66 / 351
第二章 湖を臨む都
2.24 新学期の教室①
しおりを挟む
煌星祭の次の日。
新学期の講義室――大きめの屋敷の二階にある、だだっ広いだけで机も椅子も無い部屋――は、人いきれで埋まっていた。
「サシャ!」
その講義室の前の方で、手招きする大きな腕を見つける。
「ここ、来いよ」
あの大柄な影は、カジミール。人の多さに立ち竦んでいたサシャの、友人を確かめてほっとした表情に頷く。
人混みを何とか掻き分けると、サシャはカジミールの隣の、何も敷いていない床に腰を下ろした。
「今日は、人、多いね」
「初日だからな」
カジミールの赤みを帯びた頬を見上げたサシャの頬からは、先程までの蒼さが無くなっている。やはり、友達と居ることが心強いのだろう。見たことの無い顔ばかりの周囲を確かめ、トールは小さく首を横に振った。トールも、……雪が音を立てて降る町に引っ越してきた当初は、友達が一人も居なくて心細かった。
「今日は学長の話と、学習計画について個別に面談するだけだから、この人混みも今日だけさ」
カジミールの言葉に、サシャと同時に頷く。カジミールは、二年前から自由七科を学ぶこの学校に通っていると、サシャのもう一人の学友セルジュも、サシャが計算を手伝っている『星読み』博士、リュカの父ヒルベルトも言っていた。だから、学校の初日についても詳しい。
大学で専門的なことを学ぶため、あるいは専門的な職に就くためには、文法・修辞・論理・算術・幾何・音楽・天文という『自由七科』の履修が必須だと、これは北辺の修道院でアラン師匠から聞いている。北向の国にある、自由七科を学ぶことができる『学校』は、北都のこの場所にある一つだけ。学校が始まる『煌星祭の翌日』に、学校に集まる人間が多いのは、ある意味当たり前。
トールが通っていた地方の小さな大学でも、新学期の初回の授業は、大学にはこんなに学生がいたのかと感心してしまうほど人いきれが酷かった。昔の思い出に心が痛くなり、トールはそっと俯いた。
「セルジュは?」
確かめるように二度、辺りを見回したサシャが、再びカジミールを見上げる。そう言えば、秋分祭で暗殺者に襲われて以来、見かけていない。
「暗殺者のことを危惧して、王宮で個人授業を受けるそうだ」
仕方が無いな。肩を落としたように見えたカジミールと、俯いたサシャに、トールの心も更に沈む。いじめっ子達からサシャを庇ってくれたのも、引っ込み思案なサシャを議論に誘ってくれたのも、セルジュ。王太子の第二王子であり、北向の重要人物でもあるのだから、特別に守る必要がある存在なのは分かる。でも、……やはり、淋しさを覚えてしまう。
「あ、そうだ」
空気を変えたかったのだろう、顔を上げてサシャを見たカジミールが、殊更に明るい声を発する。
「ヒルベルト様から、『煌星祭の手伝いありがとう』って言っておいてくれって頼まれてたんだった」
新学期の講義室――大きめの屋敷の二階にある、だだっ広いだけで机も椅子も無い部屋――は、人いきれで埋まっていた。
「サシャ!」
その講義室の前の方で、手招きする大きな腕を見つける。
「ここ、来いよ」
あの大柄な影は、カジミール。人の多さに立ち竦んでいたサシャの、友人を確かめてほっとした表情に頷く。
人混みを何とか掻き分けると、サシャはカジミールの隣の、何も敷いていない床に腰を下ろした。
「今日は、人、多いね」
「初日だからな」
カジミールの赤みを帯びた頬を見上げたサシャの頬からは、先程までの蒼さが無くなっている。やはり、友達と居ることが心強いのだろう。見たことの無い顔ばかりの周囲を確かめ、トールは小さく首を横に振った。トールも、……雪が音を立てて降る町に引っ越してきた当初は、友達が一人も居なくて心細かった。
「今日は学長の話と、学習計画について個別に面談するだけだから、この人混みも今日だけさ」
カジミールの言葉に、サシャと同時に頷く。カジミールは、二年前から自由七科を学ぶこの学校に通っていると、サシャのもう一人の学友セルジュも、サシャが計算を手伝っている『星読み』博士、リュカの父ヒルベルトも言っていた。だから、学校の初日についても詳しい。
大学で専門的なことを学ぶため、あるいは専門的な職に就くためには、文法・修辞・論理・算術・幾何・音楽・天文という『自由七科』の履修が必須だと、これは北辺の修道院でアラン師匠から聞いている。北向の国にある、自由七科を学ぶことができる『学校』は、北都のこの場所にある一つだけ。学校が始まる『煌星祭の翌日』に、学校に集まる人間が多いのは、ある意味当たり前。
トールが通っていた地方の小さな大学でも、新学期の初回の授業は、大学にはこんなに学生がいたのかと感心してしまうほど人いきれが酷かった。昔の思い出に心が痛くなり、トールはそっと俯いた。
「セルジュは?」
確かめるように二度、辺りを見回したサシャが、再びカジミールを見上げる。そう言えば、秋分祭で暗殺者に襲われて以来、見かけていない。
「暗殺者のことを危惧して、王宮で個人授業を受けるそうだ」
仕方が無いな。肩を落としたように見えたカジミールと、俯いたサシャに、トールの心も更に沈む。いじめっ子達からサシャを庇ってくれたのも、引っ込み思案なサシャを議論に誘ってくれたのも、セルジュ。王太子の第二王子であり、北向の重要人物でもあるのだから、特別に守る必要がある存在なのは分かる。でも、……やはり、淋しさを覚えてしまう。
「あ、そうだ」
空気を変えたかったのだろう、顔を上げてサシャを見たカジミールが、殊更に明るい声を発する。
「ヒルベルト様から、『煌星祭の手伝いありがとう』って言っておいてくれって頼まれてたんだった」
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様
あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。
死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。
「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」
だが、その世界はダークファンタジーばりばり。
人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。
こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。
あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。
ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。
死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ!
タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。
様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。
世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。
地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる