命を取り留めていた。その近くにアリスがやってきて、アランの隣にリアム陛下を並べる。

「ねえ……陛下の洗脳はギルの魔法で解除できる?」

 ギルの隣にしゃがみ込み、リアム国王を見つめながらアリスはそう尋ねた。
 回復をしながらアリスの方を見たギルは心臓が跳ねる。アリスの瞳には今のも零れ落ちそう涙が溜まっていた。

「……分からない。だけどやってみる。アランが落ち着いたらやってみるから……だからそんな顔するな」

 ギルがアリスの頬を優しく撫でると、アリスは小さく頷いた。
 アリスは今、リアム陛下のことで胸が一杯で、頷くことしか出来なかった。



 どうかこの現実を見ても心を痛めないで欲しい……。




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