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第三章 森と砦と

3.10 顔無き翼持つもの

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「……トール?」

 サシャの声に、はっと意識を取り戻す。

 『本』に、戻っている。先程よりは僅かに明るい暗闇と、トールを抱き締めているサシャの細い腕の温かさに、トールは小さく首を横に振った。……やはり、あれは、夢。

「大丈夫?」

 僅かに震えるトールの耳に、心地良いサシャの声が響く。

「泣いている、みたいだったけど」

[大丈夫]

 トールを更に力強く抱き締めたサシャの、青白く見える頬に、トールは自分の感情をごまかすように首を横に振った。

 息を吐いて鼓動を静めてから、おもむろに暗闇を見回す。トールを抱き締めたサシャが尻餅をついているこの空間は、先程、眠りから目覚めた場所よりは、明るくて狭い。ずっと上に見える天井に小さく開いた穴から、細い光が差し込んできていることを、顔を上げて確かめる。そして、円筒の内側のように曲がった壁の間に見えた大きな像に、トールは目を瞬かせた。

[これ、は]

 サシャの鼓動の忙しなさを確かめながら、記憶を手繰り寄せる。この像は、古代人の遺跡で何度か目にしている。顔の無い、翼を持つ人型の像。古代人は、この像を最高神として崇めていたと、北辺ほくへんでトールが読んだ本には書かれていた。やはりここは、古代人の神殿。トールとサシャを見下ろす、眼の無い像に射竦められた気がして、トールは大きく全身を震わせた。

「……」

 サシャも、トールと同じ感情を抱いているらしい。トールを抱き締めたまま、その像に向かって大きく頭を下げる。

 次の瞬間。

「……え?」

 不意に像の横に現れた細い光に、トールはサシャと同時に声を上げた。まさか、……脱出口? 逸る気持ちを抑えるように、サシャをそっと見上げる。

「行って、大丈夫、かな?」

 サシャの方も、半信半疑のようだ。

[行ってみよう]

 トールの言葉に頷くと、立ち上がったサシャは細い光の方へと歩を進めた。

 緩やかに曲がる壁にできた隙間は、細いサシャなら何とか通り抜けることができる幅。息を止めたサシャがその隙間を通り抜けると、一人と一冊の目の前には再び、岩色の壁が現れた。

「トール!」

 用心深く辺りを見回していたサシャが、歓喜の声を上げる。サシャが指差した先にあったのは、大きく開いた洞窟の出口と、その向こうに見える木々の緑。

 良かった。震えるサシャの腕の中でほっと胸を撫で下ろす。しかしまだ、油断は禁物。洞窟の外、森または林の中に、サシャを害するものがいないという保証は無い。

[気をつけろ、サシャ]

 用心を、背表紙に踊らせる。

「うん」

 そのトールに大きく頷くと、洞窟の影に身を潜めるようにして、サシャは出口の方へと歩を進めた。
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