『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

文字の大きさ
60 / 351
第二章 湖を臨む都

2.18 黒竜騎士団現る①

しおりを挟む
 次の日の朝。

「痛いっ! 離せっ!」

 寄宿している修道院の玄関を学校に行く前に掃除するサシャのエプロンのポケットに収まっていたトールの耳に、切羽詰まったクリスの叫び声が近づいてくる。

「クリス!」

 湖から修道院へと上がる道に目を向けたサシャが目を丸くする前に、見覚えの無い影が三つ、トールの目の前に現れた。

「こいつが、案内人か?」

 その影の一つ、広い肩幅を持つ身体を黒い鎧で覆った金髪の人物が、暴れる小さな影、クリスを、サシャの横に突き出す。

「そうだ、が」

 突然の出来事に身体が固まってしまったサシャの後ろから、アラン師匠の、いつになく刺々しい声が響いた。

「何故貴様がここにいる?」

 アランの目線よりも高い場所にある黒鎧の蒼い瞳を睨んだアランが、黒鎧の腕から解放されたクリスの肩を優しく掴んで抱き寄せる。

神帝じんてい猊下の命だが? 同じ名前の従兄殿」

 常には無い冷たさを覚えるアランの声に、黒鎧の人物はあくまで飄々とした声でそう、答えた。

「王族を狙う狂信者達に関する情報が出たと、北向きたむくの守護騎士達から聞きました」

 黒鎧の人物の後ろから現れた細身の、暑いにも拘わらずやはりきっちりと黒い鎧を身に着けた影が、事情を補足して微笑む。その細身の人物が身に着けている短めのマントに刺繍された銀色の竜の紋章を、トールは自分の記憶と照合した。

「『黒竜こくりゅう騎士団』が出張る事件でもなかろう、ヴィリバルト」

 黒鎧の人物を睨んだままのアランが、トールの記憶に違わぬ単語を口にする。

「暗殺者自身を見つけたわけではないのだから」

 アラン師匠が言っているのは、おそらく昨日、トール達が崖に刻まれた扉のような古代の遺跡で見つけたメモのことだろう。そう、見当を付ける。その時に見つけたメモは、昨夕、修道院に戻った時に、サシャが、書かれている文字についての推測と共にアラン師匠に渡している。その後すぐに、アラン師匠は、夕方であるにも拘わらず北都ほくとへと馬で向かい、夜になってから修道院に戻ってきた。

「大丈夫だ、サシャ」

 昨日の夜、アラン師匠がサシャに言った言葉を、思い返す。

「明日、クリスに案内させて、北都の騎士達とその遺跡に行ってみる」

 文字のことは聞かれなかったから、この『事件』はとりあえずサシャとトールの手を離れた。そう判断し、昨夜はほっと胸を撫で下ろしていたのだが、そうは問屋がおろさなかったようだ。

「ましてや、騎士団長自らが調査など」

「こいつも、案内人だな」

 呆れ気味のアラン師匠の言葉を無視した大柄な黒鎧が、不意に、その蒼い瞳でサシャを射る。

 茫洋としているが、全てを見透かされている。まだ母方の田舎で暮らしていた時、些細ないたずらを隠して怒られた時の祖父の瞳を思い出す。昔は、大人は「全てを知っている」と思い、恐れていた。自分も、全てを知る大人になるのだろうということも、心の奥底で怖れ、……憧れていた。だが。

 思考は、しかし、トールの背表紙を鷲掴みにした固い指に遮られる。

「ほう、祈祷書か」

 サシャのように柔らかくはないが、しかし意外と丁寧にページをめくる、ヴィリバルトと呼ばれていた大柄な黒鎧の太い指に、こそばゆさを堪える。不意に見下ろす形になったサシャの、心配に揺れてトールを見上げる紅い瞳に、トールは何とか頷いてみせた。

「……これは」

 トールを捲る指が、裏表紙裏で止まる。

「リュカ。……あいつ、字が書けるようになったのか」

 この人は、北向の神帝候補であるリュカを知っている? 疑問は、すぐに理解へと変わる。黒竜騎士団は、神帝直轄領である帝華ていかを守護する騎士団。その騎士団長が神帝候補を知っているのは、当たり前。

「契りはまだ結んでいないようだな」

 軽い動作でトールの裏表紙を閉じ、心配顔のままのサシャに手渡したヴィリバルトの言葉に、胸の疼きを覚える。子供を願う二人が、神の前で永遠の誓いを交わす『契りを結ぶ』行為は、人と物の間でも行うことができる。サシャがかつて読み聞かせてくれた、この世界の生活を規定する『祈祷書』には確かにそう、書かれている。自分は、おそらくサシャと、永遠を誓うことができるだろうか。不意に脳裏を過った、小野寺おのでらの幻影に、トールは大きく首を横に振った。サシャの気持ちも、考えなくては。

「サシャにはサシャの人生がある、ヴィリバルト」

「俺は、この剣と契りを結んでいる」

 そのヴィリバルトを窘めるアラン師匠の苛立った声と、その声を無視し、腰に挿した飾りの無い大剣を見せびらかす黒竜騎士団長ヴィリバルトに、トールの意識は現実に引き戻される。

「いつまでここで油を売ってれば良いんだ? 団長」

 これまでの会話を諦めた笑みで聞いていた細身の影の後ろから、敏捷そうな影がトール達の前に現れた。この影は、鎧もマントも身に着けていない。黒っぽい、この世界の人々が着ている軽そうな上着と脚絆を身に着けているだけ。

「俺達の紹介もまだだし」

「ああ、そうだな」

 敏捷そうな影と、団長と呼ばれた黒鎧の大柄な影の言葉に、肩を竦めたアラン師匠が黒鎧を再び睨む。

「済まない、サシャ。クリスも」

 そしてアラン師匠は、アラン師匠の影に隠れて黒っぽい三人を不満そうに睨むクリスと、トールを抱いて立ち尽くしたままのサシャに向き直り、深く頭を下げた。

「この者達を、昨日の遺跡まで案内してもらえないか?」

「えーっ!」

「はい」

 素直なサシャの頷きが、明らかに不服そうなクリスの声を打ち消す。

「従兄殿も、一緒に来ると良い」

 その返答に満足したのだろう、ヴィリバルトという名の大柄な黒鎧の人物は、サシャ達を見下ろしてにやりと笑ってから、アラン師匠の方を向いた。

「その方が、その者達も安心するだろう」

「そうだな」

 支度をしてくる。サシャも、すぐに外出の用意をしなさい。学校を休むことは、遺跡に行く途中で事務長ヘラルドに言えば良い。そう言いながら、アランがサシャの腕を優しく掴む。

 サシャ達の後ろから修道院へ入ってくる三つの黒い影に、トールの身体は何故か震えに震えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。 だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!? 体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。

おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様

あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。 死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。 「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」 だが、その世界はダークファンタジーばりばり。 人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。 こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。 あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。 ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。 死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ! タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。 様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。 世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。 地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。

処理中です...