『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第四章 帝都の日々

4.29 ままならぬ想い

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「……やっぱり、ダメだった」

 部屋に入ってきたエルチェは、小さな蝋燭の光でも分かるほど肩を落としていた。

「サシャのも、エゴンの荷物も、どこにも無いって白を切られて、さ」

「仕方ありませんね」

 白竜はくりゅう騎士団も、堕ちるところまで堕ちましたね。簡素なベッドで眠るサシャの横の椅子に座っている黒竜こくりゅう騎士団副団長フェリクスの、鋭さを内包した溜め息に頷く。サシャは無事。その事実だけは、確か。黒竜騎士団の詰所に戻ってすぐ、サシャは心を落ち着かせる薬湯を処方されて眠りに落ちた。そのサシャの汗の浮いた額を優しく撫でるフェリクスの、心配と微笑みが綯い交ぜになった横顔をベッド横の腰棚から見上げ、トールは小さく首を横に振った。

「フェリクス様」

 そのトールの耳に、昔聞いた声が響く。

「水の換え、持ってきました」

 部屋に入ってきたのは、確かに、夏炉かろの砦でサシャがヴィリバルト宛の手紙を託した兵士見習い、ピオだった。

「ありがとう、ピオ」

 腰棚の側に水桶を置いたピオに、フェリクスが頷いて立ち上がる。

「後は、頼みます」

 神帝じんてい猊下を守護する白竜騎士団があの体たらくなら。首を横に振ったフェリクスの懸念が、トールの耳に響く。ヴィリバルトを影ながら護衛する黒竜騎士団員を更に増やす必要がある。夏至の頃、ヴィリバルトと白竜騎士団との確執についてサシャから聞いた時と同じ顔色で部屋を去るフェリクスの小さな呟きに、トールは再び頷いた。

「美味しいスープ、持ってきてやるからな」

 そのフェリクスの後ろに付いていく形で、エルチェも部屋を去る。去って行く二人の背中に頷いたピオは、フェリクスが座っていた簡素な椅子に腰を下ろし、ベッドに投げ出されたサシャの左腕に手を伸ばした。

「……あ」

 そのタイミングで、サシャが目覚める。

「久しぶり、サシャ」

「……うん」

 ブラスを助けることができなかった自責の念と、信頼していたバジャルドに罵られたショックからまだ立ち直っていないのだろう、久しぶりに会うピオを見たサシャの瞳が宙を彷徨う。

「あの火傷、大丈夫か?」

 そのサシャの左腕を、ピオは意外に優しく掴んで自分の方へと引き寄せた。

「うん。もう、大丈夫」

 首を横に振ったサシャに、酷い引き攣れが残るサシャの左腕を確かめるように撫でたピオも首を横に振る。

「ごめんな。あの時、『東の街道』を『中央の街道』と間違えちゃって」

 砦の地下に一時的にできた抜け道を、サシャの手紙を持って抜け出たピオは、すぐに、夏炉を南北に走る街道に辿り着くことができた。だが、夏炉を南北に走る街道は三本ある。夏炉の中央、首都である夏都なつとを通って帝華ていかに続く中央街道だとピオが判断した道は、夏炉の東側を大きく迂回し、帝華の東にある東雲しののめへと続く東の街道だった。

「その所為で、ヴィリバルト団長、探すのに、手間取っちゃって」

「ううん」

 自分の失敗に照れたような笑みを浮かべ、頭を下げるピオに、サシャが微笑む。人の失敗を許すことができるのが、サシャ。体温の上昇を覚え、トールは小さく首を横に振った。サシャが無事なら、それで。

「……あのな」

 感情を飲み下したトールの耳に、先刻以上に沈んだピオの声が響く。

「ブルーノさん、死んじゃったんだ」

「え……」

 ピオが告げた、夏炉で共に籠城に耐えた砦の隊長の訃報に、一人と一冊は同時に声を無くした。

 砦の隊長だったブルーノは、狂信者達を一網打尽にした籠城戦の後、ヴィリバルトの勧めもあって夏炉の王を守る近衛隊に復帰した。ピオの方は、狂信者の暴走によって炎に包まれたサシャを見るや否や隠れていた森から飛び出し、間一髪でサシャを助けたヴィリバルトに憧れて黒竜騎士団に入ることを志願したが、「黒竜騎士団に入る前に礼儀作法を覚えろ」という、ある意味乱暴なブルーノの助言に引き摺られ、ブルーノの許で夏炉の近衛騎士見習いになった。しかし、夏炉の新たな少年王は、予告無く夏都の王宮に踏み込んできた、狂信者と貴族が結託した軍勢によって謀殺された。ブルーノは、王を守るために戦い、王の側で命を落とした。見習いであったが故にブルーノの「逃げろ」という指示に半分だけ従ったピオは、多数の刃によって切り刻まれた少年王とブルーノを確認し、そして半ば破れかぶれの気持ちで、黒竜騎士団の門を叩いた。

「ごめん、サシャ。これ以上落ち込ませるようなこと、話しちゃって」

「ううん」

 ピオの告白を聞いたサシャは、トールの予想通り、何も言わずに首を横に振る。

 おそらく、ピオの話を聞いたフェリクスは、条件を付けず、ピオを黒竜騎士団の見習いにしたのだろう。フェリクスの温和な優しさに、砦の隊長だったブルーノのどこか荒っぽい優しさが重なった気がして、トールは熱くなった目頭を押さえた。

「教えてくれて、ありがとう」

「うん」

 頷いてサシャの左手を離したピオに頷いたサシャが、そっと目を閉じる。

 前の少年王を守れなかったが故に王宮を離れ、しかし新たな少年王を守るために近衛隊に戻ったブルーノは、結局、少年王を守ることができずに命を落とした。その事実が、トールの胸を揺さぶる。ブラスをマルシアルから守れなかったことにしても、そうだ。ブラスの怯えには、トールもサシャも気付いていた。バジャルドにも、ブラスの怯えを話した。だが。……もっとしっかりとブラスのことを気に掛けていれば、ブラスを助けることができていたかもしれない。結果として、ブラスはマルシアルの手に掛かって亡くなった。変えようとしても、変えることができなかった。それが、……悔しい。

 小野寺おのでらは、大丈夫だっただろうか。伊藤いとうも。遺跡で見えた幻影が、悔しさを倍増させる。自分は、小野寺も伊藤も、助けることができなかった。何も、できなかった。無力感が、トールの全身を支配していた。
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