『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

文字の大きさ
74 / 351
第二章 湖を臨む都

2.32 湖の西

しおりを挟む
 僅かなざわめきに、そっと瞳を上げる。

 目に映ったのは、夜空に輝く煌星きらぼしと、風に揺れる梢。

 地上に、戻った? まだぼうっとする思考をはっきりさせるために、首を強く横に振る。……そうだ、サシャは? 焦りを自覚する前に、トールは、自分のすぐ横で仰向けに倒れている、びしょ濡れの服を身体に貼り付けたサシャを発見した。

[大丈夫か?]

 表紙に小さく文字を並べ、サシャの様子を確かめる。粒の大きい砂地に投げ出された細い腕はピクリとも動かないが、重く濡れた服は、僅かながらも上下を繰り返している。息は、ある。……生きている。トールはほっと胸を撫で下ろした。

 とにかく、濡れた服を換えた方が良い。冷たく見える星空を確かめる。この場所からは、湖の水は十分遠くに見えるから、再び溺れることは心配しなくて良い。だが、今は冬。濡れた服のままでは、サシャが凍えてしまう。何とかしなければ。再びの焦りに、トールは唇を噛みしめた。『本』である自分では、今のサシャを助けることができない。

 天を仰いだトールの視界の端に、光が入る。

 誰か、来る? 確かめようと首を伸ばす前に、トールの耳に聞き覚えのある声が響いた。

「サシャ!」

 松明を従えた小さな影が、トールとサシャの間に割って入る。

「居たっ! 居たよっ! アラン師匠!」

 身動き一つしないサシャを目視で確認したクリスが、松明を持ってサシャの側に膝をついたアランに向かって飛び跳ねるように叫ぶ、その声を、トールは安堵と共に聞いていた。

「マルクさんが言った通り!」

 北向きたむく北辺ほくへんから流れ来る水を湛える『星の湖ほしのみずうみ』の水は、東側の東雲しののめと西側の秋津あきつに流れていく。北辺の修道院で読んだ本の内容を、思い出す。湖の西側に落ちたのなら、秋津へと流れる河に近い岸辺に流れ着いているかもしれない。漁師の親方、マルクの言葉を繰り返すクリスに、トールは「なるほど」と頷いた。

「冷たいな」

 はしゃぐクリスの横でサシャの身体を触れて確かめたアランが、クリスに松明を渡す。

「サシャ、……生きてるの?」

 松明を受け取ったクリスは、飛び跳ねるのを止めてアランとサシャを交互に見つめた。

「本当に?」

「ああ」

「マルクさん、『湖の住人は気まぐれだ』って言ってたことある、けど」

 目を丸くしたクリスに、アランが微笑む。

「……だが」

 しかしすぐに、アランの瞳は険しさを増した。

「濡れた服を脱がせて、温めないと」

 アランの言葉に、今度はクリスが笑う。

「近くに、網を置いてる建物があるよ」

「そこに案内してくれ」

「良いよ」

 頷いたクリスを確かめる前に、アランは再びサシャの身を確認し、そして辺りを見回した。

「何?」

 首を傾げるクリスに頷いたアランが、トールの方へと手を伸ばす。あっと思う間もなく、トールの身体はアランからクリスへと手渡されていた。

「これ、サシャの本!」

 トールを見つめたクリスの口から、驚きが漏れる。

「濡れてない!」

「ああ。……神の、思し召しだ」

 そのクリスに大きく頷くと、アランはサシャの身体を一息で抱き上げた。

「じゃ、じゃあ、サシャ、助かる?」

 立ち上がったアランを見上げたクリスに、アランが頷く。

「適切な治療を施せば、な」

「良かった」

 建物、すぐ近くだから。松明を掲げてアランの前を歩き始めたクリスに、ほっと息を吐く。クリスの腕の中で、トールはようやく全身の力を抜いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

処理中です...